ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
テンガン山の中腹。
アクタは、大きく揺れるタマゴを食い入るように見守る。
「ひっ、ひっ、ふーっ! ひっ、ひっ、ふーっ!」
なお、アクタはいたって真剣である。
鋼鉄島でゲンから貰って以来、おなかに抱き続けてきたタマゴが、満を持して孵化しようとしているのだ。
「ひっ、ひっ、ふーっ! ひっ、ひっ、ふーっ!」
少年が息張る必要は完全にないのだが、なんというか、気分的に変な呼吸になってしまうのだ。
いよいよタマゴが割れた。
「うわーーーーっ!! あ痛っ!!」
破片が顔面に直撃した。
涙をにじませて目を開けると、そこには青い毛並みを持つ、犬のような顔立ちのひと型のポケモンがいた。
「リオルだ……」
ルカリオの進化前である。ゲンが使っていたルカリオの子どもなのかもしれない。
つぶらな瞳がアクタを覗いている。
「か、かわ……っ!」
などと、感動している暇はない。
こんなこともあろうかと、孵化したばかりのポケモンの受け入れ態勢は整えていた。まずは清潔なタオルでリオルを包み込む。
「つぎ、ミルク……!」
ベイビィポケモン用のミルクを差し出すと、リオルはその手でさっとミルクを奪い取り、ぐびぐびと飲みだした。
「きみはほんとうに生まれたてですか……?」
リオルはミルクを飲み干すと、タオルにくるまって、そのまま眠ってしまった。風邪を引いてはいけないので、眠るリオルを腕に抱く。
「うーんと……きょうは野宿しようか」
ほんとうはすぐにでもポケモンセンターで検査してあげたいところだが、テンガン山に入ってけっこう道のりを進んでしまっている。引き返すより、停滞してリオルに向き合ったほうがいい。
その判断は正しかったのだろうか。とにかくリオルは腕白であり、なかなか目が離せなかった。
「ほらリオル、ドダイトスに登ったら危ないよ」
「はいはい、ミルクね。いま用意するから、引っ張らないで。力強いなあ」
「こら。ポリゴン2のこと叩かない。かわいそうじゃないか」
「あんまり水辺に近づかないで。危ないから──危ない! ……おお、セーフ」
「どうしたの? 急に抱き着いてきて、どうしたの?」
手がかかる点に関しては、やはりトゲピーのときとおなじだ。
「きみもあんな感じだったんだよ?」
トゲキッスは素知らぬ顔で、首に着けた『やすらぎのすず』を鳴らした。
「さて、いい加減にテンガン山を抜けないと。リオルのお世話も大事だけど、ギンガ団に後れを取るのもシャクだし──リオル!?」
気がつくとリオルは、野生のゴローンに近づいていた。赤子とはいえ、縄張りに侵入した見知らぬポケモンを、ゴローンは見逃さない。襲いかからんとする瞬間。
「トゲキッス、“はどうだん”!」
即座に、トゲキッスは光弾を発射する。ゴローンに命中し、一撃で戦闘不能にした。
ゴローンに対して、すこし申し訳なさもあるものの、野生ポケモンとの遭遇と戦闘は旅の常だ。たとえ、無鉄砲に動いたリオルに原因があったとしても。
アクタはリオルを抱き上げ、その場を離れる。
「まあ、一瞬でも目を離したぼくに責任があるわけだけど……気をつけなよ、リオル」
しかしリオルはアクタの言葉に聞く耳を持たず、自分を救ったトゲキッスに駆け寄って行った。
トゲキッスは着地し、首の『やすらぎのすず』を鳴らしてリオルをあやす。リオルは楽しそうに飛び跳ねる。
「仲良くなってるし。嬉しいけども」
感慨深い。
どちらのポケモンも、アクタがタマゴのころから面倒を見ていた。その2体がきょうだいのように戯れているのは、じつに報われた気分になる。
「いいなあ、子育てって」
しみじみするアクタに、トゲキッスが近寄ってきて頭部を差し出す。
「え……? ああ、いいの?」
アクタはトゲキッスの要望を理解した。その首元から、『やすらぎのすず』を解く。
「リオル、先輩からのおさがりだ。大切にするんだよ。そして、トゲキッスからいっぱい学ぶんだよ」
リオルの首に『やすらぎのすず』のリボンを巻いた。リオルは嬉しそうに飛び跳ねて、鈴を鳴らす。
なお、この時点でアクタは、リオルの進化条件を知らなかった。
「なにはともあれ、これで6体。ノーコンとはいえ、揃うものなんだな」
:
ようやくテンガン山を抜けて、216番道路。
「……雪だ」
一面の銀世界。
カントー地方でも南のほうに住んでいたアクタにとって、雪は見慣れたものではない。雪にギュッと足跡を残す感触はなんとも形容しがたい。
「こんな状況じゃなきゃ、ポケモンたちと思いっきり雪遊びしたい気分だけど……いまは急がなきゃ」
エイチ湖もキッサキシティもまだ遠い。それまでの距離を雪と格闘しなければならないのだから、いまは雪に飛び込む気にならない。
──と思っていたら、腰のモンスターボールからイーブイが飛び出した。
「あっ」
イーブイは雪がおもしろいのか、飛び跳ねては足跡を作る。
「ふふっ、雪が気に入ったの? 外に出てていいけど、はぐれないようについてきてね」
216番道路を進もうとするアクタだが、イーブイは後ろ足で雪を蹴り上げて、彼の顔面にぶつけた。
「……やったなあ!?」
:
結局、遊んでしまった。
「つ、疲れた……」
216番道路のロッジ「ゆきまみれ」。雪で濡れた服を脱いで、借りたベッドに倒れ込んだ。
道中、イーブイとラムパルドとリオルと全力の雪遊びに興じ、調子に乗ってはしゃいで体力を使い果たしてしまった。一般トレーナーに解放されたこのロッジを見つけなければ、遭難していた可能性さえある。
「おっと、まだ倒れている場合じゃない」
油断してはいけない。せっかく助かったというのに、風邪を引いてしまったら最悪だ。
衣類はしっかりと乾かす。温かい食事を摂る。ポケモンたちをブラッシングする。そうしてようやく、リオルとともにぐっすりと眠った。
アクタは体調管理に関しては抜かりがない。すくなくとも、旅をしている間は。
──まあ、普段から寒空の下で野宿をすることもあるのだから、そもそも頑丈で健康な身体ではあるのだが。
「よしっ! 体力回復!」
その甲斐あって、翌朝にはすっかり元気になっていた。また雪遊びしたい気持ちもあるが、そこはぐっとこらえて217番道路へ。
雪がしんしんと降り続けるなか、アクタは歩き続ける。
なにせ周囲一面が雪景色で、道らしき道など見えない。雪はところにより膝くらいまで深くなっており、とにかく歩き辛い。自分が真っすぐ進めているのかさえ不確かだ。
「はあ、はあ……これ、大丈夫なのか?」
朝は元気だったアクタだが、数時間も歩けば、さすがに疲弊してくる。
テンガン山から吹き降ろす風は、追い打ちのように強くなり、天候は「吹雪」と呼べるほどになっていた。
「これ、大丈夫なのか!?」
アクタの脳裏には「遭難」の二文字が浮かび上がる。
どうにか歩いて、歩いて、ようやくたどり着いたのは雪に覆われた草むらだった。
「……良くないなこれは」
野生ポケモンたちがこちらの様子を伺っている。こんな状況でも、彼らは縄張りへの侵入者に容赦してくれないようだ。
「な、なんでもないんですよ。すぐに帰りますからねー……」
後ずさりするアクタに、黒い影──ニューラが襲い掛かる。とっさにモンスターボールを投げるが。
「ああっ」
狙った場所に投げられるわけがない。ボールは、草むらの中心にたたずむ氷で覆われた岩に当たった。
「なんでいっつもノーコンなんだよぼくは! ちくしょうっ! 助けてえ!」
雪のなかを転がって、少年はニューラから逃げる。
自分が投げたボールは、どのポケモンのものだった? かじかむ指先では、まともにモンスターボールさえ選び取れなかった。
──しかしすぐに、ニューラとアクタの間に割り込む影が。アクタのポケモンが駆けつけてくれたのだ。
そのポケモンは“でんこうせっか”でニューラを迎え撃つ。吹雪で視界が悪く、アクタは上手く指示ができなかったものの、影は機敏に立ち回って、やがてニューラを追い払ってしまった。
「あ、ありがとう。よくやってくれたね。すごいよ、イーブイ……」
しかし歩み寄ってきたポケモンは、想像していた姿とは違っていた。
体毛は水色。氷を思わせるひし形の模様。バトルの立ち回りからてっきりイーブイと思っていたのに──
「どちらさま!? あ、進化!? なんで!?」
喜びつつも戸惑うアクタに、イーブイの進化した姿──グレイシアは、つん、と顔を背けた。
「あ、間違いないや。イーブイだね。うわあ、キレイになったもんだ。こおりタイプかなあ」
喜ぶアクタだったが、いま浮かれている場合ではない。グレイシアは軽やかに雪の上を歩き、アクタを導こうとした。
「そっちが正解の道? 頼もしいなあ。さすがこおりタイプ」
と、よろよろと歩き出したアクタとグレイシアの前に。
「あっ、アクタさん! 悲鳴のような声が聞こえたので、だれかと思ったら」
吹雪の向こうに、小さな人影。
「……スモモさん?」
アクタと同年代の少女にして、トバリシティのジムリーダー。
「……えっと」
幻かと思った。
コートを着ても震えるアクタとは裏腹に、スモモはトバリシティで会ったときとまったくおなじ、ノースリーブの道着姿だったからだ。
こんな雪女はいない。
「あ、ひょっとしてキッサキシティに向かわれる途中ですか? あたしもそうなんです。“そらをとぶ”を使えばひとっとびですけど、修行のために歩いてるんです!」
「……寒くないですか。そんな格好で」
とりあえず直球で質問してみた。
正直、彼女が寒がっているようには見えない。頬は紅潮し、早いリズムで白い息を吐いている。さながら、ロードワークの途中のような。
「平気です。あたしは裸足とか薄着とか、寒いのに慣れてますから!」
「裸足!?」
雪で見えないが、まさか靴を履いていないというのか。
「キッサキシティまでもうしばらくですけど……アクタさん、平気ですか? なんだかずいぶん疲れているみたいですけど」
「まあ、見てのとおり……野生ポケモンとの戦いで、手間取っちゃって」
なんか、嘘をついてしまった。
正直に「遭難しかけているところです」と明かすのが恥ずかしかったからだ。
「そうですか。では……」
不意にスモモは、アクタの腕を取る。
そして腰を低くしたかと思うと、少年を持ち上げた。
「ええ!?」
負ぶさった体勢だ。背丈に関してはアクタのほうがすこし大きいのだが、スモモは軽々と少年を背負う。
「このままだと風邪を引きますよ。キッサキシティまで送ります」
「いや、そんな薄着のスモモさんに言われたくは……」
「いいからいいから。アクタさんは軽いですね。もっと筋肉をつけなきゃですよ」
その状態のまま、スモモは小走りで雪道を進んでいく。グレイシアは後ろからついてくる。
小さな背中は、あまりにも頼もしい。アクタは、恋をしてしまいそうだった。