ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「つまりぼくはノーコンなのです」
1番道路にて。
チェレンとベルがそれぞれ1匹ずつ、新たなポケモンのゲットに成功するのを見届けて、なかば開き直ってアクタは打ち明けた。
「ノーコンって……、投げたボールが狙ったところに飛ばないってこと?」
「それはどういう……? だってアクタはもともとポケモントレーナーなんだろう? ポケモンの捕獲くらい……」
「できたことない」
「………………」
チェレンの冷ややかな視線に耐えかねて、思わず目を逸らす。
「練習はしてるんだよ。努力が実るまでは、譲ってもらったポケモンでやりくりするしかないのさ。というわけでがんばろうね、ミジュマル?」
1番道路を抜けるまで、バトルの際に何度かあらぬ方向に投げられたミジュマルもまた、視線が冷たかった。
「……とにかくもう日も暮れてきた。ベル、アクタ。この先のカラクサタウンに行こう。ポケモンセンターの使い方を知りたい」
「う、うん。それならぼくも教えられるよ」
────
ここはカラクサタウン。
生い茂るツルは繁栄の証。
────
規模にしてはカノコタウンに匹敵するほどだが、数軒ものビルが並んでおり、ずっと都会的な雰囲気だ。
「さっそくポケモンセンターに行こうか。たぶん、カントーと内容は変わんないと思うけど……、とにかくトレーナーにとって一番大切な施設だと思うから」
アクタを先頭に、3人は目立つ赤い屋根の施設に入る。
身元を証明するトレーナーズカードさえあれば、ポケモンの回復、トレーナーの宿泊、食事といったサービスが無料で提供される。この点はカントー地方やシンオウ地方と同様である。
「……あれ!? ポケモンセンターのなかにフレンドリィショップがある!」
チェレンとベルへの説明の途中で、アクタは建物内のショップに声を上げた。
「たしかにこのほうが便利かも……、すげえ……!」
「カントーでは違うんだ?」
「うん。基本的にべつの建物。──あ、宿泊施設なんだけどさ。ふたりとも、きょうは家に帰るの? それともこのままポケモンセンターに泊まる?」
「ぼくはここに泊まろうかな。ベルは……」
「あ、あたしも!」
ベルは若干、声を荒げて返事をした。少女ははっとして、大声を恥じるようにうつむく。
「あたし、は──ちょっと、帰りたくないから……」
「……そっか。じゃあ部屋を取ってから、食堂で夕飯にしよう」
宿泊施設は基本的に相部屋である。ちょうど、アクタはチェレンと同室だった。
「チェレン、上のベッドを使ってもいいぜ」
「あ、うん……なんで偉そうなの?」
数分後、食堂にて。
「さあ食べよう食べよう。イッシュ地方の料理もおいしそうだねー」
「ケチャップ多くない?」
アクタは真っ赤なケチャップを指先でひとすくい舐めて。
「なるほどこのメーカーか……」
「す、好きなんだね、ケチャップ」
「好きなんだよ、ケチャップ」
アクタ、チェレン、ベルの3人は、和やかに食卓を囲む。
「アクタって、どおしてイッシュ地方に来たの?」
ベルの踏み込んだ問いに、チェレンはぴくっと肩を揺らす。
「知らないポケモンがいる地方を冒険したかったからかな」
アクタの返答を聞いて、チェレンはほっとして肩を落とした。気まずい答えではなかったことに安堵したのだ。
アクタのような、まともにモンスターボールを投げられない人間が、まともなポケモントレーナーなわけがない。──そう思っていた。
恐らく、カントー地方では上手くいかず、紆余曲折を経て環境を変えることにしたのだろう。ずいぶんと複雑で、大変な思いをしたことは、想像に難くない。
「でもイッシュ地方ってカントーから遠いでしょ? 来るの、大変じゃなかった?」
──引き続き、ベルがデリケート(おそらく)な部分に踏み入ろうとしている。
「ベル、あまり質問し過ぎるのは……」
チェレンが咎めるよりも前に。
「船旅だったからたしかに遠かったけど、手続きなんかは大人のみなさんが手伝ってくれたし、そんなに大変じゃなかったよ」
口の周りをケチャップで真っ赤にしたまま、アクタはけろりとして答える。
「まあ……、大変なことも……」
しかし小さく、ため息をつく。
「友だちをなだめるのが、すごく大変だったかな」
:
「チーちゃん。ぼく、イッシュ地方に行くよ」
「え、わたしも行きます」
「ダメです」
「………………え?」
それからは、泣きじゃくる少女を説得するのに何日もかかった。
少女のことが嫌いなわけでもない。同行を断るのはアクタにも言い分がある。
第一に、旅とはひとりでするものだ。
第二に、この少女がまったく実家に帰っていないことだ。
先日、とうとうオーキド博士から「ウツギ博士が、たまにはワカバタウンに帰って来てほしいと言っておったぞ」と伝言を聞いた。
それほどまでにこの少女は、シロガネ山やマサラタウンの自宅など、とにかくアクタの行くところに付きっきりだったのだ。
手持ちポケモンと一緒になって甘えてくる始末である。
たまに奇怪な行動をとる少女だが、すごく頭が良いし、なにかと手伝いをしてくれるので、アクタにとっては非常に助かる存在である。だからといって、遠く地方の冒険にまで連れて行くわけにはいかない。
「えーと、じゃあおさらいします。チーちゃんがぼくのイッシュ地方行きを認めてくれる条件は──」
粘り強い交渉ののち、どうにか合意にたどり着いた。
「シロガネ山の管理は、チーちゃんに任せます。ぼくのポケモンのお世話も、チーちゃんに任せます」
「はいお任せください。そしてイッシュ地方での冒険のレポートをちゃんと記録し、それをわたしへのお土産にしてください。あと三日に一度は電話してください。PC経由のネット通話なら、カメラ付きでできますよね」
「で、でも時差があるからいつ電話していいのか……」
「アクタ兄さんの都合の良いときで大丈夫です。いついかなるときでも応えます」
この条件でもずいぶんと軽くなったくらいである。
もう連れて行ったほうが楽なんじゃないかと思ったくらいだ。
「……わたしはともかく、ポケモンたちを連れていけないのは残念ですね」
「しょうがないよ。イッシュ地方って、ポケモンの出入国がかなり厳しいらしいからさ。よほどじゃないと認められないらしい。──アララギ博士っていうひとに、さっそく1匹譲ってもらえる約束をしてるから、とりあえずその子とがんばるよ」
「兄さんならきっと大丈夫です。すぐにイッシュ地方を征服できるでしょう」
「そんな物騒な目標は持っちゃいねーよ」
:
カラクサタウンポケモンセンターに宿泊して、翌朝。
「ベル、遅いねえ」
「うーん、予想通りというか……」
三人一緒に朝食を摂る約束をしていたのに、女子が寝坊だった。朝食の前に、アクタとチェレンはロビーで待ちぼうけを食わされている。
足元のミジュマルを撫でようとするが、避けられてしまう。
「どうする、アクタ? 先に食堂に行ってしまおうか」
「いやあ、できればもうちょっと待ってあげたいけど……」
思案し始めたところで。
「なんか広場で始まるらしいぞ!」
「んじゃちょいと行ってみるかね」
なにやら外が騒がしい。このままベルを待つのも退屈なので、ふたりも町の広場まで行ってみる。
「なにこれ……?」
そよ風に揺らめく、盾のようなエンブレムの旗。
旗を掲げるのは、騎士の鎧のような制服をまとった、数人の男女。彼らは毅然とした佇まいで整列している。
そして彼らの中央には、豪奢なコートをまとった、品のある老人が立つ。やがて老人は集まった民衆に向かって、一歩進み出た。
「わたくしの名前はゲーチス。プラズマ団のゲーチスです」
プラズマ団。
アクタも含めてその場に集まった民衆全員が、聞き慣れぬ名に疑問符を浮かべた。
「今日みなさんにお話しするのは、
疑問符は、さらに大きくなる。民衆からも思わず声が上がる。
「えっ?」
「なに?」
ゲーチスと名乗った男は、心地よさそうに戸惑いの声を浴び、悠然と
「我々人間はポケモンとともに暮らしてきました。お互いを求め合い、必要とし合うパートナー……そう思っておられる方が多いでしょう。──ですが、本当にそうなのでしょうか?」
少年は思わず、眉をひそめた。
「我々人間がそう思い込んでいるだけ……そんなふうに考えたことはありませんか?」
ゲーチスは民衆それぞれに語りかけるように、彼らの目の前をゆっくりと歩く。
「トレーナーはポケモンに好き勝手命令している……仕事のパートナーとしてもこきつかっている……『そんなことはない』とだれがはっきりと言い切れるのでしょうか」
民衆から口々に動揺の声が広がる。
「そんな」
「ドキ!」
「わからんよ」
アクタはゲーチスの語りによく耳を傾け、咀嚼する。
同時にゲーチスという男の表情や仕草にも、よく目を配る。
「いいですかみなさん。ポケモンは人間とは異なり、未知の可能性を秘めた生き物なのです。我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。そんなポケモンたちに対し、わたくしたち人間がすべきことはなんでしょうか」
「解放?」
民衆のなかのだれかが、そう呟いた。
「そうです! ポケモンを
ゲーチスは寛大な笑みを浮かべ、両腕を広げた。
「そうしてこそ人間とポケモンは、はじめて対等になれるのです」
「………………」
そんなことない、と叫びたい気持ちはあったが。
「みなさん、ポケモンと正しく付き合うために、どうすべきかよく考えてください」
この男の話も、まるで理解できないわけでもない。
足元にいるミジュマルが、もしもこのスピーチの内容を理解しているならば、どんな風に思うのだろうか。
「──というところで、わたくし、ゲーチスの話を終わらせていただきます。ご清聴感謝いたします」
スピーチが終わり、制服の団員たちとゲーチスは、整然と並んで広場を去って行った。
「いまの演説……わしたちはどうすればいいんだ?」
「ポケモンを解放って、そんな話ありえないでしょ!」
口々に動揺の声を呟きつつ、民衆たちも解散していった。──アクタはミジュマルを直視することができず、隣にチェレンがいることさえ意識から抜け落ち、立ち尽くして考え込んでいた。
「キミのポケモンいま話していたよね……」
そんなアクタに声をかけたのは、チェレンではなく、ふたりよりもいくつか年上に見える黒い帽子の青年だった。
「え?」
青年の口調は、ボーっとしていたアクタには上手く聞き取れないほど早口だった。青年が気にしているのは、アクタが連れているミジュマルだ。
「……ずいぶんと早口なんだな。それにポケモンが話した……だって? おかしなことをいうね」
戸惑うアクタを庇うように、チェレンが受け応える。
「ああ話しているよ。そうかキミたちにも聞こえないのか……、かわいそうに」
早口の青年は、ため息交じりに帽子のつばを抑える。
「……ぼくはアクタ。あなたは?」
「ボクの名前はN」
「エヌ?」
失礼ながら、変な名前だな、と思ってしまった。
「……ぼくはチェレン。こちらのアクタもだけど、頼まれてポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところ。──もっとも、ぼくの最終目標はチャンピオンだけど」
「え、チェレン、そうなの!? へー! がんばってね!」
「アクタ、いまこっちの話は……」
「ポケモン図鑑ね……」
Nは一層、つまらなさそうに下を向く。
「そのために幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるんだ。ボクもトレーナーだがいつも疑問で仕方ない。ポケモンはそれでシアワセなのかって」
「……難しい話だったね」
アクタは、先ほどまでプラズマ団なる集団がいた広場を一瞥した。
「ポケモンの解放か……それが正しいことなのか、難しい話だった。ぼくは反対寄りだけど……言い分がまったくわからんでもない。というか、思い当たる節がある。悪い人間って、ちょっといるもんね」
そしてNに向き合う。
「良かったらバトルしない? 頭を整理したいんだ」
「そうだね」
青年はすぐに頷いた。
「キミのポケモンの声をもっと聴かせてもらおう!」
「声……?」
:
Nが繰り出したのは、チョロネコという紫色の毛並みの、細身なネコのポケモン。
その落ち着いた佇まいから、てっきり彼はベテラン寄りのトレーナーかと思ったのだが、どうやらチョロネコのレベルは低い。──もっとも、それはアクタもおなじことだ。ふたつの地方を制覇しておきながら、きのう知り合ったばかりのミジュマルただ1匹と組んでいるのだから。
「ミジュマル、“たいあたり”!」
「チョロネコ、“ひっかく”! ──もっと! キミのポケモンの声を聴かせてくれ!」
補助技もそこそこに、単純な攻撃技のぶつかり合い。──が、観戦していて退屈なバトルではなかった。ミジュマルも、チョロネコも、素早い身のこなしで衝突する。
「こ、これが……ポケモンバトル……!」
チェレンとツタージャは、激しいバトルに戦慄していた。
バトルにおいて重要なのは、ポケモンの能力と技、そして相性。そんなものだと思っていた。しかしアクタとNがこのバトルを表現しているのは──言うなれば、
ポケモンの動きに合わせて指示を出すことで、適切なタイミングで、最大限の威力で技を発揮している。
チェレンはいよいよ、アクタの正体がわからなくなってきた。
人違いなのか。それとも本物なのか。
「──はいとどめ! “たいあたり”!」
永遠のような時間──しかしじつのところほんの数分後、チョロネコの体力が尽きて、バトルは終了した。
「そんなことを言うポケモンが……」
Nは、敗北とはべつのことに驚いているようだ。
「さっきからあんた、まるでポケモンの言葉がわかってるみたいだ。──だとしたら、ちょっとだけ羨ましいかも」
アクタは、息を切らすミジュマルの背中を撫でて労う。
Nは返答せず、『ひんし』のチョロネコをモンスターボールに戻す。
「モンスターボールに閉じ込められている限り……、ポケモンは完全な存在にはなれない」
「………………」
「ボクはポケモンというトモダチのため世界を変えねばならない」
捨て台詞か──あるいは決意の言葉か。
Nは少年たちに背を向ける。
「ねえ、また会えるよね?」
アクタの問いに、一瞬、Nは足を止める。
「ぼくたち、もっと強くなるからさ。つぎも負けないぜ」
「………………」
答えることなく、青年はそのまま広場を去って行った。
「……おかしなヤツ」
口を尖らせるチェレンに、アクタは苦笑する。
「でもポケモンをトモダチって言ってるし、悪いヤツじゃないかもね。……まあ、たしかにおかしなヤツだとは思うけど」
「なんにしても、あのプラズマ団って連中のことも、あいつのことも、気にすることないよ。トレーナーとポケモンはお互い助け合っている! ──ぼくはそう思ってる」
「うん、ぼくもそう思うよ。──さ、ポケモンセンターに戻ろうか。ミジュマルの回復と、あとおなか減った。朝めし前の運動にしては、激しいバトルだったかな」
ポケモンセンターに帰って来たふたりを。
「あ! チェレン、アクタ! 遅いよー、もう!」
ベルの文句が出迎えた。
遅いよ、はこっちのセリフなのだが、お返しするほど元気はなかった。