常識の裏側にあるもの   作:バラセン

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-5- 危険人物

-1-

 

鞘入りの剣先を鳩尾に食い込ませ、最後の男が地面に沈んだ。

最初にナイフを振り回してきた傭兵らしき男を何とか無力化した後、その男の仲間らしき男達も敵討ちだなんだと襲い掛かってきた。焦ってか、それとも都市内の戦闘行為をまずいと思えるほど冷静だったのかは知らないが、そいつらが武器を抜いてこなかったのは正直助かった。

結果だけを見れば多少怪我はしたものの全員を返り討ちしたことになるが、加減なんてするほど余裕はない。倒れた相手にもう一度蹴りを入れる。

 

「げほッ、やめ」

「なあ、言いたい事わかるよな」

「わかった。もうあんたには関わらない」

 

どいつもこいつも。何度やめるように言っても止まらないのは若さ故か、傭兵としての面子故か。こういう輩は手心を与えるとまた絡んでくるから徹底的にやって実力差を植え付ける必要がある。ただ最後の蹴りに怪我した分の苛立ちが籠められてなかったとは言いきれない。あとは残りの奴にも一発ずつ入れて···もう傭兵ではないのに何してるんだろうな。

 

抵抗しなくなった男達から視線を外し、ようやく張りつめていた意識を緩めた。周りには最初の閑散とした光景はなくなり、人が集まってきている。途中からは魔物とか関係なく、ただの喧嘩だったからな。

ここまで騒ぎが大きくなってしまえば、そのうち正規軍が来そうだ。下手に動かずに待っていた方がいいかもしれない。

 

「やるな!まるでエルナンドのような奴だ」

 

見計らっていたかのように元凶の少年が機嫌良さそうに声をかけてきた。

 

「エルナンド?」

「アルギア物語の主人公の兄だ。知らないか?」

「聞いたことないな」

「そうかー。人生を損しているな」

 

さきほどまで命を狙われていたことなど忘れた様子でそのまま少年はアルギア物語を語り始めた。

アルギアという国で生まれた主人公は貴族の横暴によって苦しむ民を救うべく、兄のエルナンドと世直しの旅に出る。兄弟は旅の途中で様々な出会いを経験し、自分達の国の在り方を変えようと革命を起こし、最後には主人公が王になるという物語のようだ。

 

さっきの奴らのせいで止める気力も残ってない。こちらが黙って聞いているとだんだんと調子に乗ってきたのか、興奮した様子で続きを話す。

 

何でもエルナンドというのが法で裁けないような悪い貴族や王族を暗殺し、陰ながら主人公達や国民を守る男のようだ。暗殺も単独で実行し、最後には一人で咎を背負い法の下で処刑される姿に高潔さを感じて良い、らしい。

 

「その話はそろそろいいだろ。それよりもさっき俺に使ったアビリティについてだ」

「あ、そういえば私の名前を教えてなかったな。アフティだ。お前の名前は何て言うんだ?」

「···キンだ。いいから質問に「キンというのか!よろしくな」···おい」

 

マイペースな奴だな。こういう相手は真面目に関わろうとするとこちらが損をする面倒なタイプ。とはいえ、さっきアフティが発動したアビリティの効果を知らないわけにはいかない。知らないうちに自分の身に何か起きているなんて怖すぎる。

 

「アフティ、〈催眠術〉はクラスのことか?使ったアビリティは具体的にどんなものだ?何をしようとした?」

「もーそんな一気に言わないでも説明するって。使おうとしたアビリティの効果は他人を操る力さ。〈催眠術〉はその通り!そのアビリティのクラスのことだよ」

 

思わず顔が引きつるのが分かる。

 

「それは俺の意志を捻じ曲げて何でもさせられるのか?」

「そうだね。さっきのキンみたいにレジストできなければ大体のことはさせることができるよ」

「ただでさえそんな良くもないお前の印象が今最悪になったよ」

「なんで!?」なんて驚いているが、初対面の人間相手にやることじゃない。

というか〈魔法〉よりもよっぽど危険な力だろ。そんなアビリティ。レジスト出来て本当に良かった。

「と言っても実はこの力、私もつまんないから好きじゃないんだ」

「忠告するが、この国でなくとも危険人物として扱われると思うぞ。黙っておいたほうが良い」

「やっぱりそうなのかぁ。これ見せた途端にみんな血相を変えて追いかけてくるから何でかなとは思ってたんだ」

「お前と話すと頭が痛くなる」

 

それは多分アビリティの特徴が〈魔法〉と似ていて勘違いしたことが原因だと思うが。

だとしてもなんでそんなに緩い認識でいられるんだ。どんな環境で育てばその力を危険だと思わずに生きてこられる。

魔物の使う〈魔法〉なんか比にならないくらい戦争の火種になりそうだ。今少し考えただけでも碌でもない使い方ばかりが思いつく。

 

「ちょっといいかな」

 

唐突に聞こえてきた声に振り返るとフリストがそこにいた。二日ぶりに二度目の再会だ。

すると急にアフティは背後から俺の背中に飛び乗って肩越しに顔を覗かせる。意外と軽いが、男に抱きつかれても不快なだけだ。早く降りろ。

 

「(誰だ?)」

 

フリストに聞こえないようにアフティは小声で囁く。

聞かれたくないのはわかるが、耳元はやめろ。

 

「(この国の治安維持をしている組織の人間だ。捕まりたくないならさっきの力は黙ってろよ)」

「(わかった)」

「かなり暴れたね。久しぶり、キン」

「事情は説明させてくれ」

「それは大丈夫。でもここじゃ場所が悪い。屯所で聞かせてもらうよ。キンとええと」

「アフティだ。それは私も行った方が良いのか?」

「僕はフリストフロメット。そうだね。君のことを魔物だと思っている人が通報したから僕がここにいるわけだし、違うならそれを証明しないといけない。大丈夫。悪いようにはしないから」

「キン。この男怪しいぞ。私の国では悪いようにはしない、なんて言った者は総じて悪いことを考えていたからな」

「馬鹿。思ってても口に出すな。失礼だろうが」

「なにをー。私は馬鹿じゃない。それに私の名前はアフティだ。さっき教えただろう。それともこの国では名前を言わないのは失礼にならないのか?」

「むかつくな。こいつ」

「まぁまぁ。キンも落ち着いて。それにキンも十分失礼だよ。友達だからいいけどね」

 

閑話休題。

 

「そうか。アフティはディアジストの出身じゃないのか。そうであればこの国の事情を知らないのも無理はない。屯所まで来てもらえれば魔物でない事の証明できるし、この国のことを教えてあげることもできるよ。どうかな?」

「キンが一緒に行くならやぶさかではないな」

「はは。だそうだよ。キン」

 

あまり気乗りはしない。

とはいえ、暴れた手前、断りにくい。

 

「わかった。行くよ」

「ありがとう。こっちだよ」と先を行くフリストの後を追うように歩き出すとふと違和感を覚える。いや、気のせいかもしれない。それほど小さな違和感。

「どうしたの?」

 

アフティがこちらを覗き込む。

 

「いつまで乗ってんだ。さっさと降りろ馬鹿」

「いーじゃん。運んでよー」

 

フリストといい、こいつといい、距離感イカレてんのか。

アフティの首根っこを掴んで投げ捨て、フリストを追いかけようとするが、再度アフティが飛び掛かってくる。この野郎。その気ならやってやるよ。

 

最終的にフリストから「業務妨害で連行してもいいんだけど」と囁かれることで俺とアフティが大人しくなったのは言うまでもない。

 

 

 

-2-

 

「つまり、〈魔法〉と勘違いした傭兵達が襲ってきただけと」

 

三人で屯所に入ってからフリストはアフティを連れて魔物検査をするために別れた。

魔物検査とは魔物の疑いがかけられた者が実際にそうであるかを証明するという、文字通りの検査だ。証明には特殊な加護付きの道具が使われるらしいが、公開はされていない。加護付きの道具という話も噂レベルの情報だ。

 

以前、魔物襲撃事件でチイが魔物だとばれた時、同じように魔物検査を受けたことがある。チイ以外の“つぎはぎ傭兵団”に魔物が混じっているのではないかと疑う者が後を絶たなかったためだ。この検査は教会が主導で行うという異常事態ではあったが、結果は全員白。それ以降は流石に表立って魔物だと疑われることはなくなった。

その時の魔物検査は教会の司祭達に監視されながら、目隠しまでされていた。それほど秘匿する技術ということなのだろう。

 

きっと今頃アフティも目隠しをしながら検査されていることだろう。

そう考えると絵面としては犯罪的だな。

 

冗談はさておきアフティが魔物だった場合はどうなるか。

普通なら特戦隊がいるのだから逃げられるわけがない。しかしアフティの〈催眠術〉の力が本物であれば、もしかすると逃げることくらいはできるかもしれない。俺としてはせっかく庇ったのだからいざとなれば逃げてしまえばいいと思う。

その場合、俺の立場は魔物を庇ったことで罰則が付きそうではあるが、魔物だと知らなかったのだから罰が重くなることはないはずだ。傭兵と違って立場が確立されている市民でもあるわけだし。

 

「ちょっと。私の話、聞いていますか?」

「ええ、まあ」

「態度の評価だって罰則に含めることができるんですからね。市民としての自覚を持ちなさい。まったくこれだから···」

 

俺は今、目の前の女軍人に取り調べを受けている。

流石に犯罪者扱いというほどではないがさっきからいちいち説教染みた言葉が飛んでくる。元傭兵であることも知られているからだろう。語気も強いし。こういうのが好きな男もいるらしいが、俺はどうやら違うらしい。

正規軍は特戦隊のような前線に出ずっぱりの特戦隊こそ男ばかりだが、それ以外の部隊にはこういった女の軍人も多くいる。特に後方支援部隊などは比較的女が多く、男ばかりの組織に女の身で渡り合っていることで、総じて意識が高くプライドが高い人が多い。この人もそうなのかもしれない。

 

「あなたが今回の騒動に巻き込まれただけであることを証明する目撃者がいるのでこの場はこの事情聴取だけで済んでいますが、本来なら時間のかかる取り調べになることもあるのですからね。そこを履き違えないように」

「···」

 

目撃者から情報提供があったらしい。魔物が関わった事件の有益な情報提供者には正規軍から報奨金が出る。しかし、今回のように勘違いだった場合は当然そんなものはなく、情報提供なんて面倒なことをする奴は限られる。おしゃべり店主がまたべらべらと話したのだろうな。今回は助かったが。

報告書に聴き取りした内容をまとめるためか、かりかりとペンの走る音だけが聞こえる部屋の中で沈黙が続く。

唐突に女軍人のペンが止まった。

 

「ところで、あなたはフリストさんとはご友人だとお聞きしましたが」

「付き合いは短いけど、そうだな」

「なるほど···」

 

急に黙る女軍人。

態度の変化に怪訝に思いつつも黙って続きを待つ。

ちなみに付き合いは二日だ。というか会ったのすら二度目なので傍から見ても良くて知り合いだろう。あえて言うことでもないので言わないが。

 

「では、その、フリストさんはお付き合いされている女性の方がいらっしゃるかご存じでしょうか」

「えーと。確か···え?」

 

質問した時の女軍人はいたって平然とした表情だ。あまりに表情が変わらないから聴き取りの続きだと錯覚しそうになった。

何言ってるんだ。この女。

 

「知らないのですか?」

「さてな。ただそういうのがいるって話は一度も聞いたことないかな」

 

勢いに思わず答えてしまったが、本当に聞いていないのだから嘘ではない。

女軍人はあからさまに目を輝かせて前のめりになる。

 

「失礼」

「いや、構わないが」

「このことはフリストさんには内密に」

 

あぁ、なるほど。ようやく理解した。色男も大変だな。

理由はよくわからんが、こういうのを見るとやるせなくなるんだよな。理由は全くわからんが。とはいえ、尋問染みた聴取よりもこういう話の方が気が楽ではある。

なるべく勿体ぶる様に「今から言うのは独り言だが」と前置きし、

 

「フリストは確か真面目な女性が好みだと聞いたことがあるなぁ」

 

これは嘘。聞いたこともない。

 

「そうなんですか?」

「他にも···」

「ほ、他にも?」

「···」

「ちょっと、教えてくださいよ」

「でもこれ聴取関係ないからなぁ。まあ聴取が終わりだというなら話さないこともないが」

 

わざとらしいか。

ちらと女軍人の様子を見る。

女軍人は前のめりのままだ。思いの外、食いつきが良い。

 

「で?どうする」

「すぐ聴取を終わらせましょう」

 

そこからは必要なことだけ聞かれ、最後には本人は反省していると調書に記載して取り調べは終了した。女軍人はここからが本題と言わんばかりにメモを用意している。

フリストが真面目な性格が好みというのは口から出まかせだが、少なくともこの女軍人は真面目であることよりも実益を取ったようだ。強かな女である。

ただこれから伝えるのはヤンティスが良く言っていた女の好みだから、フリストにも通じるのかは自分で確かめてくれ。悪いな。

 

 

-3-

男を喜ぶ仕草なんてことまで話が発展し、最後には女軍人は満足気な様子で部屋から出ていった。一体俺は何をしていたんだ。

しばらくすると部屋の外から声が聞こえてくる。

 

「うおおお!キン、どこだー!」

「そんなに急がないで。怪我するよ」

「馬鹿にするな。そんな間抜けでは···痛っ!」

 

何かと思い扉を開けるとゴンと音を立てて誰かにぶつかる。

扉の向こうを覗けばアフティが「ぐおお」と呻きながらゴロゴロと転がっている。

 

「何してんだ、お前」

「だから危ないと言ったのに。大丈夫かい?」

 

検査は終わったらしい。

アフティがここで自由にしているところを見るに結果は魔物ではないと判定されたようだ。

気づかれない程度に深く息を吐いた。

 

「ああそうだ。キンが傭兵だったなんて驚いたよ。何で言ってくれなかったんだい?」

 

やっぱり今度会ったらあのおしゃべり店主の口は縫い付けた方が良いかもしれない。きっと昔のことまで話したのだろうな。

それはともかくとして当初考えていた予定は狂ったが、こうしてフリストに会えたのだから直接伝えるべきだろう。

 

「フリスト。悪いが例の依頼の件は断らせてもらう」

「···そうか。残念だけど無理強いはできないし仕方ないね。僕も少し無茶なこと頼んだとは思っていたから気にしないで。それはそうとキン。正規軍に入ってみたくはないかな」

「専属は断った気がしていたが」

「それも諦めるには惜しいと思っているけど、違うよ。軍人として特戦隊に入るっていうのはどうかな」

「次から次に誘うが、俺ってお前に何かしたか?まあ答えるとすればそれは無理、だ。さっき自分でも言っていただろ。俺は元傭兵だぞ。お前の同僚が嫌がると思うぜ」

 

この都市では元傭兵という肩書は相当な足枷になる。

ノンの話にはなるが、ノンも特戦隊には所属していないと聞いている。普通に考えて戦闘に関して圧倒的な実力と実績を持つノンの適正が特戦隊以外であるはずがない。それでもノンが特戦隊に所属していないという事実がそれを認められない人間が多いことの証明じゃないかと思っている。ノンが特戦隊に所属するための実力が足りていないなんて少なくとも俺は想像ができない。だとすれば所属している人間はもはや人間ではないだろう。

 

「ふふ。特戦隊は半分冗談だけど、警邏隊の中ではすぐに頭角を示せるくらいには動けるように見えたのは本当さ」

 

あの喧嘩、見ていたのか。

 

「だとしても断る。この間まで危険な傭兵仕事をしてきたんだ。今更また命の危険のある仕事をしたいとは思わんね」

「うーん。そうか。キンのこと気に入ったから一緒に働けたらと思ったんだけど。今日はこの辺で引いておくよ」

「特戦隊の立場があれば多少無理矢理な勧誘もできるんじゃないのか?」

 

少し試すようなことを聞いてみる。

 

「道具はあくまで道具だし。僕はキンの意思が一番大切だと思うよ」

 

なにより。と指を立てて。

 

「友達だからね」

 

おお、すごい爽やかさだ。とても直視できん。さっきの女軍人はライバルが多そうだ。

 

「話は終わったか?」

 

下の方から声が聞こえる。

 

「ああ。って何してんだ」

 

アフティは仰向け寝転んだままにこちらを睨んでいる。

 

「別に何もぉ。扉ぶつけておいて謝りもしない上に私を無視して楽しそうにおしゃべりしてる奴のことなんて何とも思っていないけどね!」

「根に持ってたのか」

 

ガキか。ああ、子供(ガキ)だった。

ほら、と手を差し出してアフティを立ち上がらせる。

 

「へへ。ありがと」

「へいへい」

 

こちらの様子を見つめて黙るフリスト。口元が少しニヤついている。なんだよ。

 

「そうだ。伝えるのが遅れたけどアフティの魔物疑惑が晴れたよ。キンは報告書用の聴取も終わっているようだし、二人とも解放だ。これから僕はキンが伸した傭兵達を勾留しないといけないから」

「そういや、あの傭兵達はどうなるんだ?」

「被害はほとんどないとはいえ人通りの多いところで剣を抜いたからね。完全にお咎めなしとはいかないかな。そういう意味ではキンが剣を抜かなかったのは良い判断だったね」

 

抜いたところは誰にも見られてなかったらしい。助かった。それにあの剣を抜けば殺しかねないと思っただけでそんな殊勝なことは考えていない。が、とりあえず頷いておく。あの傭兵達は自業自得だ。これを機に冷静に動くことを学ぶだろう。

その後に一言二言交わし、フリストとは別れた。

 

~~

 

屯所から出るともう日は暮れてきている。

結構な時間が経ってしまったな。そろそろノンを探さないと。

 

「どこにいくんだ?」

 

アフティがすぐ後ろにいた。まだいたのか。

 

「俺はこれから用事があるからここでお前ともお別れだ。自分の宿にでも戻りな」

「私も行く!」

「は?なんで」

「言ってなかったか?キンのことが気に入ったからだよ!私がその用事とやらを手伝ってもいい!」

「いえ、結構です」

 

思わず敬語になってそのまま歩き去ろうとすると服の襟を掴まれて息が一瞬止まった。

 

「ぐえ、ば、馬鹿。手を放せ」

「用事、手伝ってやるって」

「しつこいっ、いらないっ」

「遠慮すんなよー」

 

日が暮れてすっかり暗くなった大通りでアフティを引きはがそうとまた攻防を繰り広げていると声がかかる。

 

「おい。こんなところで何してる」

「あ、いや。ええと」

 

傍から見たら子供を拐かす状況に見えなくもない。

咄嗟に言い訳を考えるが何も思いつかない。どうしよう。

恐る恐る相手の顔を見れば、相手はノンだった。

 

「なんだ。ノンか。驚かせるなよ」

「随分な返答だな。別に正規軍人として取り締まってもいいんだがな」

「勘弁してくれ。さっき似たようなことされたばかりなんだ」

「···そのガキは?」

「成り行きで一緒にいるが、今別れるところだ。ほら、そういうわけだからお前は帰れ」

「用事って別の女か。言い訳せずとも私は寛大だからそれくらい許してやるぞ」

「今お前の一言で俺は命の危機を感じている。今すぐその口を閉じろ。そもそもなんでお前の許しがいるんだ。関係ないだろうが」

「そんなこと言って。昼間はあんなに勇敢に私のことを守ってくれたじゃないか」

「色々言いたいことはあるが、まずお前は男だろうが」

「な、なにおう。私は女だ」

 

はあ?

こちらが困惑しているとアフティは思い出したかのようにハッとして。

 

「あ、そうか。これ着てるからわかんないのか。忘れてた」

 

そう言ってアフティは羽織っていたフード付きのローブのボタンを外す。

いやそれを外したところで、男は男だろう。

そう続けようとして言葉を失う。

まず目に映ったのは緑のウェーブがかった長い髪。大きな目。胸も尻も子供だから大きく主張するほどないが、男と同じとは言えない。

アフティの見た目が変わったのではない。さっきと見ていたものは同じなはずなのに印象が変わったような。むしろなぜ先ほどまで男に見えていたのかが今はわからない。

 

「お、お前。女だったのか」

「ふふん。どうだ。可愛かろう」

 

美醜どうこうよりも他のことが気になる。

そういやさっき背中に乗られた時も変な感触があったような。違和感の正体はこれか!

 

「驚いたな。そいつの持っているローブ。加護付きだ。おそらく着ている者の他からの認識を阻害する類のものだ。国宝級の能力だな」

「女の一人旅は危ないらしいからな。実家から持ち出したんだ。効果は着た人間の性別を誤認させること。ずっと身に着けていたから効果を忘れていた」

「都合がいい。アフティとか言ったか。そのローブ貸せ」

「や、やだよ!なんでそんなこと。あ、ちょっと。何するんだよ」

「後で返す」

 

ノンはアフティからローブをひったくり、自身に身に着ける。

その瞬間、目の前にいる人物の見た目がノンであると認識できなくなる。正確には男に見える。すげえ。

 

「キン、付き合う相手は考えた方がいいぞ。躊躇い無く人の物を奪ったんだが。この女、さっきの軍人に突き出さないか?」

 

残念ながらその女もお前が突き出そうとしている正規軍人なんだ。

 

「キン」

 

弛緩した空気がその一言で引き締まる。

ノンはフードを目深にかぶり、その奥で試すようにこちらを見つめる。

言葉にはしないが覚悟の是非を問うていると理解した。

ゆっくりと息を吸う。

 

「···協力する。それがあの時の答えだ。だが条件がある。人も魔物も殺しをしないことだ。それで良ければ計画を教えてくれ」

 

条件は今思いついた内容だが、正直な気持ちをそのまま表したものでもある。

ノンと視線が交わる。目は逸らせない。

 

「条件、か。やり方を選べるほど()()貴様に選択肢があるとは思えないがな。自惚れるなよ」

 

そんなことは理解している。ノンよりも。誰よりも。それでも唱えずにはいられない。正しいとか間違っているとか関係ない。それを俺が耐えられないのだ。

 

「あの時のことは今も忘れたことはない」

「あの時よりも実力で劣り、敵は強く、多い。それを理解しての言葉か」

「そうだ」

 

見つめ合ったまま、ただ答えを待つ。

まるで永遠のように感じる沈黙が過ぎる。

 

「···仕方ない。早速だが緊急事態だ。計画はこれが片付いたら教えてやる」

「緊急事態?」

「何者か知らんが私の計画を妨害しようとしている奴らがいる。ほら来たぞ」

 

ノンが言い終わると同時に路地の物陰から武装した人間が一人二人と次々に現れた。時間を空けず、後ろの路地裏からも二人。囲まれた形だ。

格好はいかにも怪しいですと言わんばかりに全員が顔を布で隠している。そのせいで人物の情報はほとんど得られない。そいつらはそのまま包囲を狭めるようにじりじりと近づいてくる。

何だこいつら。よくこんな格好でうろついていたものだな。

 

「女で軍服(これ)では目立つから撒こうと思っていたが、正体がばれないなら話は別だ」

 

こんな都市のど真ん中で戦う気か。いくら日が沈んできたとはいえ、正規軍の屯所も近い。すぐに正規軍がやってくるぞ。あ、だから素性がばれないようにするのか。

 

「おいノン。逃げよう」

「断る。今の段階でこいつらを引き連れて目的地に向かう方が問題だ。嫌ならお前はそいつを連れて逃げ帰ればいい。あれくらい私一人で十分だ」

 

なんでいちいち挑発してくるんだ。この女は。

 

「···協力すると言っただろうが。はぁ。だったら一言倒せと。昔みたいに命じればそれでいい。そうすればもう俺は悩まない」

「ふん。ではキン。一人は落とせよ」

「了か「まかせろー」···おい、お前は逃げた方がいい。今度は本当に命に関わるぞ」

 

やる気満々といった様子で組み立て式のボウガンを取り出すアフティ。

まるでこちらの言うことなどどうでもいいかのように矢をセットする。

 

「ふふん。上等だね。心配しているようだけど私だって戦えないわけじゃないから。それにしてもキンは予想を超えて面白いね。まるで向こうから事件がやってくるみたい。ますます付いて行きたくなったよ。あと私のことはアフティって呼んで」

 

何をわけのわからないことを。

とはいえ目の前の男達以外にも隠れていたら厄介だ。そういう意味ではここにいてもらった方が安全か。

 

「とても戦えそうには見えないがな」

「隠れてる奴がいるかもしれない。あのアビリティはなるべく使うなよ」

「はいさー!」

 

謎の集団と戦闘が始まった。

 

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