ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート2 マサゴタウン/かみぐせ

 シンジ湖のほとりにて。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 ナナカマド博士。その隣にはヒカリと呼ばれた少女。

 そして厳めしい顔の博士の正面には、すっかり委縮した少年ふたりの姿が。

「……ポケモンを使ったそうだな?」

 シンジ湖で見つけたカバンは、やはりナナカマド博士のものだったらしい。忘れ物に気づき、現場に戻ってきたヒカリは、ちょうどアクタとたちがムックルを撃退した場面を目撃した。

 親切に忘れ物を届けてあげる──どころか。

 カバンの中身のポケモンを使ってしまったのだから、途端にアクタたちの立場は悪くなった。

 野生ポケモンに襲われて、仕方がなく……という言い訳をするつもりだったのだが、重苦しい表情のナナカマドの前で、ふたりは釈明のタイミングを見失ってしまった。

「ポケモンを見せたまえ」

 言われるがまま、アクタはナエトル、ジュンはヒコザルの入ったモンスターボールを博士に返す。

「…………ふむう」

 博士はしばらくモンスターボールを覗き込んだかと思うと。

「そうか」

 なにを納得したのか。

 ふたつのモンスターボールを、アクタとジュンに渡した。

「「え?」」

「あした、マサゴタウンの研究所に来なさい。いいね?」

 博士の意図がわからぬまま、少年たちは戸惑いながら「はい」と頷く。

「ではヒカリ、研究所に戻るぞ」

 踵を返すナナカマド博士。

「は、はい! 博士、待ってください! ──じゃ、じゃあまたね?」

 慌てて追いかけるヒカリ。取り残されたアクタとジュンは、ただ呆然とする。

「なんだいまの……怒るなら怒ればいいのに……」

「うん……こっぴどく叱られるかと思ってた」

「それにポケモン、返さなくてよかったのか?」

「わかんない。どういうつもりなんだろう。返さなきゃにしても、わざわざあした?」

「アクタ……オレたちも帰ろうぜ……なんか疲れた。それに」

 ジュンは渡されたモンスターボールを一瞥する。

「ポケモンたちも疲れてるだろうから、休ませないと」

「いいやつだな」とジュンに感心した。

 

 

 モンスターボールから出たナエトル。家をぐるりと見渡したかと思うと、大きなあくびをして、リビングのすみ──観葉植物の隣に座り込んで、目をつむった。

「のんきな子だなあ」

 じっくりとナエトルを観察した後、アヤコに「ごはんよ」と呼ばれ食卓に着いた。

 夕食はカルボナーラだった。

 アクタはナポリタンのほうが好きだし、なんならケチャップをかけたかったが、「アヤコちゃんの手料理に失礼はしないように」と母に厳しく言われていたので、ぐっと我慢する。

「そんなことがあったんだ。でもあなたもジュンくんも無事で良かった」

 食事がてら、連れてきたナエトルについて説明する。

「そのひと、ナナカマド博士で間違いないんでしょ? そもそも会う約束をしてたんだし、ふつーにアッくんが名乗り出ればよかったんじゃないの?」

「うん、そうなんだけど……なんか、言うタイミングを見失っちゃって」

 ほんとうは。

 ジュンが一緒だった手前、自分だけお説教から逃れるような真似はしたくなかっただけだが。

「だからあした、ちゃんと説明しないと。ポケモンを使っちゃった理由と、あらためて自己紹介も」

「そうね。大丈夫! きっとわかってもらえるわよ」

 ふと、ナエトルのほうを振り返る。いつの間にかナエトルは目を開けて、こちらをじっと見つけていた。

「お腹空いてるかな。アヤコちゃん、木の実ある?」

「あるわよ。『ナナシのみ』がいいかしら」

 アヤコから渡された黄色い実を、ナエトルに差し出す。手渡しで食べるだろうか。

「挨拶がまだだったね。ぼくはアクタ。もしかしたらあしたまでの付き合いになるかもしれないけど、よろしくね」

 ナエトルは木の実の匂いを嗅いで、やがて緩慢に口を開けて、かぶりついた。

「痛たたたた」

 アクタの手ごと。

 

 

────

 ここはマサゴタウン。

 海につながる砂の町。

────

 

「あ、来た!」

 201番道路を抜けた先、マサゴタウンに足を踏み入れてすぐ、あのヒカリという少女に迎えられた。

 白い帽子、黒い髪。アクタとおなじ年ごろの女の子だ。

「あたしについてきて。博士が待ってるから」

「はい。あの、ジュンって……」

「うん、もう来てる。あの子、あたしより早く研究所に来てたよ」

 やはりか。

 フタバタウンから立つ際、ジュンの家にもよったのだが、朝早くにマサゴタウンに向かったのだという。

「ごめんなさい。あいつ、どうもせっかちらしくて。ぼくも最近知り合ったんだけど」

「そうなんだ。まあとにかく──ここがポケモン研究所!」

 町のなかでひときわ大きな建物。ヒカリがドアの脇に立つ。

「中で博士が……」

 ()()()()()

「うわっ!?」

 そのドアから飛び出た影が、アクタに衝突した。

「なんだってんだよー!」

 ジュンだった。アクタは尻もちをついて転がってしまった。

「って、アクタか!」

「ジュンくん……ドアはゆっくり開けようね」

「呼び捨てでいいって。それよりあのじいさん……恐いというか無茶苦茶だぜ」

 アクタは立ち上がり、砂を払う。ヒカリが「大丈夫?」と気遣ってくれる。

「じいさん? ナナカマド博士のこと?」

「まあいいや……アクタ、オレ行くよ! じゃあな!」

 会話もそこそこに、ジュンは走り去ってしまった。フタバタウンとは逆の方向に。

「なんなの!?」

 悲鳴のようにヒカリが声を上げる。

「あたしにはひと声もなく!」

「そこ……?」

「ジュンくんって言ったっけ? あなたの友だちってほんとにせっかちなのね。まあいいわ、中に入りましょ」

 こんどこそ、ヒカリは研究所内へいざなった。

 大量の資料入りキャビネット。よくわからない機械。アクタにとっては、マサラタウンの研究所でなじみのある光景だ。

「来たか。アクタだね?」

 どうやら、ナナカマド博士に自分の身について説明する必要はないようだ。

「きのうはご挨拶できなくて、すいません。あらためまして、アクタです」

 礼儀は大事だ。オーキド博士の先輩──つまり友だちというならば、なおさらだ。

「ぼくのこと、気づいていたんですか?」

「まあね。オーキドくんから写真などの簡単なプロフィールは貰っていた」

 どうやら、互いの関係を「わざと黙っていた」のはナナカマド博士もおなじらしい。

「さて。もう一度ポケモンを見せたまえ。ナエトルだ」

 アクタはモンスターボールを開ける。放たれたナエトルは、アクタの足元から動かず、じっとナナカマド博士を見上げる。

「マサゴタウンに来る途中、野生ポケモンに対抗できたから助かりました」

「……ふむう」

 博士のほうも、じっとナエトルを見つめる。なんだかアクタのほうが緊張してしまう。

「ちょっと見てください。この子、こうすると……」

 ふと、アクタはナエトルの口元に手を近づける。

 ナエトルはその手の匂いを嗅いで、そしてゆっくり口を開けて、噛みついた。

「痛たたたた」

 アクタが痛がると、ナエトルはぱっと口を開けて解放した。

「ね?」

「ね、って……」

 ヒカリは引いている。

「だから、この子、噛むんです」

「手、大丈夫なの?」

「うん、痛いけどぜんぜん大丈夫。ちょっと歯形が残るくらい。ほら」

「……なるほど」

 困惑するヒカリとは裏腹に、ナナカマド博士はなぜか興味深そうに頷いた。

「絶対に噛むかね?」

「絶対に噛みますね」

 ナナカマド博士も、ナエトルの口元に手を近づけてみるが、ナエトルは博士の指の匂いを嗅ぐだけで、それ以上のアクションは起こさなかった。

「うむ! そのナエトルはきみに託して良かったようだな」

「ええ!?」

「託した!?」

 ヒカリが、アクタが、それぞれ驚く。

「博士、いいんですか!? 噛みましたけど!」

「博士、託したんですか!? このナエトル……ぼくが預かっても!?」

「まあ、ふたりとも落ち着きなさい」

 ナナカマドは浅くため息をついて、椅子に腰かける。

「ヒカリ。すでに話したとおり、彼はポケモン図鑑のデータ収集のためにカントー地方から来てくれた、オーキド博士お墨付きの子だ。最初から、研究用のポケモンを預けるつもりだったさ」

 ポケモンを貰える手はずになっていたのか。アクタは思わず、ナエトルに笑いかける。

「は、はい。でも、ナエトルは大丈夫なんですか? 噛んでましたよ」

「あんなものは甘噛みだ。愛情表現のたぐいだ。噛み癖のあるポケモンは珍しくない。むしろ、嬉々として手を差し出す彼のほうが珍しいね」

 それは褒められているのだろうか。

「アクタ。そのナエトルはきみと一緒にいて、なんだか嬉しそうだ。あらためて、そのナエトルはきみにプレゼントしよう」

「あ、ありがとうございます。──ナエトル、ぼくでいい?」

 ナエトルはゆっくりと少年のほうを向いて、鳴いた。

「湖でのことは、さっきジュンから聞いた。他人のモンスターボールを勝手に開けることは、たしかに褒められたことではないが……なにより、ナエトルとヒコザルが、良いトレーナーと会えたことが喜ばしい」

「ヒコザルってことは……ジュンも?」

 ナナカマド博士は、しっかりと頷いた。アクタは安堵を覚える。

「わたしが見たところ、きみもジュンも、ポケモンとのあいだにわずかながらも絆を感じる。だからポケモンをきみたちに任せようと思うのだ」

「すくなくとも、あなたがポケモンに優しいひとで良かったね!」

 ヒカリはどうやら、納得してくれたそうだ。

「そうでなかったら……ああ、言えない……」

「なにを想像しているんですか」

「ウォッホン! さて本題だ」

 ナナカマド博士は大きく咳払いをする。

「おっと、その前にあらためて自己紹介をさせてもらうぞ。わたしの名前はナナカマド! ポケモンの研究をしている。まず、シンオウ地方にはどんなポケモンがいるのか。そのすべてを知っておきたい! そのためにはポケモン図鑑に記録していく必要がある! そこできみにお願いだ! このポケモン図鑑を託すから、きみはシンオウ地方にいるすべてのポケモンを見てくれい!」

 差し出されたのは赤い携帯装置。かつて、カントー地方での旅で手にしていたものとは違うデザインだが、不思議と手になじむ。

「見るだけでいいんですよね?」

「うん? まあ、そうだな。野生ポケモンの分布を記録するだけで問題ない。そのポケモン図鑑は、きみが出会ったポケモンを自動的に記録していくハイテクな道具だ。だからアクタはいろんなところに行って、ポケモンに出会ってくれ」

 捕獲を伴わないのならば、問題ない。

 なにせアクタは──

「お任せください、ナナカマド博士。このシンオウ地方にいるポケモンぜんぶ、確認してみせます」

「うむ!良い返事だ!」

「あたしもおなじもの持ってるの! 一緒にがんばろうね」

 ヒカリはバッグから、自身のポケモン図鑑を取り出す。

「これが……」

 ナナカマド博士、オーキド博士が共同して制作した新たなポケモン図鑑。

 このデータ収集が、アクタがシンオウ地方に来た理由のひとつだ。

 カントー地方では、「捕獲」という面でほとんどデータ収集に貢献できなかった。その件に関して、オーキド博士には申し訳なく思っている。

「アクタ。ナエトルと一緒に201番道路を歩いたとき、どんな気持ちだった?」

 ナナカマド博士は、おもむろに少年に問いかける。

「ものすごく楽しかったです。ずっとドキドキしてました」

「ドキドキか。良い答えだ。わたしは生まれて60年、いまだにポケモンと一緒にいるだけでドキドキする」

 心臓に負担ではないのかな、とわずかに心配を覚えてしまった。

「いいか? 世界にはとてもたくさんのポケモンがいる! つまりそれだけたくさんのドキドキが待っている! さあ行きたまえ! いま、アクタの冒険が始まるのだ!」

 




ナエトル ♂
 のんきな性格
 土でできた背中の甲羅を触って、ほどよく湿っていたなら、そのナエトルはとても元気だ。
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