ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「あらためて言うけどあなた、強いんだ!」
ナタネは満面の笑みで、アクタの勝利を称える。
「ハヤシガメ1匹での挑戦。すごく勇敢なことだと思うけど、それだけポケモンを育てるの大変だったでしょ? でも、それがあなたのポケモンへの愛情ってやつだよね」
「……そうです」
ノーコンなのでほかのポケモンを捕まえられなかったのだ、とは言わない。
「それを認め、これをお渡しします!」
木々を模した緑のバッジ。フォレストバッジを受け取った。
「うん! あたしにはわかるよ。あなたとポケモン、絶対に強くなる!」
「えへへ、そうですかね……?」
照れるアクタに、ナタネはどこか怪しく詰め寄る。
「そんな将来有望なあなたに、ちょっとお願いがあるの。ね、いますぐじゃなくていいからさ。あしたの朝、またジムに来てくれない? ちょっとだけ、仕事を手伝ってほしいんだ」
「い、いいですけど……」
「決まりね! じゃあまたあした!」
ナタネの剣幕にわずかな違和感を抱きながらも、その正体もわからぬまま、アクタはジムを後にした。
ポケッチの時計が指す時刻は、16時。
ポケモンセンターでハヤシガメを回復。日暮れまで観光でもしようかと街を見渡したところ、怪しい人影を視界に入れてしまった。
「ギンガ団……?」
この街には、ギンガ団が所有しているビルがある。だからいくら奇抜なファッションとはいえ、ギンガ団員を見かけるのは珍しいことではない。
ただしとある団員が、どうにも挙動不審だった。
あまり関わり合いにならないほうがいいとは思ったが、好奇心が勝ってしまい、アクタはそのギンガ団員の後をつけた。
当然と言うべきか。団員は、ギンガ団のビルへ入って行った。
「すごいビルだなあ……」
4階建ての無骨な建物だった。なぜか、ビルにトゲが生えている。
とりあえず、入ってみる。
「おい! そこでなにをやっている! こっちに来い」
さっそく見つかった。しかもさっき尾行していた怪しい団員だ。アクタは彼に腕を掴まれて、部屋のすみに連れて行かれる。
「……あれ?」
彼の顔に見覚えがあった。
「お、わかるかね? わたしだよ、わたし! ハハハ、驚いたか? わたしは国際警察だからね。変装が得意なんだよ」
ハンサムは、青髪のカツラを外した。
「なにしてるんですか?」
「それはこっちのセリフだよ! ──いや、きっと我々の目的はおなじだな」
なにを察したというのか、ハンサムは深く頷く。
「知っての通り、この街の自転車屋──『サイクルショップじんりき』の店主が、自身のポケモンとともに誘拐された。国際警察として見過ごせない事件だ!」
「…………」
ああ、巻き込まれしまった。アクタは浅くため息をつく。
「じゃあぼく、テキトーにこのビルで暴れるんで、ハンサムさんはビルを調べるなり、その自転車屋さんを助けるなり、お願いします」
「話が早過ぎるぞ!?」
すらすらと囮を買って出た少年に、ハンサムは驚愕した。
「テキトーに暴れるって、そんな危険な真似……!」
「とにかく時間を稼ぎます。この街のジムバッジも手に入れたことだし、ぼくたちなら奴らの目を引くくらいの働きはできますよ」
それに。
このビルに混乱でも起こさなければ、ハンサムの変装がバレてしまいそうだ。
「……わかった。きみは一人前のトレーナーだ。大丈夫だろうが一応、注意しろ! と言わせてもらうよ」
「ていうか自転車屋さんと、そのポケモンを誘拐だなんて。なにが目的ですかね?」
「ううむ、それなのだ。いくら調べても、ギンガ団がなにをしたいのかまったくわからないのだ。どうも、ボスの目的を下っ端がわかっていないというか……」
表向きにはエネルギー開発を行う研究団体。しかしその裏では悪事を働いている。目的は不明。
不気味だ。
「では、健闘を祈る。危なくなったらすぐに逃げ出したまえ」
ハンサムは青髪のカツラを被り、ギンガ団への潜入を再開した。
「うーん、変装はまあまあ見事だけど、ハンサムさんってちょっと不安だな。──おっと、ぼくはぼくの心配をしなきゃか。さあハヤシガメ。ジム戦の後で悪いけど、ひと暴れしよっか!」
:
暴れるといっても、読んで字の如く乱暴狼藉を働くわけではない。
ただひたすら、ポケモンバトルをするだけだ。
「侵入者だ! 排除しろ!」
「気をつけろ! 子どもとはいえけっこうやるぞ!」
「あとボールを投げるのがすごく下手だ!」
「なんなんだあのノーコンは! 気持ち悪っ!」
さながら道場破り。襲いかかってくるギンガ団員をつぎつぎと打ち破る。やはり大した実力ではなかった。というのも、彼らは他人から奪ったポケモンを使っているらしい。
「胸糞の悪い……でも、ちゃんと自分で育てたポケモンを使われてたら、負かされたかもな」
とにかく出会う相手を全員倒しているうちに、いつしかアクタは最上階にたどり着いていた。
「ギンガ団って、みんなのポケモンを奪って、なにをしたいんだ!?」
拘束された作業着の男が叫ぶ。──恐らく、自転車屋の店主。
「……なにか用?」
そしてアクタに鋭い視線を向ける、紫色の髪の女性。細身で妖艶ながらも、冷たい雰囲気がある。
ハンサムはなにをしているんだ? と不安に駆られるが、とにかくアクタは女性に向き合った。
「──と、聞くまでもないわね。ポケモンを取り返すのね」
返事を待たず、女性はモンスターボールが握る。
じつに話が早い。我を通すには実力を示す必要がある。彼女は、それがよくわかっているようだ。──要するに彼女は強い。アクタは緊張感を覚えた。
「アクタといいます。ぼくが勝ったら、そのおじさんとポケモンを解放してくれますか」
「いいわ! このジュピターが相手してあげましょう。あたしに勝てるようならば、なんだって言うことを聞いてあげる」
ジュピターが繰り出したポケモンはスカタンク。スカンプーの進化系だ。巨大な尻尾を背負うように頭から被っている。
アクタもボールを投げる。ボールは壁にぶつかったが、ハヤシガメはのろのろと、アクタの前まで来てスカンプーと相対する。
「“かみつく”!」
相手がどくタイプを持っていることは予想できる。長期戦は不利なので、さっそく攻撃を繰り出したが、ハヤシガメの噛みつきは期待していたダメージを出さない。
「ふん、“どくガス”」
スカンプーの尻尾の先から、ひどい匂いのするガスが発射された。ハヤシガメは『どく』の状態に陥ってしまう。
「続いて“えんまく”」
つぎに発射された黒い煙は、ハヤシガメの目を曇らせた。
「……強い」
アクタは唾を飲む。
これが、ギンガ団の幹部の実力。発電所で戦ったマーズもかなりの実力者だったが──彼女が本気ではなかったというならば、このジュピターはしっかりと、本気でかかってきている。
「……“かみつく”!」
現在、ハヤシガメはスカンプーに対して有効な技を持っていない。攻撃を続けることで隙を見出さなければ──命中を下げられたものの、それでも“かみつく”の歯はスカンプーを捉え、そしてひるませた。
「ほう、やってくれる」
「いいぞ、ハヤシガメ! 一旦引いて!」
後退してきたハヤシガメに『どくけし』を使う。余裕の表れなのか、ジュピターはその様子を黙って見ていた。
「……ギンガ団の目的は?」
少年は問いかけるも、
「答える義理はない。……時間でも稼いでいるつもり?」
すげなくされたし、目論見もバレていた。
「ジュピターさん、強いんですもん。タイプ相性も悪いし……スカンプー、どく・あくタイプなのかな? 真正面からやって、ちょっと勝ち目はない」
「だったらなに? 言っておくけど、ここまで暴れておいてただで帰れると思わないことね」
それはそうだ。子どもという理由でこんな
ならば、外的要因に頼るしかない。
「ハヤシガメ、もうちょっと付き合ってくれるかい。せめてハンサムさんが来るまで、持ちこたえよう」
格上との戦い。それでもアクタの闘志は燃えている。ハヤシガメはそれに応えるように唸った。
そのとき。
背後から足音がした。階段を上る靴の音。──来た、とアクタは期待を胸にし振り返った。
「あら、バトル? 邪魔しちゃったかしら」
そこにいたのは、黒いコートの女性。
「なんでここに!?」
予想外の人物の登場に、アクタは驚愕する。そんな少年に、シロナは「やあ」と笑顔を向けた。
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アクタが待っていたのはハンサムの救援だった。頼れる印象ではないものの、それでも彼は国際警察。この事態を打破する手段を持っているのではないか、と期待したのだ。すくなくともジュピターとのバトルにおいて、アクタは万策尽きている状態だ。
「やあ、さっきぶり」
最悪、ギンガ団の応援が来るのではと思ったが──シロナの登場は予想外だった。
「シロナさん、どうしてここに……?」
「それはあたしも聞きたいわね。どうしてあなたのような人間が、こんなところに?」
驚いているのはジュピターもおなじだった。どうやら、ギンガ団の関係者というわけではないらしい。ひとまずアクタは胸を撫で下ろす。
「どうもビルが騒がしかったから、様子を見に来てみれば、団員たちがみんなバトルに負けていた。──もう事情は察しがついたけどね」
縛られた自転車屋の店主。幹部に立ち向かう少年。シロナはモンスターボールを手にするも、腕を組んでくつろぐような姿勢を取った。
「ごめんなさいね、バトルを再開していいわよ。まだ始まったばかりってところかしら?」
「……悪いが」
ジュピターは窓を背に後退する。
「あなたが介入したとなれば、もはやこのビルも放棄するしかあるまい。──いいわ、ポケモン像の調査も終わった。発電所のエネルギーもマーズが集めた」
スカタンクがモンスターボールに戻って行く、アクタは思わずジュピターに追いすがった。
「待てよ!」
ジュピターの腕を掴む。
「なにを勝手に終わろうとしてんだ! 逃げんな! あんたたちは結局、なにがしたいんだ!? なにが目的で、あちこちで迷惑なことやってんだよ!」
アクタの叫びは。
「離しなさい」
簡単に振りほどかれてしまった。転倒する少年に、ジュピターは冷ややかな目を向ける。
「ひとつだけ教えてあげる。あたしたちのボスは神話を調べ、伝説ポケモンの力でシンオウ地方を支配する……あなた、ギンガ団に逆らうのはやめておきなさい」
ジュピターはシロナを一瞥し、
「では失礼」
窓から飛び降りた。──かと思いきや、ゴルバットとともに飛び去って行く。
「国際警察だ! ギンガ団、神妙にしろ! ……ってあれ?」
バタバタと階段を駆け上がってきたハンサム。
「遅せーわ」
アクタは不機嫌にため息をついた。
:
「きみのおかげでピッピを取り戻せたよ!!」
解放された自転車屋の店主は、アクタの手を強く握った。彼の足元にはピンク色のポケモン、ピッピが楽しそうに踊っていた。
「いや、ぼくのおかげっていうか……」
「それにしてもギンガ団……『ピッピは宇宙から来たポケモンだからよこせ』って……意味が分からなさすぎる。まるで宇宙人だな」
「え、そんな理由でピッピを……?」
「まあいいや! きみ、ありがとう! お礼したいから自転車屋に来ておくれ!」
「彼はわたしが責任を持って、店まで送り届けよう。ご協力、感謝する!」
ハンサムはびしっと敬礼し、自転車屋の店主とともに去って行った。
「さあ、あたしたちも行きましょうか」
シロナとアクタは、ギンガハクタイビルを後にする。ギンガ団はどうやら撤退したらしく、ビルのなかにはだれも残っていなかった。
すっかり日が落ちた街。アクタはなんだか、気まずかった。
自分が負けそうになっている場面──ならまだしも、激昂して女性に掴みかかっている場面すら見られたのだ。なにを話題にしたら良いものかわからなかった。
「……あのお」
沈黙に耐えられず、なんとなく声をかけるが。
「良いものあげたくて、きみを探していたの」
少年を遮って、シロナは鞄から白い物体を取り出した。
「良いものって……?」
「ポケモンのタマゴ。ぜひ受け取ってほしいけど、いいかしら?」
「タマゴ!?」
その物体は楕円形。白のなかに、赤と青の模様が混ざっている。
ポケモンがどのようにして生まれてくるのか。
それは明確には立証されていないものの、もっとも有力な説が卵生である。事実、特定の分類のポケモン2体を『そだて屋』に預けたとき、雌の個体がタマゴを生むらしい。
ポケモントレーナーがタマゴを受け取るということは、つまり──
「はい! ぜひ! 任せてください!」
やがて孵化するポケモンの主人になるということである。
アクタはなんら迷うことなく、なんら考えることなく首肯した。
「お、おおう、喰い気味……でも良かった! タマゴのなかのポケモンも、きっと喜んでるわよ!」
シロナは少年にタマゴを手渡す。
「元気なポケモンと一緒にポケモンのタマゴを連れて歩くと、中からポケモンが出てくるの。きみがポケモン図鑑のページを埋めるのに、役に立てば嬉しいな」
「ありがとうございます、シロナさん。すごく、すごく嬉しいです」
アクタは慎重に、タマゴを腕に抱いた。ほんのり暖かかった。
「喜んでもらえて、あたしも嬉しいわ。きっと大切に育てて──まあ、あなたなら心配ないか」
「じゃあね」とシロナは去って行った。
アクタはポケモンセンターには直行せず、夜のポケモン像前の広場を訪れた。
夜風が震えながら、ハヤシガメを放つ。金色のポケモン像を見上げて、白いため息をつく。
「伝説のポケモンで、シンオウ地方を支配する……? ふん、馬鹿馬鹿しいや」
ジュピターの言っていたことが、真実かさえもわからない。それにギンガ団の「ボス」に至っては顔も名前も思想も知らない。
ただ明らかになっているのは。
この日、アクタは負けていたということだ。
「敗北は慣れているつもりだけど、それでもショックだなあ」
いつものんきなハヤシガメだが、この日ばかりは心配そうにアクタを見上げた。
「きょうは、おつかれさま。悔しかったね」
ハヤシガメの甲羅を撫でる。
──あなた、ギンガ団に逆らうのはやめておきなさい。
ジュピターの言葉を反芻する。なるほど。いたずらにポケモンを傷つけるだけならば、たしかに無駄な争いはやめておくべきだ。だが……
「放っておけるわけないだろ。ああいうのは」
伝説のポケモン。彼らが狙っているのは、このポケモン像のような強力な象徴なのだろう。だとしたら、伝説ポケモンを守らねば。アクタがもっとも許せないのは、人間の都合でポケモンが傷つくことだ。
彼らを止めるならば、力が必要だ。
「強くなろう。きみを傷つけないために、強くなる」
少年はしゃがんで、ハヤシガメに視線を合わせた。
「バッジを8つ集める。ギンガ団の企みも止める。一緒に来てくれるかい?」
その問いは、いまさらだった。
ハヤシガメは差し伸べられた手にすり寄って、やがて口に含んだ。
「痛たたたた」
ハヤシガメ ♂
のんきな性格
タマゴ