ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
覆面レスラーは、鉢合わせた少年少女に気づいていない様子で、軽快に歌い出した。
「リングはおれの海♪
荒れる海原、大波小波
マックス! マックス! マキシマム!
マックス! マックス! マキシマム!
ウォーターストリーム
すべてを飲み込み流し去る!
炎を消し去れマキシマム!
電気は苦手だマキシマム!
あーあーあー
リングはおれの海~♪」
言葉を失うヒカリ。アクタはおもしろかったので、目を輝かせて拍手を送った。
「やあ! 少年少女。ジムリーダーに挑戦か?」
男はようやくふたりに気づく。ヒカリが小さく悲鳴を上げた。
「彼女はまだまだ若いがぁ、まさに天才少女! 一緒に練習するとその強さに痺れるばかりだぁ!」
どうやら、彼はトバリシティのジムリーダーではないらしい。
「おっと、おれさまはポケモン、プロレス、そして歌の、三拍子そろったジムリーダー。ノモセジムのマキシマム仮面! また会おうぞ!」
覆面レスラー、マキシマム仮面は去って行った。
「…………」
「…………」
「…………じゃ、じゃあアクタくん。ポケモンジム挑戦、がんばってね」
「なにも見なかったことにしようとしてない?」
:
「オーッス! 未来のチャンピオン! ここのジムリーダーはかくとうタイプの使い手! ノーマルタイプのポケモンには分が悪い相手だな!」
「かくとうかあ……」
アクタの手持ちには、ノーマルタイプ2体に、いわタイプのズガイドスがいる。戦力的には分が悪い。
「だけど! だけどだぞ! ここだけの話……ひこうタイプやエスパータイプは苦手かも、とジムリーダーのスモモちゃんは言っていたぜ!」
先ほど遭遇したマキシマム仮面は、ここのジムリーダーのことを「天才少女」と言っていた。歳は若いようだが、ジムリーダーになるほどのトレーナーなのだ。スモモというジムリーダーが強敵であることはたしかである。
「ハヤシガメにがんばってもらうね。毎度毎度、ご苦労をかけるけども……」
控室にて。
ハヤシガメにポフィンを食べさせる。ハヤシガメは満足気に鼻息を鳴らした。
「ほんとは、デビュー戦としてイーブイにも活躍してもらいたかったけど、やっぱり相性がねえ。ごめんよ」
アクタが声をかけると、イーブイはつん、と顔を背けた。不満なようだ。
「あとトゲピーな。攻撃を下げる“あまえる”を使えるし、最近は“てんしのキッス”とか“あくび”を覚えたから、補助に回ってほしいんだけど……かくとうタイプ相手じゃ、ハヤシガメに交代させる前に、やられるかもしれないからね」
抱き上げると、トゲピーは嬉しそうに笑った。このジム戦の話など、トゲピーは気にしていないらしい。『やすらぎのすず』が軽やかな音を立てる。
「それにしてもトゲピー、重くなったねえ」
ポケモンたちは成長している。
ならば、トレーナーとして彼らの成長に報いらねば──ポケモンたちをモンスターボールに戻し、アクタはジムチャレンジを開始した。
「おれたちカラテ4兄弟! 愛の拳をお見舞いしてやるぜい!」
ジムトレーナーとして立ちはだかったのは、筋骨隆々の空手王たち。
空手王のイチロウを倒す。
「おれたちカラテ4兄弟! 勇気の拳をお見舞いしてやるぜい!」
ジロウを倒す。
「おれたちカラテ4兄弟! 希望の拳をお見舞いしてやるぜい!」
サブロウを倒す。
「おれたちカラテ4兄弟! 涙の拳をお見舞いしてやるぜい!」
シロウを倒したところで。
トゲピーのモンスターボールがぶるぶると震える。
「え、どうした!?」
思わずトゲピーのモンスターボールを投げる。当然、あらぬ方向へ飛んで行くが、アクタはそちらへ駆けつける。
「具合悪い!? お腹空いた!? 眠い!?」
などと慌てるアクタだが、トゲピーの身体が発光したのではっとする。
それは進化の光だった。
タマゴのような身体から首が伸びる。小さいながらも翼が生えて、さながら天使のようだった。
「うわーーーーっ!! すごいっ!!」
トゲピーの進化系、トゲチックは、たどたどしくも白い翼で浮いて見せる。アクタはポケモン図鑑と見合わせた。
「トゲチック……なんて立派になったんだ! ひこうタイプかあ!」
そこでふと、アクタはいまがジムチャレンジの最中であったことを思い出し、咳払いをした。
「かくとうタイプに相性がいいね。これは俄然、勝機が見えてきたぞ!」
トゲチックは飛行しながら、アクタの胸に飛び込んできた。『やすらぎのすず』が鳴る。
:
「はじめましてよろしくお願いします。あたし、ジムリーダーのスモモっていいます」
トバリジムの最奥にたどり着くと、動きやすそうなノースリーブの格闘技姿の少女が、正座で待っていた。
アクタと同年代に見えた。すくなくとも十代であることは間違いない。
「ぼくはアクタといいます。こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げるアクタ。少年の礼節に感心したのか、スモモは深く頷いて、立ち上がる。
「どうしてジムリーダーになれたのか、強いってどういうことか、自分でよくわかってないんですけど」
スモモはモンスターボールを手にする。
「ジムリーダーとしてあたしなりに真剣にがんばるので、どこからでもかかってきてください!」
彼女が最初に繰り出したのは、アサナン。エスパーとかくとうタイプのポケモンだ。
「ハヤシガメ!」
投げられたモンスターボールは、バトルフィールドであるリングから出てしまう。
「あ、すいませんちょっと待ってくださいね。──ハヤシガメー、おーい」
「……ふざけてるんですか?」
睨まれてしまった。アクタは懸命に首を横に振る。
ハヤシガメをバトルフィールドまで戻し、ようやく試合が始まる。
「アサナン、“ねこだまし”!」
素早さでいえば、アサナンのほうが上だ。“ドレインパンチ”といった相手の体力を吸収する技まで繰り出される。
「ハヤシガメ、“メガドレイン”!」
しかし体力吸収の技ならばハヤシガメも使える。それに防御力が高い。技の応酬の結果、倒れたのはアサナンだった。
「やりますね。──ゴーリキー!」
「こっちも一旦、交代しよう。頼むよ、トゲチック!」
進化したばかりだが、もうトゲチックは自由に空を飛び回っている。進化しても好奇心旺盛だ。
「トゲチック、“あくび”!」
ゴーリキーの眠気を誘う。
「……ゴーリキー、“がんせきふうじ”!」
「げ!? いわ技!?」
ひこうタイプを得たトゲチックには効果抜群だ。どうにか『ひんし』は免れたが、ダメージは大きい。
幸いにも、“あくび”の効果でゴーリキーは『ねむり』の状態になった。ゴーリキーが目を覚ますまで──否、スモモが道具で回復させる可能性もある。ならば“ゆびをふる”で運に身を任せるのは無謀だ。
「……トゲチック、つぎにつなげよう。“あまえる”!」
ゴーリキーの能力を下げることにした。
「……! ゴーリキー、起きなさい!」
「もう一回、“あまえる”!」
二度目の“あまえる”を繰り出したところで、ゴーリキーは目を開けた。やはり“がんせきふうじ”が飛んできて、トゲチックは戦闘不能になる。
「ハヤシガメ!」
ふたたびハヤシガメがバトルフィールドに出る。
「……ゴーリキー、まだ戦ってもらいます。“きあいだめ”!」
ここでゴーリキーを引っ込められたら、トゲチックの“あまえる”が無駄になるところだった。
「ハヤシガメ、“はっぱカッター”!」
「“からてチョップ”!」
ゴーリキーは善戦するも、ハヤシガメには一歩、及ばなかった。続けざまに放たれる“はっぱカッター”で『ひんし』になる。
「……! 勝負はここからです!」
スモモの最後のポケモンは、ヒト型の犬のようなポケモン。アサナンのような軽快さも、ゴーリキーのような力強さも感じた。
「ルカリオ、“はっけい”!」
掌底が打ち込まれ、ハヤシガメの全身に衝撃波が走る。強力な技だ。
「かっこいいなあのポケモン……!」
思わずつぶやくアクタ。だが、バトルに集中していないわけではない。
「ハヤシガメ、“メガドレイン”!」
「ルカリオ、“ドレインパンチ”!」
2匹の実力は肉薄しているが、天秤はルカリオのほうに傾いている。このまま攻防を続けていれば、やがてハヤシガメは倒れるだろう。
だが、その戦力差を覆すのはトレーナーの役割だ。バトルは激しいが、アクタは冷静だった。
「……うん、ここだな。ハヤシガメ!」
アクタの呼びかけに、ハヤシガメはルカリオから退く。
「回復しよ。はい、『モーモーミルク』」
「ええ!?」
反面、技のぶつかり合いに集中していたスモモは、思わず声を上げる。
「え……もしかして『モーモーミルク』、ダメですか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
もちろん、ジム戦において挑戦者にはアイテムの使用は制限していない。しかしスモモはバトル中にアイテムを使わない。それは彼女の主義によるものだ。
「これってあたしピンチですよね」
“ドレインパンチ”で回復可能な体力は、たかが知れている。ご機嫌で『モーモーミルク』を飲むハヤシガメに対し、ルカリオは息が上がっている。
「だけど、ルカリオ。わかっていますね。最後までやり抜きますよ」
駆け出すルカリオ。迎え撃つハヤシガメ。
「「“はっ……」」
2体の攻撃が交差する。
「……っけい”!」
「……ぱカッター”!」
互いに全身全霊の攻撃。膝をついたのはやはり、ルカリオだった。
「あたしの負けです……だってあなた、強すぎるから」
スモモは思わず、頬を緩ませた。
:
「……はい。あたしの負けです」
うなだれるスモモ。そう落ち込まれると、アクタはなんだか申し訳なく思ってしまう。
「久しぶりに負けちゃいました。でもいろいろと教わりました。ですのでこのジムバッジ、どうぞ受け取ってください!」
正方形のバッジは、握り拳にも見えた。
「……あの、ジュンくんっていうトレーナーは挑戦しに来てないですか? 緑のマフラーの、騒がしくてせわしなくて危なっかしい感じの男の子なんですけど」
久しぶりに負けた──というスモモの言葉が引っ掛かったのだ。やたらと急いでいたジュンが、アクタの後ろにいるとは思えないのだが。だとすると、スモモに挑戦するも負けてしまったのだろうか。
「いえ、そういったトレーナーは来ていませんよ」
となると、どこかで迷っているのかもしれない。心配だが、ジュンのことだからなんとかなるだろう。なんの根拠もなく、勝手にアクタは納得した。
「そのうち来ると思いますので、揉んでやってくださいね」
「は、はい。──ふう」
すこし疲れたのか、スモモは浅くため息をついた。
「おなか減ったな……」
「え?」
「あっ、なんでもないです。なにも言ってないです」
聞こえてしまったのだが、追及するのは無神経だ。空腹は恥ずかしいことではない。特に、精一杯バトルしたあとはトレーナーのほうだって、おなかが空くほど疲れるものだ。
「……デパートでおいしいものでも食べようかな。ポケモンたちにもご褒美を上げないと。──スモモさん、なにかおすすめありますか?」
「知りません」
しかしスモモの返答は冷たかった。
「そ、そうですか……」
「あたしはもっとトレーニングをします。アクタさんの戦い方、すごく勉強になりました。それはほんとうです。でもあたしはあたしの戦い方で、強くなりたい」
「強く、ですか……」
首を傾げるアクタ。スモモはその疑問に憶えがあるのか、はにかんだ。
「あたし、よく言われるんです。強さにこだわりすぎだ、と。がんばりすぎだ、と」
「…………」
「アクタさん。強いって説明できるものではなくて、どこまでがんばればいいのかわからないですけど……」
スモモはグローブ外して、ポケモンたちが入ったモンスターボールを慈しむように撫でる。
「でも、ポケモンと一緒だからずっとがんばれるんですよね!」
その点に関しては、同感だ。
「スモモさんのこと、応援してますね。ぼくももっと強くなります。ポケモンたちと一緒に」
固い握手を交わす。
同年代の友だちができたみたいで、気分が良かった。意気揚々とトバリジムを後にする。
ジムの外には、またヒカリがいた。応援に来てくれたのだろうか。「やあ」と声をかけるが──
「あっ!」
アクタの顔を見るなり、駆け寄ってくる。ヒカリの顔は深刻そうで、どうやら応援ではなさそうだ。
「アクタくん。お願いがあるんだけど……」
「聞くよ。なに?」
「さっき、ギンガ団のやつらにポケモン図鑑を盗られちゃったの!」
「なにい!?」
いきなり感情的になるアクタに、ヒカリはすこし驚く。
「許せん! どこで!?」
「あ、あの、倉庫の前で……」
「すぐ行こう! ──あ、ちょい待ち。一回、ポケモンセンターに行く」
アクタは走り出す。
「絶対、取り返そうね!」
「あ、うん……じゃあ、倉庫の前で待ってるからね!」
意外なくらい熱いアクタに、ヒカリは安心感を覚えた。
反対に、アクタのほうは良い気分を台無しにされて、最悪だった。