ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「アッくん、起きてるー? お客さんよー」
アヤコの声が、少年を夢の世界から引き戻す──が、アクタはまだベッドのなかでうごめく。
寝起きは悪いほうではないのだが、ベッドは柔らかくて暖かく、しかしシンオウの朝は寒い。毎朝、起き上がるのに苦労する。
見かねたグレイシアが勝手にモンスターボールから飛び出し、ベッドにもぐりこんでくる。
「ん……グレイシア……? ふふ、一緒に寝るの……?」
顔をすり寄せる少年に、冷気を吹きかけた。
「きゃあっ!?」
飛び起きるアクタ。グレイシアは得意げに、つん、と顔を背けた。
シロナとの戦いから4日後。
フタバタウンに帰ってきたアクタは、アヤコの家で穏やかな生活を送っていた。
というか。
「きょうの朝ごはんはなにかなあ。もう寝るのと食べるのが楽しみだなあ」
大きな目標を成し遂げたアクタは、ある種、抜け殻のような状態になっており、手放しに甘やかしてくれるアヤコのもとで、すっかり腑抜けた生活を送っていた。
顔を洗って、顔についたグレイシアの氷を落とす。
リビングは暖房が効いていて、シャツ一枚で十分だ。
「おはよう、アッくん」
「おはようアヤコちゃん」
「おはよう、アクタくん」
「おはようございます、シロナさん」
食卓に着いて、「いただきます」と手を合わせた。モーモーミルクをひと口。柔らかそうなオムレツに、ケチャップをかけてから。
「シロナさん!? なんでここに!?」
ようやくアクタは異変に気がついた。
「ケチャップいっぱいかけるのね。好きなんだ?」
「なんでここに!?」
「あはは、寝ぐせ立ってる」
「なんでここに!?」
「アッくん、って呼ばれてるのね」
「なんっ……ぜんぜん答えてくれないじゃん」
シロナはすました顔で、コーヒーなんか飲んでいる。
「まあとりあえず、食べれば? ──アヤコさん、ごめんなさいね。あたしまで朝食をいただいちゃって」
「いいのよ。にぎやかで楽しいわ」
穏やかに談笑するアヤコとシロナをよそに、アクタは黙々と食事を続けた。シロナはほんとうに、なにをしに来たのだろう。リベンジマッチという雰囲気ではない。勝手に抱いた緊張感で、朝食も食べた気にならなかった。
「それで……なにをしに?」
だらしない服装から着替えて(寝ぐせも直して)、あらためてアクタはシロナに向き直る。
「きみに会いに来たのよ」
「ですよね」
アヤコに会いに来た、とかだったら安心できたのだが。
「……外、行きましょっか」
アクタとシロナは、フタバタウンの広場へ。アクタはポケモンたちを放つ。6体は各々、身体を伸ばしたり、アクタにじゃれついたり、自由かつおとなしく過ごす。
「最後に戦ったの、いつ?」
トゲキッスにのしかかられているアクタに、シロナが尋ねる。
「あなたと、ポケモンリーグで戦ったのが最後です」
「やっぱり」
シロナは浅くため息をつく。
「きみ、なんだか牙が抜けてる。のどかな町で過ごしているから……ってわけじゃないよね」
「……乳歯ならぜんぶ生え変わりましたよ」
「もう、旅には出ないの?」
少年のジョークは無視された。
「シンオウ地方は広い。まだきみが行ったことがない土地はあるはずよ。フタバタウンで、いつまで休憩しているのかしら」
「……わかってます」
アクタはその場に座り込んだ。ラムパルドが寄ってきて、少年の背中に頭をすり寄せる。
「疲れたわけでも、燃え尽きたわけでもない。旅に出たい気持ちだってあるし、やらなきゃいけないことも……」
そこまで話して、アクタは頭を抱えてうつむく。グレイシアとポリゴンZが心配そうに寄ってきた。
「アカギさんのことが気になってる」
「……そう」
あのとき、破れた世界で別れたきりだ。彼はまだ、あの奇妙な世界にいるのだろうか。それともこちらの世界に戻っているのだろうか。
「アカギさんのことを、探さなきゃ」
「探し出して、どうするの?」
「それなんです……ぼくはあのひとを見つけて、どうしたいんだろう。とっ捕まえて警察に突き出したい? 説得して改心させたい? ──そういうわけでもない。なんなら会いたいわけでもない」
「なのに、探すんだね」
この少年は、アカギのことに責任を感じている。少年の肩には、それはいささか重いようだ。
「重荷を背負わせたのは、きみに頼ったあたしたちね」
「……自分で選んだことです」
「そうだね。だからきみは自分を責めている。あの戦いの末に──」
アカギの夢に、止めを刺してしまったから。
「自分の行動にはなにも後悔していません。でももし、楽な道を選べるのなら──ぼくはもう、アカギさんに関わりたくない……」
少年は顔を上げる。
「……とでも、思ってるのかな?」
とにかく「自分」のほんとうの考えがわからない、アクタだった。
シロナは苦笑した。
物事に対し多面的な考えを持つのは、自然なことだ。少年が大人へと成長しようとしていることが、明らかな葛藤が、微笑ましく思った。
「なに笑ってんですか」
「べつに。──そうだ、アクタくん。ちょっと山登りにでも出かけようか」
「山登り? どこに?」
「テンガン山」
:
アクタとシロナは、それぞれ自分のトゲキッスの“そらをとぶ”で、シンオウ地方の空中を散歩する。
「そういえばアクタくん」
風の音のなかでも、シロナの声はよく聞こえた。
「はい?」
「まだ正式な返事を聞いてなかったんだけど、チャンピオンの就任、どうする?」
「いまそれを聞きます……?」
4日前、アクタはシンオウのポケモンリーグで殿堂入りを果たした。当代のチャンピオンであるシロナに勝利した時点で、新チャンピオンに就任する権利を与えられたのだが、そのときは返事を先送りにしてしまったのだ。
「いろいろ手続きがあるんだから、早く決めてもらわないと」
「……辞退します」
チャンピオンの称号が、ポケモントレーナーにとって憧れの称号であることは理解している。だけど、だからこそ、アクタには重い役目に感じた。
「ぼくはまだ、未熟だから」
「そう。わかった」
シロナは軽く、頷いた。まるで少年の答えを予想していたみたいだ。
「あたしがチャンピオンになったの、10代のころだっけ。かなりむかしのこと」
「シロナさん、おいくつなんですか?」
「そのころのあたしは未熟だった。間違いなく。いまだって、成熟してるとは言えない。どれだけポケモンバトルが強くったって、完璧なトレーナーなんていないのよ」
「…………」
無視されたということは、年齢のことは聞かないほうがいいのだろう。
クロガネシティに到着。ふたりはすぐに、テンガン山に入る。
険しい山道や洞窟を、シロナはずいぶん軽い足取りで進んでいく。動きやすい服装には見えないのだが。
「ほらアクタくん、置いていっちゃうわよ」
「ちょ、ちょっと待って……!」
シロナの速いペースに、どうにかついていく。
「どうでもいいけど、シロナさん、寒くないんですか?」
山道には雪が積もっている。足場の悪さもさることながら、当然ながら気温も低い。アクアと違って、シロナのコートはフォーマルなもので、防寒具的なものではない。
「あたしは慣れてるから」
「慣れでどうにかなるんですか……?」
:
山頂。
槍の柱と呼ばれる神殿の跡地。そこにたどり着くころには日が暮れていた。
「ほんとに寒くないんですか!?」
「まあ、ふつう。もう暗いし、それなりに──はい」
シロナはカイロの封を開けて、アクタに投げ渡した。これで対処できるほど、生易しい寒さではないのだが……
「ここで、なにをしに?」
破れた世界へつながる門は、もう存在していない。ここにあるのは神殿の寂しい景色だけだ。
「べつに? ちょっとした冒険、かな。どう? 楽しかった?」
「それは……」
そうかもしれない。すくなくとも山道を歩いている間、アカギのことやこれからのこととか、面倒なことを考えなかったのはたしかだ。
「ねえアクタくん。4日前は素晴らしい戦いだったわ。ポケモンが最大限、力を発揮できるよう応援しつつ、冷静な判断で見事勝利した……その情熱と落ち着き。ふたつを併せ持つきみとポケモンなら、いつだって、どこでだって、どんなことでも乗り越えられる。戦っていてそう思ったの!」
「そんなことは……」
「『ない』って思うのは、やっぱりアカギのことで悩んでいるから?」
きっと、そうだ。アクタは不器用に頷く。
「きみが恐いのは、アカギじゃない。アカギを許せなかった、自分自身でしょ」
アクタは目を閉じてみる。
シロナの指摘を噛みしめてみる。
ああ、なるほど。腑に落ちた。
「一年前、ぼくは無我夢中で戦っていた」
それはカントー地方での話。
「たった一年で、成長しちゃったのかな。悪いやつらに対して、すごくムカつくようになっていた」
その感情は、たった一年で、目を背けたくなるほど醜悪に──
「ギンガ団に関わるなかで、ぼくのなかに黒い感情があることに気づいたんです。それはこの事件が進むにつれ育っていって」
──つまりアクタは、ずっと、怒っていた。
「だってあいつら、ちっともポケモンを大切にしていない。道具みたいに扱って、奪って、傷つける。それがすごく嫌だった。あんなやつら、みんなひどい目に遭えばいい。──そんなふうに思う自分がいるんです。」
そしてこの怒りは、まだ消えていない。
「こんな黒い感情を抱いているぼくは、まだトレーナーを続けていけるんだろうか。ポケモンたちに関わる資格があるのだろうか。だって、いつかぼくの考え方が悪い方向に変わって──」
アクタは、カントー地方で出会った「悪」を思い出す。あえて「ロケット団」という悪の旗を掲げた、あの男を。
そしてシンオウ地方で出会った「悪」。あらゆるものを利用し、自分の理想とする世界を叶えようとした、あの男。
彼らの気持ちは理解できない。
あくまでも、
「いつか、アカギとおなじ道を辿ってしまうのかもしれない。自分の目的のために、ほかのものを犠牲にする道を……」
いつか、彼らを理解してしまうのかもしれない。
「たしかにきみには、ちょっとした危うさがある」
破れた世界で、去り行くアカギにアクタはキレた。そんな少年を、シロナは止めてくれた。
「若過ぎて、強過ぎて、なによりポケモンへの愛情があり過ぎる。なるほど。ひょっとしたら『悪人』と呼ばれる道を歩むのかもしれないね。──でもそれは、単なるひとつの可能性」
シロナは、空を指さす。
「見て、星」
うつむいていた少年は、ようやく空を見上げる。
「わあ」
空気が澄んだ寒空に、満天の星が集まっていた。槍の柱は、ふもとよりすこしだけ宇宙に近い。
「未来の可能性なんて考えていたらキリがないわよね。星の数だけ道がある。星を辿っていくうちに道は曲がりくねって、どこに到達するかなんて、だれにもわからない」
「…………」
「せめて、きみの道の先に陰を落とさないように──そんなふうに導くことはできる」
「え?」とアクタはシロナを見る。
「大人として、チャンピオンとして、悩める子どもを見逃せるものですか。特にきみにはギンガ団やギラティナの件で恩がある。──きょうはね、そのことを話しに来たの」
ふたりは顔を見合わせる。
「あたしの弟子にならない?」
予想だにしていない申し出だった。
「自分を律すること。感情のコントロール。ポケモンや他人との付き合い方。バトルのこと。あたしにできることをすべて教えてあげる。──未熟で危うい、そんなきみを、チャンピオンに相応しいトレーナーに育てる」
「……でも」
返事に詰まってしまう。
「いずれチャンピオンになれ、とは言わない。将来のことはきみ自身が決めることだしね。でも、その強さに見合う人間性は身に着けなきゃね? 要するに──」
シロナは微笑む。
「イイ男にならなきゃ」
「ははっ」
あまりにも簡潔で、あまりにも曖昧。アクタは思わず吹き出した。
「シロナさんって、回りくどいですね。わざわざテンガン山の頂上まで連れてきて言うことですか」
「まあいいじゃない」
「それに、恐いしさあ。初対面のとき、すっごい殺気みたいなの出てましたよ」
「クセなのよ」
「きっと、なにを教えてくれるにしても、厳しいんだろうなあ」
「それで、返事は?」
少年は、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「よし、決まりね」
シロナは、少女のような快活な笑みを浮かべた。
「さあ、そうと決まったら下山しましょうか。これから忙しくなるわよ。あした、キッサキから出る朝イチの船で、ファイトエリアっていうところに行くからね」
「さっそく過ぎません!?」
「なんだかあのあたりで、ギンガ団の残党が動いているとか。ほっとけないでしょ?」
「それは……まあ」
星空の下。雪の上。
アクタとシロナは並んで歩き出す。
「あの、どうでもいいかもしれないですけど、呼び方……『師匠』とか呼んだほうがいいですか?」
「師匠? うーん、なんだか落語家みたい」
「そうかなあ? じゃあ『先生』?」
「先生とか博士とか、たまに呼ばれるからね……なにか特別なものがいいわ。ああ、そうだ。呼び捨てでいいわよ」
「呼び捨て!?」
「いまや、おばあちゃんくらいにしか『シロナ』って呼んでもらえないわ。弟子なんて家族みたいなものだろうし、いまさら『さん』付けなんてよそよそしいでしょ。あたしもきみを呼び捨てにするから」
「はあ」
「そんな感じでよろしくね、アクタ」
「よ、よろしくお願いします、シロナ」
:
この後、ハードマウンテンでプルートの陰謀を打ち砕いたり。
アカギを探すため、マーズとジュピターと3人旅をすることになったり。
「しょうぶどころ」というバトルの施設を管理することになったり。
その合間合間で行われるシロナの地獄の修行メニューにより、弟子入りを後悔する日々を送ることになるのは、べつの話である。
「わたしたちの隣にはいつだってポケモンがいる……その意味を考えていきましょう」
以上、カントー地方からシンオウに戻ってこられた、ナナカマド博士のお話でした。
というわけで特別番組「ナナカマド博士に聞く!」
全国ネットでテレビコトブキがお送りしました。
また来週このチャンネルでお会いしましょう!