ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「勝った……!」
戦闘不能になったフシギバナ。グリーンのリザードンは健在だった。くさタイプの技は四分の一の威力しか発揮しないとはいえ、特性が発動した“ハードプラント”はじつに強力だった。
「アクタ! おれの──」
勝ちだ、と。グリーンが改めて宣言しようとしたときだった。
「行け……!」
アクタはなにかを投げた姿勢だった。なにを投げたのかグリーンにはさっぱりわからない。ノーコンの彼が投擲したもの、必ずと言っていいほどまっすぐに飛ばない。
だから、最後のモンスターボールは、グリーンの視界に入らずに飛翔し、螺旋し、破裂した。
リザードンよりも高い位置にサンダースは、軽やかにバトルフィールドに着地した。
「あ──」
誤算。というより、単なる
アクタもグリーンも、6匹すべてのポケモンを繰り出した。ただそのうちの1体──サンダースは、フーディンを退けたあと、相性が悪いサイドンの登場にべつのポケモンと交代した。『ひんし』にはなっていない。
もちろん、アクタにはサンダースを隠しておくつもりはなかった。
熱中し過ぎたグリーンが、早とちりしていた、というだけの話である。
「リザードン!」
それでも、追いすがる。
先に行かないでくれ、と。
「サンダース、“かみなり”!」
激しい雷撃が、リザードンに命中した。
竜は地に落ちた。戦闘不能だった。
「はあ、はあ……ぼくの、勝ちだぜ……!」
「……馬鹿な! ほんとに終わったのか!」
両者ともに膝をついた。しかし顔を上げているのは、アクタだけである。
「なぜ……フシギバナで戦った! 特性狙いだからって、タイプ相性的に、勝てないのはわかってただろ!」
「理由は三つ。その一、サンダースにつなげるため。その二、フシギバナが戦いたがっていたから。その三、勝てないなんて思ってなかったから」
「っ……!」
「フシギバナで終わらせたかったなあ。勝っといてなんだけど──悔しいや」
グリーンは思わず、床を殴った。
腹立たしいのだ。気の抜けたように笑うアクタに、ではない。
「全力をかけたのに負けた! せっかくポケモンリーグの頂点に立ったのによう!」
勝てなかった自分に。
「あ、そっか。グリーンがチャンピオンになったのって……」
「
アクタはサンダースをひとしきり撫でて、そして立ち上がる。
「グリーン」
「なぜ……なぜ負けてしまったんだ……おれの育て方……間違ってなんかいないはずなのに」
歩み寄る。手を差し伸べていいものか、逡巡する。
「しょうがないぜ……お前がポケモンリーグ、新チャンピオンだ……!」
夢を叶えた瞬間に、取り上げられる。つまり──
「
「あのさ」
言葉を紡ぐよりも先に、扉が開く音で遮られた。
「アクタ、グリーン、よく戦った!」
現れたのは、ふたりにとっては見慣れた顔、オーキド博士であった。
「別室で観戦させてもらったよ。素晴らしいバトルじゃった」
「博士。どうしてここに?」
「わしは一応、ポケモンリーグの役員も兼任しとるからのお」
まず、オーキドはアクタの肩を叩いた。
「アクタ! とうとう勝ったな! ポケモンリーグ制覇、心からおめでとう!」
「……どうも」
とりあえず、照れる。
「初めてフシギダネをもらって、ポケモン図鑑集めに出かけた頃と比べると、たくましくなったな!」
「そうですかね。ほんの二、三か月の旅でしたけど……」
「いやいや! アクタは大人になった!」
そして、オーキドはうつむく孫、グリーンに向き直る。
「グリーン……!」
「…………」
「……残念だ! お前が四天王に勝ったと聞いてここに飛んで来たのに、ポケモンリーグに着いてみたら。お前は負けとった! グリーンよ……! なぜ負けたのかわかるか?」
「…………」
「……お前が、」
「理由なんかないって!」
オーキドの言葉を遮って、アクタはいい加減、グリーンの肩を掴んだ。
「グリーンはなにも間違ってないよ! あんなに強くって……なにより、グリーンのポケモンは、グリーンのことを信頼してた! すげえことじゃん! ぼくは何度も
この勝利が偶然だったなんて思っていない。
ただ、どちらが勝ってもおかしくなかった──そう呼べる勝負だったことは明白だ。
「だから、そんなしょげないでよ。ぼくは……グリーンに憧れてたんだぞ。むかしから、頭が良くて、なんでも上手にできて。で、ポケモン勝負も強くてさ。グリーンに勝ちたくて、ぼくたちはがんばったんだぜ」
「アクタ、お前……」
アクタはマイペースで、おとなしい少年だった。だからこそ、彼がここまで自分の気持ちを打ち明けることなど、かつてなかった。
「一回負けたくらいで、
「……ははっ!」
グリーンは、吹き出した。
「はははは! いやいや、もう一回とか、勘弁してくれよ! おれたちただでさえ、きょうは五連戦してるんだぜ!」
可笑しかった理由は、「もう一回戦いたい」という発言ではない。
劣等感を抱えていたのは、自分だけだと思っていた。
自分のことなんてだれも気にしていないと思っていた。
そんな早とちりが、恥ずかしくて、可笑しくて、笑ってしまったのだ。
「……あはは、そうかな? じゃ、きょうはやめとこっか……へへ」
「あー、アクタ?」
いつしかオーキド博士は、置いてけぼりになっていた。
「あ、すいません、博士。お話の途中でしたっけ」
「いや……もういい。この流れで説教とか、無理じゃ」
早とちりというならば、オーキドもおなじだ。グリーンに、「ポケモンへの信頼と愛情を忘れている」とでも言おうとしていた。
そんなことは──なかったのかどうか、いまとなってはわからない。
ただ、グリーンに必要だったものは、この瞬間、アクタが満たしてくれたようだ。
「アクタ、グリーン! ポケモンリーグを制覇したのは、ひとりの力ではないことを……お前たちはわかっとるようだな!」
彼らを支えていたのは、ほかでもない手持ちのポケモン。そして恐らく、ライバルである互いだ。
「お前たちとポケモンの絶妙なコンビネーション、見事だったぞ!」
オーキドは、このチャンピオンの間のさらに奥にある扉を示した。
「それでは……アクタ! わたしについてきなさい!」
アクタは立ち上がり、不安げにグリーンを一瞥する。
「いいよ。おれはもう済ませたから、行けよ。立ち合う気にはならねえ」
「わかった。じゃあ、また後でね」
「おう」
:
荘厳な広間だった。
中央の装置には、モンスターボールを置く台だろうか。回復装置には見えない。
壁面には、数多もの「名前」が刻まされている。
ひとの名前。そして、ポケモンの名前だ。
「……おほんッ!」
緊張感を匂わせて、オーキドは咳払いをする。
「おめでとう、アクタ! ここは……歴代のポケモンリーグトレーナーのもとで、活躍したポケモンたちを永遠に記録して、称えるフロアである!」
「ポケモンを称えるんですか」
「ああ。お前なら、よくわかっているだろう? アクタをここまで連れてきたのは、ほかでもないポケモンたちなのだからな」
少年は、モンスターボールに触れた。
「わかります。みんなと一緒だから、ここまで来れました」
「ポケモントレーナーは、ここに記録される喜びを『殿堂入り』と呼んでいる! アクタ、お前は激しい戦いの末、リーグチャンピオンとなった! ここに、アクタの名前とポケモンたちを記録しよう!」
アクタは、装置にモンスターボールを並べた。ポケモンたちの情報が、装置に記録されている。
フシギバナ。れいせいな性格。アクタが最初に手にしたポケモンで、いつも彼を支えてくれた。
ギャラドス。がんばりやな性格。コイキングから大きな身体に進化してからも、よくアクタに甘えてきた。
サンダース。きまぐれな性格。撫でているとわざと静電気を発したりするが、そんなイタズラも愛情表現だった。
エビワラー。ゆうかんな性格。ヒト型ということもあり、背格好がアクタと似通っていたので、よく友だちみたいに並んで歩いた。
ラプラス。おだやかな性格。背中で歌うアクタに合わせて、合いの手を入れて鳴くようになった。
プテラ。やんちゃな性格。アクタを掴んでけっこうなスピードで空を飛ぶものの、主人の身の安全だけは絶対に守ってくれていた。
「博士、ぼく、ちょっと考えがあって」
アクタは、オーキド博士に自分の思いを話した。これまでの旅で得たものを、感じ取ったものを、率直に話した。
「──そうか。驚きはせん。お前のレポートは読んだ。なんとなく、そんな気はしていたよ」
「……続き、ありますよ。きょうの出来事も書きます」
「ほほ、楽しみじゃな。──『正鵠を射る』という言葉がある」
「せいこく……どういう意味ですか?」
「物事の重要な点をしっかりを押さえている、というような意味じゃ。まるで、放った矢が的の中心を射抜くような。──気持ちの良い光景だろうな」
「ぼくには縁遠い言葉ですね。弓矢のほうもノーコンか、わかんないですけど」
「そんなことはない」
結局、アクタはポケモン図鑑を完成させるに至らなかった。
が──いまとなっては、それは重要なことではない。ポケモンたちの生態にはいまだに未知な部分が多いものの、いくつかの情報はすでに収集されている。
大切なのは、「ポケモン図鑑を作る」という目的を、子どもたちに与えることだった。彼らに能動的に旅をさせることが、オーキドの狙いだった。
その点でいえば、アクタは期待以上だった。期待以上に、成長してくれた。
「アクタの考えを尊重しよう。その選択は、じつに正鵠を射るものだ」
次回、最終回。