ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
トキワの森。
トキワシティの北、2番道路の中央に位置する、深く広大な森だ。生い茂る木々や草むらで天然の迷路になっており、多くのトレーナーを迷わせる。
「モンスターボールもたくさん買ったし、こんどこそポケモンを捕まえるぞ」
アクタは意気揚々と森に挑んだ。彼には、目当てにしているポケモンがいた。
「絶対にピカチュウを捕まえてやる」
人気、知名度という点であれば、数多ものポケットモンスターのなかで頂点に君臨するであろう、でんきタイプのねずみポケモンだ。このトキワの森には、少数ながらもピカチュウが生息している。
「安心してね。もしピカチュウを捕まえたとしても、きみへの愛情は薄れたりしないからね。嫉妬はするなよ、フシギダネ。うふふふふふ」
モンスターボールに話しかけるアクタ。フシギダネは、ボールのなかで聞き流していた。
だがもちろん、目当てのピカチュウはそう簡単に出没しない。
主にキャタピー、ビードルが出現するも、そのたびにアクタはモンスターボールを投げて、当たらなくてボールを無駄にする。
「やばいやばい、ピカチュウさんのためにボールを温存しないと……」
頭を抱えるアクタに、野生のキャタピーを倒したフシギダネは、呆れたような視線を送っていた。
「そうだ、ひとに聞いてみよう」
アクタは顔を上げて、通りすがりの虫取り少年に声をかけた。
「あの、すみません。このあたりでピカチュウ……」
「よーしっ! きみはポケモン持ってるな? 勝負しようぜ!」
「は、はいっ!」
ポケモンバトルの「始まり方」に関して、アクタは作法を知らなかった。実際のところ、具体的なルールなどなく、一方的なかたちでもバトルは始められる。
虫取り少年は、ビードルを繰り出した。
慌ててアクタもフシギダネのボールを投げる。もちろん、変な方向に飛んで行く。
「え、なにやってんだ!?」
「あー、ごめん! ちょっとびっくりしちゃって……」
フシギダネを連れ戻し、ビードルと向き合ってバトル開始。
「フシギダネ、“たいあたり“!」
ビードルにぶつかる。ポケモンとしての能力はもちろん、レベルもフシギダネが上回っていたので、大きなダメージが入る。
「よくもやったな! ビードル、“いとをはく”!」
フシギダネに糸が絡まり、素早さを下げられる。
「続けて“どくばり”!」
ビードルの頭部の毒針が、フシギダネを突いた。
「あ、どくタイプは……」
とアクタは焦ったが、フシギダネはまるで平気な顔をしていた。
「……そっか、フシギダネってくさと、どくタイプも持ってるんだっけ」
通常、くさタイプのポケモンにどくタイプ技は効果があるのだが、同時にどくタイプを持つフシギダネの場合、その威力を打ち消す。しかも、追加で「どく」の状態異常が付与されることもない。
「だったらイケる。よーし、もう一回“たいあたり”!」
結果、虫取り少年の繰り出したビードルとキャタピーを打ち倒し、危なげなくアクタとフシギダネは勝利を収めた。
「負けたあ! キャタピーなんかじゃダメか」
「なんか、って……」
「いま、手持ちが少なくってさ。60円でいい?」
賞金が現金で手渡される。アクタは内心で「安い」と思ったが、互いにレベルの低いポケモンバトルだと、こんなものである。礼を言って受け取った。
「あの、ところでさ。野生のピカチュウを見なかった? 捕まえたいんだ」
「うーん、たまに見るよ。先に進んでるうちに、一回くらい出会えるんじゃない?」
特に有益な情報ではなかったが、もう一度礼を言って、アクタは虫取り少年と別れた。
「ていうか、初めてポケモンバトルに勝っちゃった。あんな感じでいいのかな」
その後も、アクタは何人かの虫取り少年と戦った。彼らはむしポケモンばかり使ってきたものの、レベルは高くはなかったため、フシギダネ一体でも十分に通用した。
やがて、散策を続けているうちにチャンスが訪れる。草むらを進んでいると、目の前を黄色い影が横切った。
「ぴ!?」
追いかける。そこには、鮮やかな黄色い身体に、尖った耳、ギザギザ尻尾の、ピカチュウがいた。
「ぴ、ぴ、ぴか、びがぢゅ……はあーっ! お、落ち、落ち着いて……うぐぐぐぐ!」
アクタはかつてないほどに緊張していた。フシギダネの入ったボールを投げようとするが、開閉スイッチを押したところで、手から取りこぼしてしまう──おかげでいつもの暴投はせずに、足元にフシギダネを呼び出せた。
「ふ、ふし、フシギダネさん、あのですね……」
指示を詰まらせるアクタ。しかしフシギダネは、アクタの要望を理解していた。ピカチュウににじり寄り、戦闘態勢をとる。ピカチュウのほうも、こちらを敵と認識したようだ。頬の赤い電気袋が帯電している。
野生のピカチュウは“でんきショック”を発した。しかしくさタイプのフシギダネには効果はいまひとつである。
「わあ、かわいい!」
フシギダネは、軽くアクタを振り返る。「早く指示をくれ」という目線だった。
「あ、ごめん。それじゃ倒さないように、“つるのムチ”!」
先ほど習得したばかりの技だった。背中のタネから伸びた触手が、ピカチュウを打ち据える。
「いまだ! モンスターボール!」
投げたボールは、アクタのすぐ足元にバウンドして、木々の向こうに消えて行った。
「ああああああああ!」
ピカチュウは逃げ出した。
「ああああああああ!」
膝をつくアクタ。フシギダネは慰めるように、彼にすり寄った。
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いつしか日が暮れていた。夜になる前にトキワの森を抜けられず、仕方なく、アクタは野宿をすることにした。
「まあ、準備はバッチリなんですけどね。よし」
旅のなかで毎日、ポケモンセンターの宿泊所をはじめとする屋根のある場所で過ごせるとは限らない。アクタは必要最小限ながら、野宿のためのアウトドア用品を携帯していた。
とりあえずランタンで周囲を照らす。
「焚火……はやらないでいいか。今夜は寒くないし、火事が恐いし」
食事は市販のカロリーバーと、森に自生している木の実をすこしいただいた。ちなみに、木の実はフシギダネが探してきてくれた。
食事が済むと、すぐに寝ることにする。念のため虫よけスプレーを周囲に撒いて、リュックを枕に、寝袋に入る。
「星がきれいだな」
呟いてみる。が、天体観測はすぐに飽きた。寝袋は決して安物ではないものの、ベッドに比べれば寝心地は悪い。
「こういうのにも慣れないとな。いつか、岩の上に寝る日もあるかもしれないし」
でも、それまで自分は旅を続けられることができるんだろうか。
フシギダネ1匹ではいずれ限界が来る。ポケモンをゲットできない現状は、どうにか打開しなくてはならない。
トキワシティを出るとき、酔っ払いの老人に絡まれて、ポケモンの捕まえ方を教わったのだが──技術がどうこうの話以前に、アクタにはボールを狙った位置に投げることができないのだ。
脳裏に浮かんだ不安がこびりついて、なかなか寝つけない。
「……フシギダネ」
アクタはモンスターボールから相棒を出した。
「すいません、添い寝してもらっていいですか」
フシギダネは寝袋の隣に腰を降ろす。アクタはフシギダネのタネを撫でると、そのまま眠りに就いた。
あまりにもすぐに寝入ったので、フシギダネのほうが驚いた。
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日の出とともにアクタは目を覚ます。フシギダネは自分の腕のなかで寝息を立てていた。
「……よく寝た」
上体を起こし、大あくびをする。不意に、草むらから音がした。そこにいたのは、ピカチュウだった。
「…………」
アクタは荷物からカロリーバーを取り出す。ひと口サイズにちぎり、投げてみた。
ピカチュウから離れた位置に落ちた。
それでもピカチュウは、珍しい食べ物の匂いに気が付き、カロリーバーを捉えた。匂いを嗅ぎ、やがて食べ始める。
アクタは、慈しむような笑みを浮かべる。そして、
「いまだ! モンスターボール!」
ボールは当たらなかった。
「ああああああああ!」
ピカチュウは逃げ出した。
「ああああああああ!」
その慟哭で、フシギダネは目覚めた。なにが起きたのかを察して、蔓を伸ばしてアクタの背中を撫でた。
フシギダネ
れいせいな性格
生まれたときから背中に不思議なタネが植えてあって、身体とともに育つという。