ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「冒険が始まるのだ! だってさ」
研究所を後にして、ヒカリはナナカマド博士を揶揄して苦笑した。
「そうだ、ちゃんと自己紹介してなかったよね。あたし、ヒカリ! あたしも博士に頼まれて、図鑑のページ埋めているの。だからあなたとは同僚みたいなものね」
「は、はい。ぼくはアクタです。よろしくヒカリさん」
「『さん』かあ……」
ヒカリはまんざらでもなさそうに、アクタの言葉を噛みしめる。
「うふふ。あたしのほうがちょっとだけ先輩ってことよね」
アクタは首を傾げる。どうやら、彼女はアクタの経歴のことを知らないらしい。
「先輩として、あたしがいろいろ教えてあげる! よろしくね、アクタくん!」
「……はい!」
黙っておくことにした。
彼女の態度が変わってしまうのが寂しいし、なにより、こっちのほうがおもしろい。
「ヒカリさんはどんなポケモンを持ってるんですか?」
「あたしは博士にポッチャマを貰ったの!」
ヒカリはモンスターボールを取り出し、放る。
青と白の体毛の小さなペンギンポケモンだ。
「かわいい!」
アクタは膝をついて、食い入るように見つめる。ポッチャマはたじろいでいる。
「い、いいなあ~……かわいいなあ~……」
「アクタくんって、変わってるよね」
「たまに言われる。──あ、ぼくはナエトルのほうが好きだけどね!」
慌てて自分のモンスターボールを手にするアクタ。中のナエトルは特に気にした様子もなく、あくびをした。
「──そんなことより」
ヒカリはポッチャマをボールに戻す。
「ねっ、アクタくん。あたしがいろいろ教えてあげるよ! ポケモントレーナーとしても博士のお手伝いとしても、ほら、あたし先輩だから」
「…………」
黙っていれば、嘘をついたことにはならない。そう自分に言い聞かせた。
「ねっ、ついてきて!」
:
「この赤い屋根の建物がポケモンセンター! 戦って傷ついたポケモンを元気にしてくれる場所なの! ポケモンセンターはいろんな町にあるからね。宿泊施設にもなってるから、旅をするなら絶対に助けになると思う!」
:
「こっちの青い屋根の建物はフレンドリィショップだよ! いろんな道具を買ったり売ったりできるお店ね。アクタくんはポケモントレーナーになりたてだから、買える道具が少ないけど、ぜんぜん気にしないでね!」
:
「ほかにも、街によってはポケモンジムとか、街特有の施設があると思うけど、憶えておくべきなのはこのくらいかな?」
「はい。ご教授、ありがとうございます」
ほんとうは、アクタはぜんぶ知っていたのだが。
「そうだ、アクタくん。ナナカマド博士のお手伝いでポケモン図鑑を作ること、家の人に言わなくていいの?」
「あ、そっか」
危ない。いますぐに旅を始める気になっていた。
さすがに今回は、母ではないにしてもアヤコには旅立ちを報告しなくてはいけない。
「遠くに行くこともあるから言っておいたほうがいいと思うよ。じゃ、またねー!」
しっかりと「後輩」の世話をしたヒカリは、満足気に去って行った。
:
フタバタウン、アヤコの家にて。
「そういうわけでこれから旅に出ます」
「がんばれー。応援しちゃうから!」
アクタは旅をするためにシンオウ地方に来たわけなので、アヤコはすんなりとそのスタートを受け容れた。
「いーなー、冒険の旅。しかも独りじゃなくてポケモンと一緒でしょ? あたしが行きたいくらい。なんてね!」
「アヤコちゃんも、むかしは旅を?」
「うん。懐かしいなー」
遠い目をするアヤコ。年齢から考えると、20年ほどは前になるだろう。
「アッくん、いい? ポケモンには優しく、どこまでも優しくしてあげてね。あなたのポケモンは、あなたのためにがんばるんだから!」
「うん、よくわかる。忘れないよう、肝に銘じます」
「うふふ! 先輩トレーナーのアドバイスってところかしら? でもねアッくん。なによりあなたが、思いっきり旅を楽しんで! あなたがいろんなことに出会って、いろいろ感じることがわたしのハッピーになるわ!」
アヤコにとって、この少年が可愛くて仕方がないのだ。故に、この旅の成功を──最低でも「楽しかった」と思える体験を強く望んでしまう。
「……でもときどきはここに帰ってきていいのよ。あなたがどんなポケモンを捕まえたか知りたいし」
「う、うん、そうだね。ポケモン、捕まえなきゃね」
気まずそうにアクタは苦笑する。
ちゃんと、自分でポケモンをゲットできるようにならなくちゃ。
そうやって弱点を克服するのも、大切なことだ。
「すみませーん、こちらにジュン、来てます?」
ドアからノックの音と、女性の声。アヤコはドアを開けて客人を迎え入れた。
「あら、ジュンくんのママさん。ジュンくんなら、うちには来てないけど……」
「そうですかぁ。じゃあもう行っちゃったんだ。困ったなあ」
エプロン姿の彼女は、ジュンの母親らしい。
彼に似ず穏やかな雰囲気だったので、アクタはすこし意外だった。
「あのコ、冒険するから! ってそれだけ言って飛び出しちゃって。向こう見ずで無鉄砲だから、これだけは渡しておきたかったのに」
彼女の手元には小包がある。
「ぼく、届けますよ。それをジュンくんに渡せばいいんですよね?」
「そお? じゃあお願いしちゃっていい?」
旅をしていれば、すぐにどこかで出会えるだろう。アクタはお届け物を受け取り、リュックに入れた。
「そうねえ……たぶんまっすぐコトブキシティに向かってると思うけど……」
「マサゴタウンより先ですね。きょうかあしたにでも追いつけますよ」
「アッくんはね、カントー地方でも冒険をしたから、旅には慣れているのよ」
「ほんと? まあ、頼りになるわ。アクタくん、先輩トレーナーとして、どうかジュンのことよろしくねぇ」
帽子を被りなおして、居心地のいい家からふたたび外に出た。
「アッくん、いってらっしゃい! 冒険の旅、楽しんできて!」
にこやかに手を振るアヤコ。彼女の元を離れるのは、名残惜しくもあったが。
:
軽い足取りで201番道路を通り抜け、マサゴタウンの北、202番道路へ。
「アクタくーん、こっち!」
草むらの手前で、ヒカリがこちらに手を振っている。彼女の旅も始まったようだ。
「会えて良かった! アクタくんにまだ教えてないことあったからさ」
「そっか。ありがたいなあ」
棒読みにならないように努めた。
「ポケモンの捕まえ方のこと」
「ぜひ教えてください」
一転。
真剣な声色になって、ヒカリに頭を下げた。
「お、おお……それじゃ、あたしが実際にポケモンを捕まえるから、そこで見ててね!」
草むらに足を踏み入れて、ヒカリはポッチャマを繰り出す。
すぐに野生のビッパが現れた。丸々とした身体の茶色いネズミ型のポケモンだ。
ポッチャマはビッパに“はたく”で攻撃して。
「うん、体力が減ったわ! これならモンスターボールで!」
ヒカリはモンスターボールを投げる。
ボールはビッパに直撃して、光が捕えた。3回ほど揺れて、ボールは静かになる。
捕獲完了だった。
「うふふ! どう? すごいでしょ」
「天才では?」
「おだてすぎ」とヒカリははにかんだが、アクタにとっては、こんなふつうのことが十分に偉業なのだ。
「ほんとうはね、もっと体力を減らしたほうが良いんだけどね。ポイントはとにかくポケモンの体力を減らすことだよ。元気なポケモンは捕まえるのが難しいから。あとはポケモンの技で眠らせたりすると、もっと捕まえやすくなるよ!」
ぜんぶ、知っている。
知識としては頭に入っている。問題は技巧──というか、ほんの1プロセスだけが、成立しない。
「アクタくんにもモンスターボールあげるから、ポケモン捕まえてみなよ!」
「え」
差し出されたボールを、拒む理由などなかった。
「なにも不安なことはないよ。ポケモンたくさんいると、遠くに行くのも安心だよ! それににぎやかで楽しいし」
「う、うん。ほんとにそうだよね……」
逃げ道を探す間もなく、アクタたちの前にべつのビッパが現れる。
「ほら、アクタくん! ポケモンだよ!」
これはやるしかない。
やらせていただくしかない。ナエトルのモンスターボールの開閉スイッチを押した。足元にナエトルが現れる。
「ふーん。アクタくんって、ポケモンは手元で出す派なんだね」
ぎくり、と肩を震わせた。
「な、ナエトル! “たいあたり”」
ナエトルはふと、アクタを見上げた。
「……ナエトルさん? お願いします。“たいあたり”ね」
ナエトルはビッパに突進していく。どうやら、最初の指示はちょっと聞こえていなかったようだ。
一発。そして二発。体力は十分に減らせただろう。
「アクタくん、もういけると思うよ!」
「う、うん! くらえ! モンスターボール!」
ボールは、明後日の方向へと飛んで行った。
「ええ……?」
手元が狂った、にしてもあまりにも極端な放物線を描いて、モンスターボール遠ざかっていく。
「……ちょっとぼく、物を投げるのが、苦手なようで」
完璧な人間はいない。
裏を返せば、どんな人間でもなにかが不足しており、あるいは致命的な欠落がある。
さしずめ、アクタには「投げる」能力が欠如していた。
:
202番道路にいるポケモンは、ムックル、ビッパ、そしてでんきタイプのコリンクに、むしタイプのコロボーシ。いずれもカントー地方にはいなかったポケモンだ。
「ぜ……ぜんぜん捕まらない……!」
アクタがヒカリから与えられたモンスターボールは、底をついていた。
「ねえ、アクタくん。もう……」
もう無理だ、と言われてしまいそうだ。ヒカリの言葉をかき消すように、アクタはあくびをするナエトルに声をかけた。
「ナエトル、おいで!」
ゆっくりとこちらを向くナエトル。やがて、のしのしと歩み寄ってきた。
「……この子を見てると、なんだか冷静になるなあ。ノーコンなんてちっぽけな悩みに思えてくる」
「そういうのって、現実逃避って言わない?」
「うっ」
ヒカリの無慈悲な指摘は、アクタを深く傷つけた。
「じゃああたし、先に行くからね! コトブキシティでまた会おう」
さて。
「貰ったモンスターボールは尽きた。マサゴまで戻ってボールを買い足すのもいいけど……」
ナエトルは、少年の足元でじっと待っている。アクタはその甲羅を撫でて、ボールに戻した。
「ジュンくんにも会わなきゃだし、きょうのうちにコトブキシティに行こう」
202番道路の曲がりくねった道を進む。その途中、
「きみもぼくもポケモントレーナー! 目が合ったらいざ勝負!」
短パンの少年からバトルを申し込まれた。
シンオウ地方に来て、初めてのトレーナー戦だ。
「うん、ぜひよろしくお願いします。──ナエトル!」
そのためつい力が入って、モンスターボールを投げてしまった。
ボールは真横に飛んで行き、木にぶち当たった。出てきたナエトルは、不思議そうに周囲を見渡す。
「なにやってんだ!?」
「ごめん! ナエトル、おいで!」
ナエトルはアクタを見つけて、ゆっくり歩いて戻ってくる。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。やがてナエトルはアクタの足元にたどり着いた。
「……よし!」
「あ、もういい? じゃあ、ムックル!」
短パンの少年はムックルを繰り出した。向かい合い、勝負が始まる。
「ムックル、“でんこうせっか”!」
素早い一撃。だが、そこまで強力ではない。
「ナエトル、“からにこもる”」
防御力を上げて。
「そして“たいあたり”!」
攻撃。
これまでアクタとナエトルは、野生のポケモンとの戦いですくなからず経験値を積んでいる。身を守りつつ、“たいあたり”。特にレベルの高いポケモンのいない環境では、じつに有効な戦法であった。
「強いじゃん、強いじゃん!」
そういうわけで、軍配はアクタに上がった。
「ボールもまともに投げられないみたいだったから、勝てると思ったのに……」
「あはは、ちょっと手元が狂っただけで」
実際、いつものことであるのだが。
「戦ってみたいトレーナーにはどんどん話しかけるといいよ! ポケモンは戦うことでどんどん強くなっていくから!」
202番道路には、彼以外にもポケモントレーナーはいた。
「トレーナーさん見っけ! ポケモン勝負お願いしまーす!」
ミニスカートの少女。
「ぼくとポケモン勝負しよう! フフン、ぼくが勝つけどねー!」
べつの短パン小僧。
いずれも高レベルの相手ではなかったため、ナエトルだけで難なく勝利を収める。
「ナエトル、すごいねえ。強いよきみ」
アクタはしっかりと自分のポケモンを褒めるが。
当のナエトルは、誇るでもなく、照れるでもなく、ただ眠そうにあくびをした。
「んーっと……まあ、頼りがいはあるね。さあ、先を急ごうか」
意外と、新しい相棒と心を通わせるのに苦慮するアクタであった。
ナエトル ♂
のんきな性格