ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「ぜひお礼させてくれへんか? これからコガネの家に帰るところなんやけど、良かったら一緒に来てや!」
「知らないおとなにはホイホイ付いていかないことにしてるの。特に、成人男性の家だなんてもってのほか」
チリアはゼニガメじょうろをマサキに押しつけて、彼に背を向ける。
「だいたい、わたしはさっきコガネから来たばかりなのに……」
「ポケモンを貰ってほしいんやけど」
踵を返した。
「ご一緒しましょう」
「………………」
マサキはこの面の皮の厚さすら、知り合いに似ていると思った。
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「ふうん、チリアゆーんか」
コガネシティまでの長くない道のりのなかで、とりあえずチリアは自己紹介をした。
「ノーコンだけど、天才ポケモントレーナーよ」
「そ、そっか。わいはポケモンマニアであり……まあ、エンジニアみたいなもんかな」
「へえ」
「あのな……ポケモンの転送システムはわいが作ったんや」
「へえ」
「ちゃんと聞いてや?」
「聞いてるわよ」
一旦、生返事を返したチリアだが。
「転送システムを、ね。それが事実だとすると、あなたってじつはすごいひと?」
「いやー、それほどでも」
ポケモンの転送システム。
つまり、ポケモンを自分のふところ以外に預けておけるシステムだ。それは世間的にも大いに活用されている。──ノーコンのためにポケモンの数をまるで増やせないチリアには、縁遠い話ではあるが。
「悪いけど、使ったことはないわよ。なんとなくすごい感じは伝わってるけれど、あなたへの尊敬は特に大きくならないわ」
「べ、べつに尊敬とかはせんでもええけど!?」
マサキにとって、転送システムの開発者であることは自己紹介の範疇であって、自慢ではない。
──つもりだ。
「まあ、とにかく……きみ、ポケモンの扱いはすごく上手いと思うで。トレーナーになったのは最近?」
「ええ、ここ何日かよ。見てのとおり10歳なので、旅に出るように促されてね」
「やっぱりか。で、その様子やと、旅に出るには乗り気ではなかった……?」
「そうよ。わたし、ポケモンって好きじゃないもの。どちらかというと、嫌い」
「ほー」
これには思わずマサキも唸った。
「なんで嬉しそうなの?」
「いやあ、べつに……」
ノーコンであって、しかしバトルが上手い。そんな、チリアと似た性質の少年を知っているが、彼はポケモンのことを好いていたからだ。
明確な相違点を見つければ、感嘆もするものである。
「それにしちゃ、ポケモンとバッチリ息が合ってるように見えたけどな。わい、ポケモンマニアやからわかんねん。きみ、自分はポケモンとは信頼関係を築けとるみたいやで」
「信頼関係て」
歯の浮くような言葉だ。
チリアは、自分のポケモンのことなんて、都合よく使役しているだけ──のつもりなのに。
「大事やで、そういうの。ポケモンの転送システムを作ったって言ったけど、それはわいひとりの力でできたわけではないんや。たとえば、ホウエン地方に住んでる仲間は、あずかりシステムをめっちゃ使いやすいように改良してくれたんやで」
「使ったことないから、そのへんの感想はお伝えできないわよ」
「まあまあ……そんな具合に、全国に散らばる仲間が力を合わせることで、ポケモンを交換したり、預かったりするシステムがどんどん進化していくんや。だからきみも、ポケモンやいろんなひとと協力して、一人前のトレーナーとして成長していくもんやで」
「へえ」
「ちゃんと聞いてや?」
:
コガネシティにあるマサキの家には、彼の母親と妹がいた。
「しかも実家暮らして」
「ちゃうねん! いつもはカントーの岬でひとり優雅に暮らしてて……っていうか実家暮らしでもええやろ!」
先ほど、ポケモンの転送システムを作るにあたって仲間たちの話が出たとおり、マサキは顔が広いらしい。チリアのような10歳の少女を友人として連れてきても、彼の家族は不思議な顔をしなかった。
お茶を出されて、すこし落ち着いたところで。
「まあ、お礼っちゅーか、なかば頼みごとみたいなところもあるんやけどな」
本題に入った。マサキはモンスターボールを開けて、あるポケモンを呼び出した。
「イーブイ、引き取ってーな」
四足歩行の、イヌ科を思わせる体型。茶色い体毛に、首回りはクリーム色の毛皮が覆っている。長い耳に、ふさふさ尻尾。
「どうも、外の世界に興味があるらしくてな。面倒みたらなあかんけど、わい、外に出るの好きちゃうし……チリアが遊んだってえな」
「遊んでやるつもりはないわ」
じっとイーブイを吟味する。イーブイは威圧的な少女を見上げて、緊張した様子で腰を降ろしている。
「ただ、わたしの遊びに付き合わせてあげてやってもいいわ」
「つまり……?」
「引き受けましょう。面倒を見てあげる」
「さすがやな……いろんな意味で」
少女の態度の大きさを、マサキはおもしろく感じていた。
「なによ、含みのある言い方ね」
「べ、べつにそんなことはないで! 頼もしいなーって! よっ大統領! にくいねーッ!」
大げさに褒めて、誤魔化すマサキ。「やな感じ」と思ったが、追及するのも時間の無駄だ。
「ほな頼んだで。大事にかわいがったりや!」
「……大事にはするわよ。ついていらっしゃい、イーブイ」
チリアはイーブイを連れ歩き、マサキの家を出た。
「とにかくありがとう、マサキ。わたしは最強のトレーナーになるから、そのときはイーブイを譲ったことを自慢するといいわ」
「お、おう……?」
ふたたびコガネシティに背を向けて、旅を再開する。
36番道路を塞ぐ者はだれもいない。通り抜けて、37番道路へ。
「レベル上げが必要ね、イーブイ。トゲピーやアーボの育成もようやくひと段落ついたと思ったら……まあいいけど」
イーブイはトゲピー同様、ノーマルタイプであるが、使える技は違う。すぐさま戦略に組み込むのは難しい。
「“てだすけ”っていう技はおもしろいけど、ダブルバトルのときにしか使えないか。んで、イーブイといえば豊富な進化先なわけだけど……」
チリアは、おさげをいじりながら悩む。
現在、イーブイには7種類の進化先が判明している。いずれかのタイプを選ぶには、おそらくまだ早い。
「みずタイプか、でんきタイプか、それ以外か……とにかくしばらくは下地作りね。しっかり学びなさいよ、イーブイ。きみにも最強になってもらうんだからね」
主人の過分な要求に、それでもイーブイは律儀に鳴いた。
そんなこんなで、積極的にポケモントレーナーや野生ポケモンと戦いつつ37番道路を抜けて、やがてチリアたちはつぎの街へたどり着いた。
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ここはエンジュシティ。
歴史が流れる街。
────
看板のとおり、歴史のある古都といったところだ。碁盤の目のような形状の通り。西と東にはそれぞれ塔があるが、どういうわけか西の塔は焼け焦げている。
「ここもけっこう大きな街ね。とりあえず……」
ポケモンセンターでの回復を終えて、チリアは街に出る。
「ジム戦とかの前に、観光ね」
ポケモンセンターで配布されていた観光マップを開いてみる。とりわけ興味を引いたのは、エンジュ踊り場。
「歌舞練場? ショーステージみたいなものかしら」
その名の通り、舞妓たちが歌や踊り、楽器の稽古を行う場所である。その一部は見物客用に開放されており、エンジュシティでも人気の観光地となっているのだ。
興味本位でチリアたちは踊り場を訪れたのだが──
「よぉよぉー! そんなシンキくせー踊り踊ってねえで、フラダンスでも見せてみろや!」
少女を迎えたのは、下品な野次の声だった。
「……あんさん、そんな無茶を言うたらあきまへんえ」
「あーん? お客サマの注文が聞けねーってのか! だったらおれがお手本を見せてやろうか? 華麗な踊りのお手本を! どわーっはっはっは!」
ステージの上で、ロケット団の男が踊り出す。
「……なにこれ」
舞台の上には舞妓(見覚えがある)もいるのだが、無理やり舞台に上がってきたロケット団の男に、困らされている様子だ。
「なんやあのロケット団は! わしの舞妓はんにちょっかい出しおってからに!」
客席では、コダックを連れた初老の男が憤慨している。
「酔っ払いかなにか?」
チリアは男に尋ねてみる。
「まあ、そんなところかいな! あんたトレーナーはんやろ? 頼むわー、舞妓はん助けたってえなー!」
「えー、めんどくさ」
と、断りたいところだが。
「でもわざわざ来たのに、素人のクソみたいな
ここで帰れば、不快感だけが残る。
チリアは特に勇気を振り絞るわけでもなく、さも当然のように、舞台に上がった。
「あん? なんだお前。おれのジャマするつもり?」
睨んでくるロケット団員に。
「引っ込め、下手くそ」
「だ、だれが下手くそだ! このガキ!」
少女からの突然の侮辱に、ロケット団員はほとんど反射的にモンスターボールを投げた。出てきたのは、ドガース。
「イーブイ。きみがやんなさい」
チリアは足元のイーブイに目配せをする。
「途中で交代するつもりはないから。きみだけで、戦い抜いてみなさい」
これまでの道中、イーブイは何度かポケモンバトルをする機会があったのだが、いずれも戦闘に顔を出した程度で、いくつか技を使ったあとはすぐに交代させられていた。
しかし今回、チリアはイーブイのみで戦うつもりだ。
イーブイは緊張した様子だが、それでも指示に従って、勇ましくドガースに向き合う。
「イーブイ、“すなかけ”」
能力を下げる戦法だ。
「ドガース、“どくガス”!」
いきなり状態異常にする技を選択するあたり、意外とロケット団員は冷静なのかもしれないが──命中が下がった状態では、その攻撃は当たらない。
「もう一度、“すなかけ”」
念のためもう一段階、命中を下げて。
「そして“しっぽをふる”」
こんどは防御を下げる。
「な!? お前、汚いぞ!」
「あんたに言われたくない。勝手にステージに上がって、勝手に踊って……振る舞いが汚いのよ」
イーブイはさらに“しっぽをふる”でドガースの防御を下げる。
ドガースは防御が高いポケモンだ。物理攻撃を行うにあたって、できるだけ脆くしたいところだ。
「ぼちぼち攻撃に移りましょう。──イーブイ、“やつあたり”!」
コガネ百貨店で購入したわざマシンで覚えさせた、ノーマルタイプの技である。
ポケモンが
「よくやったわ。いい感じ。ちゃんと1匹で対処できたわね」
そういうわけで、3発目の“やつあたり”でドガースは戦闘不能になった。
イーブイはチリアの足元に戻り、嬉しそうに鳴く。
「しかし“やつあたり”って、思ったほど威力が出なかったわね。やはりドガースは硬いのか。それにイーブイのレベルもまだまだ低いし……」
「これじゃおれ、ただの悪者じゃん!」
敗北したロケット団員は、尻もちをついて嘆いている。
「悪者以下だろ。ほら、とっととステージから降りなさいよ」
「くっ……!」
悔しそうなロケット団員だったが。
「……いけねえ! これから大事な作戦があるってのに、こんなところで道草喰ってるのがバレたら、また下っ端の下っ端からやり直しさせられちまう! さっさと逃げるが勝ちだぜ!」
物分かりが良く──というわけではなさそうだが、脱兎の如く、歌舞練場から出て行った。
「あんさん、チリアはんでっしゃろ?」
舞台袖でバトルを見ていた舞妓が、にこやかに、華やかに、話しかけてきた。
「キキョウシティか、ウバメの森かで会った?」
「いいえ、うちとは初対面どすえー」
またか。
何人、似た舞妓がいるのだろう。
「そのイーブイ、まだ手持ちに加えて日が浅いんでっしゃろ?」
「そうよ」
「それなのに、ほんまにお見事どすなあ。親切で強くて、ポケモンの育て方も上手」
「そうよ」
「良かったら、踊りのほうも楽しんでいっておくれやすー」
「そう……したいのは山々だけど、きょうは日を改めるわ」
チリアとイーブイは、踵を返して舞台から降りる。
「上手く戦えたのはいいけど、なんだか興奮してきちゃって、気が休まらない。踊りを観るのは、また日を改めるわ」
そうして歌舞練場を出ようとする少女に、コダックを連れた男が歩み寄ってくる。
「いやー、お見事お見事! 若いのに勇気ある行動。ええもん見せてもろたわー」
「べつに、勇気だなんて出しちゃいないわ。目障りなものを排除しただけ」
「そ、そうか。そいつは……まあ、ご苦労やったな!」
男とコダックは、チリアの冷淡な目つきにすこし引いていた。
「ここだけの話やけど……」
男はチリアに耳打ちをする。
「舞妓はん、踊りだけでなく、ほんとはポケモンの腕前も達者なんやで! せやけど滅多なことでは戦ってくれへんのや……」
「……あのトラブルが『滅多なこと』ではなかったとでも?」
チリアは、舞台上で手を振っている舞妓を一瞥する。
あるいは。
だれかが──チリアが助け舟を出すことすら、織り込み済みだったとでも?
「舞妓はんが本気出したら、あんさんでも勝てるかどうか……」
「そう。いずれぜひ、本気で手合わせ願いたいものだわ」
そのときは、チリア自身が『滅多なこと』を起こさなくてはならないのだろうか。
マグマラシ ♂
おくびょうな性格
トゲピー ♂
さみしがりな性格
アーボ ♀
しんちょうな性格
イーブイ ♂
まじめな性格