ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
キキョウシティ、フレンドリィショップにて。
「チリアさん、お久しぶりです」
ウツギ博士の助手がいた。見慣れた顔である。
「話は聞いてる。タマゴをくれるって?」
「ええ。ぜひあのポケモンのタマゴを、育ててみてほしいんですよ!」
差し出されたのは、両手に収まるサイズの楕円形。白のなかに、赤と青の模様が混ざっている。
「これが……」
「きのう、ウツギ博士にだれかから電話がありましてね。しばらくなにかの話をしていたかと思ったら突然博士が……『そういうことなら、やっぱりチリアちゃんしかいない!』と叫んだんですよ」
「相変わらず、まあまあ勝手な男だこと。いくらわたしが天才だからって、頼り過ぎじゃないかしら」
タスクが増えるのは歓迎しないが、しかしこれはチリアにとっても得な話だ。
「ポケモンのタマゴは、元気なポケモンのそばで、ある程度時間が経たないと産まれてこないようです。その点でもチリアさんならピッタリだと思うんですよね」
「元気なポケモン、ね……」
ヒノアラシは、助手に緊張しているのか、チリアの足元に隠れている。
「じゃあよろしく頼みますよ!」
仕事を終え、にこやかに去って行く助手。チリアはタマゴを抱えたまま、フレンドリィショップを退店した。
「さて、どうしたものか。ただ持ち歩いていればいいのかしら」
「あれま、そのタマゴは……!」
突然、着物の女性が話しかけてきた。
というか、赤く絢爛な着物、化粧を施した、舞妓だった。
歴史的な街並みであるキキョウシティには、決して不似合いではないものの、それでも浮世離れした印象はある。舞妓は、さすがにたじろぐ少女の手元──タマゴを覗き込んだ。
「ふんふんなるほど……ポケモンじいはんからウツギはんへ、そしてウツギはんから
あんさんへ。そうどすかあ……」
「知っているの? このタマゴのこと」
舞妓はチリアの問いに答えず、背筋を正して微笑む。
「それはほんまに大事なタマゴやさかいに、しっかり育てて遅れやす。よろしおすな?」
「……はい」
チリアが頷くと、舞妓は満足そうに、くるりと身をひるがえす。
「ほな頼んますえー」
踊るように、舞妓は去って行った。
「……なーんか、やな感じ。面倒ごとにならなきゃいいけど」
少女は抱えたタマゴに目を落とす。一体、このタマゴの出どころはどこなのだろう。
新たなポケモンを迎えるかもしれない状況を、喜ぶべきか憂うべきか、わからなかった。
:
アルフの遺跡。
キキョウシティの南西になる、1500年以上前に造られたという遺跡だ。現在は観光地として開放されており、研究者や物好きな観光客がまばらに訪れている。
「ああ、ひどい目に遭った」
遺跡に入って一時間後。
チリアは服に着いた砂ぼこりを払いながら、ヒノアラシを連れて出てきた。
「パズルを解いた途端、文字みたいなポケモンが襲ってくるなんて聞いてない。アンノーンって言ったっけ。まったく、安全な観光地かと思って寄り道したのに」
アンノーンの出現は、チリアがパズルを解いてしまったことがきっかけなのだが、当然ながらチリア自身はそのことを意識していない。
「しかもぜんぜん捕まらないし」
それはチリアがノーコンなせいだった。
「アルフの遺跡……うーん、まだまだ謎はありそうだけど、見かけよりずっと広いな。地下まで広がっているし、たぶんほかの入り口が敷地外にもありそう。川を越えたりしないといけなさそうだし……」
結果。
「もういいや。面倒だから、ここの攻略は諦めましょう。もともと寄り道のつもりだったし、旅には関係ないし」
すっぱりと諦めた。
「ヒワダタウンには、32番道路を通って……けっこう遠いわね」
旅の本筋に戻るべく、ポケギアのタウンマップ機能を確認する。
少女の胸元には、抱っこひもでポケモンのタマゴが結び付けられている。ずっと腕に抱いて持ち歩くのは不自由だ。
ヒノアラシに背負わせようとも思ったのだが、バランスが悪いし、なにより背中の発火器官があまりにも危険だ。
タマゴが調理されてしまう。
「それにしても、まだ産まれないのかしら」
山道を歩きつつ、胸元のタマゴに目を落とす。ほのかな熱はあるものの、うんともすんとも言わない。
「ヒノアラシだけで戦っていくのも仕方なしと思っていたけれど、もしももう1匹でも手持ちが増えるのなら、非常に便利だろうに」
相も変わらず、チリアの投げるモンスターボールは狙い通りに飛ばない。
だから新たなポケモンを入手できるというのならば、願ってもない話なのだが──あくまでも、チリアはヒノアラシに対して念を押す。
「とはいえきみが最強のポケモンになるのは、諦めないでよね」
ヒノアラシはたじろぎつつ、小さく返事をした。
実際のところ、ヒノアラシ1匹での戦いには限界を覚えている。32番道路にもポケモントレーナーはたくさんいる。特に困ったのは、主にみずタイプを使う釣り人との戦いだった。
コイキングになら楽勝だが、ニョロモやトサキントには、ほのおタイプのヒノアラシは苦戦を強いられる。
「釣りでポケモンをゲットするのって、どうするの?」
少女の問いに、釣り人の男は快く答える。
「簡単さ。釣り上げて、バトルして、捕まえればいい」
「よくわかった」
ならば、チリアには無理だ。ノーコンだから。
「……あ、リニアの線路だ」
海を横切る橋脚。雑誌やテレビで取り上げられていたが、リニアモーターカーが、コガネシティとカントー地方のヤマブキシティを繋ぐらしい。
「羨ましい話ね。遠い場所まですぐに行けるなんて」
夕暮れの32番道路。チリアは、そろそろ困っていた。
釣り人たちとの戦いで、ヒノアラシは疲弊している。
そんななかで日が暮れ始めている。
「絶対、野宿はしたくない……!」
ポケモンセンターの設備だって、気に入っているわけではない。だけど無料で使える施設としては、非常に良心的だ。
「屋外で寝泊まりなんてありえない。シャワーを浴びれないなんてありえない。肌へのダメージが計り知れない」
だからといって、ここからキキョウシティへ引き返すわけにもいかない。ヒワダタウンまで夜通し歩き続けるにしても、ヒノアラシの体力が持たないだろう。
「ああ、ポケモンセンターに行きたい。いまになってあの公共施設のありがたみがわかるわ……」
そう呟いたところで、視界のオレンジ色の屋根が目に入った。てっきり都合のいい幻かと思った。
キキョウシティからヒワダタウンへの道のりは、長い。それゆえに道路の途中であっても、ポケモンセンターが用意されている。
「これは僥倖。世の中、捨てたものじゃないわね」
あくまでも、チリアの身体は丈夫である。10年の人生のなかで、病気ひとつしたことはない。
このデリケートさは、単純に性格や育ちによるものだ。
:
つながりの洞窟。
その名のとおり、32番道路と33番道路を繋げる洞窟だ。入り組んだ構造だが、規模は大したものではない。野生として生息しているいわタイプのポケモン、イシツブテには苦労させられたものの、ものの1時間で33番道路へ抜けることができた。
「みずタイプだけじゃないくて、いわ、じめんタイプも課題か……あら」
洞窟を抜けるのも束の間、33番道路は、日中の屋外にも関わらず、薄暗い。天候が雨だからだ。
「たしか、天気もポケモンバトルに影響してくるのよね。雨なんかはほのおタイプにとって相性が悪いわ」
チリアは、雨ガッパを羽織って、両足の間にヒノアラシを入れる。
「モンスターボールに入れたほうが、まだマシだと思うんだけどねえ」
ヒノアラシは切なそうに鳴いた。
これまで、チリアのモンスターボールを投げる練習に何度か付き合ったが、いずれも驚くべき結果に終わった。すくなくとも、チリアは狙った場所に物を投げることができない。
「でも、この道路は短いみたいね。助かったわ……ほら、もう町が見える」
────
ここはヒワダタウン。
ポケモンと仲良しの町。
────
「なんだお前! おれたちのことを知らないのか!
町に足を踏み入れるなり、黒い服の男と、町の住民らしき男性の口論を目撃した。
「おれたちは……ロケット団さまだ! ……え? 解散したはずだって? ジョーダン言うな。解散なんかしていない!」
雨が止んだので、チリアは雨ガッパを脱ぐ。
「いや、一度は解散したんだけどさあ。サカキさまの野望を達成するために、また復活したんだよね……ってそんなことはどーでもいい!」
離れた場所でそのトラブルを眺める。
「ツベコベ言わずに消え失せろ!」
黒服は、男性を突き飛ばした。
男性がすごすご帰っていく。黒服は、井戸らしき穴の前に立つ。
「ねえ」
チリアは黒服に声をかけてみた。
「はーい、なんでもないですよー。なかは危ないですからね。町のひとがうっかり
入ってしまわないように、こうして見張っているのです。くーっ、おれって良いひと?」
ひとり喋る黒服。どうやら、この井戸への進入を禁止しているようだ。
とりあえず、チリアは看板を確認する。
『ヤドンの井戸、別名、あめふらしの井戸、この地方ではヤドンがあくびするたびに、雨が降ると信じられています。実際、400年前の日照りのとき、みんなを救ったのはヤドンがあくびをしたからだと当時の記録に残されています。』
「そんなわけないでしょう」
容赦なく呟くチリアだったが、その言葉に反応する者はだれもいない。
曇天の下、少女はとりあえずポケモンセンターを訪れる。
「ヤドンか……なーんか、やな感じがする」
32番道路のポケモンセンターでのことを思い返す。
「美味くて栄養満点の、ヤドンの尻尾は要らない? いまならたったの100万円。どう、買うでしょ?」
条件反射で断ったら。
「要らないのか! じゃああっち行った行った!」
男の様子で、なんだかアコギな商売であることは察しがついた。
そしてこのヒワダタウンで。
「町からヤドンが消えた……どこぞではヤドンのシッポが売られているという話だし……」
そう嘆く老人の声を聞いた。
加えて、井戸を封鎖していたあの男は、「ロケット団」。たしか一年ほど前、カントー地方で大きな悪事を働いていた組織だ。
結局、解散したらしいが、先ほどのロケット団を名乗る男は復活したというが──
「まあ、わたしには関係ないか」
チリアにとって、ヒワダタウンでの用事はふたつ。ひとつはポケモンジムへの挑戦。もうひとつは、この町にいるというモンスターボール職人を訪れることである。
「ええと、モンスターボール職人のガンテツのお宅は……ここか」
小さな町だ。なにより、表札ですぐにわかった。
『ここはガンテツの家。ぼんぐり一筋、頑固なボール職人』
「自分で頑固って言っていいんだ。──ごめんください」
チリアは臆せず、頑固らしい職人の家を訪れる。
屋内には、老人と幼女がいた。
老人はなにやら支度をしており、幼女はそれを心配そうに見守っている。
「おう、お前はだれや?」
「あなたがガンテツ? わたしはチリア。旅のトレーナーよ」
「そうか。ボールを作ってほしいんか?」
少女が頷く前に、老人は首を横に振る。
「悪いがそれどころちゃうんや。ロケット団、知ってるか? いや知らなくてもええ。話を進めるぞ」
「………………」
とにかく老人は喋りたいようだ。チリアは勝手に居間に上がって腰かける。ガンテツの孫娘らしい幼女は、ヒノアラシに興味があるのか、じっと見つめている。
「ロケット団いうのは、ポケモンを無理やり悪さに使うろくでもない連中や。1年半前に解散したはずなんやが……とにかくそいつらが、井戸でヤドンのシッポを切っては売りさばいとるんや」
「ふうん。やな感じの連中ね」
「だからわしが行って、ちとこらしめたるんや!」
ガンテツはいきり立って、荷物を背負う。
「よーし! 待ってろヤドン! 男・ガンテツが助けたるぞ!」
そう叫んだかと思うと、老人は家から飛び出していった。
「………………」
気まずい沈黙。取り残された孫娘は、やがてくすんくすんと泣き出す。
「おじいちゃんどこ行ったの……? あたしさみしいよう……」
「泣くんじゃないわよ。わたしは慰めないわよ」
冷酷な主人とは裏腹に、ヒノアラシはおろおろしつつ、幼女に寄り添った。
「ロケット団を退治しに行くような口ぶりだったけど……ねえ、おじいちゃんって強いの? ポケモンバトル」
「う……ううん、べつに……」
「そう。まったく、しょうがないジジイだこと」
チリアは立ち上がる。
「ヒノアラシ、助けに行くわよ」
「え!? お姉ちゃん、いいの!?」
「だって、わたしはガンテツにモンスターボールを作ってもらいにきたんだもの。妙なトラブルで野垂れ死にされたら、困るわ」
チリアの乱暴な物言いに引く幼女。しかし主人の態度には慣れ始めているヒノアラシは、その背中に続く。
「任せなさい。老人を連れ帰ってくることくらい、わけないって。笑顔を準備して待ってなさい。涙は男の気を引くときに使うものよ」
:
そもそもヤドンの井戸の入り口は、ロケット団が見張っていたのだ。そこでガンテツと合流できると思っていたのだが……
「だれもいないし」
ガンテツも、ロケット団もいない。
「入り口にいないとなると、中よね」
ほのかなカビの匂いに顔をしかめつつ、チリアは梯子を伝って、井戸の中へ降りる。
「おうチリアか」
ガンテツがいた。
「ここ、ロケット団が封鎖してなかった?」
「上で見張ってたやつは、大声で叱り飛ばしたら逃げよったがな……」
悪の組織が、なんとも情けないものである。
「わし、井戸から落ちてしもて、腰を打って動けんのじゃ」
この老人もちょっと情けない。
「くそう……元気ならわしのポケモンが、ちょちょいとこらしめたのに……」
「しょうがない。もう帰……」
「まあええ、チリア! わしの代わりにトレーナー魂を見せるのじゃ!」
「はあ?」
ガンテツは、ロケット団をこらしめにここに来たという。
その代わりに、ということは……
「やだわ。どうしてわたしが、ロケット団なんてわけの分からない連中を相手にしないといけないのよ」
「そう言わんと! 正義のトレーナーとして、悪いやつは見過ごせへんやろ!?」
「だれが正義のトレーナーよ」
老人から顔を背けるチリアだが……
「そ、そんなこと言わんと! な!?」
「……わたしは正義のトレーナーじゃないから、見返りが欲しいのよ」
頭ごなしに突っぱねることはしない。
「ここのロケット団、やっつけるからさ。そしたらわたしのために、モンスターボールを作ってよ」
「お……おお! そうか! そういうことなら任せえや! とびっきりのボールを作ったるさかい!」
とんだ回り道ではあるが、チリアはノーコンを解決するモンスターボールを手に入れるため、正義のトレーナーをやることになる。
ヒノアラシ ♂
おくびょうな性格
タマゴ