ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート3 マサゴタウン/先輩トレーナー

「冒険が始まるのだ! だってさ」

 研究所を後にして、ヒカリはナナカマド博士を揶揄して苦笑した。

「そうだ、ちゃんと自己紹介してなかったよね。あたし、ヒカリ! あたしも博士に頼まれて、図鑑のページ埋めているの。だからあなたとは同僚みたいなものね」

「は、はい。ぼくはアクタです。よろしくヒカリさん」

「『さん』かあ……」

 ヒカリはまんざらでもなさそうに、アクタの言葉を噛みしめる。

「うふふ。あたしのほうがちょっとだけ先輩ってことよね」

 アクタは首を傾げる。どうやら、彼女はアクタの経歴のことを知らないらしい。

「先輩として、あたしがいろいろ教えてあげる! よろしくね、アクタくん!」

「……はい!」

 黙っておくことにした。

 彼女の態度が変わってしまうのが寂しいし、なにより、こっちのほうがおもしろい。

「ヒカリさんはどんなポケモンを持ってるんですか?」

「あたしは博士にポッチャマを貰ったの!」

 ヒカリはモンスターボールを取り出し、放る。

 青と白の体毛の小さなペンギンポケモンだ。

「かわいい!」

 アクタは膝をついて、食い入るように見つめる。ポッチャマはたじろいでいる。

「い、いいなあ~……かわいいなあ~……」

「アクタくんって、変わってるよね」

「たまに言われる。──あ、ぼくはナエトルのほうが好きだけどね!」

 慌てて自分のモンスターボールを手にするアクタ。中のナエトルは特に気にした様子もなく、あくびをした。

「──そんなことより」

 ヒカリはポッチャマをボールに戻す。

「ねっ、アクタくん。あたしがいろいろ教えてあげるよ! ポケモントレーナーとしても博士のお手伝いとしても、ほら、あたし先輩だから」

「…………」

 黙っていれば、嘘をついたことにはならない。そう自分に言い聞かせた。

「ねっ、ついてきて!」

 

 

「この赤い屋根の建物がポケモンセンター! 戦って傷ついたポケモンを元気にしてくれる場所なの! ポケモンセンターはいろんな町にあるからね。宿泊施設にもなってるから、旅をするなら絶対に助けになると思う!」

 

 

「こっちの青い屋根の建物はフレンドリィショップだよ! いろんな道具を買ったり売ったりできるお店ね。アクタくんはポケモントレーナーになりたてだから、買える道具が少ないけど、ぜんぜん気にしないでね!」

 

 

「ほかにも、街によってはポケモンジムとか、街特有の施設があると思うけど、憶えておくべきなのはこのくらいかな?」

「はい。ご教授、ありがとうございます」

 ほんとうは、アクタはぜんぶ知っていたのだが。

「そうだ、アクタくん。ナナカマド博士のお手伝いでポケモン図鑑を作ること、家の人に言わなくていいの?」

「あ、そっか」

 危ない。いますぐに旅を始める気になっていた。

 さすがに今回は、母ではないにしてもアヤコには旅立ちを報告しなくてはいけない。

「遠くに行くこともあるから言っておいたほうがいいと思うよ。じゃ、またねー!」

 しっかりと「後輩」の世話をしたヒカリは、満足気に去って行った。

 

 

 フタバタウン、アヤコの家にて。

「そういうわけでこれから旅に出ます」

「がんばれー。応援しちゃうから!」

 アクタは旅をするためにシンオウ地方に来たわけなので、アヤコはすんなりとそのスタートを受け容れた。

「いーなー、冒険の旅。しかも独りじゃなくてポケモンと一緒でしょ? あたしが行きたいくらい。なんてね!」

「アヤコちゃんも、むかしは旅を?」

「うん。懐かしいなー」

 遠い目をするアヤコ。年齢から考えると、20年ほどは前になるだろう。

「アッくん、いい? ポケモンには優しく、どこまでも優しくしてあげてね。あなたのポケモンは、あなたのためにがんばるんだから!」

「うん、よくわかる。忘れないよう、肝に銘じます」

「うふふ! 先輩トレーナーのアドバイスってところかしら? でもねアッくん。なによりあなたが、思いっきり旅を楽しんで! あなたがいろんなことに出会って、いろいろ感じることがわたしのハッピーになるわ!」

 アヤコにとって、この少年が可愛くて仕方がないのだ。故に、この旅の成功を──最低でも「楽しかった」と思える体験を強く望んでしまう。

「……でもときどきはここに帰ってきていいのよ。あなたがどんなポケモンを捕まえたか知りたいし」

「う、うん、そうだね。ポケモン、捕まえなきゃね」

 気まずそうにアクタは苦笑する。

 ちゃんと、自分でポケモンをゲットできるようにならなくちゃ。

 そうやって弱点を克服するのも、大切なことだ。

「すみませーん、こちらにジュン、来てます?」

 ドアからノックの音と、女性の声。アヤコはドアを開けて客人を迎え入れた。

「あら、ジュンくんのママさん。ジュンくんなら、うちには来てないけど……」

「そうですかぁ。じゃあもう行っちゃったんだ。困ったなあ」

 エプロン姿の彼女は、ジュンの母親らしい。

 彼に似ず穏やかな雰囲気だったので、アクタはすこし意外だった。

「あのコ、冒険するから! ってそれだけ言って飛び出しちゃって。向こう見ずで無鉄砲だから、これだけは渡しておきたかったのに」

 彼女の手元には小包がある。

「ぼく、届けますよ。それをジュンくんに渡せばいいんですよね?」

「そお? じゃあお願いしちゃっていい?」

 旅をしていれば、すぐにどこかで出会えるだろう。アクタはお届け物を受け取り、リュックに入れた。

「そうねえ……たぶんまっすぐコトブキシティに向かってると思うけど……」

「マサゴタウンより先ですね。きょうかあしたにでも追いつけますよ」

「アッくんはね、カントー地方でも冒険をしたから、旅には慣れているのよ」

「ほんと? まあ、頼りになるわ。アクタくん、先輩トレーナーとして、どうかジュンのことよろしくねぇ」

 帽子を被りなおして、居心地のいい家からふたたび外に出た。

「アッくん、いってらっしゃい! 冒険の旅、楽しんできて!」

 にこやかに手を振るアヤコ。彼女の元を離れるのは、名残惜しくもあったが。

 

 

 軽い足取りで201番道路を通り抜け、マサゴタウンの北、202番道路へ。

「アクタくーん、こっち!」

 草むらの手前で、ヒカリがこちらに手を振っている。彼女の旅も始まったようだ。

「会えて良かった! アクタくんにまだ教えてないことあったからさ」

「そっか。ありがたいなあ」

 棒読みにならないように努めた。

「ポケモンの捕まえ方のこと」

「ぜひ教えてください」

 一転。

 真剣な声色になって、ヒカリに頭を下げた。

「お、おお……それじゃ、あたしが実際にポケモンを捕まえるから、そこで見ててね!」

 草むらに足を踏み入れて、ヒカリはポッチャマを繰り出す。

 すぐに野生のビッパが現れた。丸々とした身体の茶色いネズミ型のポケモンだ。

 ポッチャマはビッパに“はたく”で攻撃して。

「うん、体力が減ったわ! これならモンスターボールで!」

 ヒカリはモンスターボールを投げる。

 ボールはビッパに直撃して、光が捕えた。3回ほど揺れて、ボールは静かになる。

 捕獲完了だった。

「うふふ! どう? すごいでしょ」

「天才では?」

「おだてすぎ」とヒカリははにかんだが、アクタにとっては、こんなふつうのことが十分に偉業なのだ。

「ほんとうはね、もっと体力を減らしたほうが良いんだけどね。ポイントはとにかくポケモンの体力を減らすことだよ。元気なポケモンは捕まえるのが難しいから。あとはポケモンの技で眠らせたりすると、もっと捕まえやすくなるよ!」

 ぜんぶ、知っている。

 知識としては頭に入っている。問題は技巧──というか、ほんの1プロセスだけが、成立しない。

「アクタくんにもモンスターボールあげるから、ポケモン捕まえてみなよ!」

「え」

 差し出されたボールを、拒む理由などなかった。

「なにも不安なことはないよ。ポケモンたくさんいると、遠くに行くのも安心だよ! それににぎやかで楽しいし」

「う、うん。ほんとにそうだよね……」

 逃げ道を探す間もなく、アクタたちの前にべつのビッパが現れる。

「ほら、アクタくん! ポケモンだよ!」

 これはやるしかない。

 やらせていただくしかない。ナエトルのモンスターボールの開閉スイッチを押した。足元にナエトルが現れる。

「ふーん。アクタくんって、ポケモンは手元で出す派なんだね」

 ぎくり、と肩を震わせた。

「な、ナエトル! “たいあたり”」

 ナエトルはふと、アクタを見上げた。

「……ナエトルさん? お願いします。“たいあたり”ね」

 ナエトルはビッパに突進していく。どうやら、最初の指示はちょっと聞こえていなかったようだ。

 一発。そして二発。体力は十分に減らせただろう。

「アクタくん、もういけると思うよ!」

「う、うん! くらえ! モンスターボール!」

 ボールは、明後日の方向へと飛んで行った。

「ええ……?」

 手元が狂った、にしてもあまりにも極端な放物線を描いて、モンスターボール遠ざかっていく。

「……ちょっとぼく、物を投げるのが、苦手なようで」

 完璧な人間はいない。

 裏を返せば、どんな人間でもなにかが不足しており、あるいは致命的な欠落がある。

 さしずめ、アクタには「投げる」能力が欠如していた。

 

 

 202番道路にいるポケモンは、ムックル、ビッパ、そしてでんきタイプのコリンクに、むしタイプのコロボーシ。いずれもカントー地方にはいなかったポケモンだ。

「ぜ……ぜんぜん捕まらない……!」

 アクタがヒカリから与えられたモンスターボールは、底をついていた。

「ねえ、アクタくん。もう……」

 もう無理だ、と言われてしまいそうだ。ヒカリの言葉をかき消すように、アクタはあくびをするナエトルに声をかけた。

「ナエトル、おいで!」

 ゆっくりとこちらを向くナエトル。やがて、のしのしと歩み寄ってきた。

「……この子を見てると、なんだか冷静になるなあ。ノーコンなんてちっぽけな悩みに思えてくる」

「そういうのって、現実逃避って言わない?」

「うっ」

 ヒカリの無慈悲な指摘は、アクタを深く傷つけた。

「じゃああたし、先に行くからね! コトブキシティでまた会おう」

 さて。

「貰ったモンスターボールは尽きた。マサゴまで戻ってボールを買い足すのもいいけど……」

 ナエトルは、少年の足元でじっと待っている。アクタはその甲羅を撫でて、ボールに戻した。

「ジュンくんにも会わなきゃだし、きょうのうちにコトブキシティに行こう」

 202番道路の曲がりくねった道を進む。その途中、

「きみもぼくもポケモントレーナー! 目が合ったらいざ勝負!」

 短パンの少年からバトルを申し込まれた。

 シンオウ地方に来て、初めてのトレーナー戦だ。

「うん、ぜひよろしくお願いします。──ナエトル!」

 そのためつい力が入って、モンスターボールを投げてしまった。

 ボールは真横に飛んで行き、木にぶち当たった。出てきたナエトルは、不思議そうに周囲を見渡す。

「なにやってんだ!?」

「ごめん! ナエトル、おいで!」

 ナエトルはアクタを見つけて、ゆっくり歩いて戻ってくる。

「…………」

「…………」

 気まずい沈黙。やがてナエトルはアクタの足元にたどり着いた。

「……よし!」

「あ、もういい? じゃあ、ムックル!」

 短パンの少年はムックルを繰り出した。向かい合い、勝負が始まる。

「ムックル、“でんこうせっか”!」

 素早い一撃。だが、そこまで強力ではない。

「ナエトル、“からにこもる”」

 防御力を上げて。

「そして“たいあたり”!」

 攻撃。

 これまでアクタとナエトルは、野生のポケモンとの戦いですくなからず経験値を積んでいる。身を守りつつ、“たいあたり”。特にレベルの高いポケモンのいない環境では、じつに有効な戦法であった。

「強いじゃん、強いじゃん!」

 そういうわけで、軍配はアクタに上がった。

「ボールもまともに投げられないみたいだったから、勝てると思ったのに……」

「あはは、ちょっと手元が狂っただけで」

 実際、いつものことであるのだが。

「戦ってみたいトレーナーにはどんどん話しかけるといいよ! ポケモンは戦うことでどんどん強くなっていくから!」

 202番道路には、彼以外にもポケモントレーナーはいた。

「トレーナーさん見っけ! ポケモン勝負お願いしまーす!」

 ミニスカートの少女。

「ぼくとポケモン勝負しよう! フフン、ぼくが勝つけどねー!」

 べつの短パン小僧。

 いずれも高レベルの相手ではなかったため、ナエトルだけで難なく勝利を収める。

「ナエトル、すごいねえ。強いよきみ」

 アクタはしっかりと自分のポケモンを褒めるが。

 当のナエトルは、誇るでもなく、照れるでもなく、ただ眠そうにあくびをした。

「んーっと……まあ、頼りがいはあるね。さあ、先を急ごうか」

 意外と、新しい相棒と心を通わせるのに苦慮するアクタであった。




ナエトル ♂
 のんきな性格
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