ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「どうせきみのことだから、今後どんなふうに生きてても面倒ごとに巻き込まれるでしょ」
「はあ……」
「許せざる悪人に会うこともあるでしょう。そいつはサカキとかアカギとか目じゃないほど、とんでもないクズ野郎かもしれないわね」
「やだなあ」
「そんなやつを前にしたとき、気の短いきみのことだから、それはもうブチ切れるわね。というわけで今回は、その怒りをコントロールする方法です」
シンオウ地方。
きょうも師匠から過酷なる修行をつけてもらうアクタ。
「ぼく、そんなに気が短いかなあ……? 自分で言うのもなんだけど、わりと穏やかな性格だと思ってるんですけど」
師匠は、わざとらしく咳払いをして。
「きみのポケモン、弱い個体ばっかりよね」
「ああ!?」
「ほら」
彼女はアクタに額にデコピンを喰らわせる。
「言ったそばから……。大した瞬発力で切れるじゃない。その素早さは普段の生活でも発揮してほしいわ」
「痛てて……。でも、ポケモンのことをどうこう言われたら……」
「それでも、よ。なにがあろうと自分の感情は支配していなさい。一時の怒りに呑まれて視野狭窄に陥れば、戦いにおいても不利になる」
「は、はあ……。じゃあ、怒りを抑え込めって?」
「いいえ。それは正しいアンガーマネジメントではないわ」
アクタにはまだ『アンガーマネジメント』の意味はわからなかったが、ここで話の腰を折ったほうが怒られるかもしれないので、引き続き師匠の話に耳を傾ける。
「脳から生まれた怒りを、身体中に循環させなさい」
彼女は、アクタの手を取る。
「怒りは
「えっと、つまり……、『怒りを力に』みたいな? でも実際にそんなこと……」
「理屈じゃない。思い込みなさい。きみが思い込めば
「……心当たりがあります」
少年は、目を閉じてみる。
「ぼくの感情はポケモンに伝わって、そしてポケモンはぼくに応えてくれる。そんなふうに過酷な勝負に勝ったこと、なんどもありました」
「そうだ。その奇跡を制御しなさい。きみならできる。その怒りは、クズ野郎をやっつける力になる」
深く、深呼吸をしてみる。
師匠の言う「思い込み」を技術として落とし込むのは容易いことではないだろう。でも、習得すればもっと強くなれる。もっと優しくなれる。
どんな悪いやつにも、負けないように。
だれにことだって、守れるように。
「ところで、さっきぼくのポケモンが弱いとか言ったこと、取り消してくれますか。シロナ」
「そういうところ細かいわよね」
:
脳に血が昇る。はらわたが煮えくり返る。
そんな身体の中心で燃え盛った熱を、努めて全身に行き渡らせる。
準備はできていた。
このゲーチスという男がプラズマ団の真の主であり、Nを操る黒幕であり、なによりいけ好かない下衆であることはわかっていた。故に師匠の教えどおり、アクタは予想通りに発生した「怒り」のコントロールに成功した。
──しかし難しかった。
感情を爆発させないよう、冷静に、平静に振る舞いつつも、怒りそのものは保持する。これ以上ゲーチスの演説を聞いていれば危うく切れるところであった。
「さあ行くのだ! デスカーン!」
「ゼクロム!!」
黒い竜の背中が正面に現れる。
「ゼクロム、
主である少年のささやきに、ゼクロムは高揚した。
少年から
先ほどの戦いで感じたものとは違う、より攻撃的で、より直接的な、確実な勝利に繋がる無形の力だ。
「一緒にあいつを潰そう。──“クロスサンダー”!」
いまのアクタは、まぎれもなく最強だった。
怒りが変容した溢れんばかりの力が、怪物に神がかった進化をもたらす。
「それぐらい計算済みですとも! デスカーン、“まもる”!」
「“しねんのずつき”!」
“まもる”が解除された瞬間、即座に頭突きにてデスカーンの姿勢を崩し。
「“クロスサンダー”!」
まばゆい雷電をまとった尾が、デスカーンを打ち倒した。
「くそっ……! ならばバッフロン!!」
頭部の体毛がアフロヘアのようなポケモンが迫るが。
「コバルオン! “せいなるつるぎ”!」
コバルトブルーの剣が、真正面からアフロヘアを両断した。
「なっ……?」
実際にバッフロンが両断されてしまったものと見まがうほど、鋭い太刀筋。コバルオンはみずからの聖剣のかつてない切れ味に、静かに打ち震えていた。
「一撃だと……!? この役立たずめ! 行けい、ガマゲロゲ!!」
体中にコブを大きなコブを持つポケモンが、両腕を大地に叩きつける。
「“じしん”!!」
これははがねタイプを持つコバルオンには効果抜群であった。一撃ではまだ戦闘不能には陥らないが──
「コバルオン、一旦下がって。──ダイケンキ!」
これでみずタイプを持つポケモン同士の戦いになる。
「“つるぎのまい”、からの“シェルブレード”!!」
「ぬ……っ、ガマゲロゲ“! もう一度”じしん“だ!!」
ダイケンキの動きに気を配りつつも、アクタはガマゲロゲの様子も観察する。
先ほどのデスカーン、バッフロンも含めて、強いポケモンだとは思う。
──のだが。
「ええい、なぜ倒せない!? キリキザン!」
ダイケンキに敗北したガマゲロゲと交代で、全身が刃のポケモンが飛び出す。
四天王、ギーマも使っていたポケモンだ。レベルも同等だが、彼のキリキザンとは明らかに違う点がある。
「バオッキー」
アクタもポケモンを交代させる。バオッキーもまた、全身が燃えそうなほどにみなぎっていた。
「な!? そのポケモンはNとの戦いで──!」
「は? なに悠長なこと言ってんだよ。さっきの戦いで倒れたポケモンたちは、とっくに回復してるよ」
この旅のなかで、それなりに貴重なアイテムを手に入れていた。『かいふくのくすり』や『げんきのかたまり』はこの際、惜しみなく使用する。
「いつアイテムを使う暇などがあった!?」
「いくらでもあったよ、そんなもん」
もはやいまのアクタは、あらゆる行動を並行できる。──普段なら、どちらかというとマルチタスクは苦手なはずなのに。
「キリキザン! “ストーンエッジ”!!」
「………………」
声をかけるまでもなく、バオッキーは躍動して鋭い岩を回避する。
「避ける」という動作の指示がいつもより鮮明に伝わっている。同時に。抱えた炎を放出する準備を整っている。
回避しつつもバオッキーはキリキザンに接近しており──
「“だいもんじ”!」
その身体中の刃を活かすことなく、
巨大な火炎が、キリキザンの鋼の身体を打ち倒した。
「馬鹿な! なぜこんな──シビルドン!!」
「ぼくに言わせれば、馬鹿はあんたのほうだけどね。──ゼクロム」
黒いボディ、潤った体のポケモンが立ちはだかる。色合いの
「シビルドン! わ──“ワイルドボルト”!!」
咄嗟に命じたでんきタイプの技は、傷ついたゼクロムの身体にさえまともに通らない。
「やっぱり、あんたは弱いね」
そんなアクタの罵倒に等しき指摘さえ、ゲーチスの耳には入っていないようだ。
「偉そうにふんぞり返ってる割には、考えが浅い」
電撃を浴びながら、ゼクロムはシビルドンをねじ伏せる。
「自分以外を見下して、都合の良い理想ばかりを描いた結果が
先ほどゲーチスは、アクタがゼクロムに選ばれたことが「計算外」だと言っていた。
「そういう準備不足が、馬鹿なんだよ」
「サザンドラ!!」
ゲーチスの6匹目のポケモンは、黒い竜だった。
──といってもこのポケモンも、ゼクロムのような漆黒とはまた違う。黒と紫の体毛。暗い青の肌。全体的にダークな色合いを指した「黒」だ。
なにより特徴的なのは、三つ首であることだ。
三つの頭部。六つの目がゼクロムを睨んでいるが──
「やっぱり」
アクタは思わず、ため息をつく。
「6匹全員……。それがあんたの一番、腹立たしいところだ」
またも怒りがこみ上がってくる。
またも力が湧き上がってくる。
「なにをブツブツとほざいている!? サザンドラ、“ドラゴンダイブ”!!」
「ゼクロム、“りゅうのいぶき”」
ゲーチスのポケモンたちは、みな一様に
伝説のポケモン、ゼクロムに──ではない。アクタのほかのポケモンたちと対峙しているときも、彼らの目には怯えの色があった。
まるで、バトルを行っている状況そのものを恐れているように。
「ポケモンたちになにをした」
ゲーチスの使うポケモンたちのレベルは高い。ジムリーダー、四天王、チャンピオン……。そういったポケモンリーグの水準に相応しいほどに。
しかしゲーチスが弱い。強力な技に固執し、暴走するようにポケモンたちに粗末な指示を出し続けている。バトルの情勢を読んだり、ポケモンたちと連携したりなど、優れたトレーナーらしき能力はとてもじゃないが感じられない。
彼の独占的な思想や、Nに対する仕打ちを思えば、おのずと答えは見えてくる。
「ワタクシの育成論に意見があるようですねえ! 片腹痛い! 所詮ポケモンは
「………………」
ドラゴンタイプの攻撃を受け、大ダメージを負ったゼクロムを下がらせる。そしてサザンドラを倒すために繰り出したのは。
「ダイケンキ、“つるぎのまい”!」
主人とおなじくダイケンキは昂っている。
「“シェルブレード”!!」
効果はいまひとつ。
しかしアシガタナはサザンドラの防御を下げ、剣撃は硬い皮膚を斬り裂いていく。
「……どういうことなのだ」
ゲーチスはブツブツと狼狽の言葉を呟き続ける。サザンドラへの指示がおろそかになっており、アクタたちは容赦なくその隙を突く。
「イッシュ地方に来たことは後悔してない」
“シェルブレード”の連撃に、やがてサザンドラは手も足も──翼さえも出なくなる。
「──と思ってたけど、ゲーチス。あんたに出会ってしまったことはすこし後悔している」
飛翔し続ける力も保てなくなったサザンドラは、ゆっくりと落下し始める。清々しいダイケンキの太刀筋に、どこか満足感すら覚えていた。
「でもそれはそれとして、やっぱり来て良かったよ。あんたを止めることができた。さあ仕切り直しだ。ぼくの──
薄れゆく意識のなかで、サザンドラは安堵していた。もうバトルを強いられることが無くなるのならば、訓練や薬による苦痛からも解放されるからだ。
ただ。
自分を倒してくれたダイケンキの、楽しそうで幸せそうな戦いぶりが、どうにも羨ましかったが。
:
「ワタクシの目論見が! 世界の完全支配がっ!!」
戦闘不能のサザンドラを回収することもせず、ゲーチスは愕然して後退する。
「世界の……完全支配? そんな大きな夢を見てたのかよ。──あ、ダイケンキおつかれさま! よくがんばったね! 最高だったよ!」
少年は幸せそうにダイケンキの首に抱き着く。敗北に絶望するゲーチスとはあまりにも対照的であった。
「……どういうことだ? このワタクシはプラズマ団を創り上げた、完全な男なんだぞ!
世界を変える完全な支配者だぞッ!?」
「さて Nよ……」
アデクはゲーチスを無視し、ともに決戦を見守っていたNに歩み寄る
「いまもポケモンと人は別れるべきだと考えるか?」
「………………」
Nは答えない。代わりに反応したのは──
「……ふはは! 英雄になれぬワタクシが伝説のポケモンを手にする……。そのためだけに用意したのが、そのN!! 言ってみればひとの心を持たぬバケモノです」
さすがに、『怪物』である少年の肩がピクリと震える。
「そんな歪で不完全な人間に話が通じると思うのですか」
「おい……」
アクタはダイケンキをモンスターボールに収め、ゲーチスのもとへ歩を進めようとするが──
「よせアクタ。これ以上、お前が手を汚す必要はない」
その肩をアデクが掴んで止めた。
「アデクさん、アクタ。こいつの話を聞いてもメンドーなだけです。こいつにこそ心がないよ!」
「うん。これ以上のお話は……、悲しいよ」
チェレンとベルが、アクタに寄り添う。少年は思わず、顔を伏せた。
「そうだな……。本当に哀れなものよ」
あらためてアデクはNに向き直る。
「Nよ……。いろいろ思うことがあるだろう。だがお前さんは、決してゲーチスに操られ真実を追い求めたのではなく、自分の考えで動いたのだ! だからこそ伝説のポケモンと出会うことができたではないか!」
「……だが、ボクに英雄の資格はない!」
「そうかあ? 伝説のポケモンとともにこれからどうするか……。それが大事だろうよ!」
「わかったようなことを」
アデクの説得に、Nは首を横に振る。
「いままでお互い信じるもののため争っていた。だのに! なぜ!」
「だからこそだよ」
アクタは顔を上げて、涙のにじんだ目をNに向ける。
「ぼくもアデクさんも、一生懸命にあんたと争った。だからこそ、Nのことを大事に思えるんじゃないか」
その言葉がよほど衝撃的だったのだろう。青年は目を見開き、言葉を詰まらせる。
「Nよ……。お互い理解し合えなくとも、否定する理由にはならん! そもそも争った人間のどちらかだけが正しいのではない。──それを考えてくれ」
それからアデクはゲーチスの腕を乱暴に掴み、引きずるかたちで立ち去って行く。チェレンとベルもその連行に立ち会うように、玉座の間にアクタを残した。
「……キミに話したいことがある
「うん。ぼくも」