ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「もうすぐフキヨセシティだね。──って、あれ?」
いつもながら和やかな様子なベルは、ようやくNの存在に気づく。
「えっと、アクタのお友達? あの、はじめまして。あたしはベルって言います……」
「そういえば、ベルとエヌは初対面だったっけ。エヌ、たしかベルのことは知ってると思うけど……」
話を振るも、Nは少女のことを視界にすら入れず、後から来た白衣の女性を睨むように見つめている。
「……ベルは耳が良いのね。あんな遠くからでもアクタの声が聞こえるなんて」
アララギ博士、娘。
「で、アクタ。そちらのトレーナーはどなた……?」
「……アララギか」
Nは、バトルに負けたときよりも不機嫌そうに見えた。
「トレーナーとポケモンの関係に疑問も持たず、人間の勝手なルールでポケモンを分類し、ポケモンという存在を理解したつもりになる……。そんなポケモン図鑑が許せないのだが、アナタはなにを考えているんだ?」
アクタははっとした。
ポケモンと人間を分裂させようとしているNにとって、ポケモンの研究者とは、それだけで忌むべき存在なのだろう。
「あら……、ずいぶんと嫌われているようね」
アララギ博士は驚いた様子であるものの、大人らしく余裕のある態度だ。
「だけどあなたの意見もひとつの考え方なら、わたしの願うところも同じくひとつの考え方よ。ポケモンとどう付き合うべきか、それは一人一人が考え、決めればいいんじゃない?」
「……それでは間違った考えの人間がポケモンを苦しめる……。そんな愚かな世界を、ボクは見過ごすわけにはいかない!」
Nはアララギ博士に背を向けて。
「………………」
無言のままにアクタを一瞥し、洞穴の奥──フキヨセシティへ続く出口へ去って行った。
「……まあ、いきなりわかってもらえるとは思わないけど。すこしずつでいいから、みんなの気持ちを知ってほしいな」
「なんかすいません、博士」
アクタは、おずおずとアララギに頭を下げた。
「悪いやつじゃないんですけど──悪いことをしそうっていうか、悪いやつにはなってほしくないって思ってて……」
「うーん……、ちょっと意味わかんないな! 変わった子だったけど、とにかくアクタの友だちなのね!」
「友だちっていうか──」
まあ、ライバルは友だちだろう。アクタは間を措いて「はい」と頷いた。
「ねえベル、この先がフキヨセシティなの?」
「そうだよ。アクタはもう行っちゃうの?」
「うん。博士たちは……?」
「もう少しデータを集めるかなー」
アララギ博士は、洞穴を見渡す。
「わたしたちとポケモンがもっと仲良くなるためにも、相手のことを知らないとね!」
「……そうですね」
結局、Nはアクタのことを理解しきれたのだろうか。少年は昨夜と、先ほどのバトルを思い出す。
Nと過ごした時間は、楽しかった。
ただ気になったのは、野宿のあいだ、Nは一度たりとも自分の手持ちポケモンを外に出さなかったし──バトルで明らかになった手持ちポケモンは、どうやらこの洞穴内で捕まえたばかりの個体であったことだ。
「ぼくももっと、エヌのことを理解しなくちゃな……」
「アクタ?」
物憂げな様子の少年の表情を、ベルの大きな瞳が覗き込む。
「ああ、ごめん。なに?」
「あたしいま、アララギ博士のボディーガードだから、博士と一緒にいるね!」
「そっか。じゃあぼくは先に、フキヨセシティに進むからね」
Nたちプラズマ団による、アクタを試す「テスト」はすでに終了したはずだ。そもそもこの洞穴奥まで博士たちが無事に来た時点で、プラズマ団は撤退済みなのだと確信が持てる。
「またね、ベルと博士。ぼくもがんばるから、お仕事がんばってくださいね」
「バーイ。アクタもあんまり、危険なことをしちゃダメよ」
どうやら、昨夜の急な野宿のことは心配をかけてしまったようだ。
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────
フキヨセシティ。
風が花を集める街。
────
「おお! お前さん! アクタだろ!!」
ポケモンセンターでの休憩を終え、フキヨセシティを探索しようと歩き始めたところで。
通りがかった男女のうち、男のほうに──壮年の男に話しかけられた。
「……?」
一瞬、だれかわからなかったが。
「──あ」
顔を見合わせ、気づいた。
「アララギ博士だ!!」
あごひげを蓄えた、細い目の男。その顔とは一度だけ、パソコンもモニター越しに対面したことがある。
「うわあ、ほんものだ! はじめまして──で、いいのかな?」
「まあ、こうして実際に会うのは初めてだからなあ。いやはや、ポケモンやら図鑑やら、旅に関することは娘に丸っと投げてしまったが、元気に冒険をしているようでなにより!」
笑うアララギ博士──先ほど電気石の洞穴で別れたばかりのアララギ博士の父は、自身の言葉にはっとした。
「そうそう、図鑑だ! ちょいとお前さんのポケモン図鑑を見せてもらうよ」
アクタは一瞬、固まった。
まったくと言っていいほどポケモンを捕まえていないことが、明らかになってしまうからだ。
「ど……、どうぞ」
しかし拒絶することができるはずもなく、緊張しつつもポケモン図鑑を差し出した。
「……どれどれ、見つけた数は──」
アララギ博士は慣れた手つきでポケモン図鑑を操作する。
「おお! ギアルを見つけておるのか! なかなかのトレーナーだねえ!」
「はい。でも、その……、見つけた数、ばっかりで……」
「む? ひょっとして捕獲ができていないことを気にしているのかい? だってお前さん、ノーコンなんだろう?」
少年の致命的な弱点のことは、打ち合わせの際に共有済みである。
驚異的なノーコンなので、モンスターボールをまともに投げることが叶わず、ポケモンの捕獲には一切の期待ができない。──その事実に関しては隠すことなくはっきりと伝えた。
詐欺だと思われたくないし。
「むしろ欠点に負けず、フキヨセまで旅を続けてこれたことは素晴らしい! ここで会えたのはなんとも嬉しい限りだよ!」
「……えへへ、ありがとうございます」
娘とおなじく、アララギ博士が優しい人物だと確信し、アクタはすっかりこの男が好きになった。
「さすがは『ナントカの怪物』だな!」
そのあだ名は好きではないのだが。
「アララギ博士、そちらのトレーナーさんは?」
感心する老人に、連れの赤毛の女性が声をかけた。
アララギ博士が連れ立って歩いていた若い女性。水色のホットパンツからは太ももを大胆に覗かせており、思わずアクタは緊張する。
「おお、おう! すまんすまん」
アララギ博士はアクタにポケモン図鑑を返しつつ、少年の肩に手を置く。
「フウロくん、こちらはアクタくんといって、わたしの娘の知り合いだよ! ポケモン図鑑完成を目指し、イッシュを旅しているのだ」
「はじめまして、アクタです。イッシュ地方のすべてのポケモンを……、見つけたいと思います!」
捕まえるのは無理だ。
「あと、殿堂入りも目標にしてます!」
「そうなんだ! だったらジムに挑戦するでしょ? わあ、とっても楽しみ!!」
満面の笑みを浮かべる女性──フウロと呼ばれていた。彼女の笑みに、アクタの胸は高鳴った。
「そうだな、アクタくん。ぜひ挑戦するといいぞ! なにしろここのジムはぶっ飛んでおるからな!」
「……ぶっ飛んで?」
首を傾げる少年をよそに。
「ではな、フウロくん。またなにかあったら頼むぞ」
「……博士、アタシの飛行機は貨物機です! 運ぶのは荷物で、人間は乗せないんですよ。……しかも行き先はカントーとかシンオウとか、軽く言っちゃって!」
「おいおい、かわいい顔してそんな固いことを言うな。人間は助け合い、ポケモンとも助け合いだ!」
アララギ博士は、アクタとフウロに背を向ける。
「それでは諸君、また会おうぞ!」
気持ちよく手を振って、『電気石の洞穴』の方面に去って行った。
「……もッ! あんないいかげんな感じなのに、世界的なポケモン博士っていまだに信じられない」
対して、フウロは頬を膨らませている。アララギ博士が言っていた「かわいい顔」というのにも完全に理解できた。
「さてと、アクタくん!」
「は、はい! なんしょうか!」
見惚れていることを悟られないように、年頃の少年は目を背けながら応える。
「それなんだけどさ。ジムに挑戦してくれたらジムリーダーとしてもすごく嬉しいんだけど──アタシ、その前にやるべきことがあるの」
フウロは北の空を見上げる。その視線の先には──
「さっき貨物機を操縦していたとき、『タワーオブヘブン』の天辺になにか見えたのね」
「タワー……?」
霧で見えづらいが、たしかに塔らしき影があった。
「きっと弱ったポケモンだと思うの! だとしたら放っておけないでしょ?」
「たしかに放っておけませんね。助けないと!」
「うん! だから先に調べさせてね。──ということで7番道路の『タワーオブヘブン』に行くんだけど、良ければアナタも来てね」
「はい! 絶対に行きます!」
この時点でアクタは、恋をしてしまいそうだった。
「……え!? ジムリーダーなんですか!?」
恋にあてられたせいか、いつもに増して鈍くなっていた。
:
「はい! 絶対に行きます!」とアクタが頷いたあたりで、まるで少年の返事など待っていなかったように、フウロは白い鳥ポケモンとともに北の方向に飛んで行ってしまった。
「あ、あ、行っちゃった……。一緒には連れて行ってくれたりは、しないんですねー……」
一瞬、うなだれるアクタ。しかし連れ歩いていたアーケンにズボンの裾を引かれ、すぐに顔を上げた。
「おっと、ボーっとしてる場合じゃないね。街の探索もしたいけど──『タワーオブヘブン』だっけ? そこで弱ってたっていうポケモンが心配だし、とにかくそこに急ごう」
フキヨセシティの北、7番道路。
草むらの上には、野生ポケモンを避けられる一本橋がかかっているが、橋が細いのですこしでもバランスを崩せばすぐに落ちてしまう。そして落ちた草むらは、草の丈が長くてひどく歩き辛い。
「しかも野生ポケモンも強いし、トレーナーさんたちもいっぱい……。修行にはちょうどいいんだけど、いまは急ぎたいのになあ」
自転車で一本橋を渡ることはできない。せめて駆け足で7番道路を抜けて、ようやく道路の北西にある塔、タワーオブヘブンにたどり着いた。
「ここ……、お墓なんだ」
『正しい魂、ここに眠る』と書かれた看板と、そして塔からただよう雰囲気から察する。そして実際に塔に入って、並んだプレート状の墓石から確信した。
「カントーのポケモンタワー、シンオウのロストタワー。どこにでも塔にお墓を入れるんだね。えーっと……、こういうの、
並んだ墓石に遠目から手を合わせつつ、少年は塔を昇り始める。
「……でも経験上、こういう塔って……」
二階に上がったアクタに、ロウソクのような身体に青白いポケモンが襲いかかってきた。
「やっぱり野生ポケモンいるよね! ゴーストタイプのさ!」
野生のヒトモシを撃退し、休む間もなく──
「なんとも言いようのないエネルギーが流れ込んでくる!」
サイキッカーの女性が勝負を挑んできた。
「そんでポケモントレーナーもいっぱいいるんだよね……。まあ考えてみれば、ポケモンのお墓なんだから、お参りに来たトレーナーさんがいるのは当たり前か」
歯を食いしばりながら、少年は塔を歩く。
もし、
そう考えると、膝から崩れ落ちて動けなくなってしまいそうだったからだ。
「これで頂上──わっ」
階段を昇りきった途端、アクタの顔をぶわっと風が襲い、思わず帽子を押さえる。
最上階は、屋上だった。景色には薄霧がかかっている。屋上の中央には、小階段を上がった先に鐘楼が備えられていた。
「あ、フウロさん!」
鐘楼の前には、空を見上げている女性の姿があった。鳥ポケモンの羽が宙を舞っている。
「! ──来てくれたんだ。ありがとう」
振り返ったフウロは手を振っている。少年は照れながら、小階段を上がって彼女のもとに歩み寄る。
「さっき見えたのってやっぱり、傷ついたポケモンだったよ。だけどもう大丈夫よ! 『げんきのかたまり』を使ってあげたら、元気になって飛んでいったの!」
「あ、そうなんですか」
アクタは、両手に構えていた『げんきのかけら』と『すごいキズぐすり』をカバンにしまった。ちょうど、タワーのなかで拾ったアイテムだった。
「それにしても、飛行機からここにいたポケモンが見えたんですか……?」
アクタは空を見上げる。たしかにタワーオブヘブンは高い造りだし、飛行機の高度にもよるのだろうが──
「よく見えましたね?」
「ウフフ! すごく視力がいいでしょ! パイロットの目はどんなに遠くでも見えちゃうのよ!」
フウロは東の方向にじっと目を向けて。
「えーと、『ネジ山』の入山者は……、んん? 珍しいひとたちがいるなあ」
「す、すげえ!! 見えるんですか!?」
目を輝かせるアクタ。気を良くしたフウロは、鐘楼へ歩み寄る。
「そうだ! ねえ、せっかく来たんだし、あの鐘を鳴らしたらどう?」
金色の鐘は蔦に覆われつつも、鈍い輝きを放っている。
「い、いいんですか……?」
フウロはこくりと頷く。
「タワーオブヘブンの鐘はポケモンの魂を鎮めるの。しかも、鳴らすひとの心根が音色に反映される……」
「………………」
アクタは、鐘楼に歩み寄る。
鐘は古びていながらも強烈な存在感があり、そばにいるだけで圧倒されてしまう。
自分は、どんな音色を鳴らすのだろう。
不安と期待を一瞬で覚えつつ、鐘から伸びた紐を引っ張った。
チーちゃんへ
久しぶりに野宿をしました。洞窟です。
というか洞穴です。
洞窟と洞穴ってなにが違うんだろうね? なんてことも、頭の良いチーちゃんならきっと知っていることだと思います。
今回探検したダンジョンは、「電気石」っていう石がそこらじゅうにある変わった洞穴でした。
この石、光ってるんです。
しかも磁石になっていて、石同士がくっつくんだ。
この性質を活かした「電気石ビリビリゲーム」というものを考えたんだけど、どうやらこのゲームは不完全で未完成らしいです。
もっと改善したら、チーちゃんも遊ぼうね。
アクタより
フキヨセシティにて