ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
春。
寒月を乗り越えた木々の葉は色づき、爽やかな風が花弁を連れて頬をくすぐる。
「ほほう! 英雄ふたりが手を組んだか」
「その『英雄』っていうのやめてくださいよ」
アクタはアデクとともに、改修が進められるポケモンリーグを見上げていた。
プラズマ団の城は解体された。「あんなに立派な城だったのに」とアクタはすこしもったいなく思ったが──きっとあの城は、あの部屋は、残しておくべきではない。すくなくともあそこはNにとって帰る場所ではないのだから。
いくつかの壁を壊されたポケモンリーグは工事用の足場に囲まれ、たくさんの作業員による修理が連日のように行われている。
「でもアデクさん、エヌのこと許してくれて、ありがとうございます」
「……ほんとうはやつの身柄を押さえるべきかもしれんがな。だがやつの境遇を思えば──この期に及んで閉じ込めるのは酷だ」
「そう、ですね」
プラズマ団員の多くはおとなしく投降し、確保された。──しかし全員を取り押さえたわけではなく、二割程度はまだこの地方のどこかで息をひそめていることだろう。
そして首謀者のゲーチスは、脱走した。
「ダークトリニティかな。あのひとたち忍者みたいに神出鬼没だし」
「それにしてもおめおめとゲーチスめを逃がしてしまったのは痛いな……。ほかの七賢人も行方をくらませたままだ」
「必要なら、エヌに情報を渡すように言いますよ。ぼくもなにか手伝います」
「まあ、そういうのは追々な」
ふう、とアデクはため息をつく。話題に反して、どこか清々しそうだ。
「このような巨大な企みが失敗したわけだ。ゲーチスにはろくな手札もなく、当分はなにもすることはできまい。もちろんこちらとしてもなんらかの対策は講じるが──いまは騒動の混乱を収め、そしてつぎの時代に移ろっていくことが先決だ」
「つぎの時代?」
「そうとも! イッシュは生まれ変わる!」
アデクは大仰に腕を広げ、アクタに向き直る。
「ポケモンと人間の関係をより良くするのだ! できることはいろいろとあるが、まずは他地方のポケモンの使用を解禁する!」
「え!?」
これにはアクタも喜びのあまり背筋が伸びる。
「それって……、ほかの地方からポケモンを連れてきても……?」
「もちろん! もともとイッシュの生態系を守るための規制だったのだが、いろいろと検討を重ねた結果、別地方のポケモンとも共存していけそうなんだ。それに近年の悩みのタネであった、プラズマ団の問題も解決に向かっている。ポケモンの違法な輸出入も防げるだろう」
「………………」
アデクの話の半分は、少年の耳に入ってこなかった。
イッシュ地方で生きていくことを決めたものの、カントーに残してきた手持ちポケモンたちのことが心配だったのだ。なんなら、違法な輸出入すら考えていたほどである。
「ポケモンの解放。それは世間に大きな
「あはは、アデクさん、めっちゃ元気だ」
現在のアデクの印象は、つい数日前のものとはずいぶん違うように感じた。活力があり、迫力があり、熱いオーラを感じる。アクタが知っているチャンピオンたちとおなじような。
笑ってみせるが、すこし恐いくらいだ。
「落ち着いたらぼくとも戦ってくださいよ、アデクさん」
恐いのに、思わず誘ってしまった。
「ほう? お前さん、わしに勝ったNに、さらに勝ったのだから……、わしより強いことはすでに証明しているだろうに。お前さんがその気ならチャンピオンの座だって譲りたいくらいだ」
わざとらしいアデクの態度に、思わず少年は苦笑した。
「テキトーなことばっかり。アデクさん、エヌと戦ったときよりずっと強そうだ」
「うーむ……?」
「まあ、こんどね。いろいろと落ち着いて、万全の準備をしたら、やりましょう」
そんな口約束を取り付ける。
もしもポケモンリーグに再挑戦することになったとしても、四天王を含めてイッシュ地方以外のポケモンが導入されるのならば、それは楽しみなことだ。
きっとアクタもカントー、シンオウで旅をした手持ちたちの力を借りることになるだろう。それでこそアクタにとって「全力」である。
怒りの力を借りるでもない、ただ楽しさをエネルギーにした、「全力」である。
「ふふふ、バッチリ鍛えとかないとな……」
「楽しみにしてくれるのは結構じゃが、お前さん、きょうはわしとバトルの約束を取り付けに来たわけじゃあるまいな」
「あ、そうそう」
少年は手をポンと打って。
「なんか仕事くれません?」
「……ふむ」
突然の申し出に一瞬、アデクは戸惑ったが、よく考えれば自然な提案である。
アクタはイッシュ地方に残ることにした。そして、アデクが独断で許して解放した、元プラズマ団の王、Nと行動をともにすることにした。
Nの更生のため──と言ってしまっては誤解を招くだろうが、すくなくとも彼らにはなにかしらの
「ライモンシティのずっと東に、ブラックシティとホワイトフォレストというふたつの街がある。そこに新たなバトル施設を設立しようとしているのだが、どうにも滞っておる」
「プラズマ団のこともありましたもんね」
「それもじゃが……」
アデクは言いづらそうに頭を抱えて、やがてため息とともに再度口を開いた。
「責任者が問題児でな」
「ははあ」
「わしの孫なんじゃが」
「ほほう」
「お前さんより年下だな」
「へへえ」
「頭は悪くないんじゃが、まだまだ小童なもんだし、なにより血の気が多い」
「わかりました。その子を手伝って、一緒にやればいいんですね」
アデクはまだ難しい顔をしているが、アクタは「アデクさんの孫ならばきっと仲良くなれるだろう」と楽観的に考えていた。
──その期待は数日後、ある意味で裏切られることになるのだが。
「それにしても、施設の立ち上げかあ」
「一応言っておくが、ポケモンを無理矢理に戦わせるような場所ではないぞ。トレーナーとポケモンの絆のありきのバトル。それを実現する施設を目指している」
「わかってます。だからこそエヌの力が必要なんだ。──でもいろいろと複雑そうだなあ。
チーちゃんの力を借りたいな……」
「なんにしても、せっかくの新しい施設だ。新しい世代を担うお前さんたちに任せるよ」
話が一段落したところで、ふう、とアデクは息をついた。
「さてあとやるべきことは──まあ当面の問題には手を付けたか。あとはつぎのチャンピオン候補だな……」
「え? アデクさん、チャンピオンやる気あるんじゃないの?」
「やる気はあるが、それはそれとしてチャンピオンは辞めたい」
「ええ……?」
「しばらくイッシュを回って思ったが、やはり旅は楽しいな! いましばらく冒険に興じたい。その後は……、そうさなあ。子どもたちにポケモンのことを指導する塾でも開いてみるか」
引退はしても、隠居するつもりはないようである。やはりエネルギッシュなアデクに、アクタは安心した。
「チャンピオンにふさわしいかはわかんないですけど、ぼく、ちょっと期待している子がいますよ」
「ほう? それはひょっとすると……」
アクタの告げた人物と、アデクが思い描いた人物は一致していた。彼女はこれより一年後、イッシュ地方のチャンピオンとして君臨することになった。
:
イッシュ地方への残留を決めたものの、まだ定住地を決めていないアクタは、カノコタウンのアララギ博士(娘)の研究所で世話になっていた。
基本的にこのアララギポケモン研究所には博士ひとり暮らしなのだが、彼女は研究に没頭するあまり生活を犠牲にしている節があるため、おのずと家事はアクタに押しつけられる。──最初に来たときに比べ、なかなか片付いたと思う。
「おはようございます、博士」
起床したアクタはメラルバを連れて、あくびをしながら階段を降りる。
1階の研究所からはアララギ博士の声がする。会話をしているようだが、博士ひとり分の声しか聞こえないので、通話でもしているのだろうか。
「もう起きてるんですか? それとも寝てないんですか? とりあえず、朝ごはん作りますね……」
言いながら研究所を覗き込むと。
「あらおはよう」
「やあおはよう」
アララギ博士がふたりいた。
「………………」
父と娘、という意味ではない。
娘のほうのアララギ博士がふたりだ。彼女は──彼女たちはまるで鏡写しのように向かい合っているが、あんな場所に鏡がないことくらい、ここを掃除したアクタはよく知っている。
「久しぶりだね。いろいろと大変だったそうじゃないか。伝説のポケモン2匹と出会ったんだって?」
片方のアララギ博士はフランクに話しかけてくるが、アクタにはまだこの光景が現実のものと受け入れられない。
「……夢?」
「おっと、変装したままだったね。失敬!」
そのアララギ博士は──彼女は、否、彼は、白衣を勢いよく脱ぐ。白衣はアクタや、もうひとりのアララギ博士の視界を遮り、つぎの瞬間に現れたのは──
「わたしは世界をまたにかける国際警察のメンバーである。そう、コードネームは……」
「ハンサムさんだー!!」
トレンチコートの男、ハンサムは「名乗ってる途中なのに……」とうなだれた。
:
アララギ博士とハンサム、三人で朝食を摂っている間、アクタはイッシュ地方での冒険のことを話した。
出会ったポケモンのこと。トレーナーのこと。ジムリーダー、ポケモンリーグ。そしてハンサムが一番知りたかったことであろう、プラズマ団のこと。
「それにしてもきみ、相変わらずケチャップが好きなんだなあ」
「だって美味しいんですもん。ところで、ハンサムさんはどうしてイッシュ地方に?」
食後。ハンサムをふたりきりで外に出て、彼の「用事」に耳を傾けることにした。
午前中のカノコタウンは清々しい陽気に照らされている。この町はマサラタウンにどこか似た雰囲気があるので、なんだか落ち着くのだ。
「イッシュ地方でプラズマ団なる組織が暗躍している……。その情報を得てはるばるやってきたのだが……」
5つのモンスターボールからポケモンたちを放つ。研究所の広い庭で、ポケモンたちは気ままに過ごす。──といっても、アーケオスとメラルバはアクタにじゃれてくるし、バオッキーはそんな様子を達観するように寝転がっている。ダイケンキたちはさっそく修行だ。
「あはは! メラルバ、そこはくすぐったいって……!」
「き、聞いているかね……?」
「あ、すいません聞いてます。えっと、プラズマ団の件ですよね」
ハンサムは咳払いをして話を再開する。
「ジムリーダーたちやきみの活躍で! プラズマ団の城は崩壊し、メンバーは散り散りに逃げ去った! ──わたしはそう聞いているよ」
「はあ」
「間違いがあるかね?」
「うーん……」
いつものくせでつい誤魔化しそうになったが、ハンサム相手にはぐらかしてもしょうがないだろう。
彼は国際警察の人間だし、なによりひとりの友人として尊敬している。
「そうですね。ぼくもジムリーダーさんたちも、ほかのみんなもがんばって、なんとかプラズマ団を止めました。──んで、たしかに全員のことは捕まえられず……」
おまけに
「あ、もしかしてそのメンバーのことを捕まえに?」
「そう! 七賢人と呼ばれるメンバーはまだイッシュ地方に潜伏している」
そういえばゲーチス以外の6人も逃げ延びたらしい。──アクタにとって彼らは印象が薄かったので、すっかり忘れていた。
「そこでだ! すごいトレーナーのきみに頼みたいことがある!」
「いいですよ」
「いい!? まだなにも言ってないぞ!?」
「え……、七賢人のおじいちゃんたちを探すんですよね? 違うんですか?」
「いや、正解だが……」
ハンサムは思い出した。そういえば、アクタはこういう少年だった。
どこにでもいるふつうの男の子かと思いきや、明らかな面倒ごとに対しても積極的に関与し、なにより好戦的である。
いつしか彼は「怪物」と称されるようになっていた。ハンサムはそんな物騒なあだ名を哀れに思いつつも、どこかで納得を覚えていた。
「それじゃあさっそく──みんな、集合!」
アクタの声で、好きに過ごしていた5匹のポケモンたちが即座に集まってきた。
「おお、やはりきみのポケモンは賢くてたくましいな! みんなイッシュ地方で捕まえたのかね?」
「う、うん……」
正確には捕獲したわけではなく、ほとんどが譲り受けたポケモンなのだが。
「む……。その、先ほどまでダイケンキと組み合っていたポケモンは初めて見るな」
ハンサムは、どこか悔しそうな目でダイケンキを見上げている、仔馬のようなポケモンに目を留める。
「ケルディオっていうんです。コバルオンたち──友だちから任せられてて、いま修行中なんです」
「知らない名だな。イッシュ特有の個体にしてもかなり珍しいポケモンなのでは……?」
アクタはケルディオの背中を撫でる。一瞬、心地よさそうに目を細めるケルディオだったが、やがてハッとして少年の手を振り払った。
「おっとっと、まあ最近仲間になったので、まだ慣れてないみたい。ダイケンキが師匠になってくれているので助かってます」
アクタは5匹のポケモンたちをモンスターボールに収める。これで出発の準備はできた。
「そうそう、ハンサムさん。いま何時?」
「もうすぐ9時だが」
「正確には?」
「8時59分だ」
アクタは空を見上げる。青空には、白と黒のふたつの影があった。
「来た来た。じゃあハンサムさん、今日中に七賢人を全員見つけましょう!」
「きょ、今日中に!? 全員かね!?」
「だってあしたにでもチーちゃんが来ちゃうかもしれないし、そうなったらかえって大事になりかねない。あの子、天才だけど手段を択ばないからなあ……」
やがてふたつの影が、カノコタウンの広場に降りた。
「こ、これは……」
ハンサムは驚愕のあまり目を見開く。
現れたのは2体の竜。
白と黒。報告に聞いていた、レシラムとゼクロムだった。
「おはよう、アクタ」
レシラムの背から、黒い帽子の青年が顔を出した。
伝説のポケモン2匹を連れた青年。──アクタが来て以来のここ数日のカノコタウンでは、そう珍しくない光景である。さすがに初見のハンサムは驚愕しているが、町の住人たちにとっては日常になり始めている。
「きょうも例の街に? あのバンジロウという少年の説得は難しそうだけど」
「ぼくらふたり揃って嫌われたっぽいからねー……。でもきょうは、プラズマ団の七賢人たちを探そうって話になって。──あ、こちらハンサムさん。国際警察をやっているぼくの友だち」
ハンサムはまだ、驚いて2匹のドラゴンポケモンを見上げている。
「ハンサムさん、こちらぼくの兄弟分。エヌって呼んであげて」
「え? あ、お、おお……」
Nはハンサムを一瞥したが、まるで興味を示しておらず挨拶もない。
そしてハンサムのほうも、伝説のポケモンに驚くのに忙しく、Nを気にする余裕がない。
「で、レシラムとゼクロムね。ゼクロムはぼくのポケモンなんだけど、ふだんはエヌに任せてるんです。兄弟一緒のほうがいいからね」
アクタがその黒い腹を撫でると、ゼクロムは目を細めて少年の手を受け容れた。
「急で悪いんだけどさあ、七賢人のおじいちゃんたちの居場所って、心当たりある?」
「六人までなら推測できる」
「オッケー。ぼくとハンサムさんが捕まえるから、案内よろしくね」
アクタは戸惑うハンサムとともに、ゼクロムの背中に乗る。
「100万の──いや、1000万もの味方を得た思いだな」
こわごわとゼクロムに抱き着くハンサムをしり目に、アクタの号令とともに、2匹の竜は羽ばたき、すぐに青空へ飛翔した。
「さあ、兄弟。どこに行こうか?」
アクタはいつものように、快活で純粋な笑みを浮かべる。
目的地を問われていることはわかっている。
だのに。
「キミと一緒なら、どこまでも」
思わず、的外れな回答をしてしまった。
ダイケンキ ♂
いじっぱりな性格
バオッキー ♂
おっとりな性格
アーケオス ♀
わんぱくな性格
メラルバ ♀
がんばりやな性格
ゼクロム
まじめな性格
ケルディオ
ゆうかんな性格