ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
数日前、ウツギ研究所。
オーキド博士の滞在中。ふたりの博士は、とある少女について話していた。
「チリアちゃんに旅をさせるという話、大賛成です。ぼくも、彼女には旅に出て見識を広げてほしいと思ってました。あの才能を小さな町に閉じ込めておくには惜しいですからね」
「ほう。やはり彼女には才能があるかね、ウツギくん」
「才能と言っても……具体的になにかに特化しているわけじゃないと思うんです。まあ、記憶力は良いみたいですけどね。あの子、一度読んだ本の内容をそらんじることができるし」
「それはすごい。年寄りからしてみれば、羨ましい限りだわい」
「あはは。それは中年にとってもそうで──ああ、才能の話でしたよね。チリアちゃんはだいたい、なんでもできるんです」
「なんでも?」
「なんでも、どんなことでも、素人以上には上手くこなせてしまう。恐らく──優れた記憶力や計算力をベースにした特技だと思うんですけど」
「だとすれば、ポケモンバトルに関してもそつなくこなしてくれそうじゃのう。それだけではない。いまやポケモンを扱った分野はバトルに収まらない。ほかの地方の話じゃが、ポケモンコンテストという競技も盛んじゃ。ジョウトでも、ポケスロンというスポーツイベントが始まったらしいのう」
「チリアちゃんなら、どんな分野でも大成するでしょう。あの子は自分で言っちゃうものだから残念ですけど、チリアちゃんは天才です。──なんて、ちょっと期待をかけ過ぎですかね。実際のところ、旅で重要なのは結果ではない……ですよね」
「そのとおりじゃ。なにを学ぶか、どう成長するか、それがなにより肝要である。──しかし気になるのは、チリアちゃんがポケモン嫌いだということじゃ。旅を通じて好転してくれればなによりじゃが……もしもなにかが間違って、ポケモンたちを傷つけてしまうことにならなければよいのじゃが」
「あ、その点は大丈夫だと思いますよ。チリアちゃん、あれですごく優しいですから」
「……あれで?」
「どうしても、クールで自信家な面ばかりが目立ちますけど、なんだかんだ、あの子は他人やポケモンのために行動できる人間です。何年かの付き合いで、それだけは断言できます」
「ふむ。きみがそう言うのならば、そうなのじゃろうな。ならばなおのこと、旅を勧めてみよう。なんとなーく、一筋縄には頷いてくれない気もするが……」
この段階において、ウツギもオーキドも、チリアに完全性を感じていた。
チリアがノーコンであることを知らなかったからだ。
:
「言い換えれば、戦略とは徹底して相手をいじめ抜くことともいえるわよね」
ミルタンクと対峙したアーボに、チリアは最初の指示をした。
「フェーズ1、状態異常。というわけで、“へびにらみ”!」
アーボの怪しい視線に、ミルタンクの身体が硬直する。『まひ』の状態だ。
「あかん、ミルタンクー!」
嘆くアカネだが、ミルタンクは震えつつも、自分で『ラムのみ』を使用してマヒ状態から脱した。
「おっと……」
「あ、そうやった。木の実を持たせといたんやった! ラッキー!」
ほとんど偶然のような展開に喜ぶアカネは、続けてミルタンクに攻撃を指示する。
「ミルタンク、“ふみつけ”!」
大きな足で、体重を乗せた踏みつけ攻撃。これにはアーボも大ダメージを喰らう。
「……すっかりワンテンポ遅れたわ。もう一撃喰らえばアーボも倒れるでしょう。だが……」
戦略の方針に変更はない。チリアはもう一度、アーボに“へびにらみ”を指示した。
再度、『まひ』となるミルタンクだが。
「なんの! “ふみつけ”!」
身体の痺れに負けずに繰り出す攻撃で、アーボは戦闘不能となった。
「……“へびにらみ”を外さなかったのは、よくやったわ。きみの戦闘不能を計算に入れた戦術になってしまったのは、ごめんなさい」
アーボをボールに戻して、続いてトゲピーを繰り出す。
「あ、トゲピーやん! かわいい!」
「なんか、みんな言うわねそれ。このジムのひとなんか、特に」
「だってかわいいやん?」
「あっそ。なんでもいいけどね。──行くわよ、トゲピー。“てんしのキッス”」
トゲピーの投げキッスに、ミルタンクは『こんらん』の状態となる。
すでに『まひ』状態ではあるが、『こんらん』や『メロメロ』といった状態変化は、状態異常と重複できる。
「あん、もう、かわいい! でもミルタンク、負けんなー! “ふみつけ”!」
だがミルタンクは、混乱しているミルタンクは、わけもわからず自分を攻撃する。
「フェーズ1、完了。続いてフェーズ2、能力を下げる。──トゲピー、“あまえる”」
トゲピーはあざとくミルタンクにすり寄った。ミルタンクはたじろいで、攻撃が下がる。
「あと2回やるわよ。続けて“あまえる”」
「かわいーけど、そうはさせんでー! “ふみつけ”!」
マヒと混乱に踊らされながらも、幸運にも……チリアにとっては不運にも、攻撃は発動した。
あまりの体格差に、踏みつけられたトゲピーは、反動で吹き飛ばされる。
「トゲピー……!」
攻撃の下がった“ふみつけ”でも、小さなトゲピーには大ダメージだ。──が、トゲピーは立ち上がった。
「それでいい。“あまえる”」
よちよち駆けて、果敢に敵に立ち向かっていく。──技は“あまえる”だが。
「かわいい! けど、ヤバいー!」
「よし、十分」
3度の“あまえる”を成功させ、ミルタンクの攻撃は最低まで下がる。トゲピーは仕事をこなした。あとは──
「まだや! ミルタンク!」
ミルタンクの混乱が解けた。──が、こんどはマヒの痺れがその動きを止める。
「ああ、もう!」
「おっと。では最後に、“天使のキッス”」
ふたたびミルタンクは『こんらん』状態に陥った。十二分に仕事を果たしたトゲピーをモンスターボールに戻し、おとなしく待機していたマグマラシに声をかける。
「もう『メロメロ』状態などという醜態をさらすんじゃないわよ。行きなさい」
マグマラシはバツが悪そうに鳴いて、それでも勇んでバトルゾーンにふたたび降り立った。
攻撃を開始──せずに。
「マグマラシ、“えんまく”」
この期に及んで、ミルタンクの能力を下げる。
作戦は徹底する。
「くうっ! でもほのおタイプやし……ミルタンク、“ころがる”!」
混乱とマヒを振り切って、ミルタンクは身体を丸めて転がり、マグマラシに突撃した。
いわタイプの技だ。効果は抜群だが、トゲピーにより攻撃を下げられた状態では、極めて威力が低い。
「“ころがる”か。攻撃の度に威力が増す技よね。でも発動しなければ、当たらなければ、意味がない」
マグマラシは再度、“えんまく”でミルタンクの目をくらませる。
「状態異常で満足に行動すらできず、攻撃と命中を下げられれば技の信用性も薄い。こうして妨害に妨害を重ねれば、いかにジムリーダー相手でも楽勝よね」
ミルタンクは、わけもわからず自分を攻撃している。
「ひー! んなアホなー!」
嘆くアカネ。チリアはひと息ついて、マグマラシにようやく攻撃を指示した。
「フェーズ3、攻める。マグマラシ、“かえんぐるま”よ」
:
「うぐぅ……」
ほどなくして、ミルタンクは戦闘不能となった。
アカネは、倒れたミルタンクのそばでへたり込んだかと思うと──
「わーん!!」
泣き出した。
「あ、あれ……? ちょっと……」
「わーん!! ……ぐっすん、ひっぐ……ひどいわー!!」
「え、ひどいって……」
「わーん!! なんもできひんかったー!! ひきょうものー!!」
「………………」
チリアの戦法は公式ルールを逸脱したものではなかったし、3匹のポケモンの力を合わせた、巧妙な戦略であった自負がある。卑怯と謂われるのは心外なのだが──
「でも、やりすぎだったかな。ちょっとやな感じだったかも」
徹底した妨害は、見ていて印象の良いものではなかっただろう。──それでも、格上の相手であるジムリーダーへの使用は、適切なはずなのだが。
「わーん!!」
「それにしても泣かれるなんて」
「あーあ、アカネちゃん、泣かしちゃったのね」
ジムトレーナーであるミニスカートの少女が、アカネの泣き声を聞きつけてやって来た。呆れ顔の彼女の様子から、どうやらアカネの涙は珍しいことではないらしい。
「大丈夫! しばらくしたら泣き止むから。負けるといつも泣いちゃうのよ」
「そう。……ジムリーダーなのに?」
「うん、ジムリーダーなのに」
「………………」
だれにだって泣きたいときがある。……のだろう。チリアにはわからないが。とりあえず──
「ポケモンセンターに行ってくる。またあとで来るわ」
一旦、コガネジムを後にした。
ポケモンセンターに傷ついた手持ちを預けて、チリア自身も公共のソファにどっかり座り、身を休める。
「疲れた。かなり神経を使っちゃった。でもいっぱしの戦い方ができるようにはなったわね。やっぱりおもしろいな、ポケモンバトル」
ようやく、バトルの余韻に浸ろうとするチリアに。
「ねえ」
声をかける少女が。
「ごめん、バッジのこと忘れてた」
というか、さきほどジムで別れたばかりの、アカネだった。
「はいレギュラーバッジ。これが欲しいんやろ!」
半ば押しつけられるように、黄金色をした四角形のバッジを受け取る。
「……あとで取りに行くつもりだったのに」
「だってそれは……失礼やし? うちのせいで、わざわざもう一回来てもらうとか……」
「泣いてたもんね」
「うっ」とアカネの顔が引きつる。
「泣くほど悔しいなんて、すごいわね」
「ちょっとあんた、バカにしてんの!?」
詰め寄るアカネであったが、
「ううん、してないわよ」
チリアは真顔で否定した。あまりの温度差に、思わずアカネは一歩退いた。
「そんなふうに一生懸命になれるのって、たぶん、いい感じだと思う」
「あんたは……あんただって、一生懸命やってるんちゃうの?」
「……そうかもね。なんかこう、わかりやすく情熱的にはなれないけど、一生懸命なつもり。だから一生懸命、状態異常にしたり能力を下げたりした」
「あっ……そっか」
アカネはなぜか、安堵の表情を浮かべた。
「うちが強いから、ああいう卑怯な戦い方をしたんやね! そんならしょうがないわ!」
「………………」
まだ卑怯とか言うのか。
彼女の認識には引っかかるものの、どうやら機嫌は直ったようなので良しとした。
「ふう! ほなうち、ジムに戻るわ! 泣いたらすっきりしたし! ほな、また遊びにおいでーな! バイバイ!」
嬉しそうに、軽やかな足取りで去って行くアカネを、チリアは羨ましいと思った。
今回は、嫌味も混みで。
:
ショッピングやギャンブルでしばらく滞在したコガネシティに背を向けて、チリアは北の35番道路へ進む。
さらにその先、自然公園では、虫取り大会が開催されていた。ポケモンを捕まえた数をポイントに換算して競う大会なのだが──
「やっぱりダメか」
ノーコンのチリアは0ポイントであった。
「あのときのストライクとカイロス、捕まえたら高得点だったでしょうね。まあ、ダメだったのだから仕方ない」
気を取り直して先を進む。
36番道路。
「あれ。この木って……」
目の前には、不自然に道の真ん中に立ちはだかった、一本の木だった。
「道のりから考えて、ここを進めば37番道路なんだけど……」
この、たった一本の木がちょうど行く手を阻んでいて、どうにも通りづらい。そしてなにより不自然だ。こんな邪魔な木を伐採せずに残しておくなんて、このあたりの交通インフラに疑問を覚える。
「……木じゃないわね、これ」
幹……らきし部分に触れて、感触を確かめる。
「むしろ岩に近い。まるでフェイクグリーンだわ」
「お、鋭いなあ」
木が喋った──わけではない。その声は、木の向こう側から聞こえてきた。
「これな、ぼくの見立てやと、正体はポケモンやで」
「本で読んだことある。ウソッキーでしょ?」
「お、博識やなあ、きみ!」
男は、ひょっこりと木の向こう側から顔を出す。若い男だった。
「みずタイプのポケモン、持っとる?」
「いえ。火とノーマルと毒、その3匹だけ。水技は使えないわ」
「そっかあ……せや!」
男はなにやら、自分の荷物をごそごそと漁る。
「ここに水を入れて……と。じゃーん! 『ゼニガメじょうろ』!」
隙間から顔を覗かせたのは、かめのこポケモンのゼニガメ──ではなく、それを模したじょうろであった。
通常、植物に水を上げるために使われるアイテムである。
「いくら水といっても、これを使ったところで……」
チリアがゼニガメじょうろを受け取ったときに、じょうろのなかの水が、すこし木に──擬態したウソッキーにかかると、それは無風の36番道路で、ゆさゆさと揺れた。
「効果あるんだ」
チリアは迷いなく、ゼニガメじょうろを傾けて木に擬態したそれに水をかけた。
「え、急に!?」
そう。急に。
水をかけられたウソッキーは、たまらず正体を現した。目を見開いてバタバタと腕を振るう姿は、たしかにポケモンである。ウソッキーはその勢いのまま、チリアに襲いかかってきた。
「わたしかよ。──まあ、そりゃそうか。水をひっかけたのはわたしだもんね」
連れ歩いているアーボに指示して、野生のウソッキーと対峙する。
「アーボ、“かみつく”」
ウソッキーに飛びかかり、牙を立てる。効果はあるものの、ウソッキーはひるむ様子もなく、“いわおとし”で反撃してきた。
「効いてないわけじゃないけど、いわタイプらしくそもそもの防御が高いのか。だったら……」
アーボを引っ込めて、交代のモンスターボールを投げた。
ボールはウソッキーの頭を大きく飛び越えて──
「え、なに!? かわいっ!!」
トゲピーは男の目の前に現れた。
「なんやきみ、えらいノーコンやなあ! ──ほれトゲピー、あっちやで」
呆れた様子の男。まるでノーコンに慣れているみたいだ。──ともかくトゲピーは、ウソッキーと対峙した。
「一応、“あまえる”」
ウソッキーにすり寄って、攻撃を下げて。
「“じんつうりき”!」
念動力を放つ。特殊攻撃には弱いだろうというチリアの読みは当たり、大きなダメージを受けたウソッキーは、たまらず林のほうに逃げて行った。
「トゲピー、深追いは結構。ついこの前に生まれたくせに、だいぶ攻撃のほうも上手くなってきたじゃない」
褒め言葉であることが伝わって、トゲピーは嬉しそうに鳴いた。
「いやー、助かったで! バトルの腕前は達者なんやなあ。なんかますます既視感があるわ」
ウソッキーの向こう側にいた男は、チリアを拍手で称えた。
「わい、マサキ。ポケモン預かりシステムの管理人や」
マグマラシ ♂
おくびょうな性格
トゲピー ♂
さみしがりな性格
アーボ ♀
しんちょうな性格