ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
タマゴを風呂敷に包んで、胸元に結ぶ。
さながら抱っこひも。タマゴを軽く撫でて、アクタは朝のポケモンセンターから旅立った。
「やぁ! じゃあさっそく行こうか」
約束どおりハクタイジムを訪れると、ナタネはさっそく、アクタの手を引っ張る。
「あ、あの、どこに行くんですか?」
女性と手を繋ぐのは、いかなる状況でも緊張する。
「ん? ハクタイの森」
「なにをするんですか?」
「えーっとね……まあ、すぐにわかるって」
ハクタイの森に入ってすぐ、木々に覆われた洋館の前で、ナタネは足を止めた。
「ここは……」
「森の洋館のオバケポケモン……怪しい人影を見るって話も、ちらほら耳にするしね。あたしが調べればいいんだけど、なかに入るのは……」
「……はあ?」
ナタネは咳払いをして、踵を返す。
「ほら、あたしジムリーダーでいろいろあるからね! ねっ、いろいろあるから。オバケが怖いとかじゃなくてね!」
「ちょっと待って。つまりぼくが……」
「じゃ、じゃあ調査のほうヨロシクね!」
立ち去ろうとするナタネの外套を、アクタはがっしりと掴んだ。
「ちょっ……離しなさいよ……!」
「そうはいくか……! どうしてぼくが、怖がりじゃないと思ったんですか!?
「ええ……? ちぇっ、あたしと気が合うタイプかよ」
ナタネは深くため息をつく。立ち去るのを諦めたようだ。
「オバケポケモンって、要するにゴーストタイプが棲みついているんでしょ?」
「そんなのわかんないじゃない! ほんとうにオバケがいたらどうするのよ!」
声を荒げるナタネ。目には涙が浮かんでいる。
「こういう、結局オバケがいるのかいないのかわからない曖昧な状態がいっちばん怖い!」
「……ほんとに気が合いそうだ」
ていうか怖いって言ってんじゃん。
アクタは洋館を見上げる。朝陽が差していても、不穏な雰囲気な消えない。
「うーんと、じゃあ……行きましょっか。ふたりなら、ちょっとはマシでしょ」
「え!? 一緒に行ってくれるの!?」
「だって、せっかくぼくを頼ってくれたわけだし。見捨てるわけにはいかないでしょ」
ナタネの表情は、幾分か明るくなった。
「ありがとう……! 期待してたほどじゃないけど、あなたってやっぱり都合のいい子どもだわ。利用しようとしてごめんね」
「ちょっと正直過ぎじゃないですか」
やっぱり帰ろうかと思った。
:
洋館に鍵はかかっていない。窓の隙間から差した光で、舞う埃が輝いている。
「どうでもいいですけど、仮にオバケがいるとして、たいていは夜に出るもんじゃないですかね?」
「だからわざわざ朝に来たんじゃない」
「……??」
首を傾げるアクタを、ナタネはぐいっと押した。
「先に歩いて」
「いやだ。ナタネさんどうぞ」
「男でしょ」
「大人でしょ」
「…………」
「こっちにはタマゴもいるんですからね。デリケートですよ」
「……一緒に歩こ」
ナタネはアクタの腕をぐっと掴んできた。すこしドキドキする。
「ひっ!? あのポケモン像……なんだかこっちを睨んでいる、そんな気がする……」
「よ、余計なこと言わないでくれます!?」
もはやどっちの意味でドキドキしているのかわからない。ふたりは身を寄せ合いながら、のろのろとしたスピードで洋館を探索する。ハヤシガメのほうがまだ足が速いだろう。
そんな不審なふたりに、黒い影が襲い掛かってくる。
「で、出たあ!」
ナタネの悲鳴に耳がキンとする。その影の正体がゴーストポケモンであることに、アクタは気が付いていた。
「ハヤシガメ!」
相対するのは、ガス状のポケモン、ゴース。
「“かみつく”!」
攻撃を受ける前に、ハヤシガメのあくタイプの技が炸裂する。効果抜群のダメージに、ゴースは逃げ去って行った。
「ふう──ナタネさん、大丈夫。ただのゴースでしたよ。やっぱりゴーストポケモンだ」
「あたしはどちらかというと、ゴーストポケモンもちょっと怖いんだけど」
「そんなこと言っても……」
屋敷を見渡すと、まばらにゴースの影が見える。
「い……いちおう、ぜんぶの部屋を見て回るわよ。危険だからあたしから離れないでね」
非情に頼もしい言葉だったが、ナタネは隣で歩くアクタを、なにかにつけて盾にしようとしていた。
「いまおじいちゃんがいたような気がした!」
「いま女の子がいたような気がした!」
「なんかあの絵、こっち見てない!?」
アクタが怖がる余裕がない。おかげで彼女が感じた「怪現象」を見逃してしまったが、これは良しとしていいものか。
「ナタネさん、怖がり過ぎですよ。どうせゴーストポケモンのいたずらですよ」
などと言うアクタも、内心では恐怖を覚えている。騒ぐナタネの発言が、ポケモンではなく「マジ」だったらどうしよう。思わず念仏のように歌う。
「オバケなんてないさオバケなんて嘘さ去年のアレは勘違いなのさ」
「去年のアレってなに!?」
やがて最後の部屋。
その部屋にはテレビくらいしかなかった。どうやら異常はないようだ──と考えるアクタとは裏腹に、ナタネはテレビを凝視している。
「ナタネさん……?」
「なにかいる」
彼女は恐る恐ると手を伸ばし、テレビの電源を点けた。さすがに電波は受信していないようで、画面には白黒の砂嵐が映る。
「ナタネさん、勇気ありますね……ていうか、あれ? 電気は通ってるんですっけ」
「なんだか怪しげなテレビ……こっちが見られているみたい……」
砂嵐が、ブレる。アクタは「ひっ」と小さく悲鳴を上げてしまったが、ナタネのほうは熟考してテレビを見つめるままだ。
「これ、テレビのなかに……なにかポケモンがいるみたい……?」
「はあ。ポケモンが?」
「アクタくん、ちょっとハヤシガメの準備をしてて」
「え?」とアクタが指示を把握するより前に、ナタネはテレビの横っ面を「バン」と強く叩いた。
その瞬間、砂嵐が激しくなる。アクタは思わず飛びのいて、モンスターボールを構えた。
まるで発光する電球。オレンジ色の身体が、青白いプラズマで覆われている。
「で、でんきタイプ!?」
アクタはモンスターボールを投げる。当然まっすぐには飛ばず。壁や天井やらにバウンドし、ようやくハヤシガメが現れた。オレンジのポケモンはケラケラと笑う。
「でんきとゴースト。ロトムっていうポケモンよ」
ナタネはアクタの隣に立つ。
「けっこう珍しいポケモンだけど、どうする? ゲットしてみる?」
「ゲットってことは……野生ポケモンなんですか?」
「たぶんね」とナタネは頷く。
「だったら……ハヤシガメ!」
アクタは、じっとロトムに対峙するハヤシガメに技を支持する──と思いきや、モンスターボールに戻した。
「驚かせたみたいで悪かったね、ロトム。さあナタネさん、行きましょう」
「え、ええ?」
「
肩の力を抜くアクタ。ロトムのほうもどうやら戦闘の意志を失ったのか、光になってテレビのなかに帰って行った。
:
野生ポケモンの生活を、わざわざ脅かすことはない。旅をする途中、どうしたって彼らの縄張りに足を踏み入れてしまうことは必然なのだが、争いを避けられるのであればそれに越したことはない。
というのが、アクタの考え方である。
「まあ、そりゃそうなんだけどさあ」
森の洋館を出る。太陽は真上に昇っていた。
「それにしたって、放置ってのは……」
「いいじゃないですか。ここはゴーストポケモンが棲みつく屋敷ってことで。野生のポケモンが外敵に攻撃するのは当然なわけですし。べつに、人間に取り憑いたりはしてない」
「取り憑くとか怖いこと言わないでくれない!?」
「あ、すいません」
ロトムから逃げたアクタの決断。そして日和見主義な意見に、ナタネは肩をすくめる。
「じゃああたしは、屋敷の怪現象はみんな、ゴースやロトムの仕業で、対策はしてません──なんて報告しなきゃいけないわけ?」
「それは、だから、野生ポケモンの生息地として認めて……」
「さて、通用するかしらね。広大な施設ならまだしも、ここは一住居ほどしかない建物。駆除すべき、という意見が出るのは確実でしょうけど」
アクタの表情が露骨に曇る。ナタネは正直な少年の反応に苦笑する。
「そんな顔しないでよ、もう! ──わかったわかった! 野生ポケモンたちの住処として保護するよう、意見しておくわ」
「ナタネさん……!」
彼女の気遣いにアクタは安堵する。
「結局、どう決議されるかはわかんないからね? あたしがきみの意見を尊重するのは……きょう付き合ってくれたお礼ね」
花のような笑顔を浮かべるナタネに、恋をしてしまいそうだった。
「こ、こちらこそ、勉強になりました。ナタネさんはあんなにビビってたのに、ロトムに気づいて冷静に対応して、すごいと思います」
「……ビビってないんですけど」
そこをとぼけるのは無理があるのでは、とアクタはあえて口にしなかった。
:
ハクタイシティの南、206番道路はサイクリングロードになっていた。
「きのうはありがとう! これは感謝の気持ちだ! 最新型の自転車、ぜひとも貰ってくれたまえ!」
ギンガハクタイビルにポケモンとともに囚われていた自転車屋の店主。彼の店である『サイクルショップじんりき』にて、お礼とはいえ大層なものをいただいてしまった。
「ええっと……『3速だとスピードは遅いがコントロールしやすい。そして4速だと曲がりにくいが速い』……か」
マニュアルを読みながら、折り畳み式の自転車を組み立てる。フレームは軽い。持ち運びながら旅ができるのはありがたい。
アクタはさっそく自転車にまたがり、下り坂になっている道を駆け下りた。
「うわわわわ! 速い! 4速だと速い! なによりも速い!」
ギアチェンジに慣れるにはすこし時間がかかった。
幸い、サイクリングを楽しむトレーナーはたくさんいたので、彼らに操縦のコツを教わることができた。もちろんバトルによる交流も欠かさない。
「4速はすごく速くて、坂なんかも楽に登れるけど、もし転んだときを考えるとちょっと恐いな。ま、それは自転車ならぜんぶおんなじか。基本は徒歩移動がいいな」
アクタは、胸元のタマゴを撫でた。万が一、このタマゴが傷つくようなことがあれば大ごとだ。
サイクリングロードの下は、ふつうに草むらの生い茂る道路になっている。どうやらダンジョンもあるらしく、興味本位でアクタはその洞窟に足を踏み入れた。
しかしそこは、アクタにとって地獄にも似た過酷な環境だった。
「いや、暗いな!」
名を「迷いの洞窟」という。
通常、ここを探索するトレーナーは“フラッシュ”といったポケモンの技を頼りにするのだが、ハヤシガメはその技を覚えてない。アクタが持つランタンの光では、一歩先ぐらいしか照らすことができない。
「……恐い」
暗いところは苦手だった。
「ハヤシガメ、悪いけど前を歩いてくれないかな」
その背中の樹木を掴むアクタ。ハヤシガメは言われた通りに洞窟を進むが、なにぶん、歩みは遅かった。
「……きょうは野宿だな」
真っ暗闇で視覚的にわかりづらいが、この洞窟はずいぶん入り組んでいるようだ。それにしてもハヤシガメは、迷う様子もなくずんずんと進んでいく。
鼻をひくひくとさせて、まるでなにかを目指しているようだ。ひょっとして、お宝の匂いでも嗅ぎつけたのだろうか。あるいは出口を目指してくれているのか──なんにしても、ポケモンの感性は信用できる。
2時間ほど歩いただろうか。
「なんだ……?」
妙な音が──声が聞こえる。これは泣き声だ。すすり泣く声だ。
声のする方には“フラッシュ”の明かりが灯っている。そこには少女が座り込んでいた。
「きみは?」
声をかけると、少女は赤い目でアクタを見上げた。恐らく年下だ。アクタよりは幼い印象のある、ツインテールの少女。かたわらには手持ちポケモンであろう、ユンゲラーがスプーンからの“フラッシュ”で周囲を照らしている。
「あたし、ミル……。ポケモンさん捕まえに来たら、迷っちゃって……恐かった……」
「そっか。そうだよね、こんなに暗いんだもの」
ユンゲラーはアクタやハヤシガメに警戒している様子はない。エスパータイプのポケモンは特別、感覚が鋭い。アクタが無害なトレーナーであると感じ取っているのだろう。
「お願いです! 出口までミルを連れて行ってください!」
困っている者は放っておかない。それがアクタの信条だ。
「もちろん。来た道を戻れば──」
振り返れば、やはり暗闇。
「──ハヤシガメ、道、憶えてる?」
ハヤシガメはしばらく間をおいて、首を傾げた。
「……ミルちゃん。きっと、無事にここから出ようね」
少女の目に、不安の涙が浮かんだ。
ハヤシガメ ♂
のんきな性格
タマゴ