ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「だれ?」
『電気石の洞穴』に入って、数歩。
薄暗く、空気がひんやりとしている。──しかしそれとはべつに、アクタは空気への違和感を覚えた。
どこにもだれにも見当たらないのに、他者の気配がするのだ。
「………………」
そうして周囲を見渡しているうちに、突然、前後に人影が現れた。
「っ!?」
思わずアクタは、腕を胸の前で交差させて防御姿勢を取る。
咄嗟の自己防衛は、修行の賜物である。
「………………」
そうして身の守りを固めたあとは、「敵」と思わしき相手を観察する。
白髪に、黒づくめの男。額に巻いた黒いバンドで、目元まで暗く見える。そんな男が、さながら“かげぶんしん”のように瓜二つのふたりが──少年の前後を塞いでいた。
「こ、こんにちは」
ひとまずアクタは、あいさつを口にしてみた。
いくら不審とはいえ、「敵」と決まったわけではない。
「…………来い」
突然、男たちはアクタの肩を掴む。
少年が反応するよりも前に、一瞬、身体から地面から浮かび上がった。
同時に、ぶわりとした風を感じる。──自分が運ばれているのだと、すぐに気がついた。
黒づくめの男たちの凄まじい移動速度にて、果たして一瞬のうちにどれほどの距離を移動させられたのだろうか。やがて地面に降ろされたかと思ったら。
「………………Nさま、連れて来ました」
「あ」
目の前にいたのは、黒い帽子の青年だった。
「……ありがとう」
Nはこちらに向き直り、アクタを歓迎するように手を広げる。
──気づかぬうちに、黒づくめの男たちの姿はなく、空間にいるのはNとアクタ、ふたりだけになっていた。
「あのさ」
不満そうに、アクタは眉間にシワを寄せる。
「べつに、呼んでくれたら行くよ。なに? あのひとたち。プラズマ団?」
「ああ」
強引に連れてこさせたことを悪びれる様子もなく、Nは無表情で頷く。
「いまの連中はダークトリニティ。ゲーチスが集めたプラズマ団のメンバーだよ」
「なるほど。あんたやゲーチスさんは例外として、てっきりプラズマ団って、大したことないひとばっかりだと思ってた」
あくまでも人間ひとりとして見たとき、下っ端の団員や、ゲーチス以外の七賢人のことは、アクタは脅威に感じていない。
「ちなみにこの洞穴の入り口に、デンチュラの巣を用意したのもカレららしいね」
「……なんのために?」
とりあえず、洞穴に野生のデンチュラはいなさそうなので、ヤーコンに報告する必要はなくなったが。
「きみを引き止めるためさ」
「……だからさあ」
無関係の他人にすら影響が及ぶ迷惑行為に、さすがの温厚なアクタも怒りを隠せない。
「呼んでくれれば行くって、言ってんだろうが……!」
「電気石の洞穴……。ここ、良いよね」
「聞けよ!」
苛立つ少年をよそに、Nは洞穴を見渡した。
薄暗い洞穴だが、ところどころで帯電した岩が青い輝きを放っている。
「電気を表すのは数式。そしてポケモンとのつながり。……ひとがいなければ、ボクの理想の場所だ」
「自分勝手が過ぎる。この洞穴は、みんなの場所だ。勝手に入り口を塞いだりなんかすんなよな。──だいたい、ぼくになんの用なのさ」
Nは、視線をアクタに戻す。
「キミは
「………………」
意味がわからなかった。
Nの言葉の意味を察することはできるのだが──だからこそ、意味がわからなかった。
「キミたちのことをゲーチスに話した。するとダークトリニティを使い、キミたちのことを調べたらしいよ」
「
「キミたち、3人さ。──みんなただのポケモントレーナーで、だからこそ強くなる。──きみはあの日、遊園地でそう言った」
「……たしかに言ったかもだけど」
──「チェレンも、ベルも、なにかを求めて旅しているうちは、みんな
しかしあのときアクタが言いたかったのは、アクタとNも、あくまでもふつうのトレーナーである、ということなのだが。
「チェレンは強さという甘い理想を求めている……。ベルとやらはだれもが強くなれるわけではないという悲しい真実を知っている」
「甘い? 悲しい? 勝手な感想だな」
「そしてキミは、どっちにも染まっていない、いわばニュートラルな存在……それが良いらしいんだ」
「……
先ほどNは、アクタが「選ばれた」と言っていた。どうやらなにかしらの評価を受けたようだが──話の流れから、その判断を下したのはゲーチスなのだろう。
「このさきでプラズマ団がキミを待ち構えている」
Nは薄暗い洞窟の、奥へと道に視線を向ける。
「ゲーチスはキミがどれほどのポケモントレーナーか試すそうだよ」
「………………」
付き合う理由は無い。
──のだが。
「上等だ。プラズマ団たちをやっつけたら、とりあえずこの洞穴からはおとなしく撤収してもらうからね」
機嫌を損ねた怪物は、だれの挑戦でも受ける。
:
「さて、連戦なら時間がかかるかな。いろいろ準備しとかないと……」
洞穴の奥へ進むにあたり、アクタは荷物の整理を始める。
「おうい!」
しかし聞きなじみのある声に、思わず肩が震える。いつもなら歓迎できる友人の声だが、いまこの場所では聞きたくはなかった。
緑の帽子の少女、ベル。そして──
「ハーイ! 元気してる? アクタ!」
アララギ博士。ポケモンやら図鑑やら、旅の支援をしてくれる娘のほうの博士だ。
「相変わらずここは、ポケモン好みの電気をたっぷり帯びているわねー!」
「博士。ベル。どうしてここに……?」
「だから電気同士反発し合って、浮かぶ石があるんだよね」
「アクタ、知ってる? 浮いている石は押せば動くんだよ」
ふたりは焦るアクタの様子に気づかず、マイペースで話を進める。
困った。
この先には、プラズマ団たちがいるというのに。
「あ、わたしはね、パパに頼まれて『ギアル』って歯車みたいなポケモンのこと調べているの。わたしがポケモンの起源……誕生時期を調べているからって、ひと使いが荒いよね……」
「そ、そうですか。この洞穴に、ギアルってポケモンが?」
「ええ。その様子だと、アクタはゲットしていないみたいね」
しているわけがない。
そういえば、このアララギ博士はアクタのノーコンを把握していないのだ。
「じゃあやっぱり自力で調査しないとダメか。──もっとも、わたしも好きで調べているから楽しいんだけどね!」
「あたしはね、博士のボディーガードなの!」
博士の背後にいながらも、はっきりとベルは役割をアピールする。
「って、そんな必要ないけど……。大事なものは守らないと、ね!」
「……そうだね」
アクタはカバンを肩にかけて、周囲を見渡す。
「ベルは強いから心配ないと思うけど……、ちょっとだけ、ぼくもお手伝いしていいですか? 洞穴とか、ギアルってポケモンのこととか、興味あるし」
というわけで。
アクタはアララギ博士、ベルに付き合って、『電気石の洞穴』の調査をサポートすることになった。とはいえやることいえば、野生ポケモンの対処くらいしかないのだが。
すくなくともいまは、調査を邪魔する者は野生ポケモン以外にはいない。
「うん、まだ1階だけど──おおよそのデータは集め終えたかな」
アララギ博士は、携帯端末を閉じて振り返る。
「この洞穴ははるか昔からあるんだけど……。ギアルが存在したと証明できるデータは100年より昔からは発見できないの。これがなにを意味するかというと?」
「……えっと」
「うーんと……」
話を振られた少年少女は、揃って首を傾げる。
「ギアルは100年前にはいなかったってことだから……」
「そう! ギアルは100年前に突然発生した……。そういうことになるの!」
答えを聞いても、アクタとベルは理解できないままであった。
「こんなとき、チーちゃんがいれば解説してもらえるのに……」
「ポケモンたちがどこから来たのか。そしてどこへ向かうのか──それを知ることができれば、わたしたちはもっと親しくなれる。そう信じているのよね!」
「親しくなれる? ──って、ポケモンと?」
少年の確認に、「ええ」とアララギ博士は頷いた。
「ポケモンが共存し続けていくためには、相手の
「博士、すごい!」
ベルが嬉しそうに同意する。
「ねえねえ、アクタ! ポケモンって不思議だよね! どうしてこんなにすごいコたちが、あたしたちと一緒にいてくれるのかな?」
「それは──うん、ぼくにもはっきりわかんない」
ただポケモンに甘えるだけではダメだ。
ヒウンシティで、ゲーチスたちプラズマ団たちの前で誓ったではないか。ポケモンたちに、もっと真剣に向き合うと。
そのためにやれることがなんなのか、それすらも具体的にはわからないが──
「……いまは、
周囲を見渡す。
──というか、静かな洞穴の空気を探る。
「アクタ、どうかした?」
さすがにアララギ博士は、神妙な様子のアクタに気づく。
「あのう、博士。ベル。きょうのところはここで引き上げませんか」
「? まあ、たしかにそろそろ日も暮れるわね。洞穴のなかだから、時間を忘れてしまうわ。──それじゃあ続きはあしたにして、ホドモエシティに戻りましょっか?」
「あ、ぼくはもうちょっとここに──というか、今夜は野宿をしようかと思ってます」
少年の視線は、洞穴の奥を見据えていた。
「やらなきゃいけないことがあります。あしたまた、ちゃんと洞穴のぜんぶを調査できるようにしますから」
:
ひとり、洞穴に残りたいというアクタのことを、アララギ博士もベルもそれ以上に詮索をしなかった。
なにかを察してくれたのだろうか。その気遣いが、いまのアクタにとっては痛いほどにありがたかった。
「あの、もういいですよー」
『電気石の洞穴』、1階の奥。
吊り橋に差し掛かったあたりで、アクタは周囲に向けて声を張り上げた。
その瞬間、アクタは3人の男に取り囲まれた。
「うわっ、増えた……」
白髪に、黒づくめの男。──洞穴に入ったときにも遭遇した、ダークトリニティという男だちが、こんどは3人。
「一体何人いるん──いや、3人だけかな。そういえば
「………………」
男たちはまた、少年の肩を掴む。
「…………来い」
ダークトリニティたちによる「運搬」が始まった。アクタは吊り橋の先まで強制的に移動させられる。
「だっ──だからさあ! 言われれば、自分で行きますって!」
「…………この先に下りの階段がある」
ダークトリニティたちはアクタを解放し、地下の階層へ続く階段を示す。
「そこでプラズマ団がお前を待ち構えている」
役目を終えたのか、そう言い残したダークトリニティたちは、ふっとその場から姿を消した。
「……いいさ。Nにはもう、『上等だ』って言っちゃったんだ」
フタチマルのボールを開けて、足元に呼び出す。
「行こう、フタチマル。一緒に戦ってくれ」
フタチマルは短く鳴いて、ホタチに手を添えた。