ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート25 テンガン山/雪原をさまよって

 テンガン山の中腹。

 アクタは、大きく揺れるタマゴを食い入るように見守る。

「ひっ、ひっ、ふーっ! ひっ、ひっ、ふーっ!」

 なお、アクタはいたって真剣である。

 鋼鉄島でゲンから貰って以来、おなかに抱き続けてきたタマゴが、満を持して孵化しようとしているのだ。

「ひっ、ひっ、ふーっ! ひっ、ひっ、ふーっ!」

 少年が息張る必要は完全にないのだが、なんというか、気分的に変な呼吸になってしまうのだ。

 いよいよタマゴが割れた。

「うわーーーーっ!! あ痛っ!!」

 破片が顔面に直撃した。

 涙をにじませて目を開けると、そこには青い毛並みを持つ、犬のような顔立ちのひと型のポケモンがいた。

「リオルだ……」

 ルカリオの進化前である。ゲンが使っていたルカリオの子どもなのかもしれない。

 つぶらな瞳がアクタを覗いている。

「か、かわ……っ!」

 などと、感動している暇はない。

 こんなこともあろうかと、孵化したばかりのポケモンの受け入れ態勢は整えていた。まずは清潔なタオルでリオルを包み込む。

「つぎ、ミルク……!」

 ベイビィポケモン用のミルクを差し出すと、リオルはその手でさっとミルクを奪い取り、ぐびぐびと飲みだした。

「きみはほんとうに生まれたてですか……?」

 リオルはミルクを飲み干すと、タオルにくるまって、そのまま眠ってしまった。風邪を引いてはいけないので、眠るリオルを腕に抱く。

「うーんと……きょうは野宿しようか」

 ほんとうはすぐにでもポケモンセンターで検査してあげたいところだが、テンガン山に入ってけっこう道のりを進んでしまっている。引き返すより、停滞してリオルに向き合ったほうがいい。

 その判断は正しかったのだろうか。とにかくリオルは腕白であり、なかなか目が離せなかった。

「ほらリオル、ドダイトスに登ったら危ないよ」

「はいはい、ミルクね。いま用意するから、引っ張らないで。力強いなあ」

「こら。ポリゴン2のこと叩かない。かわいそうじゃないか」

「あんまり水辺に近づかないで。危ないから──危ない! ……おお、セーフ」

「どうしたの? 急に抱き着いてきて、どうしたの?」

 手がかかる点に関しては、やはりトゲピーのときとおなじだ。

「きみもあんな感じだったんだよ?」

 トゲキッスは素知らぬ顔で、首に着けた『やすらぎのすず』を鳴らした。

「さて、いい加減にテンガン山を抜けないと。リオルのお世話も大事だけど、ギンガ団に後れを取るのもシャクだし──リオル!?」

 気がつくとリオルは、野生のゴローンに近づいていた。赤子とはいえ、縄張りに侵入した見知らぬポケモンを、ゴローンは見逃さない。襲いかからんとする瞬間。

「トゲキッス、“はどうだん”!」

 即座に、トゲキッスは光弾を発射する。ゴローンに命中し、一撃で戦闘不能にした。

 ゴローンに対して、すこし申し訳なさもあるものの、野生ポケモンとの遭遇と戦闘は旅の常だ。たとえ、無鉄砲に動いたリオルに原因があったとしても。

 アクタはリオルを抱き上げ、その場を離れる。

「まあ、一瞬でも目を離したぼくに責任があるわけだけど……気をつけなよ、リオル」

 しかしリオルはアクタの言葉に聞く耳を持たず、自分を救ったトゲキッスに駆け寄って行った。

 トゲキッスは着地し、首の『やすらぎのすず』を鳴らしてリオルをあやす。リオルは楽しそうに飛び跳ねる。

「仲良くなってるし。嬉しいけども」

 感慨深い。

 どちらのポケモンも、アクタがタマゴのころから面倒を見ていた。その2体がきょうだいのように戯れているのは、じつに報われた気分になる。

「いいなあ、子育てって」

 しみじみするアクタに、トゲキッスが近寄ってきて頭部を差し出す。

「え……? ああ、いいの?」

 アクタはトゲキッスの要望を理解した。その首元から、『やすらぎのすず』を解く。

「リオル、先輩からのおさがりだ。大切にするんだよ。そして、トゲキッスからいっぱい学ぶんだよ」

 リオルの首に『やすらぎのすず』のリボンを巻いた。リオルは嬉しそうに飛び跳ねて、鈴を鳴らす。

 なお、この時点でアクタは、リオルの進化条件を知らなかった。

「なにはともあれ、これで6体。ノーコンとはいえ、揃うものなんだな」

 

 

 ようやくテンガン山を抜けて、216番道路。

「……雪だ」

 一面の銀世界。

 カントー地方でも南のほうに住んでいたアクタにとって、雪は見慣れたものではない。雪にギュッと足跡を残す感触はなんとも形容しがたい。

「こんな状況じゃなきゃ、ポケモンたちと思いっきり雪遊びしたい気分だけど……いまは急がなきゃ」

 エイチ湖もキッサキシティもまだ遠い。それまでの距離を雪と格闘しなければならないのだから、いまは雪に飛び込む気にならない。

 ──と思っていたら、腰のモンスターボールからイーブイが飛び出した。

「あっ」

 イーブイは雪がおもしろいのか、飛び跳ねては足跡を作る。

「ふふっ、雪が気に入ったの? 外に出てていいけど、はぐれないようについてきてね」

 216番道路を進もうとするアクタだが、イーブイは後ろ足で雪を蹴り上げて、彼の顔面にぶつけた。

「……やったなあ!?」

 

 

 結局、遊んでしまった。

「つ、疲れた……」

 216番道路のロッジ「ゆきまみれ」。雪で濡れた服を脱いで、借りたベッドに倒れ込んだ。

 道中、イーブイとラムパルドとリオルと全力の雪遊びに興じ、調子に乗ってはしゃいで体力を使い果たしてしまった。一般トレーナーに解放されたこのロッジを見つけなければ、遭難していた可能性さえある。

「おっと、まだ倒れている場合じゃない」

 油断してはいけない。せっかく助かったというのに、風邪を引いてしまったら最悪だ。

 衣類はしっかりと乾かす。温かい食事を摂る。ポケモンたちをブラッシングする。そうしてようやく、リオルとともにぐっすりと眠った。

 アクタは体調管理に関しては抜かりがない。すくなくとも、旅をしている間は。

 ──まあ、普段から寒空の下で野宿をすることもあるのだから、そもそも頑丈で健康な身体ではあるのだが。

「よしっ! 体力回復!」

 その甲斐あって、翌朝にはすっかり元気になっていた。また雪遊びしたい気持ちもあるが、そこはぐっとこらえて217番道路へ。

 雪がしんしんと降り続けるなか、アクタは歩き続ける。

 なにせ周囲一面が雪景色で、道らしき道など見えない。雪はところにより膝くらいまで深くなっており、とにかく歩き辛い。自分が真っすぐ進めているのかさえ不確かだ。

「はあ、はあ……これ、大丈夫なのか?」

 朝は元気だったアクタだが、数時間も歩けば、さすがに疲弊してくる。

 テンガン山から吹き降ろす風は、追い打ちのように強くなり、天候は「吹雪」と呼べるほどになっていた。

「これ、大丈夫なのか!?」

 アクタの脳裏には「遭難」の二文字が浮かび上がる。

 どうにか歩いて、歩いて、ようやくたどり着いたのは雪に覆われた草むらだった。

「……良くないなこれは」

 野生ポケモンたちがこちらの様子を伺っている。こんな状況でも、彼らは縄張りへの侵入者に容赦してくれないようだ。

「な、なんでもないんですよ。すぐに帰りますからねー……」

 後ずさりするアクタに、黒い影──ニューラが襲い掛かる。とっさにモンスターボールを投げるが。

「ああっ」

 狙った場所に投げられるわけがない。ボールは、草むらの中心にたたずむ氷で覆われた岩に当たった。

「なんでいっつもノーコンなんだよぼくは! ちくしょうっ! 助けてえ!」

 雪のなかを転がって、少年はニューラから逃げる。

 自分が投げたボールは、どのポケモンのものだった? かじかむ指先では、まともにモンスターボールさえ選び取れなかった。

 ──しかしすぐに、ニューラとアクタの間に割り込む影が。アクタのポケモンが駆けつけてくれたのだ。

 そのポケモンは“でんこうせっか”でニューラを迎え撃つ。吹雪で視界が悪く、アクタは上手く指示ができなかったものの、影は機敏に立ち回って、やがてニューラを追い払ってしまった。

「あ、ありがとう。よくやってくれたね。すごいよ、イーブイ……」

 しかし歩み寄ってきたポケモンは、想像していた姿とは違っていた。

 体毛は水色。氷を思わせるひし形の模様。バトルの立ち回りからてっきりイーブイと思っていたのに──

「どちらさま!? あ、進化!? なんで!?」

 喜びつつも戸惑うアクタに、イーブイの進化した姿──グレイシアは、つん、と顔を背けた。

「あ、間違いないや。イーブイだね。うわあ、キレイになったもんだ。こおりタイプかなあ」

 喜ぶアクタだったが、いま浮かれている場合ではない。グレイシアは軽やかに雪の上を歩き、アクタを導こうとした。

「そっちが正解の道? 頼もしいなあ。さすがこおりタイプ」

 と、よろよろと歩き出したアクタとグレイシアの前に。

「あっ、アクタさん! 悲鳴のような声が聞こえたので、だれかと思ったら」

 吹雪の向こうに、小さな人影。

「……スモモさん?」

 アクタと同年代の少女にして、トバリシティのジムリーダー。

「……えっと」

 幻かと思った。

 コートを着ても震えるアクタとは裏腹に、スモモはトバリシティで会ったときとまったくおなじ、ノースリーブの道着姿だったからだ。

 こんな雪女はいない。

「あ、ひょっとしてキッサキシティに向かわれる途中ですか? あたしもそうなんです。“そらをとぶ”を使えばひとっとびですけど、修行のために歩いてるんです!」

「……寒くないですか。そんな格好で」

 とりあえず直球で質問してみた。

 正直、彼女が寒がっているようには見えない。頬は紅潮し、早いリズムで白い息を吐いている。さながら、ロードワークの途中のような。

「平気です。あたしは裸足とか薄着とか、寒いのに慣れてますから!」

「裸足!?」

 雪で見えないが、まさか靴を履いていないというのか。

「キッサキシティまでもうしばらくですけど……アクタさん、平気ですか? なんだかずいぶん疲れているみたいですけど」

「まあ、見てのとおり……野生ポケモンとの戦いで、手間取っちゃって」

 なんか、嘘をついてしまった。

 正直に「遭難しかけているところです」と明かすのが恥ずかしかったからだ。

「そうですか。では……」

 不意にスモモは、アクタの腕を取る。

 そして腰を低くしたかと思うと、少年を持ち上げた。

「ええ!?」

 負ぶさった体勢だ。背丈に関してはアクタのほうがすこし大きいのだが、スモモは軽々と少年を背負う。

「このままだと風邪を引きますよ。キッサキシティまで送ります」

「いや、そんな薄着のスモモさんに言われたくは……」

「いいからいいから。アクタさんは軽いですね。もっと筋肉をつけなきゃですよ」

 その状態のまま、スモモは小走りで雪道を進んでいく。グレイシアは後ろからついてくる。

 小さな背中は、あまりにも頼もしい。アクタは、恋をしてしまいそうだった。

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