ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート2 カラクサタウン/解放のスピーチ

「つまりぼくはノーコンなのです」

 1番道路にて。

 チェレンとベルがそれぞれ1匹ずつ、新たなポケモンのゲットに成功するのを見届けて、なかば開き直ってアクタは打ち明けた。

「ノーコンって……、投げたボールが狙ったところに飛ばないってこと?」

「それはどういう……? だってアクタはもともとポケモントレーナーなんだろう? ポケモンの捕獲くらい……」

「できたことない」

「………………」

 チェレンの冷ややかな視線に耐えかねて、思わず目を逸らす。

「練習はしてるんだよ。努力が実るまでは、譲ってもらったポケモンでやりくりするしかないのさ。というわけでがんばろうね、ミジュマル?」

 1番道路を抜けるまで、バトルの際に何度かあらぬ方向に投げられたミジュマルもまた、視線が冷たかった。

「……とにかくもう日も暮れてきた。ベル、アクタ。この先のカラクサタウンに行こう。ポケモンセンターの使い方を知りたい」

「う、うん。それならぼくも教えられるよ」

 

────

 ここはカラクサタウン。

 生い茂るツルは繁栄の証。

────

 

 規模にしてはカノコタウンに匹敵するほどだが、数軒ものビルが並んでおり、ずっと都会的な雰囲気だ。

「さっそくポケモンセンターに行こうか。たぶん、カントーと内容は変わんないと思うけど……、とにかくトレーナーにとって一番大切な施設だと思うから」

 アクタを先頭に、3人は目立つ赤い屋根の施設に入る。

 身元を証明するトレーナーズカードさえあれば、ポケモンの回復、トレーナーの宿泊、食事といったサービスが無料で提供される。この点はカントー地方やシンオウ地方と同様である。

「……あれ!? ポケモンセンターのなかにフレンドリィショップがある!」

 チェレンとベルへの説明の途中で、アクタは建物内のショップに声を上げた。

「たしかにこのほうが便利かも……、すげえ……!」

「カントーでは違うんだ?」

「うん。基本的にべつの建物。──あ、宿泊施設なんだけどさ。ふたりとも、きょうは家に帰るの? それともこのままポケモンセンターに泊まる?」

「ぼくはここに泊まろうかな。ベルは……」

「あ、あたしも!」

 ベルは若干、声を荒げて返事をした。少女ははっとして、大声を恥じるようにうつむく。

「あたし、は──ちょっと、帰りたくないから……」

「……そっか。じゃあ部屋を取ってから、食堂で夕飯にしよう」

 宿泊施設は基本的に相部屋である。ちょうど、アクタはチェレンと同室だった。

「チェレン、上のベッドを使ってもいいぜ」

「あ、うん……なんで偉そうなの?」

 数分後、食堂にて。

「さあ食べよう食べよう。イッシュ地方の料理もおいしそうだねー」

「ケチャップ多くない?」

 アクタは真っ赤なケチャップを指先でひとすくい舐めて。

「なるほどこのメーカーか……」

「す、好きなんだね、ケチャップ」

「好きなんだよ、ケチャップ」

 アクタ、チェレン、ベルの3人は、和やかに食卓を囲む。

「アクタって、どおしてイッシュ地方に来たの?」

 ベルの踏み込んだ問いに、チェレンはぴくっと肩を揺らす。

「知らないポケモンがいる地方を冒険したかったからかな」

 アクタの返答を聞いて、チェレンはほっとして肩を落とした。気まずい答えではなかったことに安堵したのだ。

 アクタのような、まともにモンスターボールを投げられない人間が、まともなポケモントレーナーなわけがない。──そう思っていた。

 恐らく、カントー地方では上手くいかず、紆余曲折を経て環境を変えることにしたのだろう。ずいぶんと複雑で、大変な思いをしたことは、想像に難くない。

「でもイッシュ地方ってカントーから遠いでしょ? 来るの、大変じゃなかった?」

 ──引き続き、ベルがデリケート(おそらく)な部分に踏み入ろうとしている。

「ベル、あまり質問し過ぎるのは……」

 チェレンが咎めるよりも前に。

「船旅だったからたしかに遠かったけど、手続きなんかは大人のみなさんが手伝ってくれたし、そんなに大変じゃなかったよ」

 口の周りをケチャップで真っ赤にしたまま、アクタはけろりとして答える。

「まあ……、大変なことも……」

 しかし小さく、ため息をつく。

「友だちをなだめるのが、すごく大変だったかな」

 

 

「チーちゃん。ぼく、イッシュ地方に行くよ」

「え、わたしも行きます」

「ダメです」

「………………え?」

 それからは、泣きじゃくる少女を説得するのに何日もかかった。

 少女のことが嫌いなわけでもない。同行を断るのはアクタにも言い分がある。

 第一に、旅とはひとりでするものだ。

 第二に、この少女がまったく実家に帰っていないことだ。

 先日、とうとうオーキド博士から「ウツギ博士が、たまにはワカバタウンに帰って来てほしいと言っておったぞ」と伝言を聞いた。

 それほどまでにこの少女は、シロガネ山やマサラタウンの自宅など、とにかくアクタの行くところに付きっきりだったのだ。

 手持ちポケモンと一緒になって甘えてくる始末である。

 たまに奇怪な行動をとる少女だが、すごく頭が良いし、なにかと手伝いをしてくれるので、アクタにとっては非常に助かる存在である。だからといって、遠く地方の冒険にまで連れて行くわけにはいかない。

「えーと、じゃあおさらいします。チーちゃんがぼくのイッシュ地方行きを認めてくれる条件は──」

 粘り強い交渉ののち、どうにか合意にたどり着いた。

「シロガネ山の管理は、チーちゃんに任せます。ぼくのポケモンのお世話も、チーちゃんに任せます」

「はいお任せください。そしてイッシュ地方での冒険のレポートをちゃんと記録し、それをわたしへのお土産にしてください。あと三日に一度は電話してください。PC経由のネット通話なら、カメラ付きでできますよね」

「で、でも時差があるからいつ電話していいのか……」

「アクタ兄さんの都合の良いときで大丈夫です。いついかなるときでも応えます」

 この条件でもずいぶんと軽くなったくらいである。

 もう連れて行ったほうが楽なんじゃないかと思ったくらいだ。

「……わたしはともかく、ポケモンたちを連れていけないのは残念ですね」

「しょうがないよ。イッシュ地方って、ポケモンの出入国がかなり厳しいらしいからさ。よほどじゃないと認められないらしい。──アララギ博士っていうひとに、さっそく1匹譲ってもらえる約束をしてるから、とりあえずその子とがんばるよ」

「兄さんならきっと大丈夫です。すぐにイッシュ地方を征服できるでしょう」

「そんな物騒な目標は持っちゃいねーよ」

 

 

 カラクサタウンポケモンセンターに宿泊して、翌朝。

「ベル、遅いねえ」

「うーん、予想通りというか……」

 三人一緒に朝食を摂る約束をしていたのに、女子が寝坊だった。朝食の前に、アクタとチェレンはロビーで待ちぼうけを食わされている。

 足元のミジュマルを撫でようとするが、避けられてしまう。

「どうする、アクタ? 先に食堂に行ってしまおうか」

「いやあ、できればもうちょっと待ってあげたいけど……」

 思案し始めたところで。

「なんか広場で始まるらしいぞ!」

「んじゃちょいと行ってみるかね」

 なにやら外が騒がしい。このままベルを待つのも退屈なので、ふたりも町の広場まで行ってみる。

「なにこれ……?」

 そよ風に揺らめく、盾のようなエンブレムの旗。

 旗を掲げるのは、騎士の鎧のような制服をまとった、数人の男女。彼らは毅然とした佇まいで整列している。

 そして彼らの中央には、豪奢なコートをまとった、品のある老人が立つ。やがて老人は集まった民衆に向かって、一歩進み出た。

「わたくしの名前はゲーチス。プラズマ団のゲーチスです」

 プラズマ団。

 アクタも含めてその場に集まった民衆全員が、聞き慣れぬ名に疑問符を浮かべた。

「今日みなさんにお話しするのは、()()()()()()についてです」

 疑問符は、さらに大きくなる。民衆からも思わず声が上がる。

「えっ?」

「なに?」

 ゲーチスと名乗った男は、心地よさそうに戸惑いの声を浴び、悠然と広場(ステージ)を数歩、歩む。

「我々人間はポケモンとともに暮らしてきました。お互いを求め合い、必要とし合うパートナー……そう思っておられる方が多いでしょう。──ですが、本当にそうなのでしょうか?」

 少年は思わず、眉をひそめた。

「我々人間がそう思い込んでいるだけ……そんなふうに考えたことはありませんか?」

 ゲーチスは民衆それぞれに語りかけるように、彼らの目の前をゆっくりと歩く。

「トレーナーはポケモンに好き勝手命令している……仕事のパートナーとしてもこきつかっている……『そんなことはない』とだれがはっきりと言い切れるのでしょうか」

 民衆から口々に動揺の声が広がる。

「そんな」

「ドキ!」

「わからんよ」

 アクタはゲーチスの語りによく耳を傾け、咀嚼する。

 同時にゲーチスという男の表情や仕草にも、よく目を配る。

「いいですかみなさん。ポケモンは人間とは異なり、未知の可能性を秘めた生き物なのです。我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。そんなポケモンたちに対し、わたくしたち人間がすべきことはなんでしょうか」

「解放?」

 民衆のなかのだれかが、そう呟いた。

「そうです! ポケモンを()()することです!!」

 ゲーチスは寛大な笑みを浮かべ、両腕を広げた。

「そうしてこそ人間とポケモンは、はじめて対等になれるのです」

「………………」

 そんなことない、と叫びたい気持ちはあったが。

「みなさん、ポケモンと正しく付き合うために、どうすべきかよく考えてください」

 この男の話も、まるで理解できないわけでもない。

 足元にいるミジュマルが、もしもこのスピーチの内容を理解しているならば、どんな風に思うのだろうか。

「──というところで、わたくし、ゲーチスの話を終わらせていただきます。ご清聴感謝いたします」

 スピーチが終わり、制服の団員たちとゲーチスは、整然と並んで広場を去って行った。

「いまの演説……わしたちはどうすればいいんだ?」

「ポケモンを解放って、そんな話ありえないでしょ!」

 口々に動揺の声を呟きつつ、民衆たちも解散していった。──アクタはミジュマルを直視することができず、隣にチェレンがいることさえ意識から抜け落ち、立ち尽くして考え込んでいた。

「キミのポケモンいま話していたよね……」

 そんなアクタに声をかけたのは、チェレンではなく、ふたりよりもいくつか年上に見える黒い帽子の青年だった。

「え?」

 青年の口調は、ボーっとしていたアクタには上手く聞き取れないほど早口だった。青年が気にしているのは、アクタが連れているミジュマルだ。

「……ずいぶんと早口なんだな。それにポケモンが話した……だって? おかしなことをいうね」

 戸惑うアクタを庇うように、チェレンが受け応える。

「ああ話しているよ。そうかキミたちにも聞こえないのか……、かわいそうに」

 早口の青年は、ため息交じりに帽子のつばを抑える。

「……ぼくはアクタ。あなたは?」

「ボクの名前はN」

「エヌ?」

 失礼ながら、変な名前だな、と思ってしまった。

「……ぼくはチェレン。こちらのアクタもだけど、頼まれてポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところ。──もっとも、ぼくの最終目標はチャンピオンだけど」

「え、チェレン、そうなの!? へー! がんばってね!」

「アクタ、いまこっちの話は……」

「ポケモン図鑑ね……」

 Nは一層、つまらなさそうに下を向く。

「そのために幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるんだ。ボクもトレーナーだがいつも疑問で仕方ない。ポケモンはそれでシアワセなのかって」

「……難しい話だったね」

 アクタは、先ほどまでプラズマ団なる集団がいた広場を一瞥した。

「ポケモンの解放か……それが正しいことなのか、難しい話だった。ぼくは反対寄りだけど……言い分がまったくわからんでもない。というか、思い当たる節がある。悪い人間って、ちょっといるもんね」

 そしてNに向き合う。

「良かったらバトルしない? 頭を整理したいんだ」

「そうだね」

 青年はすぐに頷いた。

「キミのポケモンの声をもっと聴かせてもらおう!」

「声……?」

 

 

 Nが繰り出したのは、チョロネコという紫色の毛並みの、細身なネコのポケモン。

 その落ち着いた佇まいから、てっきり彼はベテラン寄りのトレーナーかと思ったのだが、どうやらチョロネコのレベルは低い。──もっとも、それはアクタもおなじことだ。ふたつの地方を制覇しておきながら、きのう知り合ったばかりのミジュマルただ1匹と組んでいるのだから。

「ミジュマル、“たいあたり”!」

「チョロネコ、“ひっかく”! ──もっと! キミのポケモンの声を聴かせてくれ!」

 補助技もそこそこに、単純な攻撃技のぶつかり合い。──が、観戦していて退屈なバトルではなかった。ミジュマルも、チョロネコも、素早い身のこなしで衝突する。

「こ、これが……ポケモンバトル……!」

 チェレンとツタージャは、激しいバトルに戦慄していた。

 バトルにおいて重要なのは、ポケモンの能力と技、そして相性。そんなものだと思っていた。しかしアクタとNがこのバトルを表現しているのは──言うなれば、呼吸(いき)

 ポケモンの動きに合わせて指示を出すことで、適切なタイミングで、最大限の威力で技を発揮している。

 チェレンはいよいよ、アクタの正体がわからなくなってきた。

 人違いなのか。それとも本物なのか。

「──はいとどめ! “たいあたり”!」

 永遠のような時間──しかしじつのところほんの数分後、チョロネコの体力が尽きて、バトルは終了した。

「そんなことを言うポケモンが……」

 Nは、敗北とはべつのことに驚いているようだ。

「さっきからあんた、まるでポケモンの言葉がわかってるみたいだ。──だとしたら、ちょっとだけ羨ましいかも」

 アクタは、息を切らすミジュマルの背中を撫でて労う。

 Nは返答せず、『ひんし』のチョロネコをモンスターボールに戻す。

「モンスターボールに閉じ込められている限り……、ポケモンは完全な存在にはなれない」

「………………」

「ボクはポケモンというトモダチのため世界を変えねばならない」

 捨て台詞か──あるいは決意の言葉か。

 Nは少年たちに背を向ける。

「ねえ、また会えるよね?」

 アクタの問いに、一瞬、Nは足を止める。

「ぼくたち、もっと強くなるからさ。つぎも負けないぜ」

「………………」

 答えることなく、青年はそのまま広場を去って行った。

「……おかしなヤツ」

 口を尖らせるチェレンに、アクタは苦笑する。

「でもポケモンをトモダチって言ってるし、悪いヤツじゃないかもね。……まあ、たしかにおかしなヤツだとは思うけど」

「なんにしても、あのプラズマ団って連中のことも、あいつのことも、気にすることないよ。トレーナーとポケモンはお互い助け合っている! ──ぼくはそう思ってる」

「うん、ぼくもそう思うよ。──さ、ポケモンセンターに戻ろうか。ミジュマルの回復と、あとおなか減った。朝めし前の運動にしては、激しいバトルだったかな」

 ポケモンセンターに帰って来たふたりを。

「あ! チェレン、アクタ! 遅いよー、もう!」

 ベルの文句が出迎えた。

 遅いよ、はこっちのセリフなのだが、お返しするほど元気はなかった。

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