ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
シルバーが繰り出したのは、ガス状ポケモンのゴース。マダツボミの塔で野生の個体と戦ったことがある、ゴーストタイプのポケモンだが、当然、野生よりも強い。
「“さいみんじゅつ”!」
いきなり眠らされてしまうマグマラシ。状態異常を受けることは予測していたが──チリアはおさげをくるくるといじる。
「マグマラシ、“ひのこ”。──ちぇっ、起きないか」
その隙に“したでなめる”といった攻撃を受けてしまうが、威力は高くない。どうやらゴースは、マグマラシに対して決定的な攻撃力を持っていないようだ。ならば、回復のための道具を収めて、まどろむマグマラシへと指示を続ける。
「“ひのこ”!」
再三の指示で、ようやくマグマラシは覚醒した。
火炎はゴースの急所を焼き、やがて戦闘不能にする。
「よし。でも起きるのが遅いわよ、マグマラシ」
「なんだお前、すこしは自信をつけてきたのか……」
つぎのモンスターボールから現れたのは、赤いトサカに青いウロコのワニのようなポケモン──
「お前みたいなやつに負けるなんて、冗談じゃないぞ。行け、アリゲイツ!」
それがみずタイプのポケモン、ワニノコの進化系であることは、一目瞭然であった。
「……“えんまく”」
命中率を下げることで、好機を見出そうとするが──
「“みずでっぽう”!」
「あらら」
効果抜群のみずタイプの技を受け、マグマラシは戦闘不能となった。チリアは胸に抱えたタマゴに触れるが、無理だ。たまに動くタマゴからは、なかから音が聞こえるだけで、戦力にはならない。
「あーあ、負けちゃった」
「……フン! 弱いやつだぜ」
シルバーはアリゲイツをモンスターボールにしまう。
結局、タイプ相性の良いポケモンでねじ伏せておいて、よく勝ち誇れるものだと、チリアは感心さえ覚えた。
「……オレは弱いやつが大嫌いなんだ。ポケモンだろうが、トレーナーだろうが……そういう弱いやつらがうろついてるのが、目ざわりで仕方ない……」
「ふーん。それは難儀だね」
それでは、強くなるたびに不快になるだろうに。
チリアも戦闘不能のマグマラシをボールに収める。
「ロケット団もおなじ。ひとりひとりは弱いくせに、集まって威張りちらして、偉くなったつもりでいる。そんなやつらが許せないんだ」
「強い弱いはともかくとして、徒党を組んで悪事を働くなんてのは、始末が悪いわよね。もっとも──」
チリアは、シルバーの顔を覗き込む。
上目遣いの、妖艶な笑み。シルバーは先ほど負かしたばかりの少女に、言いようもない恐怖を覚えた。
「単独犯だからって、格好が付くわけでも、許されるわけでもないけど。ね、ドロボーくん?」
「……おまえはうろちょろするなよ。オレの邪魔をするなら、ついでにお前も痛い目に遭わせてやるからな……」
「またね、シルバー。つぎはわたしが、あなたを痛い目に遭わせてやるね」
シルバーは、逃げるようにチリアに背を向ける。
勝ったのに、逃げるように。
:
「まだ、マグマラシは1匹で多数を完封できるようなレベルじゃないか。やはりタイプ相性は課題だし。なんにしても、育成が足りないわね。もっと経験を積ませなければ……」
とにかくチリアは、ヒワダタウンのポケモンセンターに向かう。
そのときだった。
胸に抱いたタマゴが、ぶるぶると大きく震えた。
「あら?」
孵化の兆候を感じたチリアは、すぐに抱っこひもを解き、揺れるタマゴを柔らかい地面に慎重に置く。
「強いのこい、強いのこい……」
タマゴの頂点にひびが入る。
やがて各箇所が割れたかと思うと、続いて、手足らしきものが飛び出す。
「危なっ」
顔面目がけて飛んできた破片を回避した。
あらためてそれに目を向けると、そこにはタマゴをそのまま着こんだ、クリーム色の体色の小さなポケモンがいた。
つぶらな瞳がチリアを覗いている。
「トゲピーね」
ポケモン図鑑を確認する。
「はりたまポケモン。ノーマルタイプ。強そうな印象は受けないけど、まあ生まれたてだからこんなものよね」
トゲピーは、きょろきょろと周囲を見渡したかと思うと、やがて泣き出しそうな顔で、よちよちとチリアのほうへ歩いてきて、彼女の靴にしがみついた。
「……マジか。めちゃくちゃ赤ちゃんじゃん」
トゲピーを抱き上げたチリアは、すぐにポケモンセンターへ。
受付に、戦闘不能のマグマラシと生まれたてのトゲピーを預ける。トゲピーはチリアから離れるとき、ものすごく泣いた。
「もしもし、ウツギ博士? タマゴからトゲピーが孵ったわ」
ロビーで待っている間、チリアはポケギアでウツギ博士に電話をかけた。
『さすがはチリアちゃんだ。きみにタマゴを預けて大正解だったね!』
「まだ生まれただけじゃないの」
当のトゲピーは、健康診断でピーピーと泣いている。ロビーまで聞こえるくらいに大泣きだ。
「ポケモンセンターに預けただけですごく泣いてさ。ポケモンにも『刷り込み』ってあるの?」
『生まれた直後に見たものを親だと思う──っていうやつだね。種類や個体にもよるのかもしれないけど、十分に考えられる。そうかあ、きみに懐いているのならば、結構じゃないか』
「どうかな。手がかからないほうがありがたいんだけど」
生まれたてのポケモンにまで、自立を求めるのは厳しいのだろうか。
『どんなポケモンが生まれたのか、そのうち見せに来てよ!』
「冗談を言わないでよ。ここからワカバタウンまでけっこう距離あるわよ」
『う、うん。だからそのうちでいいから……』
「取りに来たって渡さないわよ。もうトゲピーはわたしのだからね」
そう一方的に告げて、チリアは勝手に通話を切った。
ウツギ博士への用事は、孵化の報告だけである。
「回収でもされたらたまんないわ。せっかく手に入れた、2匹目のポケモンなんだから」
そうこうしているうちに、マグマラシとトゲピーは帰ってきた。
チリアはさっそく、ポケモンセンターの外でトゲピーをモンスターボールの外に放つ。
「あ、やっぱり変なところにいった」
投げたモンスターボールは、案の定。思ったよりも遠くに飛んで行く。
遠くで現れたトゲピーは、泣きながらチリアのもとに駆け寄ってくるが、途中で転んで、さらに泣いた。
「うーん、手がかかるなあ。まあそれはしょうがないとして……」
チリアはすでに、赤子のポケモンを対象にした育児の手引書を暗記した。
「ただきみ、それで戦える?」
チリアは一応、「最強のトレーナー」を目指して旅を始めた。当然、トゲピーにも戦ってもらうつもりなのだが。
「どう思う? マグマラシ」
ぽいと放ったモンスターボール。こちらもはるか遠くに飛んで行ったが、マグマラシは静かに、チリアのもとへ戻ってきた。
トゲピーはマグマラシに怯えて、チリアの靴の影に隠れた。
「仲良くなさい。きみたちは2匹で最強になるんだから。──良かったわね、マグマラシ、負担が減ったわよ」
マグマラシは困ったように鳴いた。トゲピーは泣きそうにしている。
そしてチリアの目線は、とある建物に向いていた。
「とりあえず、ジム戦でもやってみましょうか。トゲピー、きみにもデビューしてもらうからね」
:
『ヒワダタウンポケモンジム。リーダー、ツクシ。歩く虫ポケ大百科』
チリアがヒワダジムを訪れると。
「オッス、チャレンジャー! このジムはツクシが造ったむしポケモンの巨大な巣だ!」
キキョウジムにもいた、眼鏡の男が話しかけてきた。
「あなた、ここにもいるんだ」
「お前のことが気になってな! お前からは未来のチャンピオンの気配がするんだ。しばらく追いかけさせてもらうぜ!」
「……そう」
大の大人に「追いかける」と言われては、さしものチリアも防犯意識が刺激されるが、とりあえず彼に悪意はなさそうなので、見逃すことにした。
「ツクシはまだ若いのに、むしポケモンを使いこなす! アドバイスがないと辛いだろ?」
「アドバイスねえ……せっかくだからいただいておくわ。いいわよ、アドバイスして」
「よーし任せとけ! ……って、なんかお前、上からだな!」
ちゃんとチリアにツッコミつつも、眼鏡の男は助言を始める。
「そうだな、むしポケモンは炎が嫌いだ! それにひこうタイプの技も効果抜群だな!」
「……ふうん」
チリアは、ポケモンのタイプ相性は頭に入っているので、今回の男のアドバイスは特にありがたくはなかった。
気持ちだけ受け取っておこう。
「さ、トゲピー。きみの力を見せてもらうわよ」
チリアの過分な期待とは裏腹に、トゲピーは彼女の足元で嬉しそうにしている。
受付を済ませて、すぐにジムチャレンジが始まった。
木々、茂み、落ち葉。建物であることを忘れてしまいそうになるほど、森のイメージに寄せた内装のジムであった。
「これは……?」
目の前には、クモのポケモンであるイトマルを模した乗り物がある。
とりあえず乗り込むと、その機械はロープを伝って動き出した。しかし乗り物はまっすぐには進まず、ロープの分かれ道で必ず曲がる。
「なるほど、あみだくじ状に進むのね」
つまり、ルートを見極めればそれだけ早くジムリーダーのところにたどり着くだろう。
「でも前回と違って、完全にジムトレーナーを無視して踏破するのは難しいかな」
イトマルのライドを降りた少女の前に、虫取り少年が立ちはだかる。
「むしポケモンのように巣を渡ってここまで来たな! きみにむしポケモンの魅力を教えてやるぜ!」
少年の言葉に特にリアクションは返さず、チリアは足元のトゲピーに話しかける。
「トゲピー、戦いなさい」
嫌がるかと思ったが、意外にもトゲピーは元気に鳴いて、バトルフィールドへよちよちと歩いていった。
虫取り少年は、キャタピーを繰り出す。トゲピーは臆せず、緑のむしポケモンと対峙している。チリアはさすがに心配を覚えたが、止める間もなく勝負の開始が告げられる。
「キャタピー、“たいあたり”!」
「トゲピー、“じんつうりき”!」
技の応酬一回で、チリアは見極めた。
というかそれはだれの目にも明らかであった。
「……勝てない」
トゲピーは、“たいあたり”一発で戦闘不能にこそならなかったものの、非常に大きなダメージを受けている。かたやキャタピーは、まだ余裕がありそうだ。
トゲピーが覚えていた“じんつうりき”というエスパータイプの技は、スペック上は強力な技ではあるのだが、使うポケモンが未熟ではこんなものである。
「トゲピー、交代よ。戻りなさい」
チリアの声に、トゲピーはあっけなく敵に背を向け、よちよち歩きで少女のもとに戻る。
「やはりしばらくはきみを頼るしかないわね、マグマラシ」
モンスターボールに語りかけて、そしてバトルフィールドに向けてボールを投げた。
真後ろに飛んで行った。
「あっ」
ボールは、イトマルのライドにスポッと入った。
「あっ」
ライドのなかに現れたマグマラシ。その体重に反応したのだろうか。ライドは起動して、来た道をロープに伝って戻って行った。
「………………」
「………………」
去って行くマグマラシを、チリアと虫取り少年は黙って見送る。
呆然とするしかなかったのだ。
「……ねえ、どうにかできる?」
慌てても事態が解決するわけではない。とりあえずチリアは、ジムトレーナーである虫取り少年を頼った
「は、はい!? ああ、そうだな、ええと……」
虫取り少年は、ポケギアでどこかへ連絡する。
「……にしてもわたし、ここまでノーコンか。ほかは完璧なのに……」
危ないところだった。
イトマルのライドに乗ったのは、まだ幸運である。コースとなっているロープの下は、床の見えない奈落だ。ボールの軌道が数十センチでも逸れていれば、この暗闇の中にマグマラシは放り込まれていただろう。
「投擲に挑戦するにしても、場所は選んだほうがよさそうね。すくなくともこのジムでは、ちょっと危ないかも」
ほどなくして、係りの者がマグマラシと一緒に、イトマルのライドに乗ってやってきた。
「ポケモンだけをライドに乗せないようにしてください」
形ばかりの注意を受けて、係員は裏口から去って行った。
「……それでは、バトルを再開してもよろしいかしら?」
「それはいいけど、さっきのって、なに?」
虫取り少年は、ずっと不可解そうな顔をしていた。
「ただのノーコンよ。それ以上に説明はないわ」
再開するバトル。キャタピーもビードルも、マグマラシの“ひのこ”が一撃で破った。
マグマラシ ♂
おくびょうな性格
トゲピー ♂
さみしがりな性格