レスカ長編 Take my revolithion!! 作:湯乃屋
は~あ。
何度目かの溜息に、目の前のカップの水面が揺れる。
町外れの、そのまたハズレの農業地帯にある野暮ったいカフェテラス。その割に鼻をくすぐるバラの香りは、お城のそれと少しも引けを取らず、ちょっとだけ気に入っている。
例の、マキアに教えてもらった秘密の地下通路はこの近くまで続いていた。以来、暇さえあれば・・・と言いたい所だが、現実はそうもいかない。は~あ。
「あの宝石、諦めきれないジャン?」
「否定はしないわ」
改めて思い出させてしまったか、レスカの眉間のシワがいっそう深くなる。稀代の宝石を引っ下げて約束どおりに会談した日からもう、一週間が過ぎている。以来、厚かましくも城に居座り、暇を見つけて隙を突いて、レスカの前に現れてはアピール、セールス、終にはプライベートエリアにまで押し入って「とにかく見てください!」と。
宝石商の言い分もわかる、レスカは結局、今だに現物を拝んでいないのだから。
その時仕えていた補佐役の「開けたら迷わずサインですか?」暗に、いくら姫だからって国費で道楽なんて!がカチンと来たのだ。ヘビメタコの耳にも刺さったくらいだから、レスカは結局。補佐役を視線で黙らせて、ビロードの箱の手触りだけでテーブルに戻すしかなかった、のだが。
「もうそろそろ、限界ジャン?」
「それはアンタでしょ。さっきからため息ばっかり」
は~あ。リクエストにお応えじゃないけど。ヘビメタコは何度目かの・・・以下略すると、レスカも。こちらは眉間のしわプラス、指をトントンと、苛立ち紛れにテーブルを叩いて、今に穴が空くジャン。
「アンタはいいわよね、落ち込んで泣いたって、体中の水分が無くなってミイラみたいになったら、ブツ切りにして金運のお守りにして闇市に出せばいいんだから」
「ブツ切り!?ダーリン助けて!ウチ、金に目がくらんだブスにブチ殺されるジャン!」
「何よ、せっかく元気付けてあげようって思ったのに」
「嘘ジャン!世間はごまかせてもウチにはチャンと、目ン玉に\マークが見えてるジャン」
それこそ、理由その二。今度は二人揃って、は~あ。
ダ・サイダーがまだ、帰って来ていないのだ。初日のヘビメタコとの連絡で、ニャイルでベッピーン共々無事は確認できた。それからすぐにコッチに向かうと思っていたのに。
直後に起こった反乱、と言うか、例の海賊たちの残党が遺跡の宝物庫に居座りを始めて、ニャイルの観光協会はどうにか穏便に、早急に追い出したいと協力を要請。まさか断る訳にも行かず。ヘビメタコとしても十分すぎるほど分かってるし、そう言うトコロに何より惚れている訳なんだけど。
「ちったぁメタコの事も心配して欲しいジャ~ンって?」
「そんなに寂しいんなら、ウチの言葉なんて借りずに自分で言えジャン」
途端に。言葉も苛立ちもシオシオとと、テーブルに突っ伏して腐ってしまう。本当はヘビメタコに負けないくらいに落ち込んでるってのに、意地張って。だから余計に、
「馬鹿なレスカに教えてやるジャン。ニャンコは受けた恩を三日で忘れるって言うけど、ブスは一日ジャン。ダーリンの事なんか忘れてマキアなんかとベッタリ!」
「アンタ、性格悪い!」
流石に、頬をふくらませて睨み返して来るが、ザマアミロ。だが、それっきり。相変わらずテーブルに突っ伏したままに、ティースプーンをくわえて弄んで、行儀悪く考え込んでいる?
カプチーノの「お見舞い」の、翌日からマキアはカフェオレの補佐役となった。先に触れた、稀代の宝石を前に有頂天となったレスカに水を差したのも、マキアだ。だがその他には、構えていた割に一切の不審な言動もなく、本当にただのビジネスパートナーとして接している。かと言って、あそこまでの執着を見せておいて「諦めた」とは考えにくい。それが余計に不気味で、落ち付かない。
と、以上三点が「意地っ張りバカ」ことレスカの抱える、ここ最近のお悩みなのだが。
「は~あ。何よ、ダ・サイダーのばかちん。ちったぁアタシの事も心配しなさいよ、ったく」
は~あ、面倒くさい。と、色々ごった混ぜた溜息を落とした頃合だった。
ばしゃん!と音がしてレスカ共々顔を上げると、道端に人が、埋まっている?イヤイヤ。よくよく見ると・・・あそこは確か用水路ではなかったか。膝のあたりまで水に浸かり、なんだ清掃作業中か。でも待って、それにしては身なりがご立派。気になって、近づいてみると。
うつらうつらと重そうな瞼を押し上げながらフラフラ。当然、流れに足を取られてバランスを崩しもう一度、今度こそ、ばしゃん!
「し、沈んだジャン?」
「ちょっと!誰か居ないの、何で誰も通らないのよ、アタシに行けっての?冗談じゃないわよ!」
言うなり、サッサと席に戻って一気にローズティをあおって。音を立ててティーソーサーに戻して・・・あーもう!
再び席を立って、腹を決める。本当、最悪なタイミング!本っ当、嫌な奴!
がばっと、音がするくらいの勢いで起き上がるなり、辺りを見回している。見覚えの、あんまり無い町並み、頬に当たる風はヒンヤリ冷たく、不安からか寒そうに身を書き抱いて・・・くしゅん。
「汚っ!クシャミする時は手を添えるのがマナージャン!ったく、この国の王族は揃いも揃って」
「怪我はなさそうね。じゃ、帰るわよ、ヘビメタコ」
ちょっと離れてフテくされていたレスカが踵を返すと、ヘビメタコは置いて行かれまいと急いでそちらに向かおう、と?
「きゃ!れ、レディのシッポを掴むなんて・・・ウエ~ン、ダーリン!」
「ボクは、どのくらい寝てた?」
「は?十・・・五分くらいジャン?」
そうか。と気が抜けたように腕が垂れる。ヘビメタコは今こそチャンスとレスカの腕に避難して、やっと一息。と思ったのに!何を思ってかツカツカと、マキアを覗き込んでは首を傾げる。
「一度寝たら最後、何カ月も起きないって。本当だったんだ?」
「冗談で、ここまで体張ったりしない。確認していいか?ボクは、もしかして、そこの不衛生な用水路に」
「その身に付いた藻やらタニシやらに覚えがなかったら、そう言う事ジャン。にしても。オマエも相当馬鹿ジャン、そんなに眠いんなら、何だってこんな所まで出てきたジャン?」
今回はたまたま居合わせたレスカが、寝ぼけて用水路に落ちた所を引き上げて、幸い怪我も無く、そこら辺の日当たりのいい道端に干してもらえたから良かったものの。
「アンタさ、従者の一人も付けないと、危ないんじゃないの?ま、アタシにゃ関係ないけど」
「待てよ!助けてくれてありがとう、それと・・・この間は悪かったなっ!」
慌てて立ちあがった所為かよろけて、思わずレスカにすがり付く形に。ヒールの分だけ見上げる形になった事に、いたたまれず目をそらしたのか。
「育ちがどうとか、アンタの所為じゃないのに」
「・・・別に。本当の事だし」
とん、と突き放した意味合いも、分かっていないのか。今度は踏ん反り返って
「お詫びをしてやってもいい」
「結構よ!もういいかしら、帰っても」
軽蔑にも似た眼差しは思いも依らなかったのだろう。言葉に詰まるのみで、全く気付いた様子が無い、またしても地雷、なのに。
恵まれて何不自由なく育ってきたマキアから見て、レスカの生い立ちはそれは不遇かもしれないが、本人はそう思っていないし、ドン・ハルマゲの所為にも決してしない。そんな気は無くとも、見下して、憐むような態度は・・・
空気くらいは、伝わったのだろう。レスカはため息を、苛立ちと共に吐き出して今度こそ。踵を返して・・・さっと、壁に張り付く?
しきりに通りの方を気にして、見ると。お城の衛兵が何かを探しているのか、辺りに気を配らせながら、慎重な足取りで・・・行ってしまう。
「あ、思い出した。予定では今頃、週刊誌の取材を受けてる時間じゃないか?いかにもキミ好みだから、代りにOKしておいた奴」
「アンタの所為なの?いっつもいっつも断ってるのに!女性週刊誌って、答えにくい事ばっか聞いてくるし、何か言うと尾びれ背ビレだし」
「そんなの、適当にあしらっておけばいいのに。にしてもキミはバカか?今くらいの下っ端衛兵に見つかる訳ないだろう。その格好で、カフェオレ・・・」
シー!っと、慌てて口をふさぐ。そのままの体制でキョロキョロとあたりを確認してホッと一息付くなり、臭い!と力任せに突き飛ばしたものだから、あ~あ、可哀そうに尻もちを付いてしまう。
「そ、そういう事なら。匿ってやるよ、ボクの所為だし、お詫びも兼ねて」
改めて。マキアの目を正面から見て、じっと・・・
「もしかして。計画的犯行?何企んでるジャン」
「さぁてね」
と、思わせぶりなセリフの割に。
「オマエ、本っ当に馬鹿ジャン?」
またしても、奈落の底まで落ち込んで膝を抱えているマキアこそ、憐れむべきではないか。
あれから十分も歩いていないだろう。さらに民家の少ない、一面に広がる茶畑に囲まれるように目指す店は佇んでいた、のだが。
「このロゴ知ってるわ、お城でいつも飲んでるお茶のお店よね。こんな変ぴな立地の割に繁盛してること」
いい気味!と顔全体で笑いが止まらないレスカに見下されて、マキアはまだ生乾きの、藻だかゴミだか良くわからないモノがへばりついた臭い髪をかき上げる。ちなみに服も、ようやく滴るのが収まった程度にズブ濡れで、見るからに気持ち悪い。
「あら!あそこに見えるのは自称お茶奉行のクロワッサン侯爵じゃない、流石ねぇ。アンタ挨拶に行った方がいいんじゃないかしら?って、ごめんなさい、気まずいわよねぇ、そんな惨めなナリじゃぁ?」
「言われなくとも!それに、今さっき門前払いされて今もほら、店員がコッチ睨んでる。行ける訳ないだろ」
「どうしてもって言うんなら、お菓子でも買ってきてあげましょうか?」
「たぶん、レスカもマークされてるジャン。その格好じゃ、ウチのお店にはふさわしくござ~ません!って」
レスカはチッと舌打ちして、マキアは二ヤリと立ち上がる。ありゃ?加勢方向を間違えたか?
「今回はお互い、残念な結果に終わったけど。彼はココの常連なんだ、二日に一度は来ている。クロワッサン派閥は城内最大だし、一般の受けもいいから、こういう所で顔を売っておくと、色々な事がスムーズに行ったりする」
「癒着を深めておけって?」
「ダーリンの嫌いな言葉ワースト、ジャン」
「どちらも同じ能力だったら、よく知らない人間に頼むより、知ってる人間に頼むだろ?」
ま、一理はある。が、レスカに薦めた所でレスカだってダ・サイダーに負けないくらい真っ正直だから、
「でも。腹の探り合いにしちゃ回りくどいんじゃない?そういうコトだったらもっと効率のいい方法、知ってるわよ?」
にいっと、悪女然とほくそ笑んで・・・真っ正直、前言撤回ジャン。
そう言って、今度はレスカの先導で来た店とは。
「ここは!ダーリンが全財産根こそぎ持って行かれた上に、不足分として三日も!強制労働させられた」
「親衛隊長殿は風俗店で何をやってるんだ」
「本っ当。オトコってバカよね~」
勝手知ったるナントヤラ。鍵も掛かっていなければ断りもしないで、従業員用出入り口から。これじゃ、まるっきり、ジャン。流石に、遠慮と言うか落ち着かないマキアを尻目にドンドン進んで、とうとう店舗まで進んだ所でようやく。
「ヤッホ、店長。何か面白い話なぁい?」
「レスカ様・・・いらっしゃるなら表からって、いつも言ってますのに。そちらは、マキア様?これはまた、変わった組み合わせですこと」
「へぇ、意外とスケコマシてんだ、アンタ」
「店長、笑っていないで否定してくれないか」
ころころと笑いながら、そんな気は毛頭ないらしい。仕方なく、弁解がましくレスカに向き直り、
「常連はさっきのカフェ。ここには時々、さっきみたいに落ちたりする事があると」
「時々、じゃなくてしょっちゅう、来て下さいますよ」
「お風呂屋と勘違いする歳でもあるまいし、照れなくってもいいわよぉ」
真っ赤になっていると思ったが。フイ、とそっぽを向いて、奥へ行ってしまう。レスカがまた、それをケラケラと笑い物にしていて、ますます上機嫌。となると、店長の方もここぞとばかりに店一番のボトルに手を伸ばすが。
「お水て結構!」
「バレましたか。でもね、町に一軒しかないお風呂屋さんが改修工事中ってのは本当ですよ」
「あら。アンタにも優しい所あるんだ?」
「お支払のいいお客様には。それで?レスカ様はどういった話題をご所望で」
分かってる癖に。柔和な笑みのまま、不精ぶしょうグラスに氷を入れては、レスカの前に差し出す。店内に他の客は無く、開店間際の暇な時間帯。ジックリ話を聞き出すには持ってこい。
とは言え。相手は何を知っていても、コッチが水を向けない限り決して口を割らない。そんな所が気に入ってるのだけれど。
ダ・サイダーの事。
「あの、さ。最近テレビで報道してるじゃない?アンタならそれ以上の事知ってんじゃないかって・・・」
どすん!と地響きがしたかと思って見上げた途端に、レスカの額目がけて、棚にコレクションしてあった空のボトルが!とっさに手でかばったものの、それでも痛かった!
改めて。忌々しげに天井を見上げるともう一度。今度はそうは行くもんですかと、素早く腰を浮かした所にもう一撃。ざっとこんなモンよと得意満面。でも、一体?
「あら激しいこと。奥に居る女の子に捕まったのかしら、若いってイイわね」
「じ、十八禁、ジャン?」
「貴族のジジイは金ヅル、貴族の適齢期は優良物件。ウチの社訓ですのよ」
うふふと頬を染める背後で、バっと、カーテンが翻り姿を現したのは。・・・アレ?
「ぶっ!・・・そういや言ってたわね。最近カワイイ男の子が来るから、女の子たちがハシャいでるって。お似合いよ、キャラメル侯爵令状サマ」
「だ・れ・が!」
そう言いながらも、レスカと店長の間に割り込んでは勝手に、グラスをあおって一気、水だけど。汚れをキレイに、のつもりが、それ以上に飾り立てられ、この短時間でドレス姿も化粧もバッチリ!どこからどう見ても新人風俗嬢に仕立て上げられたマキアの出てきた辺りに目を向けると。
なるほど、女の子たちがひしめき合って、黄色い嬌声を上げながらコチラを覗いている。奥に戻りたくても、と言う事か。
「ごめんなさいね、ウチの子たちが。お詫びにこんなお話はどうかしら」
ちら、とマキアに目配せをすると、思惑どおりに食いついて来て、ついでにキツめのアルコールを差し出す事も忘れない。
「どちらのお貴族サマだったかしら、ちょっと変な話を聞きましてね。盗賊を集めてどこかの金庫を襲わせるとか、襲わせた、だったかしら。でもね、そこの金銀財宝はぜーんぶ偽物にすり替えた、ですって。どう思います?」
「意味不明ね」
「でしょ?」
「じゃなくって。残念だったわね、こんな訳分かんない情報じゃ」
「あら。案外イイ反応よ?」
うっとりと、頬づえを付いて眺める店長の視線をたどると、なるほど。一転、真剣な面持ちで何やらブツブツと・・・視線に気が付いてか、取り繕うように。
「何かさ、ミステリー小説みたいだなって思って。有益な情報はドリンク付き特別料金でって事だろ」
「お察しが良くて助かりますわ」
「値段の交渉は慎重にやりなさい、でないと身ぐるみ剝がされるわよ」
「あら。高級ディナーより断然お値打ちだって。褒めて下さった口で言いますか」
そうだけどさ、と笑い合っている女二人に挟まれて、再び真剣な面持ちで考え込んでいる。考えてもみなかったルートなのだろう、どうしても手の届かないと思っていた裏事情が、こんな路地裏に転がっていただなんて。
「でも。マキア様ならカラダでお支払、でも構いませんよ。ね、レスカ様」
「え?ちょ何で・・・ソッチに聞くんだ!」
「タマっ転がしのレスカ、とはアタシの事ってか?」
「冗談じゃない!帰るっ」
途端に真っ青になって、立ちあがる。後門の狼から逃げてきたと思ったら、前門には更なる悪質な虎が二匹も構えていたなんて。再び店の奥へ引っ込むマキアと、笑いすぎて涙をぬぐいながら追いかけるレスカ。さっと翻ったカーテンの名残を追い掛けて、手を掛けたレスカは未だお腹を抱えたまま。
「そんな、ヘソ曲げる事無いのに。結構似合ってるじゃない?あ~・・・何て言うかさ、ちょっと悪ノリしすぎました、反省してます。・・・ちょっと!返事くらい・・・ってあれ?」
文句の一つでも、と覗き込んだ奥には従業員用出入り口が開きっぱなしなのか。陽光が、薄暗がりに慣れたレスカの目を眩しく刺して、思わず目を細める。手で遮り、一歩。その時だった。
鈍く、モノがぶつかる音と共に投げ出されたヘビメタコは二転三転、急いで体制を整える。衝撃にボヤける視界は薄暗く、それでも必死に状況を、一粒でも把握しないと!数人の男、先頭にいるのは、あれはアララ城に侵入してきた男?海賊偽レスカ、マキアの手の者じゃないか。その脇に抱えられてグッタリと垂れているのは、レスカ?
衝撃に息が出来なくなり、続く下腹部から広がる鈍い痛みにレスカの体はジリジリと鉛のように、前のめりに・・・太い腕に支えられ、地面に激突する事は免れたがその代りに、何の物音を立てることも出来なくなった。
みぞおちに、強烈な一発を食らったのだ。それを理解するまでにどれだけの時間を要したろう。働かないアタマも、目を開ける事さえも全神経を注がなくてはいけないなんて。
カツン、とヒールが床を弾く音に目を向けると、探していたドレスの裾が見えた。とたんに血が逆流するような感覚に襲われて、同時に・・・再び殴られたのだろう。今度はどこか深い穴に落ちて行くような感覚に、ぼやけ、薄れて・・・ ダ・サイダー!何でこんな時に限っていないのよ?
・・・助けて!