ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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イッシュ地方
レポート1 カノコタウン/ファースト・ステップ


 赤い帽子の少年とそのかたわらのポケモンは、大きな目が特徴のネズミポケモン、ミネズミと向かい合っている。ミネズミは、すでに少年たちの攻撃によりダメージを受けていた。

 戦いの様子を見守るのは、眼鏡の少年と、緑の帽子の少女。

「まずはこうやって体力を減らしてから……」

 赤い帽子の少年は、空のモンスターボールを握りしめる。

「……頼む……頼むぞ……!」

 小さな声で、なにかに祈る。

「こうして! モンスターボールを! 投げる!」

 意を決して投げたモンスターボールは。

 指先から真横に逸れて飛び、草むらに入り込んだ。

「………………」

「………………」

「……いいかい? こうやって相手のポケモンの体力を減らしてから……」

「え? 無かったことにしようとしてる?」

 先ほどの失敗と、帽子の少女の困惑の声を無視して。

「よく狙って! モンスターボールを! 投げるんだよお!!」

 少年の手から離れたモンスターボールは、天高く飛んでいった。

「……やっぱり人違いか」

 眼鏡の少年が、がっかりした声で呟いた。

「く、くそうっ!! ──痛っ!」

 モンスターボールは、赤い帽子に落下した。

 

 

 クチバシティから客船で7日。退屈な船旅の末に、ようやくイッシュ地方に到着した。

 船着き場である大都会から、さらに早朝のバスで半日。居眠りしているうちに、終点に停車。ようやく目的地の土を踏んだ。

 

────

 ここはカノコタウン。

 様々な点が集う町。

────

 

 秋。

 夏の暑さを名残惜しむような日差しに、赤い帽子を被りなおした。友だちに選んでもらった、まだ新品のキャップだ。少年は思い切り背伸びをする。

「ああ、座り疲れた。──なんだか感じのいい町だなあ」

 数件の家が並んでいる、海を臨む小さな町だ。町を囲む森の木々は、徐々に色づき始めている。

「マサラを思い出すな。えーっと、アララギ博士の研究所は……」

 ざっと町を見渡した限り、マサラタウンのオーキド研究所のような、いかにも「研究所」らしい建物は見受けられない。

 こういうときには地元の人間に尋ねるのが手っ取り早いだろうが──通行人はだれもいない。バスの終着駅でもあるこの町に、そもそも降りる客も自分だけであった。

「こういう閑散としているところもマサラとおんなじだな。平日の昼間はみんなトキワのほうに働きに出てるし、ここもそんな感じなのかな……、あっ」

 きょろきょろしているうちに、ふと視界に、緑の帽子の人影が飛び込んできた。

 どうやら同年代くらいの少女だ。彼女は帽子を押さえて、ぱたぱたとひと気のない道を駆けている。──ロングスカートのせいか、足は遅い。

「あの、すいません!」

 思わず呼び止める。

「え!? あ、はあい?」

 声に気づいてくれて、少女は足を止めた。おぼつかない足元がなんだか心配である。ともすれば転倒してしまいそうだ。

「ちょっと道を教えてほしくって……ごめんなさい、急いでるよね?」

「あっ、うーんと、だ、大丈夫!」

 戸惑いつつ、少年と行き先を見比べる少女は、明らかに大丈夫ではなさそうだ。

「ほんとうにごめん。ざっくり道だけ教えてくれればいいんです。この町に、アララギ博士の研究所があるって聞いて……」

「あ! それならわたしの行き先をおんなじだ!」

「そうなの? じゃあ……」

「急ごう! 遅刻しちゃう!」

 少女はふたたび駆け出した。

「え!? あ、うん……」

 少年も駆け足でついていく。少女の足は遅かったので、ついていくのに苦労はしない。しかしまさか、旅も始まらぬうちにジョギングをすることになるなんて。──長時間バスに座りっぱなしだったこともあり、準備運動としてはちょうどいいのかもしれないが。

「つ、着いた! ここです……」

 息切れする少女は、オレンジ色の屋根の建物の前で停止した。看板にはたしかに、『アララギポケモン研究所』とある

「はあ、はあ……、あのう、ごめんね。また遅くなっちゃった……」

 少年を置き去りに、少女は先に研究所の前に立っていた、人影に歩み寄っていった。

「……ねえベル。きみがマイペースなのは10年も前から知っているけど、今日はアララギ博士からポケモンがもらえるんだよ?」

 眼鏡をかけた、青いジャケットを羽織った少年だった。彼もまた同年代に見えるが、少女に比べて冷静でおとなびた雰囲気がある。

「はあっ、はあっ……、はーい、ごめんなさい」

「まったく……ところで」

 眼鏡の少年が、幼なじみが走って連れてきた見知らぬ謎の少年に、気づかぬはずもなく。

「ベル。彼は?」

「え? えーと……」

 少女は振り返って、道案内してきた少年を不思議そうにじっと見つめる。

「だれえ……?」

 まるで不審者のような言い分である。

 眼鏡の少年の警戒レベルが上がった。

「えっと……研究所までの道案内、ありがとうございます。ぼくはアクタ」

 赤い帽子を取って、自己紹介をする。伸びた髪が横に跳ねている。

「カントー地方から来ました。イッシュ地方を旅するので、博士からポケモンをもらう約束です。──さっきのお話からして、もしかしてきみたちも?」

 

 

 アララギ研究所のチャイムを鳴らす。

 何度押しても、返事はない。

「はあ……、また寝坊かな。ベル。悪いけど……」

「はーい! 起こしてくるね!」

 施錠されていなかったドアノブを開いて、少女はアララギ研究所のなかへ飛び込んで行った。

「博士ー! アララギ博士ぇー! 起きてますかぁー!?」

 研究所の外に残されたのは、チェレンと名乗った少年と、アクタのふたりきり。

「………………」

「………………」

 気まずい。

 沈黙に耐えられず。

「「あの」」

 ふたりは同時に声を発してしまった。

 気まずい。

「あ、ごめん、チェレンくんのほうから……」

「い、いえ、あなたのほうからどうぞ」

「そう? じゃあ……」

 といっても、アクタが振ろうとした話はほとんど世間話だ。

「チェレンくんとベルさんは、この町に住んでるの? さっき、10年の付き合いとか聞こえたけど」

「そうですよ。幼いころにぼくがこの町に引っ越してきて……、といっても10年前なので当時のことは憶えてませんけどね。まあ幼なじみというか、腐れ縁というか。そういえばアララギ博士にも、むかしはずいぶん遊んでもらったっけ」

 アクタは事前に、パソコンの画面越しにアララギ博士と顔合わせ済みであった。一度しか会話していないが、たしかに面倒見のいい印象があった。

「アララギ博士って、どんなひと?」

「まあ……、どうやら今回寝坊していることから、たまに雑というか、いい加減なところがあるけど……、やるべきことはやってるし、一応ちゃんとしたオトナの人かな。一応ね」

 不安になる言われようである。

「そっか。それはちょっと意外かも……」

「なんにしても、緊張するような相手じゃないですよ。ぼくとベルにとっちゃ、お姉さんみたいな人です」

「……お姉さん?」

 アクタは首を傾げる

 お父さんでもお兄さんでもなく、お姉さん?

「そっか。それはとっても意外かも……」

「それで、アクタさん」

 こんどはチェレンが話題を振る番である。

「アクタさんって、もしかして……」

「チェレン! これ!」

 勢いよくアララギ邸から出てきたベルが、幼なじみの言葉を遮った。

 彼女はその細腕に、緑のリボンの青いプレゼントボックスを抱えている。

「ベル。博士は?」

「やっぱり寝坊だった! 支度するから、その間にポケモンを選んでていいって!」

「ポケモン? じゃあその箱は……」

 3人の少年少女は、アララギ邸の庭、芝生の上にプレゼントボックスを降ろし、顔を見合わせる。

「開けよっか」

 アクタの顔からは興奮がにじみ出ている。

「そ、そうですね。はやくポケモンと会いたいっていう気持ちは同感です」

 緑のリボンを解いて、箱のふたを開ける。想像通り、3つのモンスターボールが転がっていた。もちろん中身入りだ。

「ねえねえ、どんなポケモンなのかな……?」

「落ち着いて、ベル。まずはだれから選ぶかだけど……」

「一度さ、ポケモンたちを外に出してみよう。どんなポケモンなのかを見て、それで選べばいいんだ」

 アクタの提案に、すこしチェレンは考え込んで。

「……たしかにそれも合理的か」

 頷いてくれた。アクタはほっとする。

 そういうわけで、3人はモンスターボールを開けて、眠っていたポケモンたちの姿をたしかめる。

 ツタージャ。くさへびポケモン。長い尾の先が葉になっており。ヘビ型のポケモンながら短い手足がある。ツタージャは腕を組んで、3人の少年少女を見渡した。

 ポカブ。ひぶたポケモン。オレンジ色の体色に、赤い鼻。あちこちのにおいを嗅いでいるうちに、雑草に鼻をくすぐられ、くしゃみをする。その拍子に出た火の粉が雑草を焦がした。

 そして──

「あれ? もう1匹は──あそこか。なんであんな離れた場所に」

「………………」

 アクタは、軽くボールを放ったつもりだった。

 責任を取るつもりで、自分で最後のポケモンを迎えに行く。

「こっちだよ。おいで」

 ミジュマル。ラッコポケモン。白い頭部に、水色の胴体。腹部にはホタテのような貝殻が付いている。

 ミジュマルは、アクタが差し伸べた手をジトっとした目で見つめるが。

「……おいで?」

 無視して、少年を素通りしてほかのポケモンたちの輪に戻る。

「おっと気難しい……まだ主人(トレーナー)でもないんだから当然か」

「じゃ! あたしこのポケモン!」

 ベルはさっそく、ポカブを抱き上げた。ポカブは嬉しそうに、赤い球が付いた尻尾を振る。

「チェレンはこのコね!」

「どうしてきみがぼくのポケモンを決めるのさ……?」

 チェレンは、腕を組んで佇むツタージャと目を合わせて。

「まあ、最初からツタージャが欲しかったけど。……というか、アクタさんはミジュマルでいいの?」

 ミジュマルはアクタに目を遣る。──どこか、睨んでいるみたいに。

「いいよ。実際に見て、ぼくもミジュマルが良いと思ってたんだ」

 あくまでも直感なのだが、気難しそうなこのミジュマルとは、上手くやっていけそうな予感がする。

「これでみんな、じぶんのポケモンを選んだよね……ということで!」

 3人がそれぞれモンスターボールに、トレーナーとしての情報を認証させたところで、ベルが嬉しそうに提案した。

「ねえねえ! ポケモン勝負しようよ!」

「お、いいね。やろう!」

「いきなりかい? まあ、それもいいけど……」

 チェレンは周囲を見渡す。アララギ邸の庭は、ポケモンバトルを行うには特に不安のない広さではある。

「まだこのコたち弱いんでしょ? 戦わせて育ててあげないと」

「じゃあベルさん、さっそくぼくとやろうか。──チェレンくん、いい?」

「……構いませんよ。ではぼくはカタチだけでも審判ということで」

 チェレンをはさんで、アクタとベルが対峙する。

「いっくよー! ポカブ、“たいあたり”!」

「ミジュマル、“たいあたり”!」

 

 

 ポカブもミジュマルも、レベルも低ければタイプを活かした技もまだ習得していない。異なるポケモンながら、現時点で能力に差はない状態といえる。

 このポケモンバトルで唯一()があるとすれば、ポケモントレーナーの練度である。

 新米トレーナーのベル。しかし相対しているアクタは、じつはそうでもない。まだチェレンとベルには打ち明けていないものの、ポケモンバトルに関する知識と経験は非常に豊富だ。

 にもかかわらず。

「あちゃあ、負けちゃった」

 戦闘不能になったのは、アクタのミジュマルだった。

「ふええ」

 ベルは感嘆の声を上げる。勝利を喜んでいるというより、勝利した状況に戸惑っているのだ。

「とにかく夢中でポケモンに技を出してもらったら、わからないうちに勝てちゃったあ……」

「すごいねベルさん。おめでとう!」

 勝者を称えつつも、アクタはミジュマルに駆け寄って『げんきのかけら』と『キズぐすり』で回復させる。

「ごめんね、ミジュマル。悔しかったね」

 立ち上がったミジュマルは、ジトっとした目で不機嫌そうにアクタを睨む。

「つぎは絶対、勝てるよ。きみの動き方がよくわかった」

 まったく悔しそうな素振りがなく、それどころか嬉しそうな様子のアクタに、ミジュマルは首を傾げた。──そしてもうひとり、腑に落ちない表情の者がいる。

「……人違いか……?」

 チェレンは怪訝な様子でアクタを見つめている。

「じゃあつぎは、勝ったベルさんとチェレンくんが……」

「あの、アクタさん」

 チェレンは、先ほどまでベルが立っていた位置に歩いていく。

「先にぼくと戦ってもらっていいですか。──ベル、構わないね?」

「え? あたしはだいじょぶだけど……」

「……いいよ。じゃあミジュマル、さっそく戦ってみよう」

 アクタの口ぶりは、まるで先ほどのポカブとのバトルが、バトルでさえなかったようだった。

 

 

 ベルと戦ったときのアクタには、まるでバトルに集中した様子がなかった。何度か“たいあたり”を命じつつ、その目線は相手のポカブではなく、ミジュマルに向けられていた。

 ポケモンを貰って浮かれているのだろうか? そうチェレンは考えていた。だとすれば、このアクタという少年はチェレンが思い浮かべていた人物とは人違いである。

「ツタージャ、“たいあたり”!」

 チェレンもポケモンを扱うのは初めてであるが、浮かれて粗忽な真似はしまい。

「ミジュマル、“しっぽをふる”」

 しかし対するアクタは、

「もう一度、“しっぽをふる”。その後は攻勢に出るよ。ツタージャから目を離さずに。でもぼくの声にも集中してくれ」

 前回のバトルとはまるで別人のように、ミジュマルに細かい指示を出し始める。

 “しっぽをふる”で防御を下げてから、ミジュマルは“たいあたり”を連発するが、決してワンパターンは攻撃ではない。アクタの声は、ミジュマルに様々な角度で攻撃を繰り出させる。

「っ……ツタージャ! “にらみつける”だ!」

 あっという間に劣勢に追い込まれる。逆転するためにチェレンも補助技を択ぶが、時すでに遅し──

「いまだ! “たいあたり”!」

 ミジュマルの突撃が、急所に当たる。

「……! これが……!」

 戦闘不能になったツタージャ。チェレンは愕然とする。

「わわっ! もう終わっちゃった! アクタさん、すごーい!」

「えへへ。ミジュマル! いえい!」

 ミジュマルは、アクタが差し伸べた手を。

 ジャンプして、たしかに触れた。心なしか嬉しそうに。

 

 

 気を取り直して、3戦目。こんどはチェレンとベルの戦いだ。

 ツタージャは“たいあたり”による攻撃を続けて、ポカブを打ち倒した。

「お、チェレンくんが勝ったね。じゃあこれでスコアは……」

「全員それぞれ、1戦1敗ずつですね」

「ポカブ~! ごめんねぇ!」

 ベルは大げさに嘆いて、ポカブを回復させる。

「ぼくら3人は互角だね」

「……そうでしょうか。ぼくはそうとは思えない」

 チェレンの訝しむような言葉に。

「そうだと思うけど……あ、そろそろ敬語も使わなくていいよ。チェレンくんとベルさんは、同い年?」

「そーだよ。あたしたちどっちも12歳!」

「あ、じゃあぼくも同い年だ」

「そーなの? じゃあさじゃあさ、あたしとチェレンのこと、呼び捨てにしていいよ!」

「ベル、勝手に……」

「あたしたちもアクタさんのこと、アクタって呼び捨てにしていい?」

「いいよ。あらためてよろしくね、チェレン。ベル」

 のどかに打ち解けるアクタとベル。しかしチェレンは、いまだにアクタに対する疑念を拭わない。

「……じゃあアクタ。さっきの戦いなんだけどさ。ベルと戦ったとき、きみは──」

 一応、チェレンは言葉を択ぶ。

「──バトルの経過と結果に、まるで動揺していなかったね。なんだかきみは、バトルよりも、ミジュマルの観察を優先したように見えたよ」

 ベルは首を傾げる。アクタも、腕を組んで考え込む。

「まあ、そうっちゃそうだけど……」

 (あた)らずと(いえど)も遠からず。

 ミジュマルの挙動に注目しつつ、アクタはバトルの空気感そのものを肌で反芻していた。なにせ、独りきりでイッシュ地方行きの船に乗って7日。戦いなんて久しぶりだったのだ。

 空気感を思い出す必要があったのだ。

「アクタ。もしかしてきみは……」

「ハーイ! お待たせ、ヤングガールにヤングボーイ!」

 チェレンが言い終わる前に、白衣の女性が現れた。

「あ、アララギ博士!」

「……アララギ博士、遅かったですね」

 チェレンとベルは女性をよく知っているようであるが、あらためて、アクタは現れた白衣の女性を見つめる。

 年のころは、20代なのか30代なのか。なんにしても、アクタが知っている「アララギ博士」の人相とはあまりにも異なる。

「お、お姉さんになってる……!?」

「えーと、あなたがアクタね。なにかものすごい勘違いをしてない?」

 女性は咳払いをして、初対面の少年の前に立つ。

「あなたのことはパパから聞いてるわ。あらためて……わたしの名前はアララギ! ポケモンという種族がいつ誕生したのか……その起源を調べています」

「……あ! なるほど、娘さんなんですね」

 アクタのイッシュ地方行きをお膳立てしてくれた「アララギ博士」は、老齢に差し掛かった男性であった。彼の娘であるならば、なんとなく年頃のイメージも説明がつく。

「はじめまして、アクタです」

「うんうん。ところでその様子だと、もうポケモン勝負をしたのね? それでかな。ポケモンたちもきみたちを信頼しはじめた……そんな感じ!」

 たしかに、ツタージャやポカブは主人となった少年少女に寄り添っている。

 ミジュマルは、まだアクタと距離を取っているが、ちらちらと彼に注意を払っている。

「じゃ、さっそく、これね」

 アララギ博士は3人に、赤いモンスターボールのマークが入った、グレーの装置を渡した。

「これは……ポケモン図鑑ですよね」

 チェレンは装置を起動する。画面がスライドして2画面に展開した。さっそくツタージャたちのデータを取っている。

「さすがチェレン! よく勉強しているわね。──あ、説明いる?」

 ベルのほうはなにも理解していないようなので。

「お願いします」

 アクタは説明を求めた。図鑑の機能云々よりも、はっきり自分たちの使命を明言してほしい。

「じゃ、あらためて説明させてもらうわね。ポケモン図鑑とは……!」

 アララギ博士は一歩下がって、仰々しい声色で図鑑の説明を始める。

「きみたちが出会ったポケモンを自動的に記録していく、ハイテクな道具なの! だからね、きみたちはいろんなところに出かけ、このイッシュ地方すべてのポケモンに出会ってほしいのッ!」

「はい。質問いいですか」

 アクタは小さく挙手をする。

「はい、アクタ」

「ポケモンに出会うって言いましたけど……データの記録は、捕獲じゃなくていいんですか?」

「あら良い質問。その図鑑はポケモンと出会うだけで、姿や生息地の分布を記録できるわ。でも詳細なデータの取得には捕獲が必要になるわね。そっちのほうが助かるかな」

 アクタは「わかりました」と笑顔で頷いた。笑顔が引きつっていないか、不安だった。

「えーと、あとはなんだっけ……」

 アララギ博士は白衣のポケットをごそごそといじって。

「あ、これだわ。あなたたち3人分のトレーナーズカードね」

 まさかこんな雑な渡され方をすると思ってなかったので、アクタはすこし驚いた。

 これがないとポケモンセンターを自由に利用できないので、トレーナーとして非常に貴重なアイテムなのである。

「あと、アクタには……はいこれ」

 腕時計……ではないようだ。画面が付いた腕輪型の装置を渡された。

「ライブキャスターだね。最大4人で同時通話できる通信機だよ」

 そう教えてくれるチェレンと、そしてベルの腕にも同型の装置がある。

「えーっと……渡すものはこれで以上だっけ。なにか忘れてる気が……、まあいっか。足りないものがあったらパパに文句言ってね」

 このアララギ博士はチェレンが言っていたとおり、雑でいい加減な点があるようだ。

「ありがとうございます。おかげで念願のポケモントレーナーになれました」

 チェレンはポケモン図鑑とトレーナーズカードを、大事そうにカバンにしまう。

「あっ、そっか、トレーナー……、あたしたち博士に頼まれたから、冒険してもいいんだよね?」

 ベルはどこか不安そうに、アクタたちに問いかける。

「自分のやりたいことを、探してもいいんだよね?」

「ああ。図鑑を完成させながらなら、好きなように旅すればいい」

 チェレンが優しく頷いた。

 アクタは、ベルの不安そうな様子が気になった。冒険に緊張する気持ちはわからないでもないが、それだけなのだろうか。

「えーと、あとのことはアクタ、あなたに任せていいんだっけ?」

「え?」

 アララギ博士の不意な問いかけに、アクタは首を傾げる。

「詳しくは聞いてないけど、あなたって、カントー地方でトレーナー経験者なんでしょ? だからチェレンやベルにいろいろ教えてあげられる……って聞いて、今回の冒険を手配できたんだけど。チェレンとベルのこと、任せていいのよね?」

「それ、初耳です」

 アクタははっきりと、首を横に振った。

「え!? パパから聞いてない!? ……ん? ていうかあたし、パパにこのこと話したっけ……?」

「博士?」

「えーっと……パパからアクタの話を聞いて、それでチェレンとベルの冒険と合わせられないかって考えて……」

 アララギ博士は、何度か指折り数えたあとに。

「……アクタ! それじゃあトレーナーの先輩として、チェレンとベルのことをよろしくね!」

「うやむやにしようとしてませんか」

 なるほど。雑でいい加減な博士である。

 

 

「えーっとね。あたしの考えでは」

 一旦、チェレンとベルは旅の準備をするために自宅に帰った。

 アクタはアララギ邸に招かれて、あらためて博士から説明を受ける。

「あなたにはチェレンとベルのサポートもしてほしいな、って」

 研究資料が散らかったデスク。アララギ博士は一瞬、片づけようとするも、やがてキリがないことに気づいてすぐに諦めた。

「ふたりだけを送り出しても良かったんだけど……、ベルのパパがね、ちょっと納得してくれなくて」

「……と、言いますと?」

「冒険って、子どもにとって成長につながるとても大きな経験だけど、どうしても危険がつきものよね。どれだけ重大な危険が襲いかかってくるものか、だれにも予知できない。その点が心配なんですって」

「なるほど。心当たりはあります」

 カントー地方でも、シンオウ地方でも、大変な目に遭った。後悔こそしていないものの、親にも、友人にも、ご近所の博士にも、ずいぶんな心配をかけたものだ。

「でも旅の経験があるトレーナーが来る、ってうちのパパが言ってたから、その話に乗らせてもらうことにしたの。トレーナー経験者のアシストがあるってことで、とりあえず両家のご両親の了承は得られたわ」

「肝心のぼくが初耳なんですけど……、まあオッケーですよ」

 ため息交じりではあるが、少年は頷いた。

「なにかあったら助けたり、ふたりに基礎的なことをアドバイスすればいいんですよね?」

「うん。まあそんな感じで結構よ。教え方はあなたに任せるわ」

 だれかになにかを教えるのは得意な分野ではないが、シンオウ地方で似たような真似をしたことがある。そしてその地方のチャンピオンにしばらく師事していたので、「教える」ということはそう難しいことではないはずだ。

「じゃあさっそく、1番道路でポケモンのゲットを教えてあげてね」

「え」

 非常に難しい課題を振られてしまった。

 

 

「あ、これ忘れてた。タウンマップね。チェレンとベルのぶんもあるから、あとで渡しておいて」

 アララギ博士から地図を受け取って、アクタは重い足取りでカノコタウンの外を目指す。

「はあ……、ええと、1番道路は……」

 町を見渡すアクタの耳に。

「あたしだって! ポケモンをもらった立派なトレーナーなんだもん!」

 悲鳴のような少女の叫びが飛び込んできた。

「冒険だってできるんだから!」

 のどかで静謐な町の空気は、少女の声を離れた場所まで通す。やがて声のした方向から、緑の帽子を押さえてベルが走ってきた。

「あっ。アクタ……」

 ベルはアクタと鉢合わせて、足を止める。

「ベル、大丈夫?」

「……大丈夫だよ」

 帽子をぎゅっと押さえたあと、笑顔で顔を上げる。

「……大丈夫!」

「……そっか」

「1番道路だよね! 行こう!」

「うん、行こうか」

 彼女の家庭に踏み込む資格は、まだない。

 から元気なベルとともにカノコタウンの出入口に向かうと、チェレンとツタージャが佇んでいた。

「……遅いよ」

「ごめんごめん、待っててくれたんだね」

「だって、きみがいろいろ教えてくれるんだろう? 先輩として」

 チェレンの視線はどこか皮肉めいていた。

「う、うん……まずは……ケモン……ットを……」

「え、なに? すごい声小さいよ?」

「ポケモンの……ゲットを……」

 アクタの目は泳いでいる。

 自身のなさが隠し切れない。

「ねえチェレン、アクタ! せっかく旅を始めるんだから、最初の一歩はみんなで一緒に

踏み出そうよ!」

「え……」

「お、なんかいいねそれ!」

 首傾げるチェレンをよそに、アクタは元気を取り戻してミジュマルを出す。

「じゃ、行くよ!」

 3人と、3匹のポケモンが1列に並んで。

「「「せーの!!」」」

 この後。

 暴投──否、冒頭のポケモンゲット失敗のお手本に繋がる。

 さしずめアクタが新米トレーナーたちに教えられることは。

 ──完璧な人間はいない。裏を返せば、どんな人間でもなにかが不足しており、あるいは致命的な欠落がある。

 ……ということだ。

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