ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
この男のことが気に入らなかった。
「ダイケンキ!」
「バイバニラ!」
ポケモンの気持ちがわかる。──その特技が羨ましかった、というわけでもなく。
「“なみのり”!!」
「“ふぶき”!!」
主張だ。
「ダイケンキ、交代! ──メラルバ!!」
ポケモンの解放を謳う主張が、気に入らなかった。
「あ、ごめんメラルバ、こっちにおいで。──で、“ニトロチャージ”!!」
ポケモンを人間から解き放つなんて、そんなの──
「……よくやった、バイバニラ。交代だ、アーケオス!!」
「あ、あんたもアーケオスを……!?」
「“ストーンエッジ”!」
──そんなの、アクタだってなんども考えたことがある。
「くっ……、じゃあこっちもアーケオス!」
アクタの最初の旅が二年前。何人もの人間との出会いがあったが、そのすべてが善人というわけではなかった。
ロケット団だったり、ギンガ団だったり、あるいはふつうのひとだったり。
この世界には、ポケモンを傷つける人間がいる。
「「“アクロバット”!!」」
許せない。
人間なんて、汚い。
こんなことなら、人間にポケモンなんて持つ資格は──
「“ストーンエッジ”!」
──ない。
「かわせ! そして“いわなだれ”!!」
などと、言ってたまるものか。
「っ!? ならば──アバゴーラ! “アクアジェット”!」
だって、そういうことじゃない。それは間違っている。
「だったらここは──バオッキー!」
それは甘えだ。それは諦めだ。それは逃げだ。
だって自分は知っているはずだ。ポケモンとともに生きることは楽しい。ともに生きる者は美しい。そういうポジティブな面だって、旅のなかで学んだじゃないか。
その結果に出す答えが「解放」なんて、それはないだろう。
「バオッキー? 不利なタイプじゃないか。正気だよね?」
「ご心配なく! ちゃんと考えた結果だよ。バオッキーなら適切に動いてくれる……」
「“アクアジェット”!」
「うわ!? いきなり!?」
ひととポケモンを切り離してしまえば。
きっとそれは、楽だろう。
「がんばれ、バオッキー! アバゴーラはきっと
「──まさか」
「“くさむすび”!!」
ポケモンを解放すれば、同時にあらゆる悩みからも解放されるはずだ。
閉ざせば。隔てれば。無視すれば。
別の世界で生きていけば。
「体重が重いほどに威力が上がる“くさむすび”。タイプ相性もあって、ダメージは通常より4倍。これは痛かったでしょ」
「………………」
そんなの、間違っている。
さすがのアクタにもそれくらいはわかる。
「つぎのポケモンは──ギギギアルだっけ? はがねタイプでしょ。それこそバオッキーの得意なタイプだ! “はじけるほのお”!!」
「……『イリュージョン』。彼は、ギギギアルではない」
「!?」
「ゾロアーク、“かたきうち”」
夢に見るのは、人間とポケモンが安心して共存できる世界。
どうすればポケモンを傷つける人間がゼロになるのか、わからない。
こうしてポケモンバトルをやっている状況だって、「ポケモンを傷つける」と認識して不思議ではない。
「だったら──ダイケンキ!」
だったらどうすればいいのだろう。
自分になにができるのだろう。
「“シェルブレード”!!」
「“つじぎり”!!」
その答えを求めながら旅をして、戦い続けている。
──というのに。
「いまだダイケンキ! “メガホーン”!!」
このNという男は、「ポケモンの解放」だなんて安易な
「最後のトモダチ……、ボクに勇気をわけてくれ! こんどこそギギギアルだ!!」
それが気に入らないのだ。
「よし、待たせたね! コバルオン!!」
──否。
安易な
それは違うだろう。
「ギギギアル、“ラスターカノン”!!」
アクタが「共存」に希望を見出したように。
Nは「解放」を選ぶしかなかったのだ。
だから悲しいんだ。
「“せいなるつるぎ”!!」
彼の歩んだ過去を。彼に押しつけられた責務を。なにもかもを断ち切るように。
コバルオンの剣は、Nの最後のポケモンを倒した。
「………………」
「………………」
「これでボクの……、真実。ポケモンの……、夢は霧散する」
「違う。それは真実でも夢でもない」
「……なに?」
「あんたがこれまで見ていたそれは──はっきり言って偽物だ。造り物だ。すくなくとも、あんたの夢じゃない」
アクタは、Nに歩み寄るようにコバルオンの前に出る。
「こんな状況になってること自体がおかしいんだ。きっと、ぼくらはおなじ夢を見れるのに」
:
「………………」
「………………」
「……ボクとレシラムが敗れた」
アクタの言葉を追及することはなく、Nは事実を直視する。
「キミの思い……、理想……、それがボクたちを上回ったか……」
「ん……、まあ、そうなのかもね」
「ゼクロムとレシラム……。2匹がそれぞれ異なる英雄を選んだ……。こんなこともあるのか。おなじ時代にふたりの英雄。理想を求める者、真実を求める者。ともに正しいというのか?」
「2匹とふたり。それぞれがあるんだから、正しいかどうかなんてそれぞれじゃないの」
「……わからない」
そうは言いつつも。
Nは導き出した考えを述べる。
「異なる考えを否定するのではなく、異なる考えを受け入れることで世界は化学反応を起こす。これこそが……、世界を変えるための数式……」
「うん。ぼくは化学反応も、数式のこともよくわかんないけどさ、きっとその考えは──」
正しいと言い切れる。
──という言葉を紡ごうとしたが、第三者の足音が聞こえ思わず口を閉ざした。
「……お、来た来た」
振り返るとゲーチスがいた。
「それでもワタクシと同じ『ハルモニア』の名前を持つ人間なのか? 不甲斐ない息子め」
豪奢なコートをまとい、片目に仮面のような赤いモノクルを装着した老人は、呆れた表情で緩慢に歩を進める。
「ゲーチス……、やっぱり来るよな」
少年は現れた老人を鋭く睨みつける。
「ぜんぶあんたが仕組んだことなんだよな」
玉座の間に訪れる直前、ゲーチスとの会話で聞いた言葉は、ほとんど自白であった。老人は不敵に口元を歪める。
「もともとワタクシがNに真実を追い求めさせ、伝説のポケモンを現代に蘇らせたのは、
さらに歩を進め、ゲーチスはNの──息子と呼んだ青年の隣へ。
「だが伝説のポケモンを従えた者同士が信念を懸けて闘い、自分が本物の英雄なのか確かめたい……とのたまった挙句、敗れるとは! 愚かにもほどがある!」
しかし彼のゲーチスがNに向ける視線は、およそ父親のものとは──否、人間に対するものとは思えなかった。
「詰まるところ、ポケモンと育った歪な不完全な人間か……」
そしてその不愉快極まりない目を、そのままアクタに向ける。
「アクタ! まさかアナタのようなトレーナーが伝説のポケモンに選ばれるとは。完全に計算外でしたよ」
「………………」
「ですがワタクシの目的はなにも変わらない! 揺るがない! ワタクシが世界を完全に支配するため! なにも知らない人間の心を操るため! Nにはプラズマ団の王様でいてもらいます」
「よく喋るじいさんだ……」
怒りを抑えた結果、アクタの声は低く、冷たくなる。
「そんなバカげた計画を聞いて、ぼくが黙ってるわけないだろ。実際、ぼくはNに勝った。もう『チャンピオン』としての威光は無効になったんじゃないの?」
「では黙ってもらいましょうか」
ゲーチスの笑みは消えない。
「ワタクシの目的のために、事実を知るアナタ……。邪魔なものは排除しましょう」
「いや」
アクタは浅くため息をつく。
「証人はぼくだけじゃないよ」
少年の遥か後方。玉座の間の入り口には、チェレンとベル、そしてアデクの3人が到着していた。
「……支配だって?」
一部の話は聞こえていたのだろう。チェレンはベルたちとともにこちらに歩いてきて、戸惑いながらゲーチスとNを見比べた。
「プラズマ団の目的はポケモンを解放することじゃ……」
「あれはプラズマ団を創り上げるための方便」
ゲーチスは呆れたようにため息をついて、演説するように周囲を歩く。
「ポケモンなんて便利なモノを解き放ってどうするというのです? 確かにポケモンを操ることで人間の可能性は広がる──それは認めましょう」
それは、いっそ清々しいほどに自己中心的な思考回路。
「だからこそ!
「……貴様。そんなくだらぬ考えで!」
声を荒げるアデクだが、ゲーチスは「なんとでも」と不敵に振り向く。
「演説はもういいよ、ゲーチス」
アクタは一歩、前に進み出る。
そばに控えるコバルオン。腰には5つのモンスターボール。彼らはNとの激闘で傷ついているものの、まだ戦える。
「ぼくが邪魔なんだろ。黙らせたいんだろ。だったらやることはひとつだ」
「……生意気な態度ですね。だがワタクシが見たいのはそんな顔ではない」
アクタは無表情だった。
巨悪を前にして、怒りもなく。凶敵を前にして、勇ましさもなく。
「ゼクロムを手にしてよほど気が大きくなっていると見える。神と呼ばれようと、所詮はポケモン。そいつが認めたところで──アクタ! アナタなど恐るるに足らん」
「アデクさん、チェレン、ベル。見守っててくれる? ぼく、最後まで責任を持って戦います」
「……いいのか? Nと戦ったばかりなのだろう」
アデクの問いに、アクタはたしかに頷いた。
「さあ、かかってきなさい! ワタクシはアナタの絶望する瞬間の顔が見たいのだ!」
「アクタ!!」
Nはこちらに駆け寄ろうとするが。
「エヌ、いいんだ。ぼくがやる。あんたに勝ったぼくだから、この男もやっつけてぜんぶを終わらせる」
ゲーチスは腕を振りかざす。その手にはモンスターボールが握られていた。
「だれがなにをしようと! ワタクシを止めることはできない!」
「いまなら『怪物』でいい。あんたの馬鹿げた野望、めちゃくちゃにぶっ壊してやる」