山を駆ける   作:モービルス

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鳥取県鳥取市に本部を置く国立大学、駒鳥大学。

1874年創立、1949年大学設置。大学の略称は駒大(こまだい)。

駒鳥大学は地域学部、農学部、工学部を有しており、鳥取空港から徒歩で約15-20分、タクシーで約5分と極めて近い。

学生は6,000名程度在籍しており、当然サークル活動も盛んである。

そのサークルの中に、登山を主な活動内容とするサークル「駒鳥大学ワンダーフォーゲル部」通称駒大ワンゲルがあった。



第1話 駒鳥大学ワンダーフォーゲル部

 4月初旬、大学は入学式が終わり、そろそろ前期の授業が始まろうとしているところだ。

 学内では新入生がキラキラした表情で闊歩し、サークルの勧誘に誘われたりしている。

 春…新たな風が吹き抜ける新鮮な季節である。

 学内の桜も新入生の入学を心待ちにしていたかのように今年も満開の花を咲かせている。

 空は青空。気温も丁度よく、動きやすい最高の時期。

 駒鳥大学の新入生は、自身の理想のキャンパスライフを思い描き、希望に満ちた表情で大学生活をスタートしようとしている。

 

 

 

 そんなキラキラした新入生とは対照的に、薄暗いサークルボックスの1室で、4人の男女がコタツを囲み、神妙な面持ちで「ある問題」と対峙していた。

 彼らもかつては新入生であっただろうが、そんな新鮮さはもはや微塵も感じられない。

 

 ここは、駒鳥大学ワンダーフォーゲル部の部室だ。

 "ワンダーフォーゲル"とは、ドイツ語で"渡り鳥"を意味する。

 ワンダーフォーゲル部の主な活動内容は登山であり、その他にもキャンプをしたりクライミングをしたり、活動内容が制限される冬季は他大学と交流したり学内駅伝に参加したりスキーをしたりといった割となんでもありの部活である。

 

 ある問題とは、入学式も終わり、授業が始まろうとしているのにワンダーフォーゲル部には新入生が1人も来ていないことであった。この時期になれば、だいたいのサークルに新入生が訪れ、先輩が飯を奢ったりして新入部員を確保しているものである。

 駒鳥大学ワンダーフォーゲル部は、現在2年生が5人しか在籍していない。しかも内1人は幽霊部員である。3年生はおらず、学内には4年生のOBが2人いるだけだ。

 

「全く…今日も来ねぇな、新人…」

 駒大ワンゲル副部長の古早川が駄菓子を食べながらポツリと言う。

 

 傍らの小林と岡崎は2人でテレビゲームをしている。

 ゲームの機種はプレステ2であり、昔のガンダムの格闘ゲームをしているようだ。

 彼らにとってそもそも新人勧誘なんてどうでも良いことなのかもしれない。

 室内にゲームの音だけが無造作に鳴り響く。

 

「てめぇら!なに諦めてんだよ!!このままじゃ廃部だよ!!」

 部長の広江がしびれを切らして怒鳴る。

 彼女は唯一の女性部員であり、そして駒鳥大学ワンダーフォーゲル部創設以来の初女性部長である。

 広江はかなりの美人であり、ぱっと見は"黒髪ロングの大和撫子"という言葉が似合うと言って差し支えない容姿であるが、中身は体力オバケの"暴力ゴリラ女"である。

 広江の入部当時、古早川ら男性陣は歓喜に沸いた。が、それはぬか喜びに終わってしまった。

 新人歩荷トレーニング*1の際、全員が広江に屈したのである。

 それ以来、3人は広江に頭が上がらない。

 3人とも、広江の尻に敷かれまくっている。

 しかし3人はM気質であったため、それはそれで上手いこと部が回り、サークル崩壊には至るようなことはない。今のところ。

 女性だが、部員の中で誰よりも体力があり、メンタル面も申し分ない。そんなゴリラ女が広江であった。

 

「広江、なに興奮してんだよ。いいって、いいって。俺らは2年だ。仮に今年新人が入らなくても、俺らが3年になった時に入ってくれればいいんだからよ、気楽にいこーぜ!」

 古早川がヘラヘラしながら話す。

 その時、広江が鬼の形相となって立ち上がる。

「ヒェ・・どうしたんですか・・真美さん・・」

 古早川が広江を下の名で呼ぶ。怯え切っている証拠だ。

 次の瞬間、広江が古早川に馬乗りになり、古早川の首を絞めつけていた。

「アァァーー!やめて!真美さん!マジで落ちるから!小林!岡崎!助けてぇ!」

 

 小林がゲームをしながらチラッと2人の様子を見る。

(いつもの痴話げんかか・・。我々の部室。自分たちの居場所。今日も平和で、春の陽気が気持ちいい。こんな日々がずっと続いてくれればいいなと願う。今の自分には、それだけで十分なのだ・・)

 小林は無言で満足そうに目をつぶる。

 岡崎は古早川に目もくれず、ゲームをしている。

 

 そうこうしているうちに、古早川が広江の絞め技から脱出する。

「ハァ・・ハァ・・死ぬかと思った・・。オイ!小林ィ、岡崎ィ!無視してねぇで、助けろや!」

「フン!死にたくなかったら、新勧(新人勧誘*2)死ぬ気でやりなさい!」

 広江がピシャリと言い放つ。

 

 ゲームの音が、いつの間にか止まっている。

 テレビ画面を見ると、ポーズ中と表示されている。

 ゲームを一時中断したのは岡崎だ。

「まぁまぁ、みんな落ち着いて。広江の言うとおり、たしかに僕らも新勧に本腰入れんといけないようだね。新入部員が入らないと、この部室がなくなってしまう。この、皆でゲームが出来る空間は、何としても死守する必要がある」

 岡崎が自慢のメガネをクイッと正しながら、現状の駒大ワンダーフォーゲル部が置かれている状況を整理する。

 後半は自分の願望が駄々洩れだが。

 

「…で、どうするの?何か策はある?」

 広江が男性陣に問いかける。

 

 古早川、小林、岡崎の3人は、思わず顔を見合わせた。

 この女、さっきから暴れるだけ暴れておいて、ノープランなのかよ。

 

 小林が『オホン!』と咳払いする。

「自分から、いいかな?」

「さすがゴンザさん!どうぞ!」と広江。

 ここで、小林という男について解説しよう。

 彼の名前は、小林権座(こばやしごんざ)。一部の親しい者からは『ゴンザさん』という愛称で呼ばれている。

 非常に落ち着いた性格であり、現在の年齢は20代だが、ハッキリ言って30代、見方によっては40代にも見える。

 そんな彼は、ワンダーフォーゲル部の"まとめ役"である。

 強情な広江や優柔不断な古早川の意見が衝突し、部会等で意見がまとまらない時はいつも助言をしてくれる。

 なんというか、上級生がいない駒大ワンゲルの保護者のような存在である。

 何故か常にサングラスをかけており、彼の真意は中々掴みにくかったりする。

「まず、勧誘のビラを作って、ビラ配りをちゃんとやった方がいいと思う」

「ビラなら、入学式の時に配ったぜ」

「30枚だけな」

 古早川と岡崎が入学式のことを話す。入学式でたった30枚、少なすぎだ。

「それじゃ少なすぎる。しかも去年先輩たちが作ったビラをコピーして配っただけでしょ?今回は自分たちで心のこもったビラを作ろうよ。それをポスターにして学内掲示板に貼ろう。もうあまり時間がない。明日、それぞれビラの案を作成してプレゼンしよう」

 小林が熱弁する。確かに、まずはより多くの新入生にワンダーフォーゲル部の存在を知ってもらう必要がある。

 

「新入生が来たら、色々と山の話とか聞かせよう。写真とか見せて。お菓子やジュースも用意しといた方が良いね」

 

「あとアレだな、山で食べる飯なんか作ってもいいかもな。飯で釣る作戦だよ。人手がいるから、幽霊部員の杉原にも協力させよう」

 部員たちから次々と意見が出る。

 面倒くさがりの古早川も珍しくまともな意見を出す。

 

「よぅし!じゃあみんな!明日ビラの案持ってきてね!私は用事あるからそろそろ帰るわ~」

「オイ広江、お前ももちろん作らんといけんぞ?」

 古早川が広江に釘を刺す。

「分かってるよ~、じゃ~ね~」

 部室のドアをバタンと勢いよく閉め、広江は去っていった。

 

 広江がいなくなった部室は、シーンと静まり返っている。

 "台風一過"とはこのことだ。

 

「ったくあの女、言うだけ言って帰りやがって」

 古早川が悪態をつく。しかし顔は笑っている。

 

 

 

 新人歩荷トレーニングの際、古早川は広江に屈した。

 古早川は高校の時は登山部に入っており、入部当時は誰よりも体力に自信があった。

 新人歩荷トレーニングは、駒大ワンダーフォーゲル部の伝統行事であり、近くの神社の石段(500段)で実施され、新入生全員がバテるまで終わらない。

 先輩が合図をし、当時1年の広江、古早川、小林、岡崎、そして今は幽霊部員の杉原がスタートする。

 5往復目で早くも杉原が脱落、20往復目で岡崎が脱落、30往復目で小林が脱落、あとは広江と古早川を残すのみとなった。

(この女…化け物か!?距離が…詰められねぇ!!)

 35往復目で、全身が疲労困憊する中、古早川は必死に広江に追いつこうとしていた。

 だが、距離が全く縮まらない。

 ちなみに他の部員はというと、杉原は神社の境内で居眠りをしており、小林と岡崎は2人して携帯型ゲーム機で遊んでいる。3年の先輩は、もう帰ろうよ、という顔をしている。

 40往復目で、古早川はその足を止めた。これ以上やると今後の登山に支障が出そうな気がする。

 完敗だ。なんなんだあの女は。

 広江はその後も歩荷を続け、50往復目に突入しようとしていた。

「お~い広江、さすがにもう止めにしよう!みんなよくやった!飯でも食いに行こうぜ!」

 先輩が気をきかせ、歩荷トレーニングは終了となった。これ以上続けると日が暮れてしまいそうだ。

 広江が石段から下りてくる。顔からは疲れを微塵も感じさせず、爽やかなものだ。

 対する古早川は、境内で横になり、身体を休ませていた。回復にはしばらく時間がかかりそうである。

 広江が古早川を見下ろし、声をかける。

「楽しかったね!!またやろうね!!」

「ハハ・・そうですね・・」

 引きつった笑顔で、古早川はそう言うしかなかった。

 

 あれから、あっという間に1年が過ぎた。

 先輩から登山についてのあらゆる基礎を叩きこまれ、夏には南アルプスへ合宿にも行った。

 時には意見が衝突してぶつかる時もあったが(主に広江と古早川)、その都度部員同士で話し合って前へ進んだ。他大学との交流といった(面倒くさい)行事もあったが、それぞれの部員が役割分担し、なんとかこなすことが出来た。

 

 

 

 今度は、自分たちが先輩となり、後輩に色々なことを教える番なのだと思う。

 

 3人はずっと黙っていた。おそらく、同じことを考えているのだろう。

 

 古早川が小林と岡崎の方を見る。

 岡崎も古早川の方を見る。岡崎の自慢の眼鏡が光る。

 小林はサングラスを外し、どこか遠くを見つめている。

 古早川はそんな2人を見て、二カっと笑う。

「しょうがねぇ、やってやるか」

「部長は言い出したら、聞かないですからね」

「こういうことが、後で良い思い出になるんだよ、多分」

 

 

 

 明日から、忙しくなりそうである。

 

 

 

 

 

 

*1
ザックに重りを入れて背負い、屋外や室内の階段を往復するトレーニング。より重い荷物を背負って鍛えることで、長期間の山行に耐えうる脚力を効率良く身につけることが出来る。ただしやりすぎると脚を壊すこともあるので、ほどほどに鍛えよう。

*2
大学では新入生が入学する4月からサークルの新人勧誘活動が始まる。各サークルは部員獲得のためにしのぎを削る。特にワンダーフォーゲル部のようなお金がかかり、意外と時間も取られるサークルは敬遠される状況にある。




【登場人物】
・広江 真美(ひろえ まみ)
駒鳥大学地域学部2年生。
元気いっぱいの駒鳥大学ワンダーフォーゲル部部長。
というか元気があり余り過ぎて、男性陣に被害が及んでいる。
部員の中では誰よりも体力があり、メンタル面も申し分ない。
暴力的でキツめの性格だが、根は優しい。
かなりの美人であり、しゃべらなければモテる。しゃべらなければ。
好きな山:伯耆大山(鳥取県)

・古早川 仁(こばやかわ じん)
駒鳥大学農学部2年生。
駒鳥大学ワンダーフォーゲル部副部長。
登山以外のことに対してはまるでやる気が無いが、登山に対しては並々ならぬ情熱を持っている。
よってワンゲルの登山以外の行事は、全て面倒くさいと考えている節がある。
山行計画を考えるのはほとんど古早川であり、色んな山の山行ルートの新規開拓を目指している。
意外にも、後輩の面倒見が良かったりする。
好きな山:氷ノ山(鳥取県)

・小林 権座(こばやし ごんざ)
駒鳥大学農学部2年生。
駒鳥大学ワンダーフォーゲル部渉外担当。
駒大ワンゲルのまとめ役。そして保護者のような存在。
渉外担当であり、他大学との交流活動を主な仕事としている。
非常に落ち着いた性格であり、何故か常にサングラスをかけている。
好きな山:北岳(南アルプス)

・岡崎 志葉(おかざき しば)
駒鳥大学農学部2年生。
駒鳥大学ワンダーフォーゲル部会計担当。
駒大ワンゲルのブレイン。若しくは参謀。
部の会計を担当しており、備品管理も兼任している。
部室で珈琲を飲みながらゲームをやるのが彼の何よりの楽しみである。
好きな山:燕岳(北アルプス)

・杉原 謙一(すぎはら けんいち)
駒鳥大学工学部2年生。
駒鳥大学ワンダーフォーゲル部幽霊部員。
登山には参加しないが、呑み会には休まず参加するタイプ。
多少皮肉屋だが、悪い人間ではない。金持ち。
好きな山:三瓶山(島根県)
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