ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
プロローグ/北の国へ
「あれから1年か。早いなあ」
「早いもんか。待ちくたびれましたよ」
ハナダシティの北、25番道路。通称「ハナダの岬」。
フシギバナとカブトプスは、アクタのそばでのんびりと昼寝をしている。サンダースとエビワラーは野を駆けて、ギャラドスとラプラスは池で水浴びをしていた。
そしてアクタとマサキは、タコ焼きを焼いている。
アウトドア用テーブルの上で、鉄板がしゅうしゅうと生地を焼く。
「……これまだひっくり返さないんですか」
「まだあかん。触るな。わいに任せとき」
久しぶりにマサキの小屋を訪れ、つい先日11歳になったことを伝えると、「ほなお祝いせな」と彼はなぜかタコ焼き器を準備した。
タコパである。
「博士もお母さんも、11歳になるまではカントーでおとなしくしてなさい、なんてさ。こんなの軟禁状態だよ」
「なにが軟禁やねん。お前、プテラに乗ってあちこち遊びに行ってたやんけ」
「それはそれ、これはこれ。──まあ、楽しい日々を送っていたことは、認めます」
ポケモンリーグを制覇した後、チャンピオンへの就任を辞退したアクタ。おなじくチャンピオンからの辞任を申し出たグリーン。オーキド博士はふたりにとある仕事を任せた。
ナナシマに潜伏しているというロケット団の調査だ。
先んじて任務を開始していた、ポケモンリーグ四天王カンナのサポートという立場で、見事にロケット団の残党を発見し、彼らの悪事を未然に防ぐことに成功した。
「カンナさんにはずいぶんこき使われたなあ。あのお姉さん、恐いや」
「ナナシマの件な。どや? グリーンとはうまくやれたんか?」
「もちろん、ちゃんと仲良くやれたよ。ふたりで協力したから、普段より力が出ました」
「そっか。仲がよろしいことで」
カントー地方の旅で、アクタとグリーンは仲違いをした末に、ポケモンリーグのチャンピオンと挑戦者として決戦を繰り広げた。
全力のバトルで、互いへの不満・悩みといった膿を出し切り、ふたりはすっかり元通り──否、元以上に固い絆で結ばれた友となった。
「でも近頃、会ってないなあ。グリーンはジムリーダー志望ですから、勉強とか研修で大忙しなんです」
「ふうん、偉いなあグリーンは。まだ12歳そこそこで」
反面、アクタはここ数ヶ月、おもに遊んで暮らしていた。これといって夢も目標もない。しかしそこは、自他ともに認めるマイペースなアクタ。特に焦ってなんかいない。
ポケモンたちや、旅で知り合った人間と遊ぶほうがまだ大事だ。
このハナダシティ周辺にしたって、友と呼べるのはマサキやカスミだけではない。最近知り合った──
アクタはふと、振り向いた。
オツキミ山よりは手前。ハナダの洞窟と呼ばれる地だ。カントー地方では数少ない「禁足地」であり、殿堂入りを果たした実力のあるトレーナーでなければ、足を踏み入れることは許されない。
そこで、ミュウツーというポケモンに出会った。
グレン島、ポケモン屋敷に残された資料でその存在は知っていた。ミュウというポケモンから生まれ、人間の手で改造させられた背景を持つポケモンだ。
ミュウツーの存在こそが、ハナダの洞窟が禁足地である所以である。ミュウツーは人間に恨みを持っている。当然、アクタにも牙を剥いた。
ミュウツーは強かった。戦いを思い出すだけで冷や汗が出てくるくらいだ。
しかしアクタに手加減なく、容赦なく、慈悲なく戦ってくれるのは、もはやミュウツーくらいしかいない。だから少年は幾度となく、ハナダの洞窟に足を運んでは、ミュウツーに挑戦している。
戦いでしかつながっていない相手を「友だち」とは呼べないのかもしれない。
だとしたらさしずめ、ミュウツーは「好敵手」や「師匠」のようなものなのだろう。すくなくともアクタは、ミュウツーを憎からず思っていた。
「なにをニヤニヤしとんねん」
「あ、いや、べつに」
「ほら、焼けたで。熱いから気ぃつけて食べや」
マサキや慣れた手つきで、アクタの皿にタコ焼きを移す。
「わあ、美味しそう。いただきます!」
アクタは自分のリュックからケチャップを取り出した。
そして、タコ焼きを赤く
「…………」
絶句するマサキ。
「あっ、あふっ、はふっ、──めっちゃうまいです! 外はカリッと、中はトロッと!」
「……ツッコミ待ち?」
「え?」
「いや、マイケチャップて」
「はい。気兼ねなく使えるんで」
「あっそう。ていうかその──かけ過ぎと違う? タコ焼き本体が見えへんのやけど」
「ちょうどいい味ですけどね。ひとつ食べます?」
「マジ? うーん……ほんならせっかくやから。意外と合うかもしれんし」
マサキは真っ赤なタコ焼きを、恐る恐る口に入れる。
「……ずーっとケチャップの味がする。なんやこれ。お前、『外はカリッと』とかよう言うたな。こんなん、ケチャップの塊や!」
「美味しいでしょ?」
「ワイはマヨとソースでええわ。適量でな」
口内が酸っぱくなって気持ちが悪い。己のチャレンジ精神を後悔しつつ、マサキは口直しにサイコソーダを飲んだ。
「味覚とノーコンは、
「あはは、ひどいこと言うなあ」
などとアクタは笑い飛ばすが、実際、最近まで通っていたセラピーはほとんど苦行だった。
ミュウツーとの邂逅を済ませ、べつの地方への旅を準備し始めたあたりで、オーキド博士からストップがかかった。
ロケット団の首領、サカキがトキワジムから逃亡する際、人質に取られたことがバレたのだ。
そのことを記録したレポートを提出したので当たり前だ。
なんなら逃亡を幇助したこともバレた。ものすごく怒られた。
そういうわけで、誘拐されたことで「精神的にショックを受けた」ということになったアクタは、しばらく専門医によるカウンセリングを受けることになった。
旅も「11歳になるまで」先送りとなったわけだ。
「なんか納得いかないんですよね。ぼくはちっとも心が傷ついてなんていないのにさ」
「まあ、そう言いなや。経緯はどうあれ、お前は子どもなんやから、大人は適切なケアをせなあかんねん」
「わかってますよ。
曲がりなりにも、アクタは殿堂入りを果たした実力者である。ポケモンバトルのマニアの間には名前が知れ渡っており、アクタが「ロケット団と関わりがある」と思われてしまえば都合が悪い。
アクタ自身にとっても、ポケモンリーグにとっても、醜聞だ。
故にあくまでも、アクタは被害者の立場でいなければならない。心理的な医療処置は、その証明だ。
「だからまあ、カウンセリングのプログラムが全部完了するのと、ロケット団の話題が下火になるタイミングを見計らって……そんなこんなで、11歳です」
「はい、おめでとさん。まあでも、お前にとってこのカントーの旅は、比較的たいへんな道のりやったと思うで? 半年くらい休暇を取ってもおつりがくるやろ」
「そんなにたいへんだったかなあ」
「悪の組織を一個潰して、殿堂入りまでしておいて……?」
アクタの能天気が皮肉に聞こえてしまったのだろうか。誤魔化すように、少年は苦笑する。
「たいへんっちゃ、たいへんでしたよ。でもやっぱり、『楽しい』が勝った」
「そうでっか。眩しいなあ、アクタのそういうところ」
ため息をつきつつ、マサキはタコ焼きを口にした。無論、マヨネーズとソースをかけたオーソドックスなものだ。
「2週間後、出発します」
「そうか。ポケモンたちも連れて行くんやろ? ウイルスの検疫とか、時間かかるで」
「……ええ、そうですね。まだわかんないですけど」
などと、少年はずいぶんと曖昧に返事をした。マサキはわずかに違和感を覚えるが──
「そう不安になることはない。アクタのポケモンたちはみんな元気で健康やし、大丈夫やろ。向こうの預かりシステムの管理人は友だちやから、そのうち紹介したるわ」
「ありがとうございます。──なんか、マサキさんともしばらく会えないと思うと、寂しいなあ」
「お、どした。かわいいこと言うやん」
気を良くしたマサキは、アクタの皿にタコ焼きをいくつか乗せる。アクタは容赦なく、ケチャップをかける。
「そりゃあぼく、マサキさんのこと大好きですもん。預かりシステムでいつも世話になってるし、サンダース──イーブイを貰えたのも、マサキさんの紹介のおかげだ」
「……あくまでもポケモン基準なんやな」
少年の純粋な裁定は、マサキをべつの意味で寂しくさせた。
:
夕暮れのマサラタウン。
21番水道に面した海岸で、アクタとグリーンが対峙していた。
「エビワラー、“ほのおのパンチ”!」
燃える拳が、大きな一本角を持つ虫ポケモンを襲う。
ヘラクロス。グリーンがべつの地方での研修中に手に入れた、新たな手持ちだった。
「やっぱり“ほのおのパンチ”で来るよな。だが、その手痛い一発を待ってたんだよ! ヘラクロス、“カウンター”!」
受けたダメージを倍にして返す、かくとうタイプの技だ。甲殻に覆われた硬い拳が繰り出される。直前の “ほのおのパンチ”が効果抜群だったこともあり、エビワラーは膝をついた。
「うわっ……やるなあ。新しいポケモンだから、ちょっと油断してたかも」
「勉強は忙しいけど、トレーニングは怠っちゃいねえよ。いつだって、お前にだけは負けるつもりはない。──ヘラクロス、とどめの“メガホーン”!」
巨大な一本角がエビワラーに迫るが──
「“みきり”」
寸でのところで攻撃を回避した。
「げっ……!」
「もう一回、“ほのおのパンチ”!」
無防備なヘラクロスの背中に、再度燃える拳が直撃する。そのままヘラクロスは倒れ、戦闘不能になった。
「……やるじゃねえか。お前も遊んでばかりだったわけじゃないってか」
グリーンはつぎのモンスターボールを構えるが──
「──やめた。きょうはこのくらいにしてやるよ。ガチガチにやり合うつもりはねえんだ」
モンスターボールを収めて、代わりにヘラクロスをボールに戻した。
「そう? じゃあ一勝もらっとくよ。エビワラー、おつかれさま」
少年は、息切れするエビワラーの肩を撫でて労った。
アクタの殿堂入り。そしてロケット団の壊滅から、1年が経過しようとしていた。
旅を終えたあと、複雑だった旅のストレスを考慮して受けさせられたセラピーは、遠回しな「謹慎」であった。
そんな長い休息を終えて、いよいよべつの地方への旅立ちを翌週に控えたある日。グリーンとの時間を過ごせるのは、久しぶりだった。
「勉強の息抜きにはなった?」
「まあ、ちょっとな」
ジムリーダーになるため、グリーンは忙しい日々を送っている。いくら友人でありライバルとはいえ、アクタは空気を読んで彼の邪魔をしないように努めていた。きょうはグリーンのほうから声をかけてくれたのだが。
「そんで、アクタ」
グリーンはおもむろに、足元の石を物色し始める。
面と向かって話すのは気恥ずかしいのだ。特に、真剣な話のときは。
「シンオウ地方に行くんだって?」
「うん」
「そっか」と手ごろな石を拾い上げたグリーンは、それを海に鋭く投げる。何回か、水面で跳ねた。こんな水切り遊びすら、ノーコンのアクタは成功したことがない。
「お、すごい」
「で? じいさんの話はどうするんだ?」
「……呑むことにしたよ」
「つまり……」
「うん。フシギバナたちは、連れて行かない」
アクタは腰に着けたモンスターボールを撫でた。
オーキド博士は先輩の研究者とともに、新たなポケモン図鑑を開発した。
その共同研究者は、自身の研究と図鑑のデータ収集のためシンオウ地方に移るそうだ。
データ収集を手伝ってほしい。──という話は、べつの地方での冒険を望むアクタにはうってつけであった。
「なんでポケモンをゲットできない、ノーコンのお前にそんな話を持ち掛けるかね」
はっきりとした指摘に、すこしアクタは傷ついた。
「新図鑑の性質上、まずはポケモンの観測でいいんだってさ。『みつける』ことでもある程度のデータは記録されるらしくて……」
旅の方針はあくまで自由。必要に応じてサポートを受けることができる。ただし提示された条件は、「カントー地方での手持ちポケモンを連れて行かないこと」であった。
「シンオウ地方のポケモンのデータを基準にしたいんだって。だからまあ、カントー地方のデータが混ざっちゃうのは、どうやら都合が悪いらしくて」
「でも納得できる理由じゃなかっただろ? 話だけ聞いてて、おれでさえその条件には疑問を覚えるね」
「うん。だからなかなか、返事を出せなかった」
断っても良かったのだ。シンオウ地方に行くこと、そして旅をすることくらい、しかるべき手続きを行えばアクタひとりでもできる。わざわざポケモンたちと別れる選択をしてまで、オーキド博士に義理立てる必要はない。
「ポケモンのデータ云々ってのは、それっぽい口実だと思う。博士はべつの意図があって、ぼくをひとりで旅立たせたいんじゃないかな」
「だろうな」
グリーンはもう一度、石を投げて水を切る。
「そんで? その理由ってのは尋ねたのか?」
「ううん。理由を隠しているのにも、また理由があると思うからさ。あえて暴こうとは思わない」
オーキド博士からは、孫同然の配慮と愛情を感じていた。だからアクタは博士の考えを信用しており、その期待にも応えたいと思っている。
それが、愛するポケモンたちとの別れにつながることは、非常に心苦しいが。
「……ほんとは嫌だけどね。一時的とはいえ、みんなと別れてひとりで旅立つなんて、不安でいっぱいだ」
「なのに、その道を選ぶんだな」
グリーンはアクタに向き直った。まっすぐ、友の目を見つめる。
「それでいいんだよ。お前、自分のポケモンに甘えすぎだもんな」
「え、そう?」
「そうだよ。ただポケモンと楽しく過ごしたいだけなら、旅なんかしてないで、ずっと田舎町でのうのうと暮らしてればいいんだ」
しかしアクタは、新たな冒険を望んだ。
「あっちの地方で新しいポケモンを捕まえな。なにがノーコンだ。お前はこのおれさまに勝ったんだぜ? いつまでも変な弱点を引きずってんなよ!」
グリーンはアクタに向かって石を投げた。もちろん、水を切るような鋭いものではなく、優しく放っただけだ。アクタは片手で石をキャッチする。
「……フシギバナたちの世話は、お母さんに頼んでる。ボックスに預けてもいいんだけどさ、できるだけのびのび過ごしてほしいし。で、グリーン。暇なときでいいからさ……」
「ああ、ポケモンたちの相手はしてやるよ。おれだってバトルの特訓相手はほしいからな。だから……」
すこし照れくさそうに、グリーンはアクタから目を逸らした。
「安心して行ってこい。こっちのことは、おれに任せろ」
友の優しい言葉に、アクタは笑みをこぼした。
「ぼくが帰ってくるころには、グリーンはもうジムリーダーになってるかな? 勉強とか、がんばってね」
「お前こそ、負けんじゃねえぞ。シンオウ地方でも、天下を取ってこい」
アクタは海に向かって、グリーンを真似したアンダースローで小石を投げた。
が。
「痛って! てめえ!」
「ごめん!」
とりあえずきょうも、ノーコンだった。
:
オーキド研究所。
「──ええ、彼は承諾しました。ポケモンに対して愛情が深いアクタにとっては、重い選択だったでしょうな。しかし、ほんとうによろしかったのですか? 彼の強力なポケモンたちも一緒ならば、図鑑のデータ収集もスムーズでしょうに」
白髪の博士、オーキドは受話器を耳に当てて話している。
「──いえいえ、わしもアクタの才能には興味がある。身ひとつで新たな旅に出すのは、残酷かもしれませんが、彼というトレーナーを見極める重要な試練になるでしょう」
たとえば、ポケモンを強く育てること。
たとえば、ジムバッジを集めること。
たとえば、ロケット団という問題を解決したこと。
たとえば、ポケモンリーグを制覇したこと。
どれも並のトレーナーには容易なことではない。それでもアクタは、一年もかけずにすべてをやり遂げた。若干十歳の少年がだ。オーキドも、電話先の相手も、その成果には大いに目を見張ったものだ。
「これでモンスターボールさえ……ああ、いやいや。ポケモンのゲットさえできれば、なんの文句もない優秀なトレーナーと呼べるのにな、と」
オーキドはアクタのノーコンをぼかすことにした。
「とにかく、アクタのことをよろしくお願いしますぞ。シンオウ地方でも才能を発揮できるのか。どうぞ、アクタという少年を見守ってやってください、ナナカマド博士」
:
白い半そでのシャツに、黒いベスト。黄色いリュックサックを背負う。
「あっちは寒いから、マフラーも巻いていきなさい」
赤いマフラーを首に巻く。
「あとこれ、新しい帽子ね」
母から手渡されたのは赤いハンチング帽。鏡の前で、身に着けたものを整える。
「──じゃあ、お母さん。ポケモンたちのことよろしくね」
「任せて。みんな、あなたよりいい子だから手もかからないわ」
「あはは。そうかなあ」
「あんまりアヤコちゃんに迷惑をかけないようにね」
「わかってる。フタバタウンで2,3日過ごしたら、すぐに旅に出るつもりだし」
北の大地、シンオウ地方にアクタはひとりで旅立つ。
「フシギバナ、ギャラドス、サンダース、エビワラー、ラプラス、カブトプス、プテラ、そしてお母さん。行ってきます!」
家族に一時の別れを告げて。
かくして、自分の『深奥』に迫る、究極の冒険が幕を開ける。