ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
シッポウシティに宿泊し、翌朝。
3匹目のポケモンを手に入れ、アクタは軽い足取りでライモンシティまでの二度目の旅路に着く。
朝でも薄暗い『ヤグルマの森』を通り抜け。
偉大にして巨大にして長大な鉄橋、スカイアローブリッジを歩き続け。
大都会、ヒウンシティの人混みをくぐり。
砂嵐の4番道路を駆けて。
そしてようやく、真昼のライモンシティにたどり着いた。
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ライモンシティ。
稲妻きらめく輝きの街。
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「じいさん! あんたが育て屋ってのは知っているんだ! なんたってオレたち、プラズマ団だからさ!」
街に入っていきなり、ふたりの男が老人に詰め寄る、トラブルの場面に遭遇した。
男たちの格好は、もはや見慣れたプラズマ団。
「オレたち、人のポケモン奪ってんだよ。育て屋といったら、いろんなポケモン預かってんだろ。それをオレらによこせよ!」
「なんというムチャを!」
老人は助けを求めるように周囲を見渡す。同時にアクタは歩み出て、この揉め事に首を突っ込んだ。
「やいプラズマ団。おじいさんを困らせるのはやめな」
「おお! 強そうなトレーナーさん」
老人は少年の助け舟に気づき、すぐにアクタの隣に駆け寄ってきた。
「助けたほうがいいですよね? たぶんバトルになるんで、危ないから下がってて」
「なんだあ? ジャマだてするならオマエのポケモンを奪うぜ!」
案の定、プラズマ団はこちらにモンスターボールを投げた。出てきたのはミルホッグ。
「アーケン!」
アクタもモンスターボールを投げる。
ボールは後方の階段を転げ落ちて、やがて誰もいない場所で、けたたましい鳴き声が響く。
「アーケン! ごめんごめん、こっちだよ!!」
アーケンは噴水で遊びたそうにしていたが、アクタの呼びかけのほうを優先してくれたようで、残念そうな顔をしつつ、主人の足元に跳ね戻った。
「と、トレーナーさん……。大丈夫かのう?」
不安そうな老人に。
「大丈夫じゃないですよ?」
あっけらかんとした様子で少年は答えた。
「なに!?」
「アーケンはまだ、野生ポケモンと何回かくらいしかバトル経験ないから、ちょっと大丈夫じゃないかな。ぼくのそばで見てて。ミルホッグの相手は──」
こんどは、アクタは手元でモンスターボールを開けた。
「フタチマル!」
腰にホタチを携えたフタチマルは、ミルホッグが相手と見るや、敵に急接近する。
「“いわくだき”!」
防御を下げて。
「“シェルブレード”!」
水流ほとばしる太刀にて、斬り伏せた。
「速っ……! くそっ、ヤブクロン!!」
深緑色の、袋状の身体を持つどくタイプのポケモンだ。
「じゃあこっちも交代だ。フタチマル、戻って」
代わりにバオッキーのボールを手に取るが──ここで少年は、足元のアーケンに目を落とす。
「行く?」
アーケンは嬉しそうに、鳴いて跳びはねた。
一応、トレーナーとの戦いではアーケンはこれが初陣である。
「ヤブクロン、“アシッドボム”!」
「アーケン、“ついばむ”!」
爬虫類のような顎の一撃は、なかなか鋭い。
「うん、よしよし。相手の素早さも下げよう。“こわいかお”!」
「お、おい、ビビるなよヤブクロン!!」
「あと避けやすくするために、“かげぶんしん”!」
指示をしてから技の発動まで、まだ若干のラグはあるものの、そもそもアーケンは素早いので十分にカバーできている。バトルに慣れれば大きな戦力になることだろう。
アーケンはヤブクロンを翻弄し続け、やがて。
「“ついばむ”!」
その一撃を持って、ヤブクロンは戦闘不能になった。
「プラーズマー! うひゃあ!!」
「………………」
アクタは、だんだんと彼らの悲鳴のような掛け声がくせになってきた。笑ってしまわないように口元を押さえる。
「よくやったね、アーケン。──さ、ぼくの勝ちだ。このおじいさんからは手を引きますね?」
ふたりのプラズマ団は、正体不明のポケモンでも見るような面持ちで少年から距離を取る。
「な、なんだコイツ! ひとまず逃げるとするか!」
「遊園地でやり過ごそう!」
そして脱兎の如く、ライモンシティの奥へ逃げ去って行った。
「『ひとまず』とか『やり過ごす』って……、あいつらぜんぜん懲りてないな」
追いかけようとしたアクタだが。
「トレーナーさん、ありがとうよ!」
助けた老人に呼び止められた。
「あ、おじいさん、気をつけてください。まだあいつらこの街にいるっぽいから……」
「うむうむ。きょうのところは家に帰るとするよ。──それで、こいつは気持ちじゃ。遠慮せずに貰ってくれ!」
老人は、近くに駐輪してあった明るい色のフレームの自転車を、少年の前に転がしてきた。
「新品の自転車でライモンシティを観光する予定だったが……。結局乗らずじまいでな」
「し、新品!? しかもこれ、折り畳めるやつだ!」
難なく持ち抱えられるほど軽い。これまでの旅でもアクタは自転車を活用してきたが、なるほどこの自転車も最新型の良いモデルである。
「………………きのう、これがあれば………………!!」
カセキ復元のため、リゾートデザートからシッポウシティまで駆け抜けたことを思い出し、自身の巡り合わせの悪さに膝をついた。
「お、おお……。泣くほど嬉しいかい?」
「あ、いえ……」
「そうそう、わしは3番道路で育て屋をやっておるんじゃ! 育ててほしいポケモンがいれば、遠慮せずに預けておくれ!」
そう言って老人は、少年に手を振りながら4番道路のゲートのほうへと緩慢に歩いていった。
「……ふう。観光に来てエライめにあったもんじゃ!」
などと愚痴を口にして。
「……3番道路? それこそ自転車で帰ったほうがいいんじゃ──」
「おうい! アクタ!」
入れ替わりに、こんどはベルがやって来た。
「よう、ベル。えーと、その様子だと」
少女の服は、あちこちが砂で汚れていた。
「……4番道路から?」
「うん、いまライモンシティに着いたところ。砂漠ってすっごく広いね! すっごく迷っちゃった!」
天真爛漫に笑うベル。彼女の楽天的なところは見習わねば。
「ぼくもカセキ復元とか自転車とかのいきさつは、楽しい思い出にすることにしよう」
「なんの話? あ、自転車だ。買ったの?」
「さっきおじいさんを助けたら貰った」
「へー! アクタはまたひと助けしたんだ! すごい!」
そう面と向かって感心されると恥ずかしいものだ。アクタは下を向いて「まあ」などと適当な返事をする。
「それがあれば、ライモンシティも楽に回れるね! 博士に教えてもらったけど、ライモンシティって見所いっぱいなんでしょ!」
「そうなんだ? たしかに、ヒウンとはまた違った賑わいの街だけど……」
「遊園地でしょ、ビッグスタジアムにリトルコート、それにバトルサブウェイ!」
あちこちを指さすベルは、各地に目を配るあまり、くるりと一回転した。
「あたしはミュージカルに行くつもりなの! ──あ、その前にシャワー浴びて、着替えないと。じゃあねえ!!」
ベルはポケモンセンターの方向へ走って行った。
「……せわしないなあ。元気そうだから良いんだけどね──あ」
ふと、アクタは思い出す。
「プラズマ団、追っかけるんだった! アーケン、おいで!」
アーケンは、主人をよそに噴水に入って遊んでいた。
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「遊園地でやり過ごそう!」──と言い残して去って行った、プラズマ団の失言を忘れていない。アクタはさっそく自転車に乗って、素早く遊園地のエリアに到着した。
門をくぐり抜けた瞬間、黒い帽子の見知った青年を発見する。
「あ、エヌ」
青年、Nのほうもアクタに気づく。無感情な表情のままこちらに近づいてきて。
「……プラズマ団を探しているんだろう?」
いつもの早口で、少年に問いかける。
「う、うん。見なかった?」
「彼らは遊園地の奥に逃げて行ったよ。ついて来たまえ」
踵を返して歩き出すN。協力的な姿勢に、アクタは安堵する。
「エヌも、こういうところに遊びに来るんだね。ちょっと意外かも」
「………………」
「カントーには遊園地って無かったからさ。だからぼく、けっこうワクワクしてて──あ、ぼくがカントーの出身だって言ってなかったっけ?」
「………………」
「………………」
ピカチュウを模した巨大なバルーン。花壇に、ベンチ。アトラクションが用意してあるのだろう、外壁まできらめく建物。そしてモンスターボール柄のゴンドラがゆっくりと回転する、観覧車。
「……いないね」
遊園地の最奥までたどり着いて、ようやくNは口を開いた。ふと、彼はのどかに回る観覧車を見上げて。
「観覧車に乗って探すことにしよう」
「え? あ、うん。いいよ」
「ボクは観覧車が大好きなんだ」
「そうなんだ。ちょっと意外だな」
大がかりな乗り物だが、一応遊具だ。てっきりアクタは、Nは「遊具」などには興味がないと思っていた。
「あの円運動……、力学……、美しい数式の集まり……」
さらに意外なことに、一般的ではない楽しみ方をしているらしい。
すくなくともアクタは、観覧車に「数式」を見出せない。
「──ぼく、高いところは好きだと思ってたけど」
ふたりはチケットを購入し、ゴンドラに乗り込む。だんだんと上昇していく密室。アクタは背筋に冷たいものと感じた。
「こう……、ポケモンの“そらをとぶ”とはぜんぜん違うね。ちょっと恐いな」
「アクタ」
Nは景色に目もくれず、正面に座るアクタをじっと見据える。
「……最初に言っておくよ。ボクがプラズマ団の王様」
「………………」
アクタも、Nに向き直る。
「ゲーチスに請われ、一緒にポケモンを救うんだよ」
「……そっか」
「驚かないのかい」
「驚いてるよ。予想も予感もしてなかった。でも……、なんでかな」
アクタの心中は極めて冷静だった。この動揺の無さは、修行の成果というわけでもない。Nの告白を事実として受け止めることができたのは──
「ただ、納得だ」
Nが単なるライバルではなく。
「エヌ。あんたはポケモンのために、プラズマ団にいるの?」
「ああ」
「プラズマ団のやっていることは、ポケモンのためになるの?」
「ああ」
「ほんとうに?」
「ボクたちは、すべてのポケモンを救うんだ」
Nは、ようやく窓の外の景色に目を遣った。眩しいくらいの西日が少年たちを照らす。
「この世界にどれほどのポケモンがいるのだろうか……」
「………………」
:
ふたりがゴンドラから降りた瞬間に。
「Nさま!」
「ご無事ですか!」
プラズマ団たちが駆け寄ってきた。遊園地内のどこに隠れていたのだろうか。先ほど老人を脅迫していた団員たちだった。
「Nさま」と呼ばれているあたり、彼がプラズマ団の首魁であることは真実のようだ。──もっとも、アクタは疑っていなかったが。
「問題ない」
Nは感情のこもっていない目で、プラズマ団員たちを一瞥する。
「ポケモンを救うために集まった人々も……ボクが守るよ」
そんなプラズマ団員たちは、Nに心酔した視線を向けている。彼はやはり、「王様」なのだ。
「エヌ。そのひとたちは、良くないことをしていた。おじいさんを脅かして、ああいうのは──正義を騙って、暴力を振るっているだけだ」
アクタはイッシュ地方の旅で、数人のプラズマ団と戦ってきた。そのなかには正義を抱いている者もいれば、それを口実に他者を虐げているだけの者もいる。
「だから、ちゃんと──」
「ボクが戦うあいだにキミたちはこの場を離れたまえ」
Nは、モンスターボールを手に取った。アクタもその戦意にあてられて、腰のボールに触れる。
「……さてアクタ。ボクの考え、理解できるかい?」
プラズマ団たちは、ふたりの少年から後ずさりをする。
「理解したいよ。でも──」
むしろ理解はしているはずだ。だからこそ。
「でも、『奪う』というあんたたちの手段が、許せない」
「そうかい……。それは残念」
空気が凍りつくほどに緊迫している。
一触即発という表現があまりにも似つかわしい。
「さて……、ボクに視えた未来。ここではキミに勝てないが、逃げるプラズマ団のため、相手してもらうよ」
「未来? 勝てない? ふざけんな。負けたときの言い訳にでもするつもりかよ。勝つつもりでかかってこい! 本気でポケモンを思っているならさ!」
アクタが投げたボールは、空高く舞い上がり、観覧車を構成するフレームにゴン、とぶつかった。
「………………」
「……ぼくは本気だからね」
フタチマルは観覧車のフレームに立ち、ジトっとした目で主人を見下ろしていた。