ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「デルビル!」
骨のような装飾を持った、黒い犬型のポケモンだ。
「ほのおと、あくタイプも持っているんだっけ。とりあえず──ブラッキー、“おんがえし”!」
デルビルはブラッキーよりもすこし小柄だし、まだ進化前のポケモンだ。攻勢に出て早めに倒してしまおうと思ったのだが──さすがに、一撃では戦闘不能にはならない。
「デルビル、“ほのおのキバ”!」
火炎をまとった牙が、ブラッキーに突き立てられる。
「威力はそこまで……おっと」
ブラッキーは運悪く、技の追加効果で『やけど』を負ってしまった。
「これじゃ物理攻撃の威力も下がる。交代……の前に、“あやしいひかり”!」
せめてデルビルを『こんらん』状態にした後、ブラッキーを引っ込めて、つぎのモンスターボールを投げる。
展望台の分厚いアクリルガラスに、ガツンと当たった。窓ガラスがなければ、夜の街に飛び込んでいくところだった。
「……なんの真似ですか?」
「べつに」
現れたアーボックは、おかしな出現位置にも慣れた様子で、すぐにデルビルに向かって行く。
「アーボック、“どろばくだん”!」
ほのおタイプを持つデルビルに効果抜群である。泥の塊を浴びたデルビルは戦闘不能となった。
「なるほど。では……ドガース!」
見慣れたどくタイプのポケモンだ。ロケット団がよく使うので、なんども戦ったことがあるのだが──
「だからこそ、アーボックだと戦いづらいってわかってるのよね。さてどうしたものか……」
特性は『ふゆう』なので、せっかく覚えたじめんタイプの“どろばくだん”は無効化される。防御も高いので、“かみくだく”といった物理攻撃も通じづらい。交代させたほうがいいだろうが、その前に。
「アーボック、“へびにらみ”……」
「遅れるな、ドガース! “えんまく”!」
技を発動させる前に、黒い煙に包まれてしまった。
「しまった。これじゃ“へびにらみ”が当たるのは期待できないか……いいや、アーボック、交代して」
アーボックに代わって現れたのは、トゲチックである。
「“じんつうりき”!」
即座に効果抜群の特殊攻撃を繰り出す。狙いどおり、ドガースは一撃で戦闘不能になった。
「ふむふむ。そうでしょうねえ」
2体の手持ちを倒され、追い詰められているはずのアポロは、どういうわけか余裕な態度であった。
「焦ってないんだ? 見たところ、手持ちはラスト1匹みたいだけど?」
「この1匹で十分。じつはこのラジオ塔でのお前の戦いは、モニタリングさせていただきましてね……」
アポロは、片手に握られたポケギアを示す。
「ブラッキー。アーボック。トゲチック。そして、マグマラシでしたか。使える技も把握していますよ。手の内がわかっている以上、こちらに負けの要素はありません」
「………………」
「卑怯と思いますか? 結構! わたしはロケット団。勝利のためならどこまでも卑怯者になりましょう! 我々の復活宣言がサカキさまに届くまで、お前に邪魔をしてもらっては困るのですよ!」
アポロが繰り出した最後のポケモンは、ヘルガー。
しなやかな体躯。頭部には2本の角。尾の先は尖っている。黒い体毛と相まって、悪魔を思わせる風貌だ。
「“だましうち”!」
さっそく、必中の一撃を喰らうトゲチック。チリアはおさげをひと撫でして──
「トゲチック、“しんぴのまもり”」
状態異常を防ぐ障壁を展開した。
「慎重ですねえ。だが──“ほのおのキバ”!」
燃える牙を突き立てられ、トゲチックは戦闘不能になった。できれば“げんしのちから”を一発でも喰らわせたかったが、この都合の悪い展開も想定の範囲内である。手早くトゲチックをボールに回収し、4つ目のモンスターボールを投げた。
うっかり投げてしまったボールは、天井高くに舞い上がって、
「バクフーン!」
燃えるたてがみのバクフーンが現れた。
「むっ……!?」
「モニタリングしてたのは、ラジオ塔の戦いだけ? 詰めが甘いなあ。一回外に出たとき、パワーアップさせてもらったわよ」
その後のラジオ塔でのランス、アテナでの戦いでは、あえてバクフーンを出さなかった。
「あんたたちが卑怯者だってことくらい、よく知ってんだよ」
唸り声を上げるヘルガー。バクフーンは一切ひるむ様子もなく、たてがみの炎をさらに大きくし、ヘルガーと向かい合う。
「能力的にはほぼ互角ですか……いいでしょう。だとしてもねじ伏せる! ヘルガー、“スモッグ”!」
ガスを吐き出すヘルガー。どくタイプの技だ。低威力だが、追加効果で『どく』を付与することがある。
──が、バクフーンは真っ向から“スモッグ”を突っ切って、ヘルガーとの距離を詰める。
「なに!?」
「“スピードスター”!」
至近距離で光線を浴びせる。当然ながら、『どく』の状態にはなっていない。
「はあ……わざわざ教えてあげるのもお人好しだと思うけどさ、トゲチックの“しんぴのまもり”、まだ残ってるからね? 状態異常でアドバンテージを取ろうなんて、しばらく考えないほうがいいわ」
「……“だましうち”!」
「“スピードスター”。相手の技そのものにぶち当てて、相殺してみて」
難しい指示だが、バクフーンはすぐさま実行に移した。
“スピードスター”と“だましうち”は、技の性能として同程度の威力だ。おなじタイミングでぶつけ合えば相殺する……というのは、机上の空論。そもそも使用するポケモンのステータスによっては威力だって変動する。
「ふむ。それでもある程度、技同士が弾き合っているところを見るに、やはりバクフーンとヘルガーの実力はおんなじくらいか。だとしたら倒すのにも時間がかかっちゃう。“しんぴのまもり”の効果が持っている間に決めたいところだけど……」
チリアはおさげをくるくると指でいじりながら、つぎはじっとアポロの様子を観察する。
「さっきまでの慇懃無礼で余裕で強気で鼻につく態度が、すっかり消え失せている。もう策とか無いんだろうなー……じゃあなに? あいつ、ラジオ塔での戦いをカンニングしたくらいで、こっちの手の内をわかった気になって、余裕ぶっこいてたってこと? それはそれでムカつくわね。こっちはこっちで、強い相手かと期待してたのに……」
「なにをブツブツ言っているのですか?」
「あんたへの文句よ。──バクフーン、こっちに!」
その合図で、バクフーンはヘルガーから距離を取って、チリアのかたわらに戻った。
「とどめは
バクフーンは鳴き声とともに後ろ足で立ち上がる。そして両前足を合わせて、エネルギーを溜める。
「一体なにを……!? ヘルガー!」
「“きあいだま”!」
やがて放出された光弾が、身構えていたヘルガーの頬をかすめた。
「………………」
かくとうタイプの特殊攻撃技。
コガネ百貨店で購入したわざマシンで覚えさせたものだ。いささか命中は低いのだが、高威力の技だ。
これもまた、
「外れたか。どんまい。じゃあもう一回」
「そんな馬鹿な……」
青ざめるアポロ。
つい先ほどまで、ヘルガーとバクフーンの力関係は対等だと思っていた。しかし「効果抜群」の技がひとつあるだけで、そのバランスは崩壊する。
「だからって、戦意喪失するかね……しょうもない男」
チリアは、自分のなかの闘志が冷めていくのを感じながら、それでもバクフーンに技を指示した。
このポケモンバトルにかかっているものは大きい。だからどんなかたちであれ、決着は必要だ。
「バクフーン、“きあいだま”」
:
「……ぐう……サカキさま、お許しください……」
膝をつきうなだれるアポロ。彼のかたわらには、戦闘不能となったヘルガーが倒れている。
チリアはアポロに目もくれず、言葉もかけず、バクフーンの傷をアイテムで治療する。
「……なんということだ。すべての夢がいま終わりましたよ」
「………………?」
ふと。
床に伏して敗北を惜しむアポロの姿が、急激に気になってきた。ポケモンたちの回復もそこそこに、チリアは彼の顔を、覗き込んだ。
「やはりわたしでは無理でしたか……って、なんです?」
「あなたのその顔、なんだか覚えがある。かなりむかし……思い出したくもないあの頃、鏡のなかに」
「は……?」
「わかるの。あなたは、わたしに負けたから悔しいんじゃないでしょ」
チリアの大きな瞳には、歪んだ姿のアポロが映っている。
「負けたことで、この作戦は終わった。ついぞ、サカキってひとは──大切なひとは来なかった」
突きつける。
アポロにとって、直視しがたい事実を。
「叶わなかった期待は、裏切り。夢が終わって、喪失感。そういったものを合わせて、
「………………」
「ああ……とってもやな感じ。あのときのわたしは、あなたのように絶望していたんだっけ。思い出したくなかったな」
「お前に……なにがわかるのですか!? 10歳そこそこの小娘に!」
アポロは跳ね起きるように立ち上がり、チリアから距離を取る。
逃げるように、距離を取る。
「10年も生きてれば、絶望することもあるでしょ」
少女は笑う。
自嘲するように。
「大切なものを奪われて……あなたの言葉を借りるなら、『すべての夢』が終わってさ。あなたはこれから、絶望したまま生きていくんでしょうね。わたしみたいに」
「お前みたいに……?」
「その傷、なかなか埋まらないわよ。読書とか美容とかファッションとか、趣味に走っても一時しのぎ。油断すればネガティブな気分でいっぱいになる。……でもポケモンバトルはなかなか楽しめたかな。わたし、ポケモン嫌いなのにさ」
「……お前は一体、なんなのですか」
アポロは呼吸を落ち着けて、それでも青ざめた顔で少女に問う。
「たったひとりで我々の作戦に飛び込んできて、なにもかもを台無しにして! まるで災厄ではないですか!」
「悪の組織に災厄とか言われたくないんだけど」
それでも、強いて何者であるかを名乗るならば。
「あなたたちを蹴散らすくらい、造作もないわ。だってわたしは最強のトレーナーになるんだもの」
「最強の……?」
「絶望のなかで生きるわたしにとって、いまのところはそれが
「………………」
アポロは、ようやく倒れたヘルガーをモンスターボールに戻した。
「皮肉な話だ。思えば1年前、サカキさまを打ち負かしてロケット団を壊滅させた者も、10歳の少年でした」
「ふーん」
「これもまた、運命か……わかりました。サカキさまがそうしたように、わたしたちロケット団はここで解散しましょう」
「なんか、清々しい様子になってるし。やな感じ」
それでも青い顔をしているアポロは、少女に背を向けた。
「これでもおとなです。あいにくだが、わたしはこの絶望を耐え得る。お前と違って、壊れたりしない」
そうだ。この少女は、壊れている。
彼女が過去にどのような経験をしたのか知らないが、きっと、絶望を知るには幼く、脆かったのだ。
だからチリアという少女の生き方には、取り返しがつかないほど、絶望が刻み込まれている。
それは「おとな」でありながら「悪」の道で絶望したアポロにとって、理解のしようも、助けようもない事象であった。
「さらばです。金輪際、ロケット団はお前に関わりません。お前のような魔女がいる時代に行動を起こした、己の不仕合せを呪います」
去って行くアポロ。この敗走をきっかけに、ロケット団によるラジオ塔占拠の事件は終息することとなった。
バクフーン ♂
おくびょうな性格
トゲチック ♂
さみしがりな性格
アーボック ♀
しんちょうな性格
ブラッキー ♂
まじめな性格