ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート1 フタバタウン/湖畔にて

「ナエトル! “たいあたり”!」

 突然のバトル。

 モンスターボールから出たばかりのナエトルは、ゆっくりと周囲を見渡しつつも、少年の指示にはっとする。

 そして自分に攻撃を仕掛けてくる椋鳥ポケモン、ムックルに向き直り、“たいあたり”を実行した。

「いいぞ! ほかにはどんな技が使える……?」

 野生のムックルも負けじと、小さな体躯で“たいあたり”を繰り出す。

「“からにこもる”!」

 分厚い甲羅が攻撃を防いだ。

「そしてもう一回、“たいあたり”! 焦らなくていいからね。相手の隙を狙っていこう」

 レベルの差。ポケモンとしての種族の差。なによりトレーナーがいるかいないか。あらゆる差により勝負はナエトルに優勢に傾き、アクタたちは楽に勝利した。

「よし。おつかれさま、ナエトル」

 逃げ去って行くムックルを見送り、アクタはナエトルの隣に腰を降ろした。

 黄緑色の身体。茶色の甲羅。頭からは若葉が生えている、カメ型のポケモンだ。

「ええと、ぼくは……」

「ふわー! お前のナエトル、すごかったな!」

 背後から、少年が駆け寄ってくる。

「だけどオレのヒコザルのほうが強かったけどな!」

 彼の足元では、尻に火を灯した子猿ポケモンが得意げに跳ねていた。

「……って、オレもお前も他人のポケモン使っちゃったけど……」

「そ、そうだね」

「大丈夫だよな……?」

 大丈夫なわけないだろ、とはあえて口に出さなかった。

 さっきまでポケモンを1匹も持っていなかったアクタが、なぜこのシンジ湖のほとりで、ナエトルとともに戦うことになったのか。

 話はほんの一時間前にさかのぼる。

 

 

────

 ここはフタバタウン。

 若葉が息吹く場所。

────

 

『結局のところ捜索隊の努力も虚しく、珍しい色違いのポケモン、赤いギャラドスの姿は、ひとめ目撃することさえできなかったのでありました……』

 アクタはリビングのソファでくつろぎ、テレビを観ていた。

「なんだあ、見つからないオチかあ……」

「アッくん、クッキー焼いたわよ。食べる?」

 キッチンから、アクタとは母親ほどに年齢が離れた、細身の女性が皿を持ってくる。

「いただきます。ありがとう、アヤコちゃん」

 カントー地方では殿堂入りを果たしたポケモントレーナー、アクタ。

 シンオウ地方に来て3日。

 すっかり腑抜けていた。

「うふふ。なんだか嬉しいな、息子ができたみたいで」

 アクタに微笑ましい視線を送る女性、アヤコは、アクタの母の親友である。

 ずっと幼い頃、なんどか遊んでもらったことを憶えている。アクタにとっては「ポケモンコンテストのお姉さん」といったところだ。

 このシンオウ地方での旅を始めるにあたって、18歳未満であるアクタには、身元を保証する人間が必要だった。さすがに母に頼み込んでシンオウ地方まで引っ越してもらうわけにはいかない。

「なにからなにまでありがとうございます、アヤコちゃん。おかげでトレーナーカードも届いたし……」

 テーブルの上には、ジムバッジケースが同梱されたトレーナーカードが置かれていた。

「こうしてゆっくりできる家があるの、すごく助かります」

「気にしなくていいのよ。わたしも久しぶりにアッくんに会えて嬉しいし」

 アヤコは、アクタの頭を撫でる。照れくさいが、嫌じゃない。

「大きくなって……それに、カントー地方ではチャンピオンになったんでしょ? すごいわねえ」

「チャンピオンっていうか、厳密には殿堂入り……」

「お邪魔しまーす! アクタ、いるか!?」

 玄関から突然の声。アクタはアヤコから反射的に離れた。

 さすがに「甘やかされている」場面を他人から見られるのは避けたい。

「湖に行くからさ、早く来いよな! 遅れたら罰金100万円な!」

 と。

 約束というにはあまりにも一方的な大声を残し、声の主はそのまま去って行った。

「……みずうみ?」

「ジュンくんね」

 アヤコは肩をすくめる。

「相変わらずあの子、せっかちね。──ああ、きっとこの番組を観たんだわ」

『というわけで特別番組、「赤いギャラドスを追え!」全国ネットでテレビコトブキがお送りしました。また来週、このチャンネルでお会いしましょう!』

 

 

 白い半そでのシャツ、黒いベスト、赤いマフラー、黄色いリュック。

「アッくん、草むらに入っちゃダメよ! 野生のポケモンが飛び出すからね。自分のポケモンを持っていれば大丈夫なんだけど……カントー地方に置いてきちゃったんでしょ?」

「うん。でもシンジ湖っていう湖には、草むらに入らずに行けるんだよね?」

 そして、赤いハンチング帽をかぶる。

「それに野生ポケモンの恐さは理解している……つもりです」

「そっか、そうよね。だったら安心。じゃ、いってらっしゃいね!」

 アヤコの家を出て、このフタバタウン近くにあるシンジ湖を目指す。

「ちょっとした冒険だ」

 シンオウ地方に来て3日。手放しに甘やかしてくれるアヤコにすっかり骨抜きにされてしまっていたが、いざ外に出ると身が引き締まる。

 カントーよりは気温が低い。

 町の匂い、自然の匂いは、否が応でも自分を「ポケモントレーナー」に引き戻す。

 ……などと、感傷に浸るのも束の間。一歩一歩、踏みしめて歩いていると。

 ()()()()()

 ──と、角を曲がったところでなにかに衝突した。

「なんだってんだよー!」

 いつものように嘆く彼は、先ほど家に訪れた、シンオウ地方最初の「友だち」であった。

「あ、ジュンくん」

 跳ねた金髪。緑のマフラー。白とオレンジのボーダーシャツ。アクタとおなじ11歳の少年だ。

「って、アクタか!」

「先に湖に行ってると思ったのに」

「家に忘れ物、取りに行っていたんだ!」

 どうやら100万円を支払う必要はないようだ。その話もきっと、ジュンは本気ではないだろうけど。

 3日前、このフタバタウンを訪れて初日──というか、ものの数分で。

「おれ、ジュン! 友だちになろうぜ!」

 このジュンという少年と知り合った。

 どうにも彼は、せっかちというか、直情的な性格らしい。カントーでも彼のような親友はいたが、ジュンはもっと一直線なタイプだ。

「っていうか、呼び捨てでいいって。『くん』なんて付けられるとむずがゆい」

「わかったよ、ジュン。それで、なんで湖に?」

「さっきのテレビ、観ただろ?」

 予想は的中していたらしい。

「『赤いギャラドスを追え!湖に現れた怒りのポケモンの謎!!』ってやつ。オレさ、思ったんだよ。あの湖にもあんなポケモンいるはずだ、って」

「シンジ湖……っていうんだっけ?」

「まだ行ったことなかったか? ちょうどいいや! オレとお前で、そいつを見つけに行くんだよ!」

「え、赤いギャラドスを?」

「当然!」とジュンは親指を立てる。

 あくまでも噂のレベルではあるが。

 ポケモンには稀に、通常とは色が違う個体が存在するらしい。赤いギャラドスはその「色違い」と呼ばれるものではないだろうか。

 だとしても、なかなかいないものだと思うのだが。

「まあべつに、ポケモンを見たりするのは好きだからいいけど……」

 ぼそっとアクタは呟いた。得るものがなくたって構わない。こうして外を歩くだけで、楽しいのだから。

 椋鳥ポケモン、ムックル。

 丸ねずみポケモン、ビッパ。

 フタバタウンに面する201番道路にいるポケモンは、いずれもカントー地方には存在しない種類のものだ。草むらには入らないよう気をつけつつ、時折足を止めるアクタ。そのたびにジュンは彼の腕を引っ張った。

「そんなにポケモンが珍しいのかよ! お前、じつはシロートだな!?」

 あえて否定はしなかった。

 だって、言えるわけがない。

 自分はほんとうは、べつの地方で殿堂入りしたこともあるトレーナーなんだよ、なんて。

 それをひけらかしてしまえば、ジュンと対等な友だちでいられなくなるのではないかと、恐怖を覚えたからだ。

 

 

 シンジ湖。

 フタバタウンから、201番道路を通って北に位置する広大な湖だ。

「よし、とりあえず手分けして探そうぜ!」

 と、さっそくジュンは駆け出して行ってしまった。

「あ、草むらには入らないようにねー!」

 と声をかけるが、果たして届いているだろうか。ポケモンを持っていないのはジュンも一緒だ。

「……まあ、大丈夫かな。地元の子なんだし」

 むしろ気をつけるべきなのは自分のほうだ。ポケモンを持っていない自分は、なにせ無力なのだから。

 周囲に気を配りつつ、なんとなく歩く。

『この湖には感情の神といわれる、ポケモンがいるとされています。そのポケモンのおかげで、ひとは喜び悲しむそうです』

 看板を読む。

「神さまかあ。感情……って、ポケモンの恩恵なの? 信じていいのかわかんない話だなあ。まあ『神話』なんて、だいたいそんなものか──っと」

 ふと、アクタは湖のほとりに立つ、自分以外の人影に気づいた。

 ジュンではない。

 青い髪の、細身の男だった。

「……流れる時間。……広がる空間。いずれ……」

 どうやら独り言を呟いているようだ。その続きを口にする前に、男はアクタの存在に気づいて振り返った。

「…………」

「……こんにちは」

 アクタは小さく会釈をする。

 男は三白眼で、どうにも感情が読み取れない。彼は挨拶を返すわけでもなく、表情を変えないまま。

「失礼」

 と、アクタとすれ違って去って行ってしまった。

「……お邪魔しちゃったのかな。なんか、恐い感じのひとだな……」

「おーい! アクタ!」

 ジュンが駆け寄ってくる、

「どうしたの? 赤いギャラドス、見つけた?」

「ぜんっぜんいねえ! でももっとレアなの見つけたかも!」

「なに?」と聞き返すよりも前に、ジュンはアクタの手を引いた。

「ほら、あれ? あのじいさん!」

 ジュンが指さす方向には、湖のほとりに佇む、コートの老人と少女がいた。

「博士、向こうも変わったことはなにもないですよ」

「うむう……そうか、気のせいかもな。どうもむかしとはなにか違うようだが……」

 老人は注意深く周囲を見渡す。離れた位置にいるアクタとジュンには、特に気づいていないようだ。

「まあ、この湖が見れただけでよしとしよう! ヒカリ、では戻るとするか」

「はい。──それよりも、4年ぶりのシンオウ地方はどんな感じですか?」

「……うむ、そうだな。シンオウ地方には珍しいポケモンが多い。研究のし甲斐があるだろうな」

 などと、ふたりはいくつか会話を交わした後、湖から去って行ってしまった。

「いまのは……」

「見たか? 見たよな!」

 ジュンはあの老人に心当たりがあるらしく、興奮気味にアクタに詰め寄る。

「あのじいさん、ナナカマド博士だろ!? テレビで見た! カントーに行ってたけど最近、マサゴに戻ってきたって! とってもすごいひとだろ!?」

「へ? ああ、有名なんだ……」

 アクタにしてみれば。

 あした、会う約束をしているひとだ。

「なんだよー! お前、なんにも知らないんだな。──なんだ?」

 ジュンは、さっきまでナナカマド博士たちがいた場所になにかを見つけたらしい。ずいぶん目が良い。その位置までまっすぐ走って行く。

「あ、ジュンくん! その辺りは草むらに近いから、気をつけてね!」

「平気、平気! ちょっとならポケモンだって出てこないって。あと、呼び捨てでいいから!」

 アクタは野生ポケモンに気を配りつつ、ゆっくり歩いてジュンに追いつく。

 野生ポケモンを侮ってはならない。

 一歩でも草むらに──彼らの縄張りに踏み込めば、もう言い訳は利かない。

「カバン……だ……」

 重厚なカバンが、湖のほとりに置き去られていた。

「さっきの、ナナカマド博士の忘れ物だな」

「そうかもね。うっかりさんだなあ」

「そうだ!」とジュンは指を鳴らす。

「届けようぜ!」

 それは当然のことだと思っていたが。

「あのな、アクタ。さっきも言ったけど、ナナカマド博士ってポケモン研究のとってもすごいひとなんだ。ということは、ポケモンだってたくさん持っているはずだ!」

「うん? まあ、きっとそうかもだけど……」

 アクタは思わず、笑みをこぼした。

「ちょっとお、なんか下心がさあ……」

「えへへへ! 下心なんて言い方したら変だけどさあ、ここで恩を売っておけばきっと、オレたちにもポケモンをもらえ……」

 という、わりと短絡的で楽観的な企みは、最後まで語られることはなかった。

「──ジュン! 危ない!」

 草むらから、灰色の翼を持つポケモンが飛びかかってきた。

「わわっ! ポっ、ポケモン!? なんだってんだよー!」

「なんだじゃない! こんな草むらの近くでまごついていれば、当然だろ!」

 現れたムックルは、警戒の声を上げる。いまにもふたりに襲い掛かってきそうだ。

 こんなとき、ふつうならまっすぐに逃げ出す。

 だが都合の悪いことに、背後にはシンジ湖が広がっている──逃げ場はない。

 ならば、ある程度のケガを覚悟して、防御姿勢で強引に突破するしかない。アクタは生唾を飲むが。

「……?」

 不思議と、わかるものだ。

 アクタは反射的に、置き去りのカバンを開けた。

「お、おいなにやってんだ! それは……」

 重そうなデザインのわりに、中身はすかすかだった。いくつかの資料。ノート。そして、モンスターボールが3つ。

 アクタはそのうち、手近なひとつを掴んだ。

「──きみに決めた」

 迫るムックルに向かって、アクタはモンスターボールを投げた。

「あ」

 アクタが投げたモンスターボールは。

 指先から真横に逸れて飛び、草むらに入り込んだ。

「はあ?」

「まずい」

 アクタはモンスターボールから放たれた、黄緑のポケモンに追いつく。運悪く、そこではまたべつのムックルが立ちはだかっていた。

「お前、なにやってんだよ!?」

「ご、ごめん! ええと、ジュンくん、そっちは……」

「こうなったらオレだって……!」

「ええ!? 大丈夫なの!?」

「お前よりはマシだろうよ! このノーコン!」

 カントー地方殿堂入り、アクタ。11歳。

 欠点を残したまま、シンオウ地方での物語が幕を開ける。

「ナエトル! “たいあたり”!」

 そういうわけで、暴投──否、冒頭へ繋がる。

 

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