狩人少女はターフを走る   作:しがないヤーナム人

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第一夜 目覚め

 貴方は狩人である。

 頭の上に長い中太の尖った獣耳を携え、毛先の纏まった獣尾を腰の位置に下げているが、それでも立派な1人の狩人である。

 今は遠い昔に不治の病を患い、血の医療を求めてヤーナムを訪れ、血を入れ、狩人となった。

 それからは獣を狩り、眷属を狩り、敵対した狩人を狩り、上位者を狩り……最後には〘最初の狩人、ゲールマン〙とここを支配していた〘月の魔物〙を狩った。そして今は、異空間〘狩人の夢〙の主として、この場に立っている。

 貴方は最早、ただの狩人ではない。

 

 〘獣狩りの上位者〙

 

 それこそが、上位者たる今の貴方には相応しい名であろう。

 

 

 

 さて、そんな貴方は今日も今日とて暇を持て余していた。簡易祭壇の前で鐘を鳴らし、時に人形の焼いたクッキーを食べ、時に愛用する仕掛け武器を磨き、時に分裂して1人組手をしていたが、いつまで経っても鐘が共鳴する様子は無い。

 背丈が高い少女のような外見に反して永い永い時を過ごしていた貴方は、有り得ない程に時間を腐らせていた。最近は狩りをしていた時間よりもここで退屈している時間の方が多いんじゃないかと思わず考えてしまう程にだ。

 今回も共鳴の素振りすら見せなかったそれに深い溜息をついて工房に戻り、隅でイカとナメクジと貴方の獣を組み合わせたような何かに変貌しては、上位者の言語でうじうじと文句を垂れていた。

 そんなあんまりにも情けない貴方を見かねたのか、黒ずんだ青の色をするそれの横を突く何かがあらわれる。

 人型ではあるが異様に小さく、さながらミイラのような姿を有する者。

 それが〘夢の使者〙だ。貴方とは血の遺志の取引や狩りの補助を手伝う、要するに協力者の関係を持っている。

 その使者たちが、貴方に向けてある物を差し出していた。普段そういう事がない使者が自分に向けてくるのは珍しいと、人間態に戻って興味本位にそれを受け取る。

 それはU字型に曲げられた、新品の様相を見せる鋼の塊──つまりは蹄鉄だった。狩人になってからは靴裏に付ける事もましてや見る事もなく、そういえば異邦一式の靴裏に付いていたなとちょっとした物懐かしさに浸っていると、ふと貴方は気がつく。

 これには墓標や聖杯と似た物がある。

 何十年かぶりに本気で驚いた貴方は急いで何もない墓標へ向かい、そこで蹄鉄へと手をかざす。そうすれば、かの2つのように夢から覚めていく感覚が身を覆い始める。

 貴方は久しぶりにこの感覚に身を任せ、落ちていった。

 

 

 〘◆〙

 

 

 一方、日本のとある学園にて。

 黒髪のウマ娘──マンハッタンカフェは〘お友達〙に連れられて、1階の教室棟に訪れていた。

 マンハッタンカフェは、所謂霊感持ちのウマ娘。

 曰く、「何か変なやつがいる」と言う。そう言いだす〘お友達〙についていき、着いた場所は校舎の端にある少し薄暗い教室。日の光も当たらず、まだ電気を付けるには早い時刻なのもあってか、そこは不安を感じる程の暗さだった。

 その暗がりの中の教室にそれがいる。そう〘お友達〙は言っていた。なのだから、多分それは幽霊だ。もし悪い幽霊だったら、どうにかして追い返さないと。

 そう思いながらマンハッタンカフェは踏ん切りを付け、ドアを横にガラリと開ける。

 太陽の赤い斜陽が差し込むその教室の中心に立っていたのは、背の高い人だった。学園の陽気さとはまるでかけ離れた灰色のコートを羽織っていて、足にはブーツを、手には金具の付いたグローブを装備している。

 その人が、扉を開く音に反応してこちらを振り向く。

 見えた顔も目元以外はマスクで覆われていて、かろうじて見える肌は生気が薄いように感じられる。

 奇妙な形をした帽子からウマ娘特有の形をした灰色の耳が、コートの裏側から同色のしっぽが見えているので、一応はウマ娘の幽霊なのだろう。

 そうというのに、迫力というのがまるで段違いだった。相手は幽霊だというのに、会長のシンボリルドルフとは違う、神かあるいは人間以上の存在かと相対しているような。

 深い深い、深淵の青に染まり切ったその瞳に威圧されて。

 

「は、はじめ……まして」

 

 思わず敬意を払うように挨拶をした。

 

 

 〘◆〙

 

 

 夕方。

 夕方か。

 狩人の夢から覚め、どうやらとある教室棟の一室で目覚めたらしい貴方はその感想が思いつく。

 貴方にとって夕方という時間帯は良い思い出と言うのが無い。

 最初の頃はとにかく貧弱で、そこらの獣にもボロボロにされてよく夢へと帰ってきていた。特に、少しは良くなってきたのではなかろうかと思った頃に出会った例の聖職者の獣とガスコイン神父には何度も嬲られた記憶がある。今ならば楽勝に狩れるだろうが。

 しかしていい加減に朝日や昼の日の1つでも見てみたいのだよと、不満の溜息を漏らしながら貴方はすぐ側にあったガス灯に自身の遺志を流し入れた。これでもう一度ここに戻れるようになるのだ。

 と、ガラリと音を立てて教室の扉が開く音がした。振り向けばそこには貴方と同じ獣耳と獣尾を持つ1人の少女。その姿に貴方は禁域の森で会った包帯巻きの男を思い浮かべる。

 彼、いや、あの獣はつくづく悪質な奴だった。人の形を騙り、それに騙されて教会に送ってやったが為にそこにいた人間が全員食い殺された。

 であれば、狩るべきか……いや、獣の特徴はあれど理性の残っていそうな彼女は獣であると判断するには早計すぎるか──

 

【……ちっ、獣女の狩人め】

【死ね! 薄汚い獣が!】

【くたばれ!】

【獣女が! 獣のなりそこないが!】

 

 ……いや、そもそも人は信用ならん。やはり狩る。獣にくれてやる慈悲などない。

 その結論に至った貴方は右手に血の遺志を巡らせ──

 

「は、はじめ……まして」

 

 仕掛け武器で叩き切ろうとしていた貴方に向けて、なんと挨拶をしたではないか。

 おお、なんという清らかな心を持ち合わせる少女なのだろうか。貴方は感動で目頭を押さえ、既に枯れたと思っていた涙を流す。

 ヤーナムではこんな丁寧な言葉、ましてや挨拶なんて上質な物を貴方に向けられた事は殆ど聞く機会など無かった。

 貴方に対してそんな事をしてくれた人物など、アイリーンと、アルフレートと、アリアンナ公と、血族の女王、拳のクリモト、後は極々一部の脳筋狩人(変態)くらいである。その誰も彼もが崇高な精神を持ち合わせていた。

 そんな彼ら人間と同じ事をしたこの少女を、どうやって獣と並ばせるという思考に辿りつけるだろうか。数秒前の貴方を車輪ですり潰してやりたくなった。

 少女がした礼に応えるべく、貴方が持つ最大限の敬意を以て【娼婦の一礼】を返す。それを見た少女は感嘆の声を鳴らし、小さい拍手をした。

 なにせ貴方が好んでいた人物の『娼婦アリアンナ』公直々の作法である。彼女に教えてもらってからは幾度となく練習した甲斐があった物だ。

 そんな彼女に気味が悪い上位者の子を考え無しに宿らせて発狂させた姿無きオドンの糞畜生は何があろうと絶対に殺す(狩る)。何十回死のうとも絶対に殺す(狩る)

 熱く煮えたぎる憎しみを胸にしまい、改めて少女を見る。

 体つきは細く小さいながらも鍛えられているのかスタミナと筋力があり、かつ技量も兼ね備えている。仮にヤーナムへ行って狩人となったとしても、半人前以上の成果は挙げられるだろう。

 時折隣にいる、彼女に似た亡霊をちらりと、しかし確実に見ている事からも、少なからず啓蒙もあるらしい。本来なら得るはずもない代物だが、どこかで何かしらの手段を使って得たのだろうか。

 ふむ、成程と見定めていると。

 

「……あの、お話をしませんか?」

 

 それを遮るようにして少女はそう言った。そういえば普通の人間は人との間の沈黙をあまり好まないのだったと思い出し、貴方はその言葉に首肯した。

 

 

 〘◇〙

 

 

 久しぶりに排他的では無く、そして敵対的でも無い人間と話した事で心が温まった貴方は少女とお別れをし、数刻経った。

 夜も深くなって静かになった頃、重い腰を上げるようにこの教室棟の探索に動こうと得物を血の遺志から取り出す。

 右手には銃槍を。

 左手には獣狩りの松明を。

 この武装を選んだのは、貴方にとって学び舎とはビルゲンワースと教室棟の2つであり、それと似た様相を見せるここは同類の場所であると考えた。先程の少女は恐らくその学徒であり、まだ神秘の力には触れていないのだと。

 だとしてもそれに積極的に関わろうとは思わないが。だが少女は守る、絶対に。必要とあらば輸血液を入れて狩人の夢で保護する事も考える。

 とはいえ、今は狩りの時間だ。ここまでの思考をよそに置き、扉を開けた。

 複雑に組み合わさった木目の廊下が続き、月の光がそこを照らす。普段から清潔に扱われているだろう棟の中、ほのかに香るのは上位者──神に等しい存在の臭い。

 しかしアメンドーズや白痴の蜘蛛ロマ、月の魔物のような冒涜と血を全面に押し出したそれではない。どちらかといえば……そう、人々を見守る『真の意味の神』のような物。

 さりとて、上位者であることには変わらない。

 貴方の狩りの対象に含まれるそれらは、貴方にとってご褒美のような物だ。

 ああ、獲物の上位者の臭いだ……思わずえづいてしまうじゃあないか! 

 久々に高まってきた獣性を人間の理性で抑え、探索を再開する。

 上位者がいるのだから、どうせ獣の1匹でもいるだろう。良い気分になってきた。

 松明に燃える炎のようにたぎっている気分は、いつどの獣と相対しようが絶対に狩るという姿勢を表していた。

 そこまでは良かった。だが、問題はそこからである。

 獣の臭いの1つすらしない。そう、あの嗅ぎなれた獣の臭いが。

 道中には教室棟に蔓延る亡霊などもいた。例の少女に受けた温情もあって、ただつっ立っているだけの亡霊は無視して敵対する亡霊だけを狩る事にしていた。

 それだけでも少なかれ不満はあるというのに、銃槍の一撃はおろか、灰を使ったエヴェリンの銃弾1発、変形後の銃槍の散弾1発、なんならガラシャの拳1撃ですら消え失せる程に弱弱しく、手応えも無い。比例するように得られる血の遺志も僅かで、これならまだ診療所の獣の方が多い。これでは溜息もついてしまう。

 しかしそれはそれだ。心情の方を無視してしまえば、その手応えの無い亡霊ばかりということは即ち狩りは既に終わっていると言うことである。成程、ここの狩人は随分と優秀であらせられるらしい。

 だったら今度はなぜ呼ばれたのかがわからないと不満たらたらにそれを付け足し、ぐちぐちと文句を垂れ流す。

 いくら獣がいない事が喜ばしい事とはいえ、やはり貴方の本質は血に酔っている狩人である事に変わりはないのだ。

 腹立ちをどうにも隠せずにそこらをほっつき歩いて屋上に辿りつき、そこにあったガス灯に自身の遺志を流し込んでいると、貴方はとある光景を目にする。

 空が、白み始めてきたのだ。それは夜明けの証。貴方がどこまで願おうと、どれだけ切望しようと、愛しく思おうと、それ故にヤーナムの狩りを終えようと、最後まで見れなかったその光景。

 その光景が、貴方の目に入っていた。

 貴方は驚きに目を見開き、両手に持つ得物を落としても尚呆けていると、それはゆったりと登り、ついには半身を見せる。

 ああ、あれが、幾度となく願おうと見る事の無かった太陽なのか! あまりに眩しく、あまりに白く、あまりに美しく、あまりに暖かい……ああ、ああ、これが太陽の光、何度も望んだ美しき光なのか……! 宇宙は空にあり、そしてまた太陽も空にあったのだ……! 

 感動に心と脳を焼かれ涙を滝のごとく流していた貴方は、自然と【交信】のポーズを太陽に向けていた。

 実体の存在でありながら学園で最も目立つ屋上に立っていたのだから当然大多数に見つかり、貴方は無事に理事長室へと連行された。得物は幸いにして遺志に還元されていただけ結果としてはまだマシだが、至極当然の事である。




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〘怪猫蜜佳〙さん、〘太陽のガリ茶〙さん、誤字報告ありがとうございます。

ウマネスト回

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