ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
翌日。
「いらっしゃいませ! こちらはトレーナーに合わせたメニューが自慢です!」
サンヨウジムに入ると、ウェイトレスの女性に出迎えられる。彼女はアクタが「レストランの客」ではなく、「ジムチャレンジャー」であることをわかっていた。
内装はアクタが知っている「ジム」っぽくない。どこをどう見てもオシャレかつカジュアルなカフェレストランだ。ここがジムだと知らなければ、ひとりで来ることはなかっただろう。
緊張しつつも、さっそく挑戦の手続きを済ませるアクタに。
「どうも! 自分はポケモンジムに挑戦するトレーナーをガイドする、ガイドーといいます」
サングラスの男が話しかけてきた。
「こういうひとがいるのは、どこの地方でも一緒なんだな。でも名乗ってもらえたのは初めてです」
「なんの話っすか? まあとにかく、ジムに挑戦ありがとうございます。記念にこれを差し上げますよ」
ガイドーと名乗った男は『おいしいみず』を差し出した。ポケモンの回復アイテムにもなる、日ごろからお世話になって言う飲料水だ。いくらあっても困らない。
どうやら、これまでアクタが出会ってきた正体不明のジム男と違って、このガイドーははっきりと、ポケモンジムを管理するポケモンリーグ側の人間のようだ。うさん臭さレベルが低い分、じつに安心できる。
「ありがとうございます。それで、ここはどんなジムなんですか?」
「ずばり、タイプ相性について学べるジムです」
ガイドーはサングラスの位置を正す。
「ポケモン勝負の基本はタイプの相性なんですよね。相手のポケモンに対して有利なタイプのポケモン、有利なタイプの技を選べば、勝利は目前っすよね」
「たしかに。基本はそうだ」
あくまでも基本は。
アクタはこれまでのバトルで、タイプ相性を覆す要素をいくつも見てきた。
「ということでこのジムは、カーテンに描かれたポケモンのタイプに対して、相性の良いタイプのスイッチを踏めば、先に進めるっす!!」
基本的なことをレクチャーするだけあって、どうやらこのサンヨウジムは、新米トレーナーの入り口のような役割を果たしているらしい。タイプ相性のクイズは初心者ならば足を止めてしまうだろうが、アクタにとっては関門にもならなかった。
そういうわけで、ジムトレーナーであるウェイターやウェイトレスとのバトルすら手早く終わらせて。
「ようこそ。こちらサンヨウシティ、ポケモンジムです」
昨日ジムの前で出会った、緑の髪のウェイターがいる部屋にたどり着いた。ジムリーダーである彼がうやうやしくアクタにお辞儀したかと思うと、その背後からふたり分の人影が飛び出してきた。
「オレはほのおタイプのポケモンで暴れる、ポッド!」
「みずタイプを使いこなすコーンです。以後お見知りおきを」
ウェイターが3人、アクタの前に並ぶ。
「そしてぼくはですね、くさタイプのポケモンが好きなデントと申します」
3人は、少年を翻弄するかのように身をひるがえす。まるでダンスだ。
「えーと……、アクタです」
パフォーマンスを楽しむ余裕もなく、アクタは疑問を露骨に表情に出していた。緑の髪のウェイター、デントはすこしだけ申し訳なさそうに苦笑し、説明に入ろうとする。
「あのですね……、ぼくたちはですね、どうして3人いるかといいますと……」
「もう! オレが説明するッ!」
が、赤い髪のウェイター、ポッドがデントを押しのけた。
「オレたち3人はッ! 相手が最初に手に入れたポケモンのタイプに合わせて、だれが戦うか決めるんだッ!」
「そうなんだよね」
つぎに青い髪のウェイター、コーンがさらにポッドの前に出る。
「そしてあなたが最初に選んだパートナーは、みずタイプなんだよね」
「そうです。……ということは?」
ポッドとコーンは頷いて、下がってもうひとりのウェイターに場を譲った。
「はい……、というわけで、くさタイプのポケモンが好きなぼく、デントがお相手します」
「………………」
アクタは、腰のモンスターボールに潜むミジュマルを一瞥した。
「そのシステム、ちょっとズルくないですか」
「あ、やっぱりそう思います?」
:
思わず苦言を呈してしまったものの、苦手なタイプに向き合うこともまた、ポケモントレーナーとして必要な経験である。
「でも、わかりました。くさタイプ使いのデントさんに挑戦させてください」
それがよくわかっているアクタは、この不利な戦いを受け容れることにした。
「あっはい。ぼくでよろしければ、真心を込めてお相手させていただきます」
レストラン内とはいえ、十分な広さのあるバトルステージ。アクタとデントはそれぞれモンスターボールを手に対峙する。
「ヨーテリー!」
デントが繰り出す1匹目は、くさタイプではなかった。
どうやらもうひとつモンスターボールがあるようなので、そちらが本命。このヨーテリーは様子見なのだろう。
「まずはウォーミングアップかな。さあ行こう、ミジュマル!」
アクタの投げたボールは真横に飛んで、テーブルの下に入ってしまった。
「いやなにしてんだよお前ッ!」
「お客様、困りますよ」
観戦しているポッドとコーンに突っ込まれてしまう。
「ご、ごめんなさい。いつもどおり手元が滑って……」
クロスが掛かったテーブルの下から、ミジュマルが不満そうに這い出る。アクタをジトっとした目で睨んで、速やかにバトルフィールドに駆けつけた。
「ミジュマルも、ごめんね?」
「えーと、じゃあ始めましょっか!」
気を取り直したデントの号令にて、イッシュ地方最初のジムリーダー戦が始まった。
「ヨーテリー、“ふるいたてる”!」
攻撃と特攻が上がる。どうやら様子見の1匹目、と思うのは侮りかもしれない。
「油断せずにやるよ。ミジュマル、“きあいだめ”」
急所に当たる確率を上げつつ。
「そして“みずでっぽう”!」
水流を放つ。急所にこそヒットしなかったが、大きなダメージは与えた。
「ああ! ぼくのヨーテリー!」
「よしよし、やっぱり強くなってるね、ミジュマル」
嘆くデントをよそに、少年は笑みを浮かべる。
その後、ヨーテリーの“かみつく”の反撃をものともせず、“たいあたり”の一撃でミジュマルは勝利を収めた。
「……あれ? もしかしてぼくのポケモン、あと1匹?」
デントは腰のモンスターボールに触れて、呑気に首を傾げていた。どうにも掴みどころがないというか──くさタイプのジムリーダーとはみんなこんな感じだろうか。アクタはカントー地方で仲良くなった「お嬢」を思い出した。
「とにかくいってらっしゃい、“ヤナップ”!」
繰り出されるのは、最後の1匹にしてようやくくさタイプのポケモン。頭に木のような器官を持つ緑色の体毛の、ヤナップというポケモンだった。
「ミジュマル、“たいあたり”!」
急所に当たれば勝ち目が明瞭に見えるだろうが、理想通りにはいかない。
「“つるのムチ”!」
反撃のくさタイプの攻撃に、ミジュマルは膝をつく。
「やっぱり効果抜群はキツイよな……、さて」
不利なタイプのポケモンと戦う際の対処はいくつかある。
たとえば、道具を使って回復し、無理矢理にでも『ひんし』を避けること。──ミジュマルの体力ならば、そういう戦い方も可能だろう。
しかしいまはもっとスマートな対処がある。
「ミジュマル、ここまでにしよう」
アクタの声に、露骨にミジュマルは肩を落とし、しかし主人の足元まで下がる。
交代だった。ミジュマルをモンスターボールに戻し、もうひとつのボールを手にする。
「あ、もう1匹いるんでしたね。さて、どんな相手が飛び出すんだろう」
「今回の切り札」
スイッチを押したモンスターボールを、足元に落として開けた。
それは、見た目こそヤナップと似ているものの、炎のような赤い体毛を持っている。
「バオップ!?」
見た目のとおり、タイプはほのお。
バオップはたれ目で主人を一瞥して、すぐにバトルの相手であるヤナップに向き直る。
「う……ヤナップ、“みだれひっかき”!」
突進してくるヤナップに、アクタとバオップは照準を合わせる。
「バオップ、“やきつくす”!」
ヤナップは炎に包まれ、その一撃で戦闘不能となった。
「……えーっと。終わっちゃいました?」
呑気なふうなデントの言葉には、たしかに動揺と落胆があった。
「はい。ぼくらの勝ちだと思います」
:
「あ。美味しい」
紅茶をひと口飲んだ少年の反応に、デント、ポッド、コーンの3人は顔を見合わせて「よし」と頷いた。
「紅茶ってこんなに美味しいんだ……。いつもミルクティーとかレモンティーとか、甘いやつしか飲まないから、知らなかった」
「それ、ペットボトルや紙パックなんかに入っているやつではないですか?」
呆れてコーンが肩をすくめる。
「ぼくらの淹れる紅茶は、その時々のお客様に合わせて出していますからね。まずはこのぼく、デントが茶葉を選びます」
「茶葉ってそんなに何種類もあるんですか?」
「そうなんです!」
「そしてこのコーンが、茶葉に合う水を選びます」
「水にも種類があるんですか?」
「そうなんです」
「そしてオレ、ポッドが適切な温度に沸かすぜ!」
「温度で変わるんですか?」
「そーなんですッ!」
アクタは感心してもうひと口、紅茶を飲んだ。やはり、美味い。
「ほかにも、その日の気温や湿度によって選択肢は広がります。ぼくらはそれらからベストなものを選んで、お客様に提供するようにしてるんですよ。──まあ、いまのところ三人揃ってようやく一人前、といったところですがね」
自嘲気味に肩をすくめるデントたち。素人のアクタには、彼が謙遜する意味さえわからない。
「べつに、ベストな紅茶を出せるのだから、何人がかりでもいいと思いますけどね。ポケモンバトルだって、1匹でずっと勝ち続けることはできない。今回、2匹目を用意できなかったらどうなってたことか」
「いやほんと、驚いた。バオップを用意してくるとは」
デントはあらためて、敗戦にため息をついた。
「それにきみ、すっごく強いんだね。ポッドやコーンでも勝てない相手だったみたい……」
「なんだとッ!?」
「聞き捨てなりませんね」
噛みついてくるポッドとコーンを無視し、デントはテーブルの上に、輝くバッジを置いた。
トライバッジ。縦に長いデザインで、金色のバッジには青、赤、緑と、3人のジムリーダーを象徴するような石が埋め込まれている。
「これでひとつ目……! ありがとうございます」
「知っているでしょうけど、ジムバッジはトレーナーの強さの証です。きみならきっと、そのバッジケースを埋めることができますよ」
デントはポッド、コーンと横に並ぶ。
「ぼくたち、イッシュ地方ではまだ駆け出しのジムリーダーです。ということは他のジムリーダーはもっと強いってことですよね。──ふう。がんばらないと……、ですね」
「お互いに、ですよ」
アクタは紅茶を綺麗に飲み干して、高級そうな椅子から立ち上がる。
「ぼくもがんばります。そしてイッシュ地方のジムを制覇したら、また来ます。そのときは本気で戦いましょうね。ポッドさんも、コーンさんも」
「──アクタさま。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
うやうやしい三人のお辞儀に送られて、少年はイッシュ地方最初のジムを退店した。
:
「というわけで、お先にジムバッジをゲットさせていただきました」
「ふわあ、すごーい」
サンヨウジムを出るとベルを見つけたので、さっそくアクタはトライバッジを自慢した。
「ふっふっふ、ちょろいもんよ。──まあ、バオップのおかげだけどね」
「きのう見せてもらったあの子ね? そっかあ。ほのおタイプが有効なら、あたしでも可能性あるかなあ」
ベルはポカブの入っているモンスターボールを撫でる。しかしサンヨウジムのシステム的に、彼女の相手をするのはみずタイプ使いのコーンだろう。
「……ネタバレは言わないけどさ。ポカブ以外もしっかり鍛えておくといいかもね。──そういえばチェレンは?」
「ついさっき、ジムに入って行ったよ。アクタとは入れ違いだね」
「ふうん。じゃあぼくはどうしよっかな……」
チェレンとベルと、旅の足並みを揃える必要はないのだが、彼らの初ジムチャレンジを待ってみるのも悪くはない。思案し始めたところで。
「ヤッホー! あなたたち、アララギ博士に送り出されたトレーナーでしょ!?」
突然、長い黒髪に白衣、眼鏡の女性に話しかけられた。
「は、はい……」
「アタシはマコモ。ちょっとついてきて!」
「え? え? え?」
アクタとベルは背中を押されて、近くの民家に連れ込まれる。どうやらアララギ博士の知り合いのようだが──ベルも困惑しているあたり、ベルの知り合いではないのだろう。
「あのですね、あなたは一体……」
「アナタたち、イッシュ地方のすべてのポケモンと出会うんだって? あっ、階段はこっちよ! アタシの部屋、この上なんだ。さ、上がって!」
あれよあれよと民家の二階に押し込まれるふたり。外観は民家ながらもその部屋は、明らかに研究施設であった。
「あらためて自己紹介するね。アタシはマコモ。ご覧のとおりの研究家。ちなみに研究してるのは、ポケモンの夢についてなの!」
「ぼくはアクタです」
アクタに続いて、「ベルです」と少女も名乗る。
「アララギ博士とはお知り合いですか?」
「うん。大学時代からの友だちでね。アナタたちの旅の手助けを頼まれたんだ!」
ということは娘のほうの友だちか、とアクタはひとり納得する。
「ということで! アタシからのバックアップよ。この『ひでんマシン』をどうぞ!」
わざマシン──とはすこし違って、ポケモンを使った移動を補助する技を覚えさせる道具だ。このマシンに記録されているのは“いあいぎり”。細い木を切って道を拓くことができる。
「わあ、ありがとうございます!」
喜ぶベルとは対照的に、アクタは身構える。
このマコモという博士を信用していないわけではない。ただし経験上、こういったマイペースなタイプの人物は、こんなにハイテンションで物を譲ってくれない。わざわざ研究所まで連れて来たのにはもっと理由があるはずだ。
「……で、手助けじゃなくて、お願いしてもいいかな?」
「そらきた。でもいいですよ」
タダより高いものはない。
つまり、なにごとも助け合いである。
チーちゃんへ
きょうは大きなニュースがあります。
なんと、早くも2匹目のポケモンをゲットしました。
バオップという、ほのおタイプのポケモンです。
そういえばぼくは、ほのおタイプのポケモンを育てるのは初めてです。
チーちゃんはヒノアラシが最初のポケモンだったっけ。バクフーンはとっても良い子だから、見習って育てようと思います。
あしたはバオップとミジュマルと、ポケモンジムに挑戦します。
イッシュ地方で初めてのジムチャレンジ、がんばるぞ!
ちなみに、バオップはひとから貰いました。
まだまだぼくはノーコンです。
アクタより
サンヨウシティにて