ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
アクタがシロガネ山を訪れ、キャンプで暮らすようになってからたったの3日。
「じゃ、これにて免許皆伝ね。山の滞在はきみの好きなタイミングで切り上げて良いから。ま、そのへんはワタルくんと相談して。それじゃああたしはシンオウに帰るから。元気でね。ばいばーい」
ともにシロガネ山に来た師匠、シロナとの修行は、突然終了した。
シロナの修行はいつだって突然で、強引だった。なので「免許皆伝」などと言われて修行期間を終わらせられるのも、突然かつ強引であることに不思議はないわけで──
「よっしゃあああーーー!!! 嬉しーーー!!!」
まずはもたらされた自由に歓喜する。
しかし今後の身の振り方を委ねられた状況に、戸惑いを覚えているのも事実。
とりあえずは師匠の提案通り、ワタルやオーキド博士と話したうえで、引き続きシロガネ山に滞在し、その管理を担うことになった。
それからまた時が経って。
「よう、アクタくん」
「あ、ワタルさんだ」
シロガネ山の頂上。
最近完成したバトルフィールドを雪かきするアクタに、赤髪にマントの男が声をかける。
「ここのバンギラス、また増えたんじゃないか? あまり野生ポケモンを育て過ぎるのもどうかと思うが……」
「ここに遊びに来るジムリーダーさんたちに言ってくださいよ。それに、ポケモンたちには人間を傷つけないよう言い聞かせてます」
「そうだろうが……なんだったら、バンギラスを1匹捕まえていっても構わないか?」
「お好きにー。あくまでも相手のバンギラスが納得するんだったら、ですよ」
アクタのスコップは、バトルフィールドに積もった雪を撤去した。グレイシアがこっそりと主人を手伝って、細かい雪を後ろ足で蹴り飛ばしたので、雪かきは完璧なものになった。
「ふう……さ、やりましょうか!」
モンスターボールを構えるアクタだが。
「いや、そういうつもり来たのではなくて……」
ワタルは戦闘態勢を取らなかった。
「え!? バトルしないならなにしに来たんですか!?」
「べつの用事だよ……まったく、ぜんぜん雪かきの手を止めないと思ったら。ここの来客とはいつも『まず』バトルなのかい?」
「はい」
「はい、と来たか……」
ワタルは困ったように赤髪を撫でつつ、ため息を吐いた。
「わかったよ、あとで戦おう。まずは用事を……といっても、ちょっとした報告なんだがな」
どうやらバトルは先延ばしになったようで、ひとまずアクタはモンスターボールを収めた。主人のノーコンのフォローをせずに済んで、グレイシアはほっとした。
「なんです? 表情からして、良い報告じゃなさそうですけど」
「ロケット団が復活を画策している」
「おっと……」
思っていたより、良い報告ではなかった。
「ロケット団の残党が、ジョウト地方でなにやら良からぬ動きをしているらしい。──とはいえ、まだ資金集めの段階のようだがな。たとえば『ヤドンのシッポ』を売りさばこうとしているとか」
「『らしい』、『ようだ』、『とか』。って、なーんか歯切れの悪い言い方ですね」
アクタはグレイシアを撫でる。
心を落ち着かせるように。
「十中八九、事実ではあるが、証拠を掴む前に一般のトレーナーが事件を解決してしまってな」
「へえ、それはそれで結構じゃないですか」
「きみもカントーで悪事があれば即座に解決してるからな」
「う……それはほら、たまたま出くわしただけというか」
「悪事を聞きつけたらすぐその場に飛んで行って、『たまたま出くわした』は無理があるだろう」
「………………」
誤魔化すように、アクタはスコップで雪を撫でる。
「おかげでカントーのポケモン関連の犯罪が激減したわけだが──で、ジョウトでのロケット団残党だがね、チョウジタウンでなにやら怪しい動きがある」
このあたりで、自分の出番なのかとアクタは身構えたのだが。
「アクタ。きみには動かないでほしいんだ」
「ええ……?」
出番を止められて顔をしかめるアクタだが、その要請の裏はなんとなく予想がつく。
「ロケット団の復活を画策している黒幕──その正体がはっきりしていないんだ」
「……
「いまのところ関連性が見えない」
「ふーん……」
アクタは、しばらく考え込む。
「なんで、ぼくが動いちゃいけないんですか?」
「きみは
「う……いつもすいません」
「いつもありがとう」
ワタルは笑って肩をすくめる。
「ともかく、ロケット団はジョウト地方を中心に組織を復活させるようだ。その首謀者が明らかになるまでは、ポケモンリーグとしても大々的に動くことはできない」
「わかります」
アクタは深く、頷いた。
公的機関のフットワークの重さは、師匠からよく聞いている。同時に、その威力の強さも知っている。適切なタイミング、適切なチームで動けば、ポケモンリーグはとても頼もしく、社会の敵を根絶することができるのだ。
「つまりぼくは、ロケット団残党の組織図が明らかになるまで動くな、と」
「そうだ。そういうことになる」
「………………」
「歯がゆいかい?」
「まあね」
アクタは気を紛らわせるように、シロガネ山の景色を見渡した。
「でも、従います。勝手なことはしない。ゴーサインが出るまで、山でおとなしくしてますよ」
「そうか……助かるよ。その代わり、というわけでもないが」
ワタルは、強い視線をアクタに向ける。
「ロケット団の再興は必ず食い止める。絶対に、
「……うん、それでいいと思います。でも、忘れないでくださいね。ぼくなんかで良かったら、いつだって力になりますから」
ワタルには、少年アクタの姿が大きく見えた。
アクタと初めて会ってからもうすぐ2年──背は伸びたと思うが、肉体的に成長したという意味ではない。シンオウ地方のチャンピオン、シロナに師事していたせいなのか、少年はときおり、おとなびた表情を見せるようになった。
「頼もしくなったな……」
「じゃ、バトルしましょうよ! えーと……あ、やべ。ぼくいま、ポケモン6匹連れてないんだった。うーんと、どうしよう。一回キャンプに来ます?」
「やっぱりそうでもないかもな……」
:
それからひと月ほど経過して。
『……あーあー、我々は泣く子も黙るロケット団! 組織の建て直しを進めた1年間の努力が実り、いまここに、ロケット団の復活を宣言するー! サカキさまー! 聞こえますかー? ……ついにやりましたよー! ボスはどこにいるんだろう……? この放送、聞いてるかなあ……』
「え、なんでなんでなんで?」
突然、ラジオで流していた『オーキド博士のポケモン講座』が、別のものに切り替わる。
「ロケット団」を名乗る男の声は、番組にもコマーシャルにも聞こえない。残念ながら冗談にも聞こえない。
「……じゃあこれは一旦、事実と受け止めることにして──うん」
落ち着け。
アクタは自分自身にそう言い聞かせる。
振り返ると、キャンプ内で各々自由に過ごしていたはずの手持ちポケモン13体は、主人の目の前に一列に並んでいた。
13体のうち、調子のよさそうな6体を選出してモンスターボールに納める。
そして赤いベスト、赤い帽子を装着し、黄色いリュックを背負って、奇怪な放送を続けるポケギアをじっと見つめる。
待ち構える時間はアクタにとって非常に長く感じたが、実際のところ経過時間はほん2分ほど──ようやく、ポケギアが電話を着信した。
『放送は?』
ワタルだ。
「聞いた。現地に向かっても?」
『いや、コガネのほうは別動隊が対応している。人質がいる以上、無茶な動きは出来ない。おれはジョウト各地の残党を抑える。きみにはあの男を食い止めてほしい』
少年は、思わず息を呑む。
『居場所は掴んでいたんだ。絶対に、
「わかりました。……場所は?」
『トージョウの滝』
:
27番道路、トージョウの滝。
洞窟のなか。カントー地方とジョウト地方を二分するかのように激しく流れる滝を、アクタはギャラドスに乗って遡る。
探索しているうちに、滝の裏にほら穴を見つけた。耳をすませば、もはやうんざりするほど聞いた、ロケット団のラジオ放送がかすかに聞こえる。
その小部屋では、黒いコート、黒いハットの男が、古びたラジオから流れる放送に耳を傾けていた。
「責任というものについて、考えたことはあるか?」
男は振り返らないままにアクタに問いかけた。
その問いかけに言葉を詰まらせる。少年の答えを待たずして、黒づくめの男は語る。
「望んだものでなかろうと、意図したものでなかろうと、自分の決断に伴う面倒事をそう呼ぶのだと思う。──『使命』といえば多少格好はつくかもな」
「……つまりこの状況は、あなたは望んだことでも、意図したことでもなかったと?」
「だとしても、わたしは行かねばならん。ボスとしての
サカキは振り返り、アクタの姿を認めるやニヤリと口元を歪めた。
「久しぶりじゃないか。背が伸びたか?」
「だから、その親戚のおじさんみたいなノリをやめてくださいよ……」
「いやはや、それにしても見違えたよ。一瞬、だれだかわからなかったぞ」
気さくな口調のサカキだが、帽子の陰から少年を睨む目には、たしかに煌々としたものが灯っている。
「一応訊いておくが……なにしに来た? ここはきみのような子どもが来るところではない」
「あなたを止めに来た。ボスとしての責任、諦めてくれませんか」
「その眼差し……1年前を思い出す」
サカキは帽子を脱ぐ。
「わたしの前に立ちふさがったあのときとおなじ目だ……。仲間の呼びかけに応えるため、コガネシティへ向かおうとするわたしの邪魔をするのか? ひどいじゃないか。やつらはあんなに──」
背後をラジオでは、サカキを呼び続けるロケット団の放送が続いている。
「──あんなに見苦しく、意地汚く、ボスの帰還を求めているのに」
「うん。でもダメなんです」
迷わず答えて、少年はモンスターボールを握る。
「一生懸命なひとって応援したくなりますけど、でも、こればっかりは止めなきゃダメなんです。ロケット団の再興は──どうしても、ほかのひとの不幸が前提になる」
「……そうか」
サカキも、モンスターボールを手に取る。
「お前にはもう、泣き落としは通じないのか。1年前は見逃してくれたのに」
「いやあ、あのときは……ロケット団を解散するって言ってたし」
「それにしても逃亡を幇助したのは甘いだろ。──まあなんでもいい」
サカキが放ったモンスターボールから、ガルーラが現れる。腹の袋に子どもを宿した大型のポケモンが、サカキの姿を隠すように少年の前に立ちはだかった。
「かつての仲間たちがわたしを必要としている……だからこそ、敗北はもう二度と繰り返さない! ポケモントレーナーらしく正々堂々、バトルで決めようか、アクタ!」
「あんたの言う『正々堂々』は信用できるのかな!? まあいいけど!」
アクタが力いっぱい投げたボールは、サカキの頭のすぐ隣を通り抜けて。
ロケット団の放送を繰り返すラジオに直撃した。
「……危ないな。ほんとうによくないぞ、そういうの」
「すいません、わざとじゃないんです」
:
モンスターボールの直撃を受けて、ラジオは数秒ほど途切れ途切れの放送を繰り返した後、やがて静かになった。
「こ、壊しちゃった!? ごめんなさい!!」
「あー、構わん。どうせ骨董品ラジオだ。遅かれ早かれ壊れてたんだよ。それより──」
サカキは、アクタのモンスターボールから現れたラムパルドを一瞥する。
「シンオウのポケモンだな。そういえば、あっちでも殿堂入りしたらしいじゃないか。よほど強くなったんだろうな?」
「……はい。たぶん、強くはなってます」
ここは謙遜しない。
照れて「そんなことないよ」なんて言ったら、手持ちポケモンにも、師匠にも、友だちにも失礼だ。
「ラムパルド、こっちにおいで。──じゃ、やりましょうか」
「ああ。ではお先に──“ふいうち”」
文字どおり、不意打ちのような先制攻撃にラムパルドはひるむが。
「ラムパルド、“ロックカット”」
アクタは冷静だ。ラムパルドは素早さを上げる。
「む……ガルーラ、“ピヨピヨパンチ”!」
いわタイプのラムパルドにノーマル技の“ピヨピヨパンチ”は効果いまひとつであるが、追加効果の『こんらん』を狙って技を繰り出した。
「構わずいこう。続けて“つるぎのまい”」
さらにラムパルドは能力を上げる。サカキのガルーラは“ピヨピヨパンチ”を続けるが、都合よく『こんらん』は発動してくれない。
「よしラムパルド、“もろはのずつき”!」
強烈な捨て身の突撃。ガルーラは咄嗟に、腹の袋の子を庇う姿勢を取ったが、自身はその一撃で戦闘不能となった。
「──ほう。しっかり強くなったな」
ガルーラを収めるサカキは、余裕のある態度だった。ラムパルドも技の反動でダメージを負っているので、アクタもポケモンを交代させる。
「なるほど、若いお前にとって、
「正義って……」
「違うのか? ロケット団という『悪』の敵なのだから、お前は『正義の味方』だろう? 稚拙な表現が気に喰わないならば、『
「………………」
「
「よくそんなに……恥ずかしげもなく悪ぶれますね!」
投げたボールが岩の天井に当たった。上空からドダイトスが降り立って、洞窟内が揺れる。
「……お前のノーコンを前に、恥ずかしいとか言われたくないね」
サカキはニドキングを繰り出す。
「ニドキング、“きあいだめ”。そして“みだれづき”だ!」
「ドダイトス、“やどりぎのタネ”!」
大型のポケモンがぶつかり合う。
「そんなボロボロになった
「かもな。だが、そんな旗にもすがりついている仲間がいるのだ! 駆けつける責任があるだろう!」
「でもそれやられると……残党たちの作戦が成功しちゃったことになるから、困るんですよ! いろんなひとたちに迷惑かかる!」
「だからこそ、仲間のために戦うおれと、見知らぬ民衆のために戦うお前は、相容れない!」
ニドキングの“シャドークロー”がドダイトスを切り裂くが。
反撃の“じしん”により、ニドキングは倒れた。
「ドンカラス!」
サカキは即座につぎのポケモンを繰り出す。
「トゲキッス!」
アクタも交代させる。
黒と白の翼が、天井近くで衝突する。
「……その責任感は尊敬できるかな。サカキさん、あんたは強くて、大きいよ。だからボスとして慕われてるんだってわかる」
「どうした? 急に褒めるじゃないか」
「でも、『悪』だからダメだ」
「はいはい。さすがは『正義の味方』」
「違うよ」
トゲキッスの“エアスラッシュ”が、ドンカラスの“あくのはどう”が飛び交う。
「正義だなんて、そんな格好いいもんじゃなくていい。だってぼくは、あんたたちの希望を潰す──『怪物』だからね」
ほぼ互角の戦いだったが、空中戦を制したのはトゲキッスだった。
「……いいだろう。これで最後だ、『怪物』よ」
サカキが繰り出すのはニドクイン。
「おれという『悪』を喰らってみせろ」
アクタは手元からフシギバナを放つ。
「やろう、フシギバナ。悪者の企みなんて、台無しにしてやる……!」
:
「きみに敗北してから修行の日々だった」
バトルが終わって。
「そんなわたしの1年間は無駄だったのか……またしてもアクタに野望を打ち砕かれるとは。やれやれ、ロケット団再興の夢が幻となって消えていく……」
サカキは、倒れたニドクインをボールに収めた。
「アクタ。お前は変わったな」
最初に少年をひと目見て、だれだがわからないほど見違えたと言ったのは本心だった。
「そりゃ…そろそろ12歳なんで」
「成長という意味ではない。もっと根源の部分が──ふむ。なんというか、人間としての色が変わった気がする」
「色ぉ?」
首を傾げるアクタ。
「うさん臭く聞こえるかもしれんが、
「サカキさんは最初からうさん臭いよ」
「黙れクソガキ」
とりあえず口をつぐんで、うさん臭いおじさんの話を聞くことにする。
「かつては揺らめく炎のように、不安定な赤色だったのに……いまはどうだ。一貫して覚悟を決めてわたしと戦ったお前は、まるで白銀のように冷たく、鋭く、硬い」
「………………」
時として、冷酷さが必要な戦いもあることは、師匠から教えられた。どうやら今回はそれを実行できたようである。
「……熱いハートを失ったつもりはないよ。普段はもうちょっと柔軟なつもりだし……ただ今回だけは、なんと言われようがあんたを止めるって決めてきた」
「そういう使い分けができるようになったのが、お前の変化さ」
サカキは肩をすくめる。
「覚悟を宿した白銀の魂──
「ぼくがあなたの味方になることは、たぶんないよ」
「つれないな。おれはいつかお前を、味方に引き込みたかったのに」
「ええ……?」
引くアクタだが、サカキの目は本気だった。
「味方。部下。右腕。後継者。どんなかたちであれ、お前を隣に置きたかったよ。だがそれも無理だな。むかしのお前はかわいらしかったのに、いまとなっては……」
サカキは残念そうに、肩をすくめる。
「師がいるな? だれの教えを受けた?」
「シロナ」
「シンオウ地方のチャンピオンか。なるほど、あの女ならお前を『白銀の怪物』に仕立て上げそうなものだ」
「……どうだか」
シロナの話には触れられたくない。適当にサカキの話を流しつつ、アクタはポケギアのラジオ機能を起動する。
放送は、止まっていた。
「コガネのほう、落ち着いたみたいだ」
「そうか」と頷いて、サカキは黒いハットを被りなおす。
「でも一応……」
「わかってる。好きなだけわたしを見張っているといい。事件が完全に収束したならば、そのときに姿をくらませるよ。まさか、なにもしていない──
しばらくして、ワタルから事件収束の報告があった。
サカキは宣言通りに少年に背を向け、出口へ歩き始める。
「サカキさん、これからどうするの?」
「また修行でもするかな。──もう、二度と会うことはないだろう」
「……そっか」
ふと、黒づくめの男は足を止める。
「かつて別れ際、お前にこう言ったな。──『おれのような人間のことを理解するな』と。『恵まれた地位につけ』と」
「うん、言われた。『チャンピオンになれ』とも」
しかし、アクタはチャンピオンを辞退した。
カントーでも、シンオウでも。
「いまのお前には、おなじ言葉を投げかけられないな。──なあ、『怪物』。お前を味方にはできなかったが──お前はきっといつか、わたしとは違う『悪』になる」
「……は?」
サカキの素っ頓狂な指摘に、アクタは顔をしかめる。
「なに言い出すんだよ。捨て台詞にしては出来が悪いぞ」
「妥当な予測さ。お前のような力を持つ者は、『正義』をやれなきゃ『悪』になる。果たしてどっちに転ぶかな? ──ふふふ、お前には後者のほうが向いていると思うぜ」
不愉快でいっぱいの表情を浮かべる少年を見て、サカキはほくそ笑む。
「いつかお前は
悪魔のようなささやき。
「安心しろ。その将来が『悪』に通じているとしても──きっとお前なら成功を収める」
「……ふざけんな。あんたの思うようにはならないよ」
アクタの動揺を感じ取ったのか、サカキは満足そうに頷いて、「じゃあな」と気さくに手を振って洞窟から去って行った。
鳴らないラジオが残された部屋で、しばらくアクタは動けずにいた。
:
シロガネ山の風景は、いつだってアクタに平静さを取り戻させてくれる。いつもの
「白銀の魂……? ちゃんちゃらおかしいや」
シロナがアクタに教えたのは、おもにメンタルトレーニング。しかしそれは『動揺しない』ということではない。
絶対であることでも、徹底することでもない。
ただ、自分の感情に流されないことだ。
自分にだけは負けてはいけない、と。
「もしもぼくがサカキの思うように、悪い方向に進んでしまうとしたら──それは自分に負けたってことだろうな。そんなんじゃせっかくの免許皆伝がパアだ」
認められたからこその免許皆伝だ。だから自分は大丈夫──そう思いたい。
「なのにサカキに言われたことを気にしてるってことは……ぼくは不安なんだろう。まだまだ修行が足りないんだな」
フシギバナは、黙って主人に寄り添う。アクタはその背中の葉を撫でる。
「大丈夫。ぼくはきっと、大丈夫。きみたちポケモンが一緒なんだしさ。怪物扱いされてても、ちゃんとしなきゃね。──よし」
アクタは、ポケギアを取り出してある人物に電話をかける。
「もしもしオーキド博士? 大丈夫でした?」
『アクタか。うむ、わしはちょうどコガネにいなかったし、大丈夫じゃ! 相棒のクルミちゃんにもケガひとつ無かったしな。事件の始末にはアクタも動いてくれたのか? 苦労をかけたのう……』
「ぼくはちょっと、カントーにいた残党と戦っただけですから……」
それがボスのサカキであったことは、伏せておく。ワタルの指示とはいえ、あの男に関わったことをまた怒られるかもしれないからだ。
「で、安否確認ともう一個、相談があってですね……。急ぎとかじゃなくって……いま話すことでもないんですけど」
『なんじゃ? 珍しく歯切れが悪いな』
「その……また旅をしたいなって」
オーキド博士は「ふむ」と短く唸る。声色から、驚いた様子はない。
『知り合いの、アララギ博士という御仁がお前に興味を持っている。彼のいるイッシュ地方で旅をするならば、大いに力になってくれるじゃろう。話を進めてもいいかな?』
「お願いします。さっきも言ったけど、急ぎじゃないんで」
『まあ、シロガネ山のこともあるし、お前さんもすぐに旅立てる身分ではないな! ほっほ!』
「いやいやそんな……」
『それに、お前さんに会わせたい子がおる。山にいればいずれあちらから会いに来るかものう』
「へえ。どんな子なんです?」
『それは実際に会ってからのお楽しみじゃ! あえて言うなら……お前と正反対かつ、おなじ種類のポケモントレーナーということじゃな』
「気になるなー……」
やがて世間話もそこそこに、通話は終了した。
ため息は白い。アクタはもう一度、フシギバナを撫でる。
「もう一度旅に出れば、もっと強くなれるかな……あの男の思うようにはならないようにさ」
反面教師も、また
「……なんでだろう。なんだかちょっとだけ──寂しいな」
去来した不安のなかで、
シロガネ山にチリアが訪れるのは、もうすこし先の話である。