ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
トレーナーを模したような前衛的なデザインの像には文字が刻まれている。
『このポケモンリーグに四人の強者あり』
道は四方向に別れている。
『南西にゴーストタイプの本質を知る者あり』
その部屋に足を踏み入れた瞬間、アクタは身体の芯に強烈な寒気を覚えた。
部屋の気温が低い──というわけではない。真正面の柱状の本棚には、書物が収まり切れずに溢れている。振り返りたい気持ちを押さえて一歩踏み出すと、
「え──え? あれ?」
冷たい
霊気。それは螺旋階段の上まで少年を連れ去る。やがて霊気から解放されたかと思うと、目の前には机に向かう、眼鏡の女性の姿があった。
「あ、あの……」
話しかけようとした途端、窓の外で雷鳴が轟く。思わず身体が硬直する。──すくなくとも外は快晴だったはずなので、これが「演出」だということは考えればわかることなのだが。
「『その男、瞳に暗き炎をたたえ、ただひとつの正義を為すため、自分以外のすべてを拒む』」
眼鏡の女性はぽつぽつと語り始める。黒を基調とした服装。大きなマフラー。その手には万年筆が握られている。
「……いま読んだのは、アタシの小説なんです。……先ほどの挑戦者を題材にしてみたのですが、なんだか悲しくなっちゃいました」
「……はあ。小説」
文章のみで構成された物語のことだ。当然、アクタにとって興味の薄いジャンルである。
「ごめんなさい、挑戦者の方ですよね」
女性はいそいそと立ち上がり、モンスターボールを携えて少年の前に立つ。
「ゴーストポケモン使いの四天王、シキミ、お相手いたします!」
「あ、アクタです! よろしくお願いします!」
シキミが繰り出すゴーストタイプのポケモンは、デスカーン、ブルンゲル、ゴルーグ。やはり四天王の名は伊達ではなく、いずれも強烈で恐ろしいポケモンたちばかりである。
アクタにはゴーストタイプに対する決定打がなかったものの、そこはポケモンたちとのコンビネーションでカバーする。
「そろそろこの物語のエピローグが始まりますね」
シキミの最後のポケモン、シャンデラが“シャドーボール”を放つ。超火力とも呼べる特殊攻撃だったが、寸でのところでダイケンキは踏ん張って──
「“なみのり”!!」
紫色に燃えるシャンデラの炎を、波が呑み込んだ。
「……うわあ、アタシ、しちゃってます、あぜんぼーぜん」
よほどの衝撃だったのか、敗北したシキミは小説家にあるまじき不自然さで、言葉を紡ぐ。
「いろいろ言葉は知っていますが、うまく言い表せないんですよね」
「なんとなくわかります」
少年は息を切らしながら、ダイケンキを撫でる。
「ぼくもシキミさんに勝てて、すごく嬉しいです。でも嬉しすぎて、いまはそれ以上の表現が見つかりません」
「きっと言葉にすると、いま溢れている感情とか、それに閉じ込められちゃうからかなあ。──でもこれだけは言わせてください。アナタ、グレートです!!」
シキミは晴れやかな笑みで、アクタを称えた。
:
『南東にかくとうポケモンを使いこなす者あり』
リフトに乗ると、ベルトコンベアが起動して少年をバトルフィールドに導く。到着した途端、ライト・アップ。さながらプロレスのリングであった。
「な、なるほど、かくとう……」
戦いの舞台としては、これ以上ないほど相応しいデザインである。リングの中央には道着姿の巨漢の男が仁王立ちしていた。
「挑戦者よ……。わたしの名前はレンブ。格闘の道を極めるべく、師匠アデクのもと、修行を続けている……」
その男からは、「敵意」とも「殺気」とも違う、静かで重い威圧感が伝わってきた。
「そしてお前も我が師匠が認めたトレーナー! その強さ……、どれほどのものか見せてもらいたいッ!!」
「アデクさんが、ぼくを?」
たしかにアデクは、アクタにダークストーンを託し、そしてポケモンリーグに挑戦するように約束を交わした。なるほど、
つくづく、責任重大だ。アデクのもとまでたどり着かなくては、彼の期待を裏切ることになる。
「申し遅れました。ぼくはアクタです。強いところ、しっかり見せます!!」
レンブが繰り出すのは、ダゲキ、ナゲキ、そしてローブシン。かくとう技の切れはもちろんのこと、体さばきに関しても超一流。互いに一切の油断なくバトルが進み、やがて最後のポケモン同時が激突する。
「コジョンド、“いわだなれ”!」
細身のかくとうポケモン、コジョンドが流麗な動きで技を繰り出す。ひこうタイプ対策の“いわだなれ”はアーケオスを呑み込む。
「負けるな、アーケオス! 飛べ!!」
主人の声に奮起し、アーケオスは岩石を乗り越えて飛翔する。“アクロバット”。極彩色に翼が舞い、鋭い一撃がコジョンドを仕留めた。
「最強のポケモンなどいないし、ベストの組み合わせもない……」
敗北を受け止めたレンブは、ため息のように静かに息をつく。
「それゆえ常に勝ち続けるのは難しい。だが強さを求める心、最強を知りたい気持ち……。それをわたしは尊いと思う。そしてそれを持っているお前を尊敬する」
「ありがとうございます。ぼくは『最強』なんて呼ばれることは目指してないですけど──でも、もっと強くなります。いまよりも、もっと」
:
『北西にあくタイプを極めた者あり』
「悪を極めるって、ちょっと恐いな」
あくまでも「タイプ」の話である。その四天王自身がとんでもない悪人ではないことを祈り、アクタは薄暗い部屋のレーンに乗る。
レーンが進むにつれ、通路の灯火が燃える。
「やれやれ……、きょうはどういう日かな? 続けざまに挑戦者がやってくるとは……」
黒革のソファから、黒スーツの男が重々しく腰を上げる。長身痩躯に、黄色のマフラーが目立つ。
正直な第一印象は、「悪そう」だった。
「きみ、いまわたしのことを、悪そうとか思わなかった?」
心を読まれた。
「あ、いえ、べつにその、そんなことは……」
「ふふっ、構わんさ。これでもギャンブルの世界で生きる身、とてもじゃないが自分が善人だとは言い張れない。それに──」
男は、鋭い目で少年をじっと見る。
「きみのほうこそ、
心を見透かすような目線に、アクタはたじろぐ──この男は最初から、心を見透かそうとしているようだ。ギャンブラーというのであれば、納得の「目」だが。
「まあいいさ。四天王ギーマ、その役割に従いお相手するまで」
「アクタです。ぼくもぼくの役割のため、挑戦します!」
少年に立ちふさがるのは、ズルズキン、ワルビアル、レパルダス。ギーマの戦い方はクレバーで、気を抜けばすぐにアドバンテージを奪われてしまいそうだ。
だからこそアクタは気を抜かない。なんなら、自分が心を読まれているとさえ前提にしている。
「さてと……、どんな勝負も自分から降りたりしないぜ」
ギーマが最後に繰り出したのは、全身を刃物で武装したポケモン、キリキザン。見た目以上に剣呑な雰囲気が漂っている。剣の心得があるダイケンキはすでに体力が尽きかけている。
「コマタナの進化系だよな……。だったら、バオッキー!」
はがねタイプも持っていることを確信し、ほのおタイプで攻めることにした。
「“メタルクロー”!」
「“はじけるほのお”!」
技が衝突する。おそらく、キリキザンのほうにバオッキーに対して相性有利な技はないらしい。
──かもしれないが、そうじゃないかもしれない。あらゆるケースを想定し、仮定のなかから即座に適切な行動を選択する。
「バオッキー! 距離を!」
アクタの指示により、バオッキーは跳躍してキリキザンから離れる。先ほどの“はじけるほのお”は、キリキザンに十分なダメージを与えたが──
「まだこんな状況でも勝てるやり方……、あるはずだぜ」
ギーマの目は光を失っていない。それどころか、バトルが始まる前よりも、よほど愉快そうに燃えている。
「キリキザン、“つじぎり”!!」
急所を狙った斬撃。捨て身ともいえる姿勢の、渾身の攻撃。
──読み通りだった。
「いまだ! ”だいもんじ”!!」
バオッキーは、
「だれかが勝てば、相手しただれかが負ける。それが勝負ってやつだ」
この勝負は決した。
「いい勝負師ってのは、勝利を得て自慢するでもなく、敗れて取り乱すでもなく、ただつぎの勝利を求めるのさ」
「きょうギーマさんに勝ったこと、忘れません。そしてつぎの勝負でも勝ちます。勝ち続けます」
そのためにここへ来たのだ。
:
『北東にエスパーポケモンを知り尽くす者あり』
神秘的な空間だった。目の前にある「道」らしきものはレースの布のように薄いが、果たしてこれはほんとうに「道」なのだろうか。足を踏み出して良いものか逡巡しているうちに、
「え──え? あ……、
身体が光輝いて、浮き上がる。ゴーストタイプの間とおなじく、不思議な力により連れ去られるが、身体を包むのは霊気とは異なるようだ。
なんというか、もっと強制力のあるような。
「そっか。これってエスパータイプの念動力? ホンモノなのかな……」
そんな不思議な力に身を任せているうちに、バトルフィールドらしき場所に到着する。目の前には、巨大なリボンがついた天蓋。
やがて天蓋が開くと、そこにはキングサイズのベッドがあった。
「………………?」
神秘的な部屋の雰囲気には合っているが。
ここが戦いの舞台だというのならば、この豪華なベッドはそぐわない。
「どなた……? アタクシの眠りを妨げる、野暮なトレーナーさんは?」
少年が目を丸くしていると、ベッドから女性が起き上がってきた。足元まで伸びたブロンドのロングヘア。ドレスのような寝間着姿。彼女はあくびをしながらアクタを迎える。
「ふうん……。強さと優しさを併せ持ち、なんだか手強そう……」
「ど、どうも、ぼくはアクタです。──って、あれ?」
アクタは彼女に見覚えがあった。
「もしかして、カトレアさんですか?」
シンオウ地方での修行の一環として、バトルフロンティアの手伝いをしたのだが、彼女のことはバトルキャッスルなる施設で見かけたことがある。
「ぼく、シンオウ地方のバトルフロンティアにしばらくいたことがあって、あの、憶えてはないと思いますけど、一言だけ挨拶したことがあって……」
「………………」
「こ、コクランさんはお元気ですか? あの、おもしろい執事さん」
「あなたがだれか、アタクシのことを知っているか、そんなのどうでもいい」
カトレアは眠そうな目と、冷たい言葉で返す。
「……それはそうですね」
これにはアクタも反省した。
いくら知った顔だからといって、これから戦おうという相手に世間話を持ち掛けるだなんて、どうかしている。
「すいませんでした。じゃあ、戦いましょう」
「ええ。だけどあくびが出ちゃうような、退屈な勝負だけはかんべんね……」
バトルが始まっても眠そうな様子のカトレアだったが、その実力はたしかなものだった。ランクルス、ムシャーナ、シンボラー。エスパータイプを中心に、多彩な技でアクタを追い詰めていく。
「メラルバ、“きゅうけつ”!」
すこしでもダメージを与えるために、相手と比べてレベルが低いメラルバさえも動員するが。
「ゴチルゼル、“サイコキネシス”」
やはり一撃で倒されてしまう。
「こんなものじゃないでしょう? ここまできて退屈をさせないで」
ため息混じりのカトレア。彼女の目は冷たくも威圧的だ。
「──考えろ。勝ち筋はある……!」
切り札と考えていたダイケンキはすでに『ひんし』。アーケオスもバオッキーも体力は十分といえない。おそらくそれぞれに与えられたチャンスは、攻撃一発分。そして受けることができる攻撃もまた、一発分持つだろうか。
「うん、
アクタが投げたモンスターボールは、危うくバトルフィールドから落下しそうな場所に着地し、アーケオスを召喚する。アーケオスはあらかじめ敵の場所を把握していたので、その地点から即座にゴチルゼルへ襲いかかる。
そこからふたりの指示は、ほぼ同時。
「“とんぼがえり”!」
「“10まんボルト”!」
アーケオスのツメがゴチルゼルを一閃し、返す刀でアクタの元に舞い戻る。攻撃と同時にべつのポケモンを交代する技だ。交代先はもちろん──
「さあ頼むぜ、バオッキー!」
「ふむ、これは……」
同時に、“10まんボルト”の矛先はバオッキーに定められる。出現と同時に電撃を喰らったバオッキーは、膝をついたが──まだ、戦闘可能である。
「さて、あとはスピード勝負、ですかね」
「アタクシを信じて戦うポケモンのためにも、諦めません」
睨み合うバオッキーとゴチルゼル。スピード勝負──とアクタが言ったとおり、先に攻撃がヒットしたほうが勝者となる。両者のポケモンはそれほどに体力を消耗していた。
一触即発という言葉が陳腐に聞こえるほどの張り詰めた雰囲気。やがてトレーナーたちは、なにかを合図にするでもなくトリガーを引いた。
「バオッキー、“シャドークロー”!!」
「ゴチルゼル、“サイコキネシス”!」
わずかに、バオッキーのツメのほうが速かった。ゴチルゼルは最後まで技を出すことなく、ぐらりと崩れ落ちた。
「エレガントでエクセレントなトレーナーなのね、アナタ」
「え、え? そうですか……?」
「アナタのポケモンにも品が備わっていて、お相手していて嬉しかったわ」
アクタは疲弊したバオッキーを抱き起す。品があるのかどうかはわからなかったが、確実に言えることは、バオッキーは美しい。そう強く感じた。
「……ああ、思い出したわ。あのノーコン。アナタたしか、バトルキャッスルで見たわ」
「いまですか!?」