ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
Nとアクタ。ふたりはレシラムが空けた壁の大穴から、夕日に照らされた景色を眺めている。
「キミと初めて出会ったカラクサタウンでのことだ。──キミのポケモンから聞こえてきた声がボクには衝撃だった……」
やがて語り出すN。
「ダイケンキ──あのときはミジュマルか。なんて言ってたの?」
「あのポケモンはキミのことをスキと言っていた……。一緒にいたいと言っていた」
「え!? う、嬉しい……!」
震えるアクタから目を逸らし、Nは首を横に振る。
「……ボクには理解できなかった。世界にひとのことを好きなポケモンがいるだなんて。それまでそんなポケモンをボクは知らなかったからね……」
「……そっか」
ゲーチスは、Nにひとを憎むポケモンしか近づけなかった。
最悪の贈り物だ。もしかすると意図して傷つけたポケモンを用意したのかもしれない。アクタは唇を噛みしめる。
「それからも旅を続けるほどに気持ちは揺らいでいった……。心を通い合わせ助け合うポケモンとひとばかりだったから」
「だろうよ。みんな優しいもん」
「だからこそ自分が信じていたものがなにか確かめるため、キミと戦いたい……、おなじ英雄として向き合いたい。──そう願ったが……」
またもやNは景色に目を向ける。
自分の見てきた世界を検めるように。
「ポケモンのことしか……、いやそのポケモンのことすら理解していなかったボクが……。多くのポケモンと出会い仲間に囲まれていたキミに敵うはずがなかった……」
「……それが勝敗を決める要因だったのかはわかんないけど、うん。たしかにぼくはみんなに助けてもらった。そういうの、ぼくにとっては誇りだ」
少年は青年をじっと見つめる。
「エヌとの出会いも、ぼくを強くした」
「………………」
「ねえエヌ。これからどうしようか?」
「……さて。チャンピオンはこんなボクを許してくれたが……」
Nはモンスターボールを手に取って、スイッチを押し、壁の外に放り投げた。
「いずれ──ボクがどうすべきか、ボク自身が決める」
空中にレシラムが現れた。戦いでのダメージは回復しており、夕日の空を羽ばたいて主人を待つ。
「え、エヌ……?」
「アクタ!!」
Nは少年の肩を掴む。その目はこれまでの虚ろなものと違い、強い力を感じた。
「キミはキミの夢を叶えろ! すばらしい夢や理想は、世界を変える力をくれる! アクタ! キミならできる!!」
そして名残惜しそうに少年から手を離し、レシラムに飛び乗った。
「それじゃ……、サヨナラ……!」
白い竜は飛び去って行く。
アクタは、そんなNたちを──
「──いや、行かせねえよ!!」
見送らなかった。
呼び出したゼクロムの背に乗り、後を追う。
:
「なんでついて来るんだ!?」
「当たり前だろ!! ぼくの話は終わってないし──」
レシラムとゼクロムは互いに尾を輝かせ、飛行速度を上げる。
「ぼくはあんたを逃がさない!!」
伝説のポケモンの高速飛行は、イッシュの空を流れ星のような線を引く。乗っている生身のトレーナーが無事なのは、レシラムとゼクロムが両者ともにバリアを発生させているからだ。
「聞けよ、エヌ!!」
白い竜の真横に並んで叫ぶが、当のNは聞こえない振りでもしているのか、ただ前だけを見て飛行し続ける。
「聞けって!! この──!」
ゼクロムはさらにスピードを上げてレシラムを追い越し、やがて制止し、空中で両腕を広げた。
「──っ!?」
その「とおせんぼう」に、レシラムは急停止をかけるも間に合わず、両者は空中でもみくちゃになってしまった。
「な、なんなんだ……!」
「ごめん、さすがにちょっと無茶しすぎたかな」
いつの間にか、アクタはレシラムの背中に乗り移っていた。
「……そうか。キミはボクのことが許せないのか」
「違うよ」
レシラムの白い背中を撫でて、毛並みを堪能する。
「べつに、怒ってるから逃がさないんじゃない」
「だったらどうして? これ以上、ボクになんの用があるというんだ?」
「……はあ」
深く、アクタはため息をつく。
「ポケモンの気持ちはわかっても、他人の気持ちとか、自分の必要なものはわかんないんだな」
「………………」
「エヌ。あんたはもう、ひとりになっちゃいけないんだ」
見つめ合う英雄たちを、夕日が照らしている。
「エヌに必要なのは、ポケモンだけじゃないよ。だれかと一緒にいなきゃいけない。バケモノでも怪物でもなく、人間なんだからさ」
「……ボクにはポケモンさえいればいい」
「それじゃこれまでと一緒じゃん」
ふっと、アクタは苦笑する。
「ぼくもさ、自分にはポケモンさえいればいい──って思ってたときがあったんだ。だってぼくはポケモンが好きだから。……でもよく考えてみりゃ、ぜんぜん違った。ぼくには初めからお母さんがいたし、気づけば友だちがいたし、ライバルとか、尊敬する博士、カッコいいジムリーダーさん、恐ろしい師匠、かわいい妹分……。いまではいろんなひとと繋がっている」
「他者との繋がりか。──ボクには縁がないものだな」
「だからこそだよ!」
ゲーチスはその機会を彼から奪ったのだろう。
Nを自分に都合の良い「王」にするために、あらゆる意味で彼を人間から遠ざけた。
「一体、だれがボクのような者と一緒にいようというんだい? 無責任なことを言うよ、アクタ。だってキミは──!」
ためらいつつも、Nは吐露する。
「──いずれイッシュ地方を去るのだろう?」
「ううん」
少年は、首を横に振った。
「ぼくはイッシュに残る。あんたをひとりにしない。一緒にいるよ」
「でも……!」
「そうだなあ」
ふと、少年は考える素振りを見せる。
「このイッシュ地方で夢を見つけて、それを叶える。──だから、エヌにもたまには手伝ってもらえると嬉しいな」
いつしかゼクロムは、ふたりを乗せたレシラムを支えるように寄り添っていた。
「見てよ、エヌ。空の色って不思議だよなあ」
「………………」
「夕方なんだからオレンジかと思ったら、きょうはなんだか──青っぽいというか、でもやっぱりオレンジっぽいところもあるし、こう、グラデーションがかかってる」
「………………」
「白と黒だけじゃないんだな。赤とか緑とか青とか黄色とか。金とか銀とか。もっとあるね。なんか、世界ってカラフルなんだ」
「………………」
「一緒に行こう、兄弟。ぼくらの旅はこれからなんだ」
少年が手を差し伸べる。
青年は黒い帽子を深く被って。
「ボクの本当の名は、『N』じゃないんだ」
「そ、そうなの!?」
「……やっぱりか。キミの発音は、なんだか記号的ではないと思ってたんだ。N──エヌという言葉をそのまま受け取っているような。とにかくボクの名は──」
Nは──彼は少年に真実の名を告げて、その手を取った。
「アクタ。キミを信じる。こちらこそよろしく、兄弟」