ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
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ここはカナワタウン。
カナワとは交差する鉄の輪。
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「良いなあ、電車って……」
ライモンシティのギアステーションから、電車に揺られて数分。
地下鉄──バトルサブウェイの車両基地でもあるのどかな町で、アクタは休む電車たちを堪能していた。
「きょうは静かだな。きのうは日曜日だから観光客で混んでたけど……、こうして静かな空気で電車を眺めるのも楽しいね。景色をひとり占めしてる気分でさ。ね、そう思わない? フタチマル」
フタチマルは、車両基地を見下ろす橋の柵に寄りかかって、目を閉じている。興味がないらしい。
「ライモンシティって良いな。バトルサブウェイに、ミュージカル、遊園地……、スタジアムとコートではアスリートさんたちが練習合間にバトルしてくれたし。──あと、ネット環境が良いんだよね。おかげでチーちゃんと久しぶりに通話……できてしまった」
おかげで寝不足である。モニター越しとはいえ、久しぶりの会話にすっかり彼女は興奮していた。
とにかく、ライモンシティを訪れて数日。少年は街を堪能していた。
広い街だが、自転車のおかげで移動が便利なのである。
「でももういい加減、旅路を再開しないとなあ。つぎの街は──ホドモエシティだっけ」
カナワタウンからライモンシティに戻る地下鉄に揺られ、アクタは物憂げにつぶやく。
そろそろチェレンもボルトバッジを手に入れたことだろうか。Nの動向も気になる。いつまでも楽しい街で休養している場合ではない。
「たしかカミツレさん、ホドモエシティに行く前に声をかけるよう言ってたな……。でもジムに行くとジェットコースターに乗らなきゃいけないかもだからなあ。──そうだ」
カミツレの居場所といえば、ジム以外にも心当たりがある。アクタが向かったのは、街の北に位置するミュージカルホール。カミツレと初めて出会った場所だった。
「あ、いたいた。カミツレさん」
幸運なことに、予想通りカミツレがいた。人気モデルの彼女はとにかく目立つ。周囲の人々の、黄色い声援と好奇の視線の先に、その姿があった。
「あ、いたいた。アクタ」
そして意外なことに、カミツレはすぐにアクタに気づいて、手を振りながら歩み寄ってきた。まるで彼女のほうも少年を探していたかのように。
「ちょうど探してたのよ」
ほんとうに探されていたらしい。
周囲の視線が刺さる。あらためて見ると、やはりカミツレは美人だ。目の前に立っているだけで緊張してしまう。
「ホドモエシティで事件があったらしくてね。──ま、いまはどうにか解決したらしいけど、その影響で跳ね橋が封鎖されてるのよ」
「へえ。それは大変ですね」
「なのにあなた、まだこの街をうろついてるって噂を聞いてね」
「噂になってるの……!?」
そこまで目立った遊び方をした憶えはないのだが。
「ちょうどぼく、ホドモエシティに行きたいと思ってたんです」
「だと思って、探しに来たのよ」
「わざわざ!?」
なんて優しいひとなのだろう。
アクタは、恋をしてしまいそうだった。
「わたしが渡れるようにするわ。さ、5番道路に行きましょう」
「は、はい」
颯爽と歩くモデル、カミツレに付き従うアクタは、良くて付き人くらいにしか見えなかっただろう。
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なにやら賑わっている5番道路。見渡して雰囲気を味わう間もなく。
「アクタ、ストップ!」
先ほど通り抜けたばかりのゲートから、少年を呼び止める声が。振り返ると──
「あ、チェレンだ」
見知った眼鏡の少年だった。
「ボルトバッジを持つ者同士、どちらが強いか確かめる! というか勝たせてもらうよ」
「バトルだね。えっと……」
アクタはカミツレに目配せをする。カミツレは頷いて、少年たちからすこし離れ、観戦の姿勢を取った。
「……どうしてジムリーダーのカミツレさんと一緒に?」
「あとで説明する。ほら、やろうよ」
先ほどチェレンは、『ボルトバッジを持つ者同士』と言っていた。チェレンもライモンジムを制したのだろう。ならば楽しみだ。
「レパルダス!」
「フタチマル!」
アクタが投げたボールは、チェレンの背後、ゲートのなかに入っていった。
「相変わらずだね」
「ごめんフタチマル!」
フタチマルは、チェレンとレパルダスを素通りして、アクタの前まで戻ってきた。一瞬、ジトっとした目で主人を睨んで。
「えーと、じゃあ行くよ! “みずのはどう”……」
「“ねこだまし”!」
レパルダスの不意の一撃。思わずフタチマルは怯み、動きを止める。
「うわ、そう来るか……! フタチマル、落ち着いて。弱点を狙って行こう! “れんぞくぎり”!」
ホタチによる斬撃。効果抜群だが、まだ威力は弱い。使うたびに攻撃力が増していくのだ。
「なるほど、その技を選ぶとはね。だったら──“いちゃもん”!」
「うわ……!」
おなじ技を連続で出せなくなる技だ。これで“れんぞくぎり”は封じられたも同然。
「巧いね、チェレン。すっかり翻弄してくれちゃってさ」
「ぼくは強くなったよ。言っただろ? 勝たせてもらう、って」
「うん。でも負けるつもりはない。──フタチマル。力押しでいくよ。“シェルブレード”!」
チェレンはよほど修行したのだろが、レベルが上がっているのはアクタの手持ちも同様である。水流ほとばしるホタチの斬撃は、レパルダスの急所を裂き、一刀のもとに斬り伏せた。
「っ──! つぎだ! ハトーボー!」
マメパトが進化した、すらりとした体型の灰色の鳥ポケモンだ。
「お、じゃあこっちも──アーケン!」
フタチマルを交代させ、派手な翼を持つポケモンを繰り出す。
「アーケン……! いわタイプか!」
「……あ、そっか」
「無意識!?」
鳥ポケモン対決のつもりで選んだのだが、そもそもアーケンは飛べないので飛行戦すらできない。
「……これも勝負だ。相性が有利なポケモンを選ぶことはズルいことじゃない。いいさ、ハトーボーで勝ってみせる──! “エアカッター”!」
鋭い空気の刃がアーケンを切りつける──効果はいまひとつ。だがそれで勝ちを確信するほど、アクタは油断していない。
「アーケン、“こうそくいどう”」
素早さでアドバンテージを取って。
「そして“げんしのちから”!」
「ハトーボー、“みきり”!」
避けられてしまった。
「おっと、これは良くない。“げんしのちから”はあまり連発できないからね。でも“みきり”だって連続成功できるもんじゃない。慌てず──“げんしのちから”!」
つぎは岩石がヒットする。ハトーボーは大きなダメージを受けたものの──
「回復だ! “はねやすめ”!」
地上に降り立ち、体力を回復させる。
「おお……、ほんとに巧いね、チェレン」
焦るどころか感心するアクタ。反面、アーケンは自分の技があまり効果を為していない状況に、うろたえて敵と主人を交互に見る。
「落ち着いて、アーケン。長期戦になるよ。相手から目を離さないで。きみの力なら勝てる」
アクタはアーケンのそばにかがんで、耳打ちするように激励する。
「攻撃を重ねていくよ。──“ついばむ”!!」
この後。
長き戦いをアーケンが制する。
続く、ヒヤップやジャノビーとの戦いも、フタチマルとバオッキーで打ち破り。
「……! 相変わらず強い!」
ライバル同士の戦いは、今回もアクタに軍配が上がった。
「……どうして? どうしてきみに勝てない?」
「どうして、って……」
勝敗に理屈を問われても困る。
決して優劣がはっきりした勝負ではなかったし、アクタ自身、敗北の匂いを感じた場面はいくつかあった。
悔しがるにしても、チェレンの姿はまるで自身を責めているようだ。
「良い勝負だった」と握手を交わしたいのは、アクタの傲慢だろうか。
「あなたたち、友達同士なんだ……」
勝負を終えた少年たちに、カミツレが歩み寄る。
「いいわね。そうやってお互い競い合い、高め合うのって」
「カミツレさん……。そうだ、ジムリーダーのあなたが、どうしてアクタと一緒に?」
「ホドモエシティに連れてってくれるんだって」
アクタの簡単すぎる説明では要領を得ず、チェレンは首を傾げる。
「あ、えーと……。なんか、ホドモエシティでトラブルがあって、だから橋がね、こう、封鎖されてるから、カミツレさんが開けてくれるって──ね?」
さらに要領を得ない説明に、カミツレまで首を傾げる。
「跳ね橋が渡れるようになるよう、口を利いてあげるってことよ。あなたもホドモエに行くんでしょ? ──さ、行きましょ」
チェレンも連れ立って、3人は5番道路を進む。道路ではパフォーマーたちが各々の技術を披露しており、祭りのように賑わっていた。
アクタは立ち止まりたい気分に駆られたが、さすがにいまはそれどころではない。ただ、無事にホドモエシティに到着したら、すこしだけ引き返そうと決めた。
「おお! カミツレではないか!」
そんなパフォーマンスを素通りする3人に──正確にはカミツレに、ある老齢の男が声をかけた。
「あら、お久しぶりですね」
モデル・カミツレを目に留めたファン──というわけでもないらしい。彼とは顔見知りらしく、カミツレはさらに背筋を伸ばして、軽くお辞儀をした。
「フェスティバルは良いな! 人生は楽しまねばな!」
風になびくポンチョをまとった、赤い髪に無精ひげの、野生的な印象の老人だった。モンスターボールを数珠のようにつないで首に提げている。
アクタは男の雰囲気に不思議なものを感じた。思わずじっと観察してしまう。
「……この人は?」
「アデクさん。イッシュ地方のチャンピオンよ」
チェレンの問いに、カミツレはこともなげに答えた。
「「チャンピオン!?」」
アクタとチェレンの声が重なる。
「どうしてチャンピオンが、こんなところで遊んでいるのです?」
「どうしてチャンピオンなのに、恐いオーラが出てないんです?」
ただし驚愕したポイントについてはまったく異なるものであった。
アクタの知るチャンピオンにしては、あまりにも老人の雰囲気は静謐なものであったからだ。──特に、師匠であるチャンピオンとは真逆とも言ってもいいほどだ。
「オーラ? というのはどうにもよくわからんが……、そこのきみ。なんとも手厳しい若者だな」
老人──チャンピオンらしいアデクという男は、チェレンの前に立つ。体格はなかなかの巨体だが、決して威圧的な態度ではない。
「はじめまして。わしの名前はアデク。イッシュポケモンリーグのチャンピオンだよ」
「ほ、ほんとうにチャンピオンなんですね……」
アクタは物珍しそうに、アデクの風体を凝視する。もはや失礼なほどだが、アデクは気にする様子もなく、少年の視線を受け容れている。
「ちなみに遊んでいるのではなく、旅をしているのだ! イッシュの隅々まで知ってるぞ」
「……自分はカノコタウン出身のチェレンといいます。トレーナーとしての目的はチャンピオンですけど」
「ぼくはアクタです。ぼくはチャンピオンを目指してるわけじゃないんですけど、ポケモンリーグを制覇して殿堂入りしたいと思ってます」
「うむ! 目的を持って旅することは素晴らしいことだ」
そう愛想よく頷いたかと思ったアデクだが──
「──それで、その目的を叶えて、どうするつもりかね?」
真剣な眼差しとともに、少年たちにそう尋ねた。
「………………」
アクタは答えに詰まって、黙りこくってしまう。
「……強さを求める。それ以外になにかあるのですか? 一番強いトレーナー──それがチャンピオンですよね」
対して、チェレンの出した答えに、アデクは何度か首を縦に振る。
「ふむう、強くなる……、強くなる、か……。それだけが目的でいいのかね?」
「は?」
チェレンは首を傾げる。アクタはパッと顔を上げ、アデクの表情を注視する。
「いや、もちろん君の考えを否定しているわけではない。わしはいろんな人たちにポケモンを好きになってもらう──そのことも大事だと考えるようになってな」
ふと、アデクは後方を振り返る。
「彼女たちと遊んでみれば、すこしはわかってもらえるかもな。きみたちふたりで、彼女たちとポケモン勝負をしてみないか?」
「彼女たち?」
しかしアデクの目線の先に、ポケモントレーナーらしき女性の姿は見えない。
「おーい、お前たち。ちょっとおいで」
アデクの声に、「はぁい」「なあに?」と、ふたりの幼稚園児がこちらに駆けつけてきた。
「……園児たちと戦うんですか」
怪訝な表情のチェレン。正直、アクタをしても意外であった。
「自分たちより年下相手とは戦いづらいかね? 心配するな。幼くとも、この子たちの実力はなかなかのものだ」
「手加減の必要もないってことなら、やろう。ね、チェレン」
アクタは、モンスターボールを構えて進み出る。
「2対2。いつかみたいにマルチバトルでやろっか」
「……わかりました」
重々しく頷くチェレン。そんな積極的な様子がない少年に、アクタはそっと耳打ちする。
「どうあれ、チャンピオンからの提案だ。きっとなにかしら、意味があるバトルなんだろうね」
「そんなことわかってる……! 今回はぼくがオフェンスをやらせてもらうよ!」
「え? あ、うん」
どこか強引なチェレンの態度に、アクタはすこし面喰らった。
『チャンピオン』という人間を目の前にして、どうして機嫌を損ねているのだろう。尊敬や憧憬をシンプルに処理するアクタにとって、チェレンの複雑な心境はわからなかった。
アクタとチリアのインターネット通話より抜粋
「チーちゃん、久しぶり……泣いてる!?」
「フシギバナ! ぼくたよ! フシギバナ! おーい!」
「え? チェレンは男の子だよ。なんでそんなこと気になるの?」
「こっち、わざマシン使い放題なんだよ!」
「シルバーくんが!? へえー!」
「あの、もう眠いんだけど……」