ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「兄さん。わたしたちはほんとうに、ポケモンを捕まえることができないのでしょうか」
数か月前。
カントー地方、シロガネ山。当時拠点としていた修行の場で、いつしか居ついた妹分が、世間話のように問いかけた。
アクタは「そんなことないと思うよ」と返す。アクタはモンスターボールを投げる練習だって毎日やっている。いつか、狙った場所にボールが飛ぶことを信じて。
「そうですよね。わたしたちが不得手なのはあくまでも『投げる』だけであり、それ以外の方法を選択すれば、ポケモンにモンスターボールを当てることなど簡単なのです」
しかし彼女が言いたいのは「努力はいつか報われる」といったことではないようだ。
「例えば、落下。ポケモンの真上からボールを落とせば、それはポケモンに当たりますよね。ほかにも──振り子、あるいはレールのような、狙いが逸れようもないシステムを用意するとか」
つらつらと例を並べる少女に、アクタは感心を通り越して困惑する。やはり彼女は、周囲の話のとおり天才だ。いままで彼女が上げた作戦のひとつだって、アクタには思いつかなかった。
「でも兄さん。わたしたちはこれまで、それらの手段を実行に移しませんでした」
「うん」ととりあえず頷いておいた。アクタには思いつきもしなかったのだから、実行もなにもないのだが。
「それはひとえに、『必要がなかったから』という理由にほかならないですよね。わたしたちの旅には常に、ポケモンがいた。博士から貰った最初の1匹はもちろん、その後もだれかから譲り受けたり、タマゴやカセキから生み出されたりで、最終的には6匹の手持ちを揃えました。──兄さんはふたつの地方で13匹でしたね。さすがです」
彼女の憧れの視線には、時おり痛みを感じる。
「……いつか、自分の力でポケモンを捕まえることが必要になるかもしれない」
アクタは、いつも練習に使っているボールを手に取る。当たっても痛くない、柔らかいゴム製のボールだ。
「もしもまた、旅に出るとして。これまでの手持ちを置いていくとして。その旅でのなかで必要に駆られた際、ぼくはいま聞いた手段を試すかも」
ボールを投げる。
洞窟の外まで飛んで行った。様子を伺っていたポケモンたち数匹が、競うようにボールを取りに行く。
「……もしもの話ですよね? アクタ兄さん」
意を決して、少女に打ち明ける。
「チーちゃん。ぼく、イッシュ地方に行くよ」
「え、わたしも行きます」
「ダメです」
「………………え?」
それからは、泣きじゃくる少女を説得するのに何日もかかった。
:
ゼクロムの“きりさく”がアーケオスの鱗に爪を立てる。いわタイプにはいまひとつの威力──のはずなのだが、ダメージは軽くない。
「アーケオス、“ドラゴンクロー”!」
こちらの爪もなかなかのダメージだ。──が、このままアーケオスだけでやり過ごせるとは思えない。
「負けちゃいけないのはもちろん、相手を『ひんし』にはしちゃいけないんだ。これは勝負じゃない」
アーケオスを一旦戻して。
「バオッキー! “はじけるほのお”だ!」
炎は“りゅうのいぶき”によってかき消される。
「おっと……、ちょっとずつダメージを与えようと思ったんだけど、中途半端な攻撃はむしろ歯が立たないや。じゃあ──“だいもんじ”!!」
巨大な炎を放つも、ゼクロムは飛翔して回避する。機動力もかなりのものだ。
「くっ……、いよいよ本気でやらないとダメかな! ダイケンキ!!」
さらにポケモンを交代させ──
「“メガホーン”!!」
ゼクロムとダイケンキ、両者の頭部が衝突する。ゼクロムが放ったのは“しねんのずつき”。しかし注意すべきは、頭突きでもなければ爪でも息吹でもない。
光を放つ尾だ。
おそらくゼクロムのタイプは、ドラゴンタイプと、でんきタイプ。
いまだにゼクロムはでんきタイプの技を使っていないが、青白く光る尻尾がエネルギーの中心になっており、その黒い巨体に明らかに電気をまとわせている。
「伝説のポケモンのでんき技なんて、ダイケンキやアーケオスは一発かすっただけでやられちゃうかもな。だからといって、切り札を控えさせとくわけにもいかない」
なにはともあれ、ゼクロムへ大きなダメージを与えなければならないのだ。
「“ふぶき”!」
氷雪が黒い身体を襲う。効果抜群。さしものゼクロムもたじろぎ、そしてその隙をアクタは見逃さない。
「いまだ! アーケオス、“そらをとぶ”!」
その瞬間、少年の姿がゼクロムの眼前から消えた。
“そらをとぶ”。その目的は攻撃ではない。
言うなれば、いつもどおり
「こっちだぜ、ゼクロム!!」
トレーナーみずからも攻撃に巻き込まれかねない、危険な作戦。野生のポケモンであるゼクロムはアクタの身を案じる必要もなく、容赦なく攻撃に移ろうとするが──
「──いまだメラルバ! “いとをはく”!!」
上空を見上げているゼクロムの身に、不意に糸が巻きつけられた。
地を這うメラルバの吐く糸が、ほんの一瞬、ゼクロムの動きを止める。
その一瞬が必要だったのだ。
「じゃ、よろしく」
アーケオスとアクタは、ゼクロムの真上を飛行している。
少年の合図で、アーケオスは意を決して後ろ足の力を緩めて、主人をパッと放す。
この不思議な空間においても重力は正常に働いており、すなわち、アクタは落下した。
「う──うおおおおおおおおおお!!」
握った空のモンスターボールを真下に突き出して。
「投げる」ではなく、「落ちる」ことで力を伝えて、手から離さないまま「ぶつける」ことでヒット。
「ゼクロム!! ぼくと──!!」
モンスターボールのスイッチが、その黒いボディに接触した。
:
「レシラムとゼクロムは……、もとはひとつの命……一匹のポケモンだった。正反対にしてまったく同じ存在。レシラムとゼクロムも英雄と認めた人物のもとに現れるポケモン……」
輝く黒い球体が、やがて晴れた。
輝きのなかから現れたのは、モンスターボールを手にしたアクタひとりきりだった。
「……そうか。やはりキミも」
「つ、捕まえ……」
アクタのボールを持つ手がわなわなと震える。
苦節二年。目標をひとつ達成したことに、まだ実感が湧いていない。
「きみがあの『黒い空間』で戦った時間はほんの数秒だったよ」
「え……? それなりに時間かかったと思うんだけど」
「ボクのときもそうだった。復活したレシラムとゼクロムは、ボクらを戦うための空間に連れ込んで力を試す」
「……ウソみたいな話だ」
腰のモンスターボールを一瞥する。手持ちポケモン4匹、たしかにそれぞれゼクロムと戦ったはずだ。控えめに言っても、激闘──だったはずなのに、ポケモンたちがダメージを負った様子はない。
まるで白昼夢。
──だが、あの戦いは虚構でも幻ではない。それはほかでもない、アクタの手のなかにあるモンスターボールが証明している。
「ただきみたちの『黒い空間』での戦いは静かで素早かった。すくなくともあの日、リュウラセンの塔を揺らすほどに長時間戦ったボクとレシラムに比べると……。きっとこの城にいる者で、ゼクロムの復活に気づいた者はそうはいないだろう」
「そう……? なかなか激しく戦ったと思うんだけどなあ」
「でもゼクロムの声は聞こえてきたよ。──『キミと戦いたい。仲間にしてみろ』と」
ああそうか、とアクタは安堵のため息をついた。
この数日、ダークストーンとともに旅をしたことは、無駄ではなかったらしい。あの旅路があったからこそ、アクタはすでに、ゼクロムから選ばれていたのだ。
「戦う前から、認めてくれてたんだね、ゼクロム」
アクタは、モンスターボールを投げる。
やはり狙った場所には飛ばずに、モンスターボールは天井にぶつかりそうなほど高く打ち上がって──
黒い巨体が、玉座を前にしたバトルフィールドに君臨した。
「……そうか。理想を追い求める英雄にその力を貸すといわれているゼクロムが、キミの力を認めともに歩むことを決めたか……」
「うん、もうそろそろそういうの、いいから」
少年は、青年の言葉を遮る。
「前振りは十分だろう。ぼくもポケモンをゲットしたこと、地元に電話したいくらい嬉しいけど──いまはさ、とにかくやろう」
Nの背後に控えていたレシラムが前に出る。
白い竜と黒い竜が向かい合っている。
「ボクには未来が見える! 絶対に勝つ!!」
「ぼくには目の前のことしか見えてないけど、絶対に勝つ!!」
英雄たちが、激突する。
:
「レシラム! “クロスフレイム”!!」
太陽と見まがうほどの巨大な炎の塊が生み出される。
「ゼクロム! “クロスサンダー”!!」
こちらも尾にエネルギーをチャージし、青白い雷を作る。
「遅い!!」
迫りくる炎塊。
「ゼクロム!!」
アクタには、未来は見えない。
だが──
「耐えるんだ!!」
度重なる戦闘経験。バトルフィールド全体を俯瞰する広い視野。ポケモンに注がれる集中力が、さながら予言するように
轟炎。クロスフレイムが炸裂する。それはNの視界をくらませるほどの輝きで、ゼクロムの身を包み込んだが──
「……?」
おかしい。
アデクとの戦いで使用したときよりも、炎と煙が晴れるのが速い。なにより現れたゼクロムの黒い巨体は、ダメージを負いつつも健在であり──
「なっ!? まさか──!!」
光放つ尾が、雷だけではなく炎をまとっている。それはまるで──否、比喩ではない。“クロスフレイム”を吸収したのだ。
「さあいまだ、ゼクロム! “クロスサンダー”!!」
雷霆。
炎のエネルギーを吸収した閃光は、レシラムの白い巨体を直撃する。
「そんな──」
技を放出したゼクロムの身体が揺らぎ、膝をつく。
反対に、レシラムはその青い瞳を閉じて。
「レシラム……!」
倒れた。
「こんなことが、どうして──」
「どうしてかなんて、ぼくにだってわかんないけどさ……」
アクタは息を切らすゼクロムに寄り添う。
「エヌ。なんだよ、その顔は」
「………………」
「──負けたような顔してんじゃねえよ!! エヌ!!」
うなだれる青年へ、怒声を浴びせた。
「まだだろ!! まだ終わってないだろ!! ぼくらの戦いは!!」
ゼクロムを下がらせて、べつのモンスターボールを投げる。──相変わらずあらぬ方向へ飛んで行ったものの、アクタはNを見据えたままだ。
「あんたが旅で手に入れたものは、伝説のポケモンだけじゃないはずだ!! ポケモンのことをトモダチだと思ってんなら、もっとすごい力を持っているんだろ!! それを見せてみろよ!!」
それは。
「
バトルのさなかに宿敵を励ますという、滑稽な絵図。
「……当たり前だ」
Nの表情には、いつしか笑みが戻っていた。
「レシラムを破った──それでボクたちを止められるのかい!」
決戦はまだ、始まったばかり。