ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
プルートとの面会を終えたアクタは、その足で──正確にはトゲキッスの翼で、バトルゾーンの一部であるリゾートエリアという町に降り立った。
「で!? 破れた世界ってのには、どう行けばいいのよ!?」
カフェのテラス席で、マーズとジュピターと合流。
こういったお洒落な店は初めてなので、緊張してしまう。ジュピターは「お子さまはこんなのでも飲んでなさい」とアイスココアを注文してくれた。
ココアの甘さに舌鼓を打つ前に、いきなりマーズは本題に入った。
飲み物が届くまで待ってくれただけ、マシだと思おう。
「結論から言いますけど、もう一度破れた世界に行くのは、無理っぽいです。ナナカマド博士や、サターンさん、シロナにも相談しましたけど……」
「あのときの状況を再現したとしても? たとえば、『あかいくさり』をもう一度使っても?」
「湖のポケモンたちをまた苦しめるようなことをするなら、それは却下です」
思わず視線が強くなる。少年に睨まれて、ジュピターは肩をすくめた。
「そもそも、なんでギラティナっていうポケモンが出てきたんだっけ?」
「えっと、アカギさんの、世界を変えようとする野望に反応したんです。ギラティナの棲む場所……破れた世界にも影響が出るから」
「ふーん」
不意にマーズは、きゅっと目をつむって力んだ。
「……どうしたんです?」
「……世界を変えようと願ってるの。どう? ギラティナは来そう?」
「…………」
ちょっとかわいいと思ってしまった。
「馬鹿じゃないの、マーズ」
対してジュピターは辛辣である。
「なによ! ジュピターこそ、ろくな意見を出してないくせに!」
「あら、じゃあ質問させてもらうけど」
ジュピターはふたたびアクタに向き合う。
少年の腰のモンスターボールから、サンダースとグレイシアが勝手に出てきた。主人の足元に戯れるのも束の間、カフェテラスの開けた場所で、背伸びをしてくつろいだ。
「アカギ様はいまも、破れた世界に
「それなんですよねえ」
アクタは腕を組んで、首を傾げる。
「ギラティナはアカギさんのことを嫌ってるはずだから、なんなら追い出しちゃうかも」
「つまり、アカギ様はもう、この世界に帰って来てるってこと!?」
「たぶんですけど」
「だとしたら、どこに? ギンガ団に戻って来てないのに」
「うん。とりあえず、この世界でアカギさんを探してみましょう。あのひとが行きそうな場所ってどこですか?」
「どうでもいいけど、あなたが仕切るのは気に喰わないわねえ」
:
それからアクタとマーズとジュピターの3人は、アカギに所縁がある場所を転々と旅をした。
「と言っても、アカギさんの個人情報って、ギンガ団のデータベースにも残ってないんでしょ?」
「だからこうやって、過去にアカギ様が出した命令をしらみつぶしに調べて、とっかかりを見つけるしかないでしょ」
「雲を掴むような話だなあ……。ん、ジュピターさん? なにか気になることでも?」
「……電力エネルギーを集める計画をしていたときの話なんだけど」
アクタは、谷間の発電所で電気を奪われたときのことを思い出した。
「発電所で、初めてマーズさんと会ったんですっけね」
「懐かしいわねー。まさかあのとき戦ったあんたに、ギンガ団潰されるなんて思ってなかったわ。はー憎たらしい」
「話、聞く気ある?」
ジュピターに睨まれて、アクタとマーズは押し黙る。
「……そのとき、ナギサシティから電力を奪っては? ていう案が出たんだけど、アカギ様はそれを却下したの」
「へえ」
「
アクタは立ち上がる。
「決まりだ。ナギサシティを調べよう」
:
調べた結果、どうやらナギサシティはアカギの故郷らしい。
「アカギ様がナギサシティに手を出さなかったのは、生まれ故郷だから……? まさかあの方に限って、そんな……」
「そんな人間らしい感情があるなんて?」
アクタは絶句するジュピターの表情を覗き込むが。
「……なんなのよ!」
そっぽを向かれてしまった。
「なんだか幻滅しているみたいだから……」
ジュピターは否定も肯定もせず、目を逸らす。
「やっぱりあのひとは人間だよ。みんなとおんなじ、不完全な人間だ。それがわかって、ぼくはすごく嬉しいな」
「……認めざるを得ないか。我々はあの方の振る舞いに乗せられて、身勝手なイメージを抱いていたのね」
「ジュピター、アクタ、ごはん買ってきたわよー!」
マーズとブニャットがナギサ市場から戻ってくる。
「ぼくの分、ケチャップたっぷりにしてくれました?」
「はあ? そんなのないわよ。ふつーにカツサンドだし」
「えー……しょうがない。マイケチャップをかけるか」
「自前の持ってんの? 気持ち悪っ!」
ナギサシティでは情報こそ得られたものの、アカギは戻ってきているわけではなさそうだ。いまとなっては生家すら残っていない。
辛うじて、彼の親類が228番道路に住んでいるという情報を得られたものの……
「まあ当然、ここに身を寄せているってわけじゃなかったですね」
228番道路の民家で話を聞いた後、3人は池のほとりに佇む。
「そもそもアカギ様が、ギンガ団を差し置いてだれかを頼るとか思えなーい」
「うーん、それはそうかも……」
アクタは、ブニャットとスカタンクをブラッシングする。最近は、ひっかかれたり臭い液をかけられたりすることもなくなった。
「ねえ、やっぱり破れた世界ってところにいるんじゃないの?」
「そうだとしたら詰みなんだって……でも、うーん……いっそのことギラティナの痕跡を追うか……? あんまりシロナに頼りたくないなあ……」
「アクタ。プルートともう一度話すことはできない?」
ジュピターの問いに、アクタは首を傾げる。
「でも、プルートさんはアカギさんの居場所なんて、知らないみたいでしたよ」
「だとしても、あの無駄に用意周到なじいさんなら、アカギ様の情報をなにかしら隠し持っていそうでしょ?」
「なるほどお」
さっそくハンサムに連絡を取ったアクタだったが、すでにプルートはハンサムの管轄から外れてしまったらしい。面会できるのはずいぶん先になるそうだ。
しかし、押収されたプルートの研究資料はギンガ団に返却されたらしい。
せめてなにか情報を得られれば──藁にも縋る思いで、3人は返却先のギンガハクタイビルに向かった。
「まあでも、研究者でもないあたしたちが、こういう資料から情報を読み取れるとは思えないけどねえ……」
「文句を言わずに調べなさい。やらないよりマシでしょ。──なにこれ、子どもの日記?」
「ポリゴンZ、このパソコンのファイルから、アカギさんに関連してそうなデータを抜き出せる? ──わあ、多いなあ」
丸一日ほど粘って。
「あ、わかったかも。アカギさんがいるところ」
少年は閃いた。
:
真夜中のハクタイの森。
「怖い」
森の洋館を前にして、アクタは縮こまった。
「やっぱり坊やね。お姉さんが手をつないであげましょうか?」
にやにや笑って手を差し出すマーズだが。
「ジュピターさんがいいなあ」
「はあ!? なんでよ!?」
ジュピターの隣に着くアクタ。
「まとわりつくな」
が、小突かれてしまった。手厳しい。
「さっさと入るわよ。手分けして探す?」
「あ、でもぼく、部屋の目星はついてるんです」
ふたりのすぐ後ろで、洋館の廊下を進む。マーズは時おり「ビビり」と少年を冷やかした。
「ねえアクタ。いまさらだけどあなた、なんでアカギ様を探すの? ギンガ団のために──なんて、本気じゃないでしょ。自分で壊滅させといて」
「本気だよ。ぼくが心配しているのは、これからのギンガ団だもん」
「これから?」
「サターンさんが言ってたんだ。もうギンガ団は悪の組織じゃなくなるんだって」
一応、ギンガ団を「辞めた」扱いのふたりには、関係のないことだろうが。
「組織が変わるためには、これまでギンガ団がやってきた悪事に対して、アカギさんが責任を取らなくちゃ」
「アカギ様を罪に問うと?」
ジュピターの視線がきつくなるが、アクタは首を横に振る。
「それとこれとは、べつの話。大事なのは、アカギさんが『やったこと』を認めて、みんなに説明することです。つまりまだ、ギンガ団にはアカギさんが必要なんです」
「……そんなの、罪に問うのとおなじことじゃないの?」
「うーん、まあ、実際の責任の取り方は、アカギさんに任せるよ」
3人は、とある部屋の前にたどり着いた。
「アクタ。あなたひとりで行きなさい」
「え?」
ジュピターは少年の背中を押す。
「ちょっと、ジュピター!?」
「この子にはその権利がある。──あたしたちはそのへんで待ってるから」
背中を向けるジュピター。納得していなさそうなマーズだが、やがて彼女についていく。
「……ありがとうございます」
アクタは、その部屋の扉を開けた。
白黒の砂嵐を映すテレビ。
その前で椅子に腰かける、男の姿があった。
:
アカギの姿は、まるで別人と思うほどに頼りない。
「アカギさん」
とりあえず、声をかけてみた。
「この世界に戻っていたんですね。良かった」
良かった──とは? 少年は自問する。
アクタは、アカギの身を案じるような立場ではない。むしろ逆だ。憎んでさえいたじゃないか。
「……あなたがいないと、ギンガ団の件に決着がつかない」
正直に告げた。
「ギンガ団、ずっと警察に捜査されてて、大変なんですよ。サターンさんがみんなをまとめてる。今後は真面目にエネルギー開発事業をしようってことになってるのに、事件に決着がつかないことには、進まない」
アカギは無言だ。
「出頭してくれませんか。やったこと、ぜんぶ説明してほしい」
アカギは無言だ。
「……
「いまさらわたしに、この世界でなにをやれというのだ」
ようやくアカギは応えた。
かすれた声だった。
「望まぬ世界で、生き恥を晒せというのか」
「……なにが生き恥だよ」
少年の声が震える。
「こんなところで、
「……どうしてお前が泣くんだ」
振り返ったアカギは、呆れ顔であり疲れ顔だった。
「あんた、贅沢だよ……! 強くて、頭良くて、愛してくれるポケモンと、愛してくれる人間がいるのに……!」
勝手にあふれ出てくる涙を拭う。
「期待に応えることに疲れたのなら、みんなに頼ればいいじゃないか。そうやってみんなで、理想の世界を創ればいいのに……!」
「……『世界を創る』のには反対ではないのか」
「そりゃ、心のない世界とかは勘弁してほしいし、みんなに迷惑がかかる手段も嫌だけどさ。夢は否定しないよ」
ようやく涙が止まって、アクタは呼吸を整える。
「こんな小さな空間にいたままじゃ、だれの時間も進まない。これからどうするのか、あなたの判断に任せます。まずは外に出ましょう」
「…………」
「その子も一緒に」
白黒のテレビに、影が浮かんだ。
画面からぬっと姿を現したのは、まるで発光する電球。オレンジ色の身体が、青白いプラズマで覆われている。
「これ、あげます」
アクタはアカギに、モンスターボールを差し出した。
なんの変哲もない、どこにでも売っている、赤と白のボールだ。
「ロトムもそれを望んでいるとすれば、きっとゲットできるでしょ。──ぼくはノーコンだから、無理ですけど」
アカギは迷いあぐねて、しかし、やがてモンスターボールを受け取った。
「……いや。お前は、なかなか的を射ている」
:
ジュピターたちとハクタイの森を目指すすこし前、アクタはひとり、マサゴタウンのポケモン研究所を訪れた。
「ロトム……電化製品のなかに入り込むポケモンか……」
ナナカマド博士は、アクタが見せた資料をぺらぺらとめくる。
「なにかわかること、ありますか?」
「うむう……わたしが知っているのはこんな話だ」
博士は白いひげを撫でて、ぽつぽつと語り始める。
「むかし、おもちゃのロボットに入り込んだままのポケモンがいてな。それを新しいポケモンとして認めるかどうか……議論が始まろうとしたが、肝心のロボットポケモンはいなくなったというんだ……」
「いなくなった、ですか」
「それにしてもこのロトムというポケモンは、変わったポケモンだな。電化製品のなかに入りつつ、というかなかば融合して新しい技を覚えるのか。言ってみれば、機械のようなポケモンのような存在だ。ふむう……! 極めて特殊だが、これもポケモンのひとつの姿だな」
「よくわかります。ポリゴンも人工ポケモンって言われてますけど、みんなと変わらない、生きたポケモンですもん」
腰元の、ポリゴンZが入ったモンスターボールを撫でる。
「なるほどなるほど! いくつになってもポケモンには新しい発見がある! それにしてもアクタ、お前のポケモン図鑑にはすでにロトムのデータがあるじゃないか。ひょっとして、捕まえる算段でもついたのか?」
「いやあ、ぼくじゃないんですけど」
:
アカギを見つけて、マーズやジュピターとの旅も終わった。
ブニャットとスカタンクは、名残惜しそうにドダイトスにすり寄っている。
「ねえ、あんたってあたしのこと好きでしょ」
「へ?」
「男と女、って意味で」
マーズの問いに、アクタは思わず吹き出す。
「ぼくが? マーズさんを? あはは、ないない」
「生意気! つぎに会うときはボコボコにしてやるからね!」
「望むところです。でもぼく、負けないよ。──ジュピターさんも、またバトルしましょうね」
「ええ、つぎは泣かしてあげるんだから」
ふたりと別れ、寂しさもひとしおに──ハクタイシティのポケモン像を見上げつつ、少年はベンチに腰かける。
「ロトムのことはどうやってわかったの?」
隣の女性が話しかけてくる。
「プルートが残した資料に、子どもが書いた日記があったんだ。どうやらその子がロトムを発見したらしくて……でも、ある日突然、ロトムはいなくなってしまったと」
「続けて?」
「ここからは仮定です。というか勘。もしその子どもというのが、アカギさん
「つまりアカギは、ロトムに対して特別な思い入れを持っていた、と? なるほど。その仮定を認めたとすると、彼がロトムの棲み処にいるというのは……納得できないこともない」
「勘が的中してラッキーでした。ジュピターさん、ぼくのこと、すごいって思ったかなあ」
「あら、本命はジュピター?」
アクタは咳払いをして、「そんなことより」と本題に入った。
「そんなことより、シロナ。アカギさんはこれから、どうなるんです?」
アクタの隣の女性、シロナは、あごに手を当てて考える。
「このまま出頭しなかったら……追跡している捜査員により逮捕かしら」
「え、跡をつけてるんですか!?」
「当然でしょ。あれだけのことをした男を、逃がすわけないじゃない。ちなみに、あなたたちの3人旅も捜査員が追跡してたからね」
「ええ……?」
「おとなはさらっとズルいのよ。覚えときなさい」
師匠っぽいシロナの発言に、アクタは小さく「はい」と返事をする。
とはいえ、アカギならば心配ないだろう、とアクタは思った。
マーズとジュピターも一緒だ。それに、新しいポケモンも。
「まあとにかく、ギンガ団の件は解決コースに向かっていると思ってくれていいわ。そうそう、あなたにもポケモンリーグを通して感謝状が出ると思うから」
「ええ……要りませんよそんなの。恥ずかしい」
「ダメ。ちゃんと受け取っておきなさい。それも
そう言われると弱い。苦々しい顔を浮かべつつも、アクタは「わかりました」と頷いた。
「……アカギと話して、すっきりした?」
「……はい、ちょっとは。結局、怒ったし泣いちゃいましたけど」
「結構。──さて、じゃあ修行をつぎのステップに進めましょう」
「げえ」
少年はふたたび苦い顔になった。
シロナの修行はとにかく厳しいのだ。配慮がなく、容赦がなく、手心がない。
「嫌がっても無駄よ。観念なさい。あしたからきみには、バトルフロンティアに行ってもらいます」
「え? バトルフロンティアってたしか……」
近日、開放予定のバトル施設だ。高レベルの特殊なバトルが体験できるそうで、アクタも挑戦したいと思っていた。
「そういうことなら、話が違ってくるぞ。楽しみだなあ」
「たぶん勘違いしているんだろうけど、アクタには施設側のお手伝いをやってもらうからね。こき使ってもらいなさい」
「…………」
「そうイヤな顔をしないの」
シロナは気軽に、少年の肩をポンポンと叩く。
「きつめのアルバイトなんて、悪の組織の相手より、ずっとマシでしょ」
スパルタ修行は、今後も続いて行く。
出会いは突然だったよ。
ぼくが、失くしたおもちゃのロボットを見つけたとき、
芝刈り機のモーターからポケモンが飛び出してきたんだ。
不思議そうに僕に近寄ってきた。
ポケモンは笑ったように見えた。
そのとき分かったんだ、ぼくたちは友達になれるって。
不思議なポケモンを、ロトムって呼ぶことにした……