ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート23.5 トージョウの滝/ソウルシルバー

 アクタがシロガネ山を訪れ、キャンプで暮らすようになってからたったの3日。

「じゃ、これにて免許皆伝ね。山の滞在はきみの好きなタイミングで切り上げて良いから。ま、そのへんはワタルくんと相談して。それじゃああたしはシンオウに帰るから。元気でね。ばいばーい」

 ともにシロガネ山に来た師匠、シロナとの修行は、突然終了した。

 シロナの修行はいつだって突然で、強引だった。なので「免許皆伝」などと言われて修行期間を終わらせられるのも、突然かつ強引であることに不思議はないわけで──

「よっしゃあああーーー!!! 嬉しーーー!!!」

 まずはもたらされた自由に歓喜する。

 しかし今後の身の振り方を委ねられた状況に、戸惑いを覚えているのも事実。

 とりあえずは師匠の提案通り、ワタルやオーキド博士と話したうえで、引き続きシロガネ山に滞在し、その管理を担うことになった。

 それからまた時が経って。

「よう、アクタくん」

「あ、ワタルさんだ」

 シロガネ山の頂上。

 最近完成したバトルフィールドを雪かきするアクタに、赤髪にマントの男が声をかける。

「ここのバンギラス、また増えたんじゃないか? あまり野生ポケモンを育て過ぎるのもどうかと思うが……」

「ここに遊びに来るジムリーダーさんたちに言ってくださいよ。それに、ポケモンたちには人間を傷つけないよう言い聞かせてます」

「そうだろうが……なんだったら、バンギラスを1匹捕まえていっても構わないか?」

「お好きにー。あくまでも相手のバンギラスが納得するんだったら、ですよ」

 アクタのスコップは、バトルフィールドに積もった雪を撤去した。グレイシアがこっそりと主人を手伝って、細かい雪を後ろ足で蹴り飛ばしたので、雪かきは完璧なものになった。

「ふう……さ、やりましょうか!」

 モンスターボールを構えるアクタだが。

「いや、そういうつもり来たのではなくて……」

 ワタルは戦闘態勢を取らなかった。

「え!? バトルしないならなにしに来たんですか!?」

「べつの用事だよ……まったく、ぜんぜん雪かきの手を止めないと思ったら。ここの来客とはいつも『まず』バトルなのかい?」

「はい」

「はい、と来たか……」

 ワタルは困ったように赤髪を撫でつつ、ため息を吐いた。

「わかったよ、あとで戦おう。まずは用事を……といっても、ちょっとした報告なんだがな」

 どうやらバトルは先延ばしになったようで、ひとまずアクタはモンスターボールを収めた。主人のノーコンのフォローをせずに済んで、グレイシアはほっとした。

「なんです? 表情からして、良い報告じゃなさそうですけど」

「ロケット団が復活を画策している」

「おっと……」

 思っていたより、良い報告ではなかった。

「ロケット団の残党が、ジョウト地方でなにやら良からぬ動きをしているらしい。──とはいえ、まだ資金集めの段階のようだがな。たとえば『ヤドンのシッポ』を売りさばこうとしているとか」

「『らしい』、『ようだ』、『とか』。って、なーんか歯切れの悪い言い方ですね」

 アクタはグレイシアを撫でる。

 心を落ち着かせるように。

「十中八九、事実ではあるが、証拠を掴む前に一般のトレーナーが事件を解決してしまってな」

「へえ、それはそれで結構じゃないですか」

「きみもカントーで悪事があれば即座に解決してるからな」

「う……それはほら、たまたま出くわしただけというか」

「悪事を聞きつけたらすぐその場に飛んで行って、『たまたま出くわした』は無理があるだろう」

「………………」

 誤魔化すように、アクタはスコップで雪を撫でる。

「おかげでカントーのポケモン関連の犯罪が激減したわけだが──で、ジョウトでのロケット団残党だがね、チョウジタウンでなにやら怪しい動きがある」

 このあたりで、自分の出番なのかとアクタは身構えたのだが。

「アクタ。きみには動かないでほしいんだ」

「ええ……?」

 出番を止められて顔をしかめるアクタだが、その要請の裏はなんとなく予想がつく。

「ロケット団の復活を画策している黒幕──その正体がはっきりしていないんだ」

「……()()()は?」

「いまのところ関連性が見えない」

「ふーん……」

 アクタは、しばらく考え込む。

「なんで、ぼくが動いちゃいけないんですか?」

「きみは()()()への切り札になる。だからあえて存在を隠していたい。まあ、年齢的な事情も鑑みて、未成年であるきみを犯罪(トラブル)解決に駆り出すのは好ましくない、というのもあるが」

「う……いつもすいません」

「いつもありがとう」

 ワタルは笑って肩をすくめる。

「ともかく、ロケット団はジョウト地方を中心に組織を復活させるようだ。その首謀者が明らかになるまでは、ポケモンリーグとしても大々的に動くことはできない」

「わかります」

 アクタは深く、頷いた。

 公的機関のフットワークの重さは、師匠からよく聞いている。同時に、その威力の強さも知っている。適切なタイミング、適切なチームで動けば、ポケモンリーグはとても頼もしく、社会の敵を根絶することができるのだ。

「つまりぼくは、ロケット団残党の組織図が明らかになるまで動くな、と」

「そうだ。そういうことになる」

「………………」

「歯がゆいかい?」

「まあね」

 アクタは気を紛らわせるように、シロガネ山の景色を見渡した。

「でも、従います。勝手なことはしない。ゴーサインが出るまで、山でおとなしくしてますよ」

「そうか……助かるよ。その代わり、というわけでもないが」

 ワタルは、強い視線をアクタに向ける。

「ロケット団の再興は必ず食い止める。絶対に、()()()の思うようにはさせない」

「……うん、それでいいと思います。でも、忘れないでくださいね。ぼくなんかで良かったら、いつだって力になりますから」

 ワタルには、少年アクタの姿が大きく見えた。

 アクタと初めて会ってからもうすぐ2年──背は伸びたと思うが、肉体的に成長したという意味ではない。シンオウ地方のチャンピオン、シロナに師事していたせいなのか、少年はときおり、おとなびた表情を見せるようになった。

「頼もしくなったな……」

「じゃ、バトルしましょうよ! えーと……あ、やべ。ぼくいま、ポケモン6匹連れてないんだった。うーんと、どうしよう。一回キャンプに来ます?」

「やっぱりそうでもないかもな……」

 

 

 それからひと月ほど経過して。

『……あーあー、我々は泣く子も黙るロケット団! 組織の建て直しを進めた1年間の努力が実り、いまここに、ロケット団の復活を宣言するー! サカキさまー! 聞こえますかー? ……ついにやりましたよー! ボスはどこにいるんだろう……? この放送、聞いてるかなあ……』

「え、なんでなんでなんで?」

 突然、ラジオで流していた『オーキド博士のポケモン講座』が、別のものに切り替わる。

「ロケット団」を名乗る男の声は、番組にもコマーシャルにも聞こえない。残念ながら冗談にも聞こえない。

「……じゃあこれは一旦、事実と受け止めることにして──うん」

 落ち着け。

 アクタは自分自身にそう言い聞かせる。

 振り返ると、キャンプ内で各々自由に過ごしていたはずの手持ちポケモン13体は、主人の目の前に一列に並んでいた。

 13体のうち、調子のよさそうな6体を選出してモンスターボールに納める。

 そして赤いベスト、赤い帽子を装着し、黄色いリュックを背負って、奇怪な放送を続けるポケギアをじっと見つめる。

 待ち構える時間はアクタにとって非常に長く感じたが、実際のところ経過時間はほん2分ほど──ようやく、ポケギアが電話を着信した。

『放送は?』

 ワタルだ。

「聞いた。現地に向かっても?」

『いや、コガネのほうは別動隊が対応している。人質がいる以上、無茶な動きは出来ない。おれはジョウト各地の残党を抑える。きみにはあの男を食い止めてほしい』

 少年は、思わず息を呑む。

『居場所は掴んでいたんだ。絶対に、()()()をラジオ塔に来させてはいけない!』

「わかりました。……場所は?」

『トージョウの滝』

 

 

 27番道路、トージョウの滝。

 洞窟のなか。カントー地方とジョウト地方を二分するかのように激しく流れる滝を、アクタはギャラドスに乗って遡る。

 探索しているうちに、滝の裏にほら穴を見つけた。耳をすませば、もはやうんざりするほど聞いた、ロケット団のラジオ放送がかすかに聞こえる。

 その小部屋では、黒いコート、黒いハットの男が、古びたラジオから流れる放送に耳を傾けていた。

「責任というものについて、考えたことはあるか?」

 男は振り返らないままにアクタに問いかけた。

 その問いかけに言葉を詰まらせる。少年の答えを待たずして、黒づくめの男は語る。

「望んだものでなかろうと、意図したものでなかろうと、自分の決断に伴う面倒事をそう呼ぶのだと思う。──『使命』といえば多少格好はつくかもな」

「……つまりこの状況は、あなたは望んだことでも、意図したことでもなかったと?」

「だとしても、わたしは行かねばならん。ボスとしての()()だからな」

 サカキは振り返り、アクタの姿を認めるやニヤリと口元を歪めた。

「久しぶりじゃないか。背が伸びたか?」

「だから、その親戚のおじさんみたいなノリをやめてくださいよ……」

「いやはや、それにしても見違えたよ。一瞬、だれだかわからなかったぞ」

 気さくな口調のサカキだが、帽子の陰から少年を睨む目には、たしかに煌々としたものが灯っている。

「一応訊いておくが……なにしに来た? ここはきみのような子どもが来るところではない」

「あなたを止めに来た。ボスとしての責任、諦めてくれませんか」

「その眼差し……1年前を思い出す」

 サカキは帽子を脱ぐ。

「わたしの前に立ちふさがったあのときとおなじ目だ……。仲間の呼びかけに応えるため、コガネシティへ向かおうとするわたしの邪魔をするのか? ひどいじゃないか。やつらはあんなに──」

 背後をラジオでは、サカキを呼び続けるロケット団の放送が続いている。

「──あんなに見苦しく、意地汚く、ボスの帰還を求めているのに」

「うん。でもダメなんです」

 迷わず答えて、少年はモンスターボールを握る。

「一生懸命なひとって応援したくなりますけど、でも、こればっかりは止めなきゃダメなんです。ロケット団の再興は──どうしても、ほかのひとの不幸が前提になる」

「……そうか」

 サカキも、モンスターボールを手に取る。

「お前にはもう、泣き落としは通じないのか。1年前は見逃してくれたのに」

「いやあ、あのときは……ロケット団を解散するって言ってたし」

「それにしても逃亡を幇助したのは甘いだろ。──まあなんでもいい」

 サカキが放ったモンスターボールから、ガルーラが現れる。腹の袋に子どもを宿した大型のポケモンが、サカキの姿を隠すように少年の前に立ちはだかった。

「かつての仲間たちがわたしを必要としている……だからこそ、敗北はもう二度と繰り返さない! ポケモントレーナーらしく正々堂々、バトルで決めようか、アクタ!」

「あんたの言う『正々堂々』は信用できるのかな!? まあいいけど!」

 アクタが力いっぱい投げたボールは、サカキの頭のすぐ隣を通り抜けて。

 ロケット団の放送を繰り返すラジオに直撃した。

「……危ないな。ほんとうによくないぞ、そういうの」

「すいません、わざとじゃないんです」

 

 

 モンスターボールの直撃を受けて、ラジオは数秒ほど途切れ途切れの放送を繰り返した後、やがて静かになった。

「こ、壊しちゃった!? ごめんなさい!!」

「あー、構わん。どうせ骨董品ラジオだ。遅かれ早かれ壊れてたんだよ。それより──」

 サカキは、アクタのモンスターボールから現れたラムパルドを一瞥する。

「シンオウのポケモンだな。そういえば、あっちでも殿堂入りしたらしいじゃないか。よほど強くなったんだろうな?」

「……はい。たぶん、強くはなってます」

 ここは謙遜しない。

 照れて「そんなことないよ」なんて言ったら、手持ちポケモンにも、師匠にも、友だちにも失礼だ。

「ラムパルド、こっちにおいで。──じゃ、やりましょうか」

「ああ。ではお先に──“ふいうち”」

 文字どおり、不意打ちのような先制攻撃にラムパルドはひるむが。

「ラムパルド、“ロックカット”」

 アクタは冷静だ。ラムパルドは素早さを上げる。

「む……ガルーラ、“ピヨピヨパンチ”!」

 いわタイプのラムパルドにノーマル技の“ピヨピヨパンチ”は効果いまひとつであるが、追加効果の『こんらん』を狙って技を繰り出した。

「構わずいこう。続けて“つるぎのまい”」

 さらにラムパルドは能力を上げる。サカキのガルーラは“ピヨピヨパンチ”を続けるが、都合よく『こんらん』は発動してくれない。

「よしラムパルド、“もろはのずつき”!」

 強烈な捨て身の突撃。ガルーラは咄嗟に、腹の袋の子を庇う姿勢を取ったが、自身はその一撃で戦闘不能となった。

「──ほう。しっかり強くなったな」

 ガルーラを収めるサカキは、余裕のある態度だった。ラムパルドも技の反動でダメージを負っているので、アクタもポケモンを交代させる。

「なるほど、若いお前にとって、()()とは大きなモチベーションになるのだろうな」

「正義って……」

「違うのか? ロケット団という『悪』の敵なのだから、お前は『正義の味方』だろう? 稚拙な表現が気に喰わないならば、『多数派(マジョリティ)の味方』と呼ぼうか?」

「………………」

少数派(マイノリティ)を率いるおれは、『悪』と呼ばれて構わんぞ。ロケット団の目的は変わらん。悪党(バカ)どもと一緒に、世界を我が物にするのだ!!」

「よくそんなに……恥ずかしげもなく悪ぶれますね!」

 投げたボールが岩の天井に当たった。上空からドダイトスが降り立って、洞窟内が揺れる。

「……お前のノーコンを前に、恥ずかしいとか言われたくないね」

 サカキはニドキングを繰り出す。

「ニドキング、“きあいだめ”。そして“みだれづき”だ!」

「ドダイトス、“やどりぎのタネ”!」

 大型のポケモンがぶつかり合う。

「そんなボロボロになった()()()で、もう世界征服なんて無理でしょう! ワタルさんたちも動いてる。コガネのロケット団だってすぐに制圧されるよ!」

「かもな。だが、そんな旗にもすがりついている仲間がいるのだ! 駆けつける責任があるだろう!」

「でもそれやられると……残党たちの作戦が成功しちゃったことになるから、困るんですよ! いろんなひとたちに迷惑かかる!」

「だからこそ、仲間のために戦うおれと、見知らぬ民衆のために戦うお前は、相容れない!」

 ニドキングの“シャドークロー”がドダイトスを切り裂くが。

 反撃の“じしん”により、ニドキングは倒れた。

「ドンカラス!」

 サカキは即座につぎのポケモンを繰り出す。

「トゲキッス!」

 アクタも交代させる。

 黒と白の翼が、天井近くで衝突する。

「……その責任感は尊敬できるかな。サカキさん、あんたは強くて、大きいよ。だからボスとして慕われてるんだってわかる」

「どうした? 急に褒めるじゃないか」

「でも、『悪』だからダメだ」

「はいはい。さすがは『正義の味方』」

「違うよ」

 トゲキッスの“エアスラッシュ”が、ドンカラスの“あくのはどう”が飛び交う。

「正義だなんて、そんな格好いいもんじゃなくていい。だってぼくは、あんたたちの希望を潰す──『怪物』だからね」

 ほぼ互角の戦いだったが、空中戦を制したのはトゲキッスだった。

「……いいだろう。これで最後だ、『怪物』よ」

 サカキが繰り出すのはニドクイン。

「おれという『悪』を喰らってみせろ」

 アクタは手元からフシギバナを放つ。

「やろう、フシギバナ。悪者の企みなんて、台無しにしてやる……!」

 

 

「きみに敗北してから修行の日々だった」

 バトルが終わって。

「そんなわたしの1年間は無駄だったのか……またしてもアクタに野望を打ち砕かれるとは。やれやれ、ロケット団再興の夢が幻となって消えていく……」

 サカキは、倒れたニドクインをボールに収めた。

「アクタ。お前は変わったな」

 最初に少年をひと目見て、だれだがわからないほど見違えたと言ったのは本心だった。

「そりゃ…そろそろ12歳なんで」

「成長という意味ではない。もっと根源の部分が──ふむ。なんというか、人間としての色が変わった気がする」

「色ぉ?」

 首を傾げるアクタ。

「うさん臭く聞こえるかもしれんが、()の色というか」

「サカキさんは最初からうさん臭いよ」

「黙れクソガキ」

 とりあえず口をつぐんで、うさん臭いおじさんの話を聞くことにする。

「かつては揺らめく炎のように、不安定な赤色だったのに……いまはどうだ。一貫して覚悟を決めてわたしと戦ったお前は、まるで白銀のように冷たく、鋭く、硬い」

「………………」

 時として、冷酷さが必要な戦いもあることは、師匠から教えられた。どうやら今回はそれを実行できたようである。

「……熱いハートを失ったつもりはないよ。普段はもうちょっと柔軟なつもりだし……ただ今回だけは、なんと言われようがあんたを止めるって決めてきた」

「そういう使い分けができるようになったのが、お前の変化さ」

 サカキは肩をすくめる。

「覚悟を宿した白銀の魂──白銀(シルバー)は好きな色だが、願わくば味方としてその色を見たかったな」

「ぼくがあなたの味方になることは、たぶんないよ」

「つれないな。おれはいつかお前を、味方に引き込みたかったのに」

「ええ……?」

 引くアクタだが、サカキの目は本気だった。

「味方。部下。右腕。後継者。どんなかたちであれ、お前を隣に置きたかったよ。だがそれも無理だな。むかしのお前はかわいらしかったのに、いまとなっては……」

 サカキは残念そうに、肩をすくめる。

「師がいるな? だれの教えを受けた?」

「シロナ」

「シンオウ地方のチャンピオンか。なるほど、あの女ならお前を『白銀の怪物』に仕立て上げそうなものだ」

「……どうだか」

 シロナの話には触れられたくない。適当にサカキの話を流しつつ、アクタはポケギアのラジオ機能を起動する。

 放送は、止まっていた。

「コガネのほう、落ち着いたみたいだ」

「そうか」と頷いて、サカキは黒いハットを被りなおす。

「でも一応……」

「わかってる。好きなだけわたしを見張っているといい。事件が完全に収束したならば、そのときに姿をくらませるよ。まさか、なにもしていない──()()()()()()()()()わたしを連行するつもりはないだろう?」

 しばらくして、ワタルから事件収束の報告があった。

 サカキは宣言通りに少年に背を向け、出口へ歩き始める。

「サカキさん、これからどうするの?」

「また修行でもするかな。──もう、二度と会うことはないだろう」

「……そっか」

 ふと、黒づくめの男は足を止める。

「かつて別れ際、お前にこう言ったな。──『おれのような人間のことを理解するな』と。『恵まれた地位につけ』と」

「うん、言われた。『チャンピオンになれ』とも」

 しかし、アクタはチャンピオンを辞退した。

 カントーでも、シンオウでも。

「いまのお前には、おなじ言葉を投げかけられないな。──なあ、『怪物』。お前を味方にはできなかったが──お前はきっといつか、わたしとは違う『悪』になる」

「……は?」

 サカキの素っ頓狂な指摘に、アクタは顔をしかめる。

「なに言い出すんだよ。捨て台詞にしては出来が悪いぞ」

「妥当な予測さ。お前のような力を持つ者は、『正義』をやれなきゃ『悪』になる。果たしてどっちに転ぶかな? ──ふふふ、お前には後者のほうが向いていると思うぜ」

 不愉快でいっぱいの表情を浮かべる少年を見て、サカキはほくそ笑む。

「いつかお前は(おれ)を思い出す。いつかお前は(おれ)が欲しくなる」

 悪魔のようなささやき。

「安心しろ。その将来が『悪』に通じているとしても──きっとお前なら成功を収める」

「……ふざけんな。あんたの思うようにはならないよ」

 アクタの動揺を感じ取ったのか、サカキは満足そうに頷いて、「じゃあな」と気さくに手を振って洞窟から去って行った。

 鳴らないラジオが残された部屋で、しばらくアクタは動けずにいた。

 

 

 シロガネ山の風景は、いつだってアクタに平静さを取り戻させてくれる。いつもの洞窟(キャンプ)の外で、少年は白銀の景色にたそがれていた

「白銀の魂……? ちゃんちゃらおかしいや」

 シロナがアクタに教えたのは、おもにメンタルトレーニング。しかしそれは『動揺しない』ということではない。

 絶対であることでも、徹底することでもない。

 ただ、自分の感情に流されないことだ。

 自分にだけは負けてはいけない、と。

「もしもぼくがサカキの思うように、悪い方向に進んでしまうとしたら──それは自分に負けたってことだろうな。そんなんじゃせっかくの免許皆伝がパアだ」

 認められたからこその免許皆伝だ。だから自分は大丈夫──そう思いたい。

「なのにサカキに言われたことを気にしてるってことは……ぼくは不安なんだろう。まだまだ修行が足りないんだな」

 フシギバナは、黙って主人に寄り添う。アクタはその背中の葉を撫でる。

「大丈夫。ぼくはきっと、大丈夫。きみたちポケモンが一緒なんだしさ。怪物扱いされてても、ちゃんとしなきゃね。──よし」

 アクタは、ポケギアを取り出してある人物に電話をかける。

「もしもしオーキド博士? 大丈夫でした?」

『アクタか。うむ、わしはちょうどコガネにいなかったし、大丈夫じゃ! 相棒のクルミちゃんにもケガひとつ無かったしな。事件の始末にはアクタも動いてくれたのか? 苦労をかけたのう……』

「ぼくはちょっと、カントーにいた残党と戦っただけですから……」

 それがボスのサカキであったことは、伏せておく。ワタルの指示とはいえ、あの男に関わったことをまた怒られるかもしれないからだ。

「で、安否確認ともう一個、相談があってですね……。急ぎとかじゃなくって……いま話すことでもないんですけど」

『なんじゃ? 珍しく歯切れが悪いな』

「その……また旅をしたいなって」

 オーキド博士は「ふむ」と短く唸る。声色から、驚いた様子はない。

『知り合いの、アララギ博士という御仁がお前に興味を持っている。彼のいるイッシュ地方で旅をするならば、大いに力になってくれるじゃろう。話を進めてもいいかな?』

「お願いします。さっきも言ったけど、急ぎじゃないんで」

『まあ、シロガネ山のこともあるし、お前さんもすぐに旅立てる身分ではないな! ほっほ!』

「いやいやそんな……」

『それに、お前さんに会わせたい子がおる。山にいればいずれあちらから会いに来るかものう』

「へえ。どんな子なんです?」

『それは実際に会ってからのお楽しみじゃ! あえて言うなら……お前と正反対かつ、おなじ種類のポケモントレーナーということじゃな』

「気になるなー……」

 やがて世間話もそこそこに、通話は終了した。

 ため息は白い。アクタはもう一度、フシギバナを撫でる。

「もう一度旅に出れば、もっと強くなれるかな……あの男の思うようにはならないようにさ」

 反面教師も、また()()である。アクタはきっとこの先もサカキを忘れない。間違っても自分の歩く道の果てに、彼の影を見ないように。

「……なんでだろう。なんだかちょっとだけ──寂しいな」

 去来した不安のなかで、孤独(ひとり)でいることが苦しくなった。

 シロガネ山にチリアが訪れるのは、もうすこし先の話である。

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