ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
どうやらギンガ団は、発電所のエネルギーを求めてここに来たらしい。なるほど、発電所ともなれば、電気のエネルギーを大量に扱っているだろう。素人のアクタにも納得できることだ。
だが、エネルギーはあくまでも資源。それを使ってなにをするのかが問題だ。
「ギンガ団の目的を知らないくせに! もっとも下っ端のおれも目的なんて知らないけどな……」
発電所内で倒したギンガ団の下っ端からは、それを聞き出せなかった。
「まあ、どうでもいいっちゃ、どうでもいいんだけどね」
彼らが悪事を働くならば、それを止めるまでだ。
さて、数人のギンガ団員を打ち倒し、アクタは発電所の最上階にたどり着いた。
「あたしギンガ団3人の幹部……じゃなかった、4人いる幹部のひとり、その名もマーズ!」
ギンガ団の制服をまとった、赤い髪の若い女性が立ちはだかる。
「いまよりも素敵な世界を作り出すため、いろいろとがんばってるのに、なかなか理解されないのよね。あなたもわかってくれないでしょ?」
「こういう手段を見せられちゃ、難しいですよ」
部屋の奥では、困憊した様子の白衣の男性──この発電所の職員であり、おそらくあの女の子の父親だ。彼は明らかに強制され、装置を操作させられている。
「これってきっと、悪いことですよ」
「あっそ。そういうふうに思うんだ。ちょっと悲しいね……」
言動とは裏腹に、マーズと名乗った女性は凶悪に笑った。
「だから、ポケモン勝負でどうするか決めましょ! あたしが勝ったらあなたが出ていく! その代わり、あなたが勝ったらあたしたちギンガ団が消えるわ!」
「いいですよ。わかりやすい!」
アクタとマーズは互いに距離を取り、モンスターボールを投げる。
マーズは繰り出したのは、丸々とした猫ポケモンだ。尻尾でウエストを絞り上げて、威圧的な雰囲気を出している。
アクタが投げたボールは壁に跳ね返り、マーズのポケモン、ブニャットの正面に姿を現した。
「いこう、ハヤシガメ!」
頭の上まで覆った甲羅には、左右に樹木が茂っている。ここまでのバトルで成長し、ナエトルが進化した姿だ。
「へえ、ボール投げるのは下手っぴみたいだけど、連れてるポケモンはそれなりなのね」
ブニャットはいきなり、“ねこだまし”を放つ。ひるませられつつ、ハヤシガメは相手から目を離さない。
「ハヤシガメ、“のろい”」
ハヤシガメはぐっと腰を落とし、攻撃と防御を上げる。
「で、“はっぱカッター”!」
背中の樹木から放たれる刃。進化と“のろい”の効果により、威力は以前よりずっと高い。
「っ! あたしのポケモンになにするのさっ!!」
ブニャットが大きなダメージを受け、マーズは逆上する。
「なにするも、ポケモン勝負だから攻撃するのは当たり前でしょ。子ども相手に楽に勝てると思ったら大間違いです」
ナエトルは、のんきな性格ながらもアクタに忠実についてきてくれた。たった1体の手持ちであることは、それなりに負担だっただろうに──それでもハヤシガメへ進化したことは、成果のひとつだ。
「あんたこそ、舐めんじゃないわよ! ブニャット、“さいみんじゅつ”!」
放たれる波動をまともに喰らい、ハヤシガメは目を閉じてしまう。
続けて“おうふくビンタ”。無抵抗に攻撃され続ける。それでもアクタは、うろたえない。
「さっきまでたっぷり寝てたんだ。起きて、ハヤシガメ!」
ブニャットは強い。それでも、ハヤシガメは堅牢だ。だからこの戦いは勝てると信じている。
「さあ、目を開けたらすぐに敵がいる。“はっぱカッター”!」
アクタの指示は──届いた。
ハヤシガメは目覚めると同時に葉を射出する。爪を振り上げていたブニャットに命中。急所に当たって、その巨体を倒した。
「ま──まさか! 負けるだなんて!?」
「ハヤシガメ、おつかれさま!」
相棒に駆け寄るアクタ。ハヤシガメの甲羅を撫でる。
「生意気な子どもね!!」
激昂するマーズ。しかし彼女は頭を押さえ、深呼吸する。
「落ち着いて、マーズ。勝ち負けに意味はないのよ。本気で戦ったわけじゃあるまいし……」
ぶつぶつ呟いたかと思うと、やがて彼女は顔を上げた。先ほどのヒステリックはどこに行ったのか、けろりとした表情だった。
「──あーらら! 負けちゃった! まっいっか、あなたとのポケモン勝負、わりとおもしろかったし」
「……それで、出て行ってくれるんですよね?」
「おやおや子どもに負けるとはの」
部屋の奥から白衣の男が現れた。ここの職員ではない。その証拠に、白衣の内側はギンガ団の制服だ。
「まあいいさ。電気はたっぷりいただいた。これだけあれば相当すごいことができるはず。
ボスに認められるほどの天才、プルートにはわかるよ!」
背中の曲がった老人だった。彼は湿った目線をマーズに向ける。
「さあさ、マーズや。ここは引き揚げるとしよう」
「ウルサイわね! あたしに命令していいのは、この世界でボスただひとりなの! 黙ってなさいよあなたは! 最近仲間になったくせに、えらそーにしないでよね!」
マーズのヒステリックな剣幕が再発するも、プルートと名乗った老人はどこ吹く風だ。マーズは舌打ちして、アクタに向き直る。
「
「……ズルいな。まっとうにバトルしてくれると思ったら、時間稼ぎだったんですか」
少年を挑発するように、マーズは舌を出す。
「バトルがおもしろかったのはホントよ? つぎに会ったときは、あなたのこと本気で潰してあげるからね」
:
「ギンガ団……とにかくポケモンやエネルギーを集めて、宇宙を創り出すと言っていて、まるっきり意味不明でした」
ギンガ団たちが去って行って、ようやく発電所職員の男を助けることができた。
電気エネルギーはまんまと奪われてしまった。バトルに勝って、勝負に負けた気分だ。
「それはともかくきみには感謝の気持ちでいっぱいだ! やっと娘に会える!」
「いや、結局電気は盗られちゃったし、ぼくがいてもいなくても……」
「パパ―!」
アクタの弱音を、少女の声がかき消した。
ほかでもない、最初にアクタに助けを求めた女の子だった。彼女は白衣の男の胸に飛び込む。
「あっくさい! シャワーしなさい!」
「いやー、あっはっはー。無理矢理働かされていたからね」
「トレーナーさん、ありがと!」
少女の、目を潤ませた天真爛漫な笑みで、なんと単純なことか、アクタは報われてしまった。
自分はなにも解決していないじゃないか──そんな自責はこの際、棚に上げることにした。
彼らの親子水入らずに、水を差してしまうといけない。
:
「おお、きみか」
発電所を出ると、くすんだ色のコートの男がいた。
「ハンサムさん。ここでなにを?」
「この発電所にギンガ団がいると聞いて、飛んで来たのだ!」
「もういませんよ」
「なにい!?」
ハンサムの大きなリアクションに吹き出しつつ、それでもアクタは経緯を説明した。
「……きみが追い払っただと? トレーナーとはいえ、まさかあ……?」
アクタの話を信用できないハンサムは、発電所の扉を開ける。
「よし! 中を見てくる!」
ああ、せっかくの親子水入らずなのに──アクタが嘆く間もなく、ハンサムは戻ってくる。
「早いなあ」
「すごい、すごいな! きみの言ったことはほんとうだった。素晴らしい! まだ若くても一人前のトレーナーなんだな」
「いやいや、そんなことは──」
「いやいや! 謙遜するな!」
「謙遜じゃなくって……」
「……?」
うつむく少年に、さすがにハンサムの興奮も鳴りを潜める。
「ぼく、手遅れで……幹部と戦ってるうちに、結局電気を盗られちゃったんです」
「なにも手遅れなことはないじゃないか」
ハンサムは、不思議そうな顔でアクタを見つめる。
「電気を奪われた? なるほど、やつらは最低限の目的は達成したということだな。それで、きみがなにを落ち込むことがある? きみのおかげで、被害も最低限に済んだってわけだ」
男の手は、力強くアクタの肩を叩く。
「怪我をした者はだれもいない! 機器類も壊されていない! その他、ひどいことはされていない! きみのおかげだ! 誇っていいぞ!」
おっと、とハンサムは考え込む。
「ちょっと危険な行為ではあったわけだから……ここは叱るべきか……?」
「ありがとう、ハンサムさん」
「ん? いや、どういたしまして!」
お礼の意図をわかっていなさそうなハンサムだが、襟を正して遠くを見据える。
「──よし! わたしは逃げた連中を追いかけよう! なんでも、ハクタイにギンガ団のアジトがあるらしいのでな! では……」
颯爽と去って行った。
「ハンサムなひとだなあ……」
心からそう思った。
:
道中、多くのトレーナーと戦い、ようやくたどり着いたのは、深い森だった。
「ハクタイシティは遠いなあ……」
205番道路を分断するのは、ハクタイの森。あまりに入り組んでいるため、山や洞窟とおなじく「ダンジョン」として扱われる森だ。
森のなかはまるで、時間が止まってしまっているように静かで、ひんやりとした空気に包まれている。思わず身震いをした。
そしてつぎに、鳥肌が立った。
森に入ってすぐに、目の前に女性が現れた。長い三つ編みに、緑のカーディガンとスカート。
「はじめまして。あたしの名前はモミ。あなたは……?」
女性は柔らかい笑みで、話しかけてくる。一瞬、ボーっとしてしまったアクタだが、自分が話しかけられていることに気づき、
「あ、アクタ、です」
不器用な発声で名乗った。
どうやら彼女は、ちゃんと人間のようだ。一瞬、森の妖精かなにかだと思ってしまった。
「アクタさんって名前なんだ。ねえアクタさん、お願いがあるの」
「わかりました」
「まだ言ってませんよ」
少年はテンパっていた。
「この森を抜けたいけれど、あたしひとりじゃ心細いの。ギンガ団とかいう怪しいひとがうろついてるって聞いたし……」
「なるほど、それは危ないですね」
「旅は道連れっていうでしょ。ね、一緒に行きましょうよ!」
「ぼくでいいんですか?」──と言いかけて、アクタは咳払いをする。
「ぼくでよければ、よろこんで」
わざわざ声を低くして、格好つけた。
かくしてアクタは、モミと一緒に行動することになった。
「でもいいんですか? ぼくみたいな、よく知らない子どもが一緒で」
結局、アクタは自信なさげに「ぼくでいいんですか」といった質問をした。
「悪人じゃないにしても、期待したほど強いトレーナーじゃないかもしれないじゃないですか」
「え、そうですか? わたしの見立てでは……」
そんな話の途中で、草むらからポケモンが飛び出してきた。アクタは反射的にボールを投げる。自分の頭にゴンと当たった。
「だ、大丈夫ですか!?」
心配そうにのぞき込んでくるモミと、現れたハヤシガメもじっとアクタに目を向ける。
「大丈夫です。こういうの、よくあるんで──ハヤシガメ、相手の動きに注意してね」
野生のポケモンは、うさぎポケモンのミミロルに、つぼみポケモンのスボミー。どちらもシンオウ地方で初めて出会うポケモンであり、アクタは痛みを忘れて「かわいいな」と感動した。
「あたしも、ラッキー!」
モミが繰り出したのは、腹部の袋にタマゴを宿した、ピンク色のポケモン。カントー地方でも見たことがある、ラッキーだった。
「ハヤシガメ、“はっぱカッター”!」
緑の刃は、ミミロルとスボミーの両方を攻撃する。
「モミさん、スボミーのほうに攻撃してもらえますか? くさタイプの技は効き辛い!」
「はい! “タマゴばくだん”!」
そういうわけで。
バトルの方面は、どうにか上手くいきそうである。
「野生のポケモンが、2匹同時に飛び出すなんて!」
「こっちがふたりだからかな?」
アクタは自分の額を撫でる。もはや痛みは引いているのだが、投げたボールが当たった箇所だ。
「えっと、どうしてアクタさんに声をかけたのか、っていうお話でしたね」
「え? ああ、そういえば」
「アクタさんがお強いのは、いまのバトルでわかりましたけど──それ以前に、ひと目見てピーンと来たんです。このひと、ポケモンのことを大切にしてそうだな、って」
嬉しい指摘に、アクタははにかんだ。
「そこに関しては、ちょっと自信あります」
2匹で襲いかかる野生のポケモン。そして、せっかくなのでとダブルバトルを仕掛けてくるトレーナーへの対応も、それなりに上手くいった。
「あたしのポケモン、回復は得意なんだけど、攻撃は苦手なのよ……」
「いやあ、十分助かってますって。おかげでハヤシガメが攻撃に集中できるし、ラッキーの攻撃も重要です」
ラッキーは使える“タマゴうみ”は、ハヤシガメの体力を回復させる。このおかげで、アクタたちはダメージを気にせずに戦えるのだ。
「アクタさんと一緒に戦うのってワクワクする! あなたがなにをするのかわかれば、すごいコンビネーションになるわ!」
「こっちこそ、ラッキーのサポートのおかげで安心して戦えます。ね、ハヤシガメ」
ラッキーはどこか楽しそうに、ハヤシガメの体力を回復させる。当のハヤシガメは、お礼のようにひとつ鳴いたきりで、いつものようにぼんやりとしていた。
「すいません、どうものんびりとした子で」
「いいのよ。頼もしくていい子ね」
「最近、ハヤシガメに進化したんです。大きくなって、それこそ頼もしくなったんですけど、もう抱っこができなくなっちゃったんですよね」
「まあ。その分、ぎゅーっとしてあげなくちゃね。うふふ」
「そうですね。うふふ。よし、おいでハヤシガメ! ……痛たたたた。噛んでる噛んでる」
ひんやりとした森のなかで、ここだけ暖かな空気が流れていた。
:
そんなふうにのんびりしていたせいで、森を抜けられないままどっぷり日が暮れてしまった。
「すっかり暗いわ。これ以上進むのは危険ですね。今日はここで野宿にしません?」
「そうですね。あっちに開けた場所がありましたよ」
シンオウ地方で、初めてのキャンプだ。といってもアクタが持っているのは、寝袋やテント代わりの風よけといった、簡単なアウトドア用品だが。
「アクタさん、そんなもので大丈夫なんですか? 夜は寒いですよ?」
モミはしっかりとしたテントを立てている。
「一緒に入ります?」
「いやいや! さすがにそれは……ていうかそのテント、サイズ的にひとり用ですし!」
11歳。見知らぬ女性と至近距離では、眠れるはずもあるまい。
「ハヤシガメに添い寝してもらうし、大丈夫ですよ」
「そうですか? せめて火を起こせればいいんですけど、森だから危ないですもんね。でも我慢できないくらい寒かったら、頼ってくださいね」
保存食や木の実で食事を済ませて、しばらく語り合い、やがて就寝することにした。苔むした岩をはさんで、モミとアクタはそれぞれの寝袋に入った。
「ラッキー、アクタさんのそばにいてあげて」
ハヤシガメは体温の高いポケモンではない。アクタの寝袋は、ハヤシガメとラッキーに挟まれるかたちになった。
「わあ、ありがとうラッキー! モミさんも。おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
しばらくの沈黙。
「ねえ、アクタさん」
静かな夜の森で、すこし意を決して、モミは語りかける。
「アクタさん、カントー地方で殿堂入りしてなかった?」
返事は、ない。
「手持ちのポケモンは違うようだけど……でもバトルや旅に慣れてるみたいだから、ひょっとしたら、って……あ、触れられたくない話題だったらごめんなさい」
モミは、適切な言葉をどうにか模索する。
「わたし……ひとには意外に思われるんだけど、ポケモンバトルが好き。もっと強くなりたい。だからアクタさんのこと、その……すごく、尊敬してます」
こんなこと、11歳の少年とはいえ面と向かっては言えない。テント越しがやっとだ。
「アクタさん。もしあなたさえよければ、いろいろと教え……」
「くー……くぅー……ふごっ」
夜風とともに、寝息が返ってきた。
「あ、もう……寝てたん、ですねー……」
アクタは、ポケモンが一緒だと寝つきが速いのだ。異様に。
ハヤシガメ ♂
のんきな性格