ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「コバルオン、“せいなるつるぎ”!」
砂塵吹き荒れるリゾートデザート。
アクタの号令にて、コバルオンの頭部から伸びた刀身が、プラズマ団員のワルビルを打ち倒した。
「ナイス、コバルオン! でもそこでストップ!」
追撃を行おうとしたコバルトブルーの巨体が、ピタリと足を止める。
「この戦いには──ポケモンバトルにはルールがある。人間を傷つけちゃいけないよ。たとえ相手がどんな人間であってもね」
コバルオンに見下ろされたプラズマ団員は、恐怖に腰を抜かしながらも、砂の上を四つん這いになって逃げて行く。風の音にまぎれた悲鳴が哀れだった。
コバルオンはアクタの指示を聞いて戦ってくれた。正式な手持ちになってくれたわけではないが、すくなくともプラズマ団たちとの戦いにおいては、「4匹目」の戦力に加わってくれている。
人間に対する敵意がゼロなのかといえば、そうも断言できないのだろう。しかしコバルオンは、今回のプラズマ団、あるいはレシラムを巡る事変において、アクタに従うことに決めていた。
それが、ポケモンたちの平穏につながる近道であると信じたのだ。
「それにしてもコバルオン、強い……! かっこいい……!」
しかし嬉しそうに足に抱き着くアクタのことは、いささか不気味に感じた。さすがに主人と認めたわけではないので、無慈悲に距離を取る。
「ああっ……、くっつくのはダメですか。ごめんね」
「ずいぶんな戦力を味方につけたようだな」
リゾートデザート、『古代の城』の入り口にたむろしていた数人のプラズマ団たちを退けて、最後に残ったのは黒衣の老人──七賢人のひとり、リョクシであった。
「まあ、ぼくも未熟者なりにいろいろと考えてんですよ。エヌもゲーチスさんも頭が良いんでしょ。あのひとらを出し抜けるよう、必死だよ」
「ゲーチスさまは言われた。お前の力量がどれほどか、いま一度確かめよと。そのために古代の城に戦力を派遣したのだが……」
リョクシはため息をつき、踵を返す。
「お前が城の外にいたのは予想外だったが、最低限の目的は果たした。この場は良しとするか……」
「待てよ。だったら古代の城のなかにも……? チェレンやアデクさんたちは──」
「あれ、アクタ?」
心配しかけたところで、ちょうど背後から声をかけられた。古代の城から当人たち──チェレンとアデクが無事な様子で出てきたのだ。
「良かった! ふたりとも無事だったんだ!」
「プラズマ団の邪魔もあったが、大した相手ではないわい! ところでお前さんのほうは、しっかりと成果を得られたようだな」
コバルオンの姿を認め、アデクは感心する。──だがコバルオンのほうは、人影が増えたことが不愉快なのだろう。戦闘の雰囲気もなくなったので、砂塵の奥に去って行った。
「おや……? 手持ちに加えたわけではないのか?」
「そうなんです。でもプラズマ団とは戦ってくれるし、言うことも聞いてくれます。──って、いつの間にか七賢人も逃げちゃったし」
遺跡に残ったのは、アクタ、チェレン、アデクの3人だけになってしまった。
「えっと、ところでダークストーンはどうだったんですか?」
「………………」
うつむくチェレンの表情が、雄弁に結果を物語っていた。
:
数時間前。
チェレンとアデクはプラズマ団たちを退けつつも、流砂を伝って可能な限り古代の城の奥に進んだ。
「お揃い──というわけでもないようですね」
最下層にいたのは、ゲーチスだった。
「彼は──アクタはここへは来ていないのですか。どちらへ?」
「それをお前に教える必要はないな」
アデクは冷たく突っぱねるが。
「ふむ……。まあいいでしょう。大方の予想はつきます。もう1匹のドラゴン……、ゼクロムを復活させるため、べつの場所を探索しているのか。あるいはべつの手段を模索しているのか」
チェレンには、アクタがどこでなにをしているのか知らされていない。アデクもゲーチスの推測に返答しないので、この場で真相を知ることはできなさそうだ。
「なんにせよ、苦労なされていますね」
「お前たちのおかげでな」
「そうそう、ここにはお探しのダークストーンはないようです」
ゲーチスは砂まみれの空間を見渡す。豪奢なコートの裾が汚れるのもまるで気にしておらず、尊大な態度も、その器の大きさを示すようにも見える。
「嗚呼、この場にはぜひアクタに来てほしかったものだ……。彼は我らが王に選ばれた。彼がポケモンと共存する世界を望むのなら、伝説に記されたもう1匹のドラゴンポケモンを従え、我らの王と戦うことになる」
「……何様のつもりだ」
アデクは引き続き、ゲーチスに冷徹な視線を向ける。
「お前たちの敵になるのはアクタだけではない。ポケモンとの共存を望むトレーナーはいくらでもいる。我々だってそうだ。ポケモンの解放? トレーナーとともにあるポケモンがそれを望んだのか? お前たちのやっていることは、ただ人々からポケモンを奪っているようにしか見えん」
「……おやおや、これはチャンピオンのアデクどの」
ゲーチスは嘲笑するように、口元を歪めた。
「長年のパートナーだったポケモンを病で失った数年前より、真剣勝負をせず、四天王にポケモンリーグを守るよう命じたあと、自分はイッシュ地方をふらふらしている……。そのようなチャンピオンでも、人々とポケモンが共に暮らすいまの世界を守りたいと?」
「………………」
「いまの世界は、ただ漫然とポケモンを縛りつけているだけ! ──我らがプラズマ団の王は、そのように考えています。王はあなたのような堕落したチャンピオンより強いことを、イッシュの人間に示します! そしてイッシュを建国した英雄と同じように、伝説のポケモンを従え号令を発布するのです!」
その声は、広く寂しい砂の空間に、恐ろしいほど明瞭に響いた。
「すべてのトレーナーに、
従うわけがない。
すくなくともこの瞬間まで、チェレンはそう考えていた。
「そのため伝説のレシラムや、王に相応しい城も、すでに用意しているのですよ」
しかし自信に満ちた態度のゲーチスを目の当たりにして、自分の意志にすら不安が押し寄せてくる。
「……わしは負けぬ!」
少年を不安から守るように、アデクは正面からゲーチスと対峙する。
「ポケモンを愛するトレーナーのために! トレーナーを信じるポケモンのためにも!」
アデクがどんな表情をしているのか──背後のチェレンにはわからなかった。
「……王はあなたに興味などない。勝利するのが当然の相手だと判断なさっておるのですよ」
すくなくともゲーチスの表情は、冷めたものだった。
「まあ──それでもあなたはチャンピオンだ。くれぐれも、無駄なケガなどなさらぬようにね」
「……わしもバカにされたものだな」
「まさか。親切ですよ、親切……。たしかにわたくし個人的には、人々が絶望する──その瞬間を見るのが大好きですがね」
:
「まあ、そんな息苦しいやり取りがあってな」
廃墟の影座り込んで、砂風から身を守りながら。
「そっか。ゲーチスさんが……」
アクタは物憂げに、抱っこひものなかのタマゴを撫でる。たしか、タマゴをくれたポケモンレンジャーの男は、古代の城で手に入れたと言っていた。──だからだろうか。タマゴはときどき動いていて、もうすこしで生まれそうに感じた。
「ゲーチスさんの目的もエヌとおなじなのかな……? エヌのことを英雄にして、ポケモンを人間から解放する。言葉どおりに受け取っていいものか……」
「なんにしても、あいつらを止めなくちゃいけないことには変わりないだろ」
うつむくチェレンは、明らかに苛立っていた。
「うまく言えないけど……。とにかくボクは、あいつらのことが絶対に許せない!」
「……Nという男、なにを望んでいるのだろう? 今回のプラズマ団の介入は、妨害というほどでもなかった。ゲーチスの物言いではむしろ、ゼクロムの発見を促しているような……。2匹のドラゴンの戦いで勝ち残ることで、己の正しさを証明したいのか?」
「うーん、エヌのことはたぶん……」
と、アクタが見解を述べようとしたところで、突然、ライブキャスターのけたたましい着信音が、少年の言葉を遮った。
「あ、すいません……。アララギ博士だ。緊急かもしれないんで出ますね」
応答すると。
『アクタ!!』
娘のほうのアララギ博士の大声が、風の音すらなんのそので響く。
『アクタ!! アクタ!! もしもしアクタ!!』
「はいはいはい!」
『あっ、繋がってる』
「なんなんですか!」
『あのねアクタ!! いますぐシッポウシティの博物館にいらっしゃい!』
「シッポウって……」
なぜ? と聞き返すまもなく。
『いますぐよ! いい? 本当にいますぐよ!』
激しく念を押され、そのまま通話は切られた。声の余韻で耳がキンとする。
「……アララギの娘め。ここまで声が聞こえたぞ」
肩をすくめるアデク。
「なにやら大変な様子だな。シッポウの博物館でなにが待っているやら……。では、先に参るぞ!」
アデクはモンスターボール空に放り投げる。──砂嵐でまぎれていたというのもあるが、現れたポケモンは目にも止まらぬほど素早くアデクを連れ、“そらをとぶ”で去って行った。
「なんだろう、あのポケモン。すっごい強そうな感じが……。まあいいや、とにかくチェレン、ぼくらも行こうか」
アクタもモンスターボールを投げる。ずいぶん離れた場所にアーケオスが現れ、危うく砂嵐ではぐれてしまいそうだった。
「……ボクはもう一度このなかを探す」
しかしチェレンはアクタに背を向け、先ほど探索したはずの、古代の城の入り口を見据えている。
「あんなゲーチスのいうことなんか信じたくないんだ……」
「……そっか。気持ちはわかる。──というか、そうしてもらえると助かるよ」
可能性を確実に潰すのは、合理的な行動だ。
「じゃあ、もしここでダークストーンを見つけたら、それはチェレンが使って良いからね」
「ああ。──って、ええ!?」
思わずチェレンは振り返る。
「べつにいいでしょ。なんか、ゼクロムはぼくが捕まえる流れになってるけどさ……。ふつうに考えて、ぼくがボールを投げて捕まえられるとは思えないし」
「で、でも、ボールでの捕獲以外にも手段は……、現にアクタはコバルオンを味方につけたじゃないか!」
「それはそれ。エヌがどういう基準でぼくを選んだのか知らないし、そんなものに従う義理はない。チェレンにだって、伝説のポケモンと一緒に戦う資格はあると思うよ」
「………………」
「ま、
広い砂漠でアーケオスはしっかりと助走をつけて、アクタを連れて飛翔した。
:
「……アデクさんから話は伺ったわ」
シッポウ博物館の会議室にて、白衣の女性、アララギ博士は少年に真剣な表情を向けた。
「アクタ、大変なことに巻き込まれちゃったのね……」
「えーと、まあ、そうなんです。ていうかなかば自分から首を突っ込んだせいというか……」
バツが悪そうな顔で逡巡したが、アクタは素直に頭を下げる。
「ごめんなさい」
カントー地方から来たアクタの身柄を預かっているのは、実質、旅立ちの面倒を見たアララギ博士だ。少年、アクタの行動の責任は、彼女にあると言ってもいい。
どれほどの実力者であろうと。
どれほどの怪物であろうと。
アクタは、まだ12歳の子どもなのだ。
「ああ、違うのよ。謝らないで!」
しかしアララギは、アクタの肩に手を添えて顔を上げさせる。
「あなたはなにも悪くないわ。むしろ、正しいことをした積み重ねの結果だと思うの」
「博士……」
「それに、あなたの経歴からなにかしらやらかしそうな気配はあったしね」
「そ、そうですかあ?」
カントー地方でロケット団と揉めたり。
シンオウ地方でギンガ団と揉めたり。
そして三度目の旅でもまた揉め事に首を突っ込んでいるのだから、さながらこれは天命ともいえる。
「それに止めるとすれば、リュウラセンの塔でパパの役目だっただろうし」
「おいおい、わたしに責任を押しつけるのか」
彼女の隣に座っている、あごひげに細目のアララギ博士(父)は口を尖らせる。
「お前にも止めるチャンスはあったんじゃないのか? 電気石の洞穴では、お前自身もNという男と出会ったんだろう?」
「う……。まあ、あのときは話を聞く余裕がなかったというか……。アクタの行動を尊重して……」
アクタは、なんだか気が抜けてしまった。
どうやらこの親子は、アクタの行動や意思を責めるどころか、応援してくれるらしい。
「良かったね」
隣のベルが嬉しそうに耳打ちしてくる。彼女も大概、
「──あの、アララギ博士……たち」
小言を言い合う親子に、あらためて少年は真剣な顔を向ける。
「心配をかけたこと、やっぱりごめんなさい。でもぼくはプラズマ団とかエヌのことに、最後まで向き合いたいです。そうすることで、ポケモンたちのことを守りたいし、なにより──」
と、言いかけたところで。
「待たせたね。これかい?」
「おう、アクタも来たか!」
会議室に新たに入ってきたのは、チャンピオン・アデクと、シッポウシティジムリーダーにしてこの博物館の館長・アロエ。
アロエの手のなかにあったのは、闇のように真っ黒な石だった。