ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート29 ネジ山/向かうべき場所

 銀世界。

 最初の洞窟を抜けたときに目の前に広がったのは、そう呼ぶにふさわしい光景だった。

 すり鉢状の盆地にはあちこちに足場が組まれているが、人工の足場も自然の地面も、等しく雪に覆われている。

「雪は良い……。この世界の汚れをすべて覆い隠してくれる」

 近くにいた作業員が景色を眺めながら呟いていた。アクタとチェレンは、会釈をして彼から距離を取った。

「じゃあ、別行動ってことで。ぼくは先に行くから」

「あ、うん。またねー……」

 ひとりになって、あらためて山を見渡す。

「ほんとにシロガネ山を思い出すな……。でもこんなに人間がいるし、鉱山としても開発されている。歩きやすさは段違いだ」

 とりあえず、洞窟の外では絶対にモンスターボールを投げてはいけないな、と強く心掛けた。

「野生ポケモンのレベルもなかなか高い。でも作業員さんたちがいるせいか、ひとには慣れてるみたいだ。──え!? なにあのポケモン!! かわいい!!」

 子熊のポケモン、野生のクマシュンに心奪われるも、いつものように捕まえられなかった。

「はあ、はあ……、しょうがない。クマシュンのことは諦めよう。それにしても雪ってすごいな……。ここ、ほんとうは大穴が空いてたんじゃないかな」

 ネジ山中央、くぼんだ盆地には深く雪が積もっており、足場としても十分成立している。アクタとはじめ多くのトレーナーは、雪が作り上げた坂を巧みに登り、洞窟を行き来している。

「雪が解けたら、もっと複雑なダンジョンになるのかな。でも見えていなかった道が見えそうで、それはそれでおもしろそうだな」

 銀世界の山を今一度眺めて。

「……春になったらまた来よう。ね、バオッキー?」

 バオッキーは道のすみで、腕を組んで佇んでいた。──というより寒そうだった。

「あ、ごめん寒いよね。洞窟に入ろうか」

 ほのおタイプのポケモンは、寒さとは対極の性質を持っている。こおりタイプには強くとも、気候そのものには慣れていないのだろう。

 ふたつの地方を旅したアクタだが、ほのおタイプのポケモンを仲間にするのはバオップ、バオッキーが初めてである。

「チーちゃんのバクフーンのお世話はしてたけど、寒さが苦手そうな印象はなかったなあ。そういえばバクフーンは首から火が出るから、みんなからちょっと人気だったっけ」

 やはり雪山ということもあって、どうしたってシロガネ山を思い出してしまう。

 懐かしい? 寂しい? 違う。

 言うなれば──不安と後悔。

 

 

「チーちゃん。ぼく、イッシュ地方に行くよ」

「え、わたしも行きます」

「ダメです」

「………………え?」

 

 

 あのときのチリアの絶望した表情を見て、「しまった」と思った。

 傷つけるつもりも、突き放すつもりもなかった。

 ひとりで旅をしたかった。新しい旅をしたかった。

 ひとりぼっちで、知らない世界に飛び込みたかった。

「ねえチーちゃん。ぼくが旅をしたいのには、一応、理由と目的があるんだ」

 数日に及ぶ説得のなかで、少年は泣きじゃくる少女に訴えかける。

「いずれ、シロガネ山を離れようと思う。──山の管理はべつのひとに任せるとして、ぼくはべつの地方で、べつのことをやりたいんだ」

「そ、そ、それはぁっ、それっ、それってえ、な、なんなんであっ、うう、うええっ」

 あまりにも嗚咽混じりなのでまとも聞き取れなかったのだが、「それはなんなのか」と問われていることは予想がついた。

「なにをするのか、まだわからない。でもポケモンと、人間と、バトルと、もっと深く関われるようなことをやりたいんだ。それを見つけるために──ひとりで旅をしなくちゃいけないんだ」

「……わあしゃ……?」

 震えるチリアの肩を、なだめるように優しく、しかし力強く握る。

「いずれチーちゃんにも来てほしい。ぼくのことを手伝ってくれ。チーちゃんの力が必要なんだ」

 その言葉を受けて、さらにチリアは泣き出した。

「ええ!? チーちゃん、あの──ぎゃーーー!!!」

 その涙は一転して、嬉し涙だった。チリアは歓喜のあまり、アクタの胸に飛びついた。

 

 

「結局、シロガネ山はシルバーくんに任せる方向になりそうだな。彼なら安心だ。それはそうと、たまには電話をしないとかな……。前にライモンシティで久しぶりに通話したとき、ちょっと怒ってたっけ。『手紙は超嬉しいけど、こっちから連絡を取る手段がないじゃないですか!』って」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら洞窟を進む。バオッキーとは手を繋いでいるので、寒くはない。

「やりたいこと、まだ見つかってないな……。その点ではチェレンの悩みもわかるんだけどなあ。それにしたってチェレンは焦ってるように見える」

 そんなふうに噂をしていたせいか、まるで呟きに応えるように、目の前にチェレンが現れた。

 ──否。正確には、チェレンがバトルをする現場を、アクタが訪れただけだが。

「……くっ、強いな」

 バトルの相手は、プラズマ団の下っ端だ。

 チェレンのかたわらには、人間の身長をゆうに超える体長を持つ、緑色の蛇。気高く胸を張って敵を見下すそのポケモンの名はジャローダ。チェレンの最初の相棒であるツタージャ、そしてジャノビーが進化したポケモンだ。

「だがその強さは、お前らトレーナーがポケモンを支配することで実現している強さだよな!?」

「……だからきみたちが『ポケモンを自由にしたい』……。そう望むなら、きみたちはそうすればいい」

 プラズマ団らしい負け惜しみの発言に、チェレンは意に介していない様子で彼を見下す。

「だけどね。力に任せてみんなのポケモンを奪うのはどう考えても間違っている。それは強さじゃない!」

「そうだそうだ!」

 チェレンの発言に同調し、ここぞとばかりにアクタは飛び出す。

「アクタ!? どうして……」

「邪魔したくなかったんだけどね。でも、なんかあっちももうひとり来るみたいだし」

 アクタが顎で示す先、洞窟の出口の方向から──

「おお仲間よ、ここにいたか!」

 もうひとりのプラズマ団員が駆けつけてきた

「例のモノが見つかったぞ。さあ、我々も塔に向かおう!」

 例のモノ。

 意味深なワードだが、とりあえずアクタは心に留めておく。

「いいか! プラズマ団は、ポケモンが支配されているこの世界を変えるための()を手に入れた!」

「そうとも!」

 仲間の言葉に励まされ、先ほどはチェレンに負けたはずのプラズマ団は、勝ち誇ったかのように立ち上がる。

「間違った世界を正すためなら、力ずくも当然だ! さて、我らの王様──Nさまのもとに集おう!!」

 勇ましく宣言したプラズマ団たちは、脱兎の如く駆け出し、ネジ山から出て行った。

「王様……? え? Nって、あの?」

「ああそっか。チェレンは知らないんだっけ。あいつ、王様なんだってさ」

 

 

 チェレンはプラズマ団のことを「降りかかる火の粉」くらいにしか思っていないし、ヤーコンもプラズマ団には関わらないよう助言してくれた。

 とはいえ、もはやチェレンとプラズマ団が無関係とは言い切れない。アクタはNとプラズマ団について、チェレンに情報を明かした。

「ポケモン解放──その宣言に従わせるために、伝説のポケモンを……?」

 理解できなさそうにため息をつくチェレン。呆れた様子に見えることから、どうやらアクタと意見はおなじらしい。

「正直、ぼくはバカみたいだって思ってるけど──さっきのやつらが言ってた『例のモノ』? ってのも気になるし、それなりに計画は進んでいるみたいだね」

「あいつら……、なにを手に入れたか知らないけど、わざわざ強くなってまでみんなに迷惑をかけるだなんて、メンドーな連中だよ……」

「その点じゃ、強くなる理由とか、目標とか、そういうのを探している途中のぼくらのほうがまだマシだよ」

「………………」

「ねえチェレン。ぼくは絶対、このイッシュ地方で自分のやりたいことを見つけるよ」

 バオッキーを撫でる。仲間であることをたしかめるように。

「そのためにはプラズマ団が邪魔だ。必ずあいつらを止めてみせるよ」

「……そうか」

「──たしか、この先がセッカシティだっけ? 一緒に行く?」

 その提案に、しかしチェレンは首を横に振る。

「ぼくはもうすこしここにいる。ちょっと考えたいんだ。きみや、チャンピオンに言われたこと……」

 いまだに、チェレンのなかには悩みがある。

 ただ以前とは変わって、その悩みには焦りや激情はない。あくまでも自分自身と向き合っているように思えた。

「ぼくは強くなってなにをしたいのか……? そもそもぼくは、だれのために強くなる……?」

「──じゃ、ぼくは先に行ってるからさ。ちゃんと、来いよな」

 

 

────

 セッカシティ。

 空にきらめく雪の花。

────

 

「おう! アクタくん。ポケモンたちの様子はどうかね?」

「あ! パパのほうのアララギ博士!」

 あごひげに細目の男。つい数日前にフキヨセシティで別れたばかりだが、海を越えたり山を越えたりしていたせいか、実際の時間より久しい気がした。

「ポケモンたちは元気……ですけど、ネジ山でさすがに疲れちゃったんで、これからポケモンセンターです」

「そうかそうか! 良かったら、しばらくご一緒しても? きみやポケモンたちの様子が見てみたいな」

「喜んで。そうだ、ぼくはこれから食堂で夕食ですけど……」

「ならばわたしがご馳走しよう! ──おっと、未成年のトレーナーは無料だったか」

 ポケモンたちを回復させる間、アララギ博士(父)とともにポケモンセンターの食堂へ。いつもどおりケチャップを大量に使うアクタだが、博士は彼の嗜好を特に気にしていない。それどころか、アララギ博士は見た目や年齢より大食いらしく、食べ放題(ビュッフェ)形式の食堂を目いっぱいに楽しんでいた。

「ふー、食った食った」

 食後、回復したポケモンたちを受け取ったアクタとアララギ博士は、腹ごなしのために庭に出た。夜。電灯の下で、アクタはダイケンキ、バオッキー、アーケオスを呼び出す。

「あと、このタマゴですけど……。ときどき動いているみたいだけど、生まれるまではまだ時間がかかるかな?」

「ふむ──おお! ポケモンたちはお前さんに懐いているんだな。様子を見るだけでわかるぞ!」

 3匹は特に、アクタにすり寄ったりじゃれついたりはしていない。ただ、それぞれ落ち着いた様子でありながらも主人の様子を伺っている。

「これからちょっとみんなと遊ぶんですけど、良いですか?」

「ああ、わたしのことは気にするな。ポケモン図鑑も大事だが、こうして一緒に過ごす時間がなによりだもんな」

 それからアクタは小一時間ほど、いつものようにポケモンたちと触れ合う。追いかけ合ったり、疑似的にバトルをしたり、ノーコンで投げたおもちゃを取りに行かせたり。それはバトルの訓練などは意識していない、特別で唯一の時間であった。

「ふうー、遊んだ遊んだ。──あ、すいません博士。なんかほっといちゃって……」

「構わん構わん! さっきも言ったが、ポケモンと過ごす時間はなにより大事だ。それに、お前さんがポケモンを大切にしていることもよくわかった」

「そ、そうですか……」

 褒め言葉に照れつつ、アクタは3匹をモンスターボールに収める。

「ところでお前さん、『リュウラセンの塔』を知っておるかね?」

「りゅー……らせん?」

「まあな、知らなくても無理はない。よし! お前さん、ちょいとジジイの話を聞いていけ」

 塔、という言葉から恐らく施設──ダンジョンだろうか。ならばイッシュ地方の人間ではないアクタには、当然ながら聞きなじみがない。

「リュウラセンの塔とは、このイッシュ地方でもっとも古い建造物といわれている。なにより伝説のポケモンが生まれた場所とも、眠る場所とも伝わっているな」

「伝説のポケモンが!?」

 そのような場所ならば、プラズマ団は放っておかないだろう。ネジ山でプラズマ団が言っていた『例のモノ』と関係があるのかもしれない。しかし──

「……なんだか、ちょっと曖昧ですね。生まれた場所、眠る場所……。はっきりとはわかっていないんですか?」

「うーむ、そうなのだ」

 アララギ博士は立ち上がって、北の方向を見上げる。夜なので、その先にあるのであろうリュウラセンの塔は見えない。

「このセッカシティを抜けた先にあるのだが、詳しいことはなにひとつわかっておらん。なにしろ塔の中に入った人間がいないのでな」

「……立ち入り禁止とか?」

「入り口そのものが無ければ入ることもできまい」

 アクタは深く首を傾げる。出入りそのものができないのであれば──ダンジョンですらないのだろうか。

「わたしの娘も中を調べたがっているが──なあに、わからないこともある。そういうのもロマンというものだ」

「ろまん……」

「というわけで明日、ジジイはリュウラセンの塔を見物に行くのであった! きみも時間があれば観光に来るといい!」

「わかりました。じゃあ、ジム戦が終わったら行こうかな」

 夜も更けてきたので、話はそれで終わりだった。「じゃあな!」と快活に手を振って、アララギ博士はホテルへと去って行く。

 アクタもポケモンセンターの宿泊施設に戻ろうとして、ふと、寒さを自覚してくしゃみをした。ジャケットのポケットに手を入れて縮こまる。

「うー、やっぱり寒……。そういえばアララギ博士、えらく薄着だったよな……」

 黄色いワイシャツに、しかも腕まくりをしていた。

 どうやらものすごく頑丈な御仁らしい。

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