狩人少女はターフを走る   作:しがないヤーナム人

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第十夜 血狂い狩り

 件のG3レースが終わって一日が過ぎ。

 外は暮れ、練習をするウマ娘も少なくなってきた頃、いつもの教室の中に貴方はいた。

 今日はレースが終わってからまだ一日、というのもあってか、比較的に軽いトレーニングだけ──とはいっても他ウマ娘の視点から見れば十分な量の内容なのだが──といった内容。その為にまだ時間に余裕があり、それが理由でここにいた、という訳である。

 最近ではスマートフォン上のゲームを始めたり、教室内の改造に手を出したりと、暇潰しの手段にも多様性が表れてきているのは良い物の、とはいえ狩りは勿論の事、レースやトレーニングにも引けを取る。

 そういう事もあって、教室内を意味も無く歩き回っていると、貴方の好奇心がふと芽生える。

 ……この地で〘狩人呼びの鐘〙を鳴らしたらどうなるだろうか。

 実は貴方、この考えに至るまでに一度も鐘を鳴らしていなかったのだ。理由は上げるまでも無い程単純で、この生活を随分と満喫していたからである。

 ……というよりも、そもそも貴方からすれば、忘れていたというよりは触れようと思っていなかった、という方が正しい。

 現在話題の中心となっている〘狩人呼びの鐘〙とは、簡潔に言うなれば、この世界とは異なる世界に存在する狩人を、次元を超えさせて協力して貰う為のアイテムだ。

 ヤーナムの狩人とは獣の病に罹患した者を狩る存在なのだから、当然ながらその殆どはそれを忌み嫌い、憎む者ばかりである。

 それは連盟の狩人だろうと、血の狩人だろうと、処刑隊だろうと、たとえ狩人狩りだろうと、その事実に変わりは無い。

 なぜなら、元はといえばこの『獣の病』が引き起こした事象なのだから。

 そんな中に、獣の耳を持ち、人に無い尾を下げる者──つまりは貴方の事だ──がいたならば、どうなるだろうか。

 獣の癖に狩人の真似事をと、敵対視するのだ。

 故に、助けを求められようと素知らぬ面をして〘共鳴破りの空砲〙を撃つ。あるいは罵詈雑言を吐く。性格の捻れ曲がった糞袋野郎は狩りに協力せず、身を翻して貴方に刃を向ける。

 貴方がどれだけ同じ志を掲げようと、それ以上に獣を忌み嫌い、憎んでいようとだ。

 それらを鐘を鳴らす度、助けを乞う度に受けてきた貴方は、いつしかこう思うようになった。

 最早自身以外に全く信じるべきで無い、他は人間性の腐れ落ちた屑だけなのだと。

 現在はクリモトやそれに並ぶ、極々一部の全うな人を見る瞳を有する狩人に会ってからは多少正された物の、しかしその考えは今も尚深く、根強く残っている。

 閑話休題。

 そんな考えである貴方が、何故今になってこの鐘に好奇心を抱いたのかは定かでは無いのだが、しかし抱いた物はそう易々と止められる物では無い。

 今の貴方は過去の貴方よりも練度が高く、高レベルの血晶石も揃っている。その為、貴方と同程度の狩人なら余裕を持って狩る事が出来る。

 また、血に酔った狩人が行動しようとしたのならば、最悪空砲を撃てばどうにかなる。血の遺志は手に入らず、啓蒙も無駄になるが、少なくともこの学園が無惨な事になるよりは何億倍もマシだ。

 何、待つのは嫌いだが慣れている。それ以上に、ここが荒らされる方が神経に堪える。

 貴方はそう思いつつ、着々と準備を進めていく事にした。

 

 

 〘◇〙

 

 

 今は時刻にして午後七時。この時刻に学徒などまずいるはずのないこの頃に、貴方は好奇心を満たす実験を始める事にした。

 用意する物は前述の〘狩人呼びの鐘〙と糞袋野郎の狩人を処理するのに必要な武器、万が一の為の〘共鳴破りの空砲〙である。

 今回手に持つ武器は、右手に貴方の愛刀である千景、左手にエヴェリン。

 この二つは共に、貴方が最も手に馴染んだ武器であり、かつ瞬間的な火力を発揮出来き、その上である程度の小回りが利く物だ。

 ただ瞬間火力のみを一点重視するならば他にもより良い物、例えば右手武器なら爆発金槌、左手武器なら大砲がある物の、知り合いである研究者のようなボヤ騒ぎを起こす気が無く、また大砲も教室を絶対に破壊しかねない代物なので、貴方はエヴェリンの方を選んだ訳である。

 狩りの装束を身に付け、準備万端といった様子の貴方は、そう思いながら右手に鐘を掲げ、そして鳴らした。

 

 カランカラァ──ン

 

  カランカラァ──ン

 

 どこか不気味ながら、しかし綺麗な鐘の音色が部屋一面に響き渡る。

 鳴り響いた鐘の音は闇に吸い込まれ、また静かな空間が場を支配した。

 それを認めた貴方は、適当に置いた椅子に座り、ランタンに灯りを付けて本に読み耽る事にした。

 どうせすぐに共鳴する事は無く、同時に夜は長い。ならばその間、図書室から借りた本でも読んでいようではないか。

 貴方はタイムリミットを日の登る時とし、最近借りた書物の一つ──『変身』を血の遺志から手に取った。

 

 

 

 貴方の目論見通りだったと言うべきか、いくら待てども鐘の共鳴する様子は無く、本を手に取ってから早四時間が経過しようとしていた。

 とはいえ、狩人の夢で待つ時よりは退屈では無かった。以前もこのような様子ではあったが、本は初めて読む物であり、似たような生活を入学してからはずっと続けていたからだ。つまる所、もう慣れた事であった。

 まあ、最近は出会う狩人など殆どいない。共鳴しなくとも、仕方ない事だ。

 そうして半ば見切りを付け、パラリと一ページをめくった時。

 

 オオオォォォ──

 

 隙間風が吹く音のような、悍ましき何かが地の底から這い上がるような音が聞こえてきた。

 貴方はそれに思わず驚き、顔を上げる。それこそ、鐘の音が共鳴したという証なのだから。

 急いで本を遺志に変換し、立ち上がって狩りの準備を整えた貴方は、現れてきたそれに視線を向けた。

 ……ああ、こいつは()()だ。

 貴方は一目見て確信し、宇宙色の瞳に淀みが入る。

 夢戻りのガス灯の傍に現れた狩人の装束は、古狩人のトップハットを被り、貧金細工の施された装束とズボン。古狩人の手甲を身に付け、様相はさながら、嘗ての血に酔った狩人のようだ。

 貴方の人に対する記憶力は比較的高く、着ていた装束の詳細に至るまで思い出す事が可能ではあるが、それは特定人物のみに当てはまる。その特定人物とは貴方に対し親切であった者、つまりはアリアンナ公やアルフレート、クリモトらに値する存在だ。

 それ以外の糞袋まで覚えていたら、ストレスで発狂しかねない。

 そうしている貴方が記憶していないという事。

 即ち、相対するそれは。

 

「……ちっ、獣女の畜生か」

 

 それはそれは最低な、偏見と侮蔑で出来た糞袋野郎という事である。

 そうとあれば、容赦も何もする気は無い。ここに害を成す畜生ならば、徹底的に駆除をするのが当然の摂理という物だろう。

 

 そうほざくのなら、夢に帰れば良いと思うのだがね? 

 

 貴方は尚も淀んだ瞳でそれを見つつ、鷹揚に鞘へと刃先を収める。

 降伏の意思でも示す為だろうか。

 

 ……だが、ただで帰れると思うなよ、糞袋野郎。

 

 否。

 刀身を完全に鞘へ収めた貴方は、それに力を込め。

 鞘から血が迸り、同時に身体が衰弱していくような感覚が貴方を襲う。

 しかしそんな事など最早慣れたかのように、鞘から刀を引き抜き、緋色の血刃を見せた。

 それは、千景の『変形』させた姿。刀身に刻まれた、複雑な波紋に血を這わせる事で形作られる物。しかしそれは、自らを蝕む呪われた業であり、無闇矢鱈に多用すれば生きる意志を潰えさせる。

 そうしてでも尚、刃先を向けるという事は。

 目の前の敵を絶対に狩るという決意に、他ならない。

 

 さあ、来てみろ。

 

 それを表すかの如く、貴方は両手で血刀を構えた。

 

 

 

 最初に動いたのは狩人。奴は手に『獣狩りの斧』を持ち、こちらを引き裂かんと、先手必勝と言わんばかりに駆け出す。

 対する貴方も、相手の胴を視界の中央に入れたまま横へとステップする。

 すれば、狩人は教会製の散弾銃を腰に回し、柄を持って機構を鳴らす音を奏で。

 

 がきぃん

 

 そうすれば、片手斧だったそれはたちまち両手斧へと『変形』する。それを横薙ぎに振り回した。叩き切り、処刑しようという魂胆か。

 

「Aaaagh!」

 

 貴方はそれをすんでの所で潜り抜け、大腿部に一閃。傷は浅い。

 

 どうした、当たっていないぞ? 処刑の意味で振るう物では無いのかね? 

「Gaaa! 黙れ、獣女が!」

 

 貴方は挑発すれば、狩人は獣の雄叫びのような咆哮と苛立ちを見せる。そうして今度は斧を縦に振り、両断の動き。

 それを斜め左前に踏み込む事で回避し、そして一筋。またも浅い。

 近づいた貴方は、ちらりと瞳を見やる。

 ……ああ、こいつは尚更駄目だ。狩りと血に酔っている。

 崩れ、蕩けた瞳孔を見て、貴方はそう考える。

 その特徴は即ち、獣の病が進行している証。それを持つ狩人は、その狩人が血に狂い、人間性を削がれているという事。脳から痛覚と理性の枷が外れ掛けているという事。

 狩るべき存在と人との見境が無くなれば、それは最早人型をした獣と何ら違わない。

 故に、狩る。中に巣食う獣と同時に、この狩人を。

 決意を固め、貴方は再び胴へと視線を変える。

 狩人は攻撃を当てられないのに随分苛立っているらしく、獣の如く喉を唸らせていた。その様子から察するに、貴方以上に短気な性格と見える。

 

「Gaagh!」

 

 走り、振り降ろされた斧を寸前で前に回避し、相手の横腹へ一撃。今度は深い物だったのか、狩人の苦痛の息を吐いた声が聞こえた。

 貴方はそれを合図に下がり、再び最初の構えに戻る。

 この調子ならば。勝てる。

 そう考えたその時。

 

「Gaaa,aaaaagh! いい加減に、死にやがれ……この、獣風情がぁ!」

 

 ──殺す。

 刹那、加速の業を切って瞬間的に接近。驚かせる間も無く刃先で喉仏を突き、漸く反応した間に顔面をガラシャの拳で殴り付ける。怯んだ隙に右腕の肘より下を斬り捨ててから感覚阻害の霧を叩きつけ、回し蹴りで膝を着かせた後に踵落とし。地に伏せたそれに追い討ちとして二度踏み付け、最後に全力の蹴りを一発。

 それでも尚足りず、鉄塊を外した左手で仰向けになった狩人の首を掴んで持ち上げ。

 

 誰が獣だ!(who is the Beast!) 外道が!(bastard!)

 

 な、何、を──

 そう言わせる間もなく、激情のままに持ち上げている腕を上へ引き絞り、強く地面へと叩き付けた。

 一連の猛攻全てを受けたが為に瀕死であった狩人はこれを耐えられる訳も無く、呻き声を上げた後、霧となって消えていった。

 

 

 〘◇〙

 

 

 らしくない。あまりにも、らしくないぞ。

 狩人を叩き伏せた後も尚肩で息をする貴方は、殺意から目覚めた理性でそう考える。

 あんな動きは、狩人のする物では無い。狩り武器を振るい、考えて動いてこそだろう。あんなスタミナに任せた猛攻で、しかも蹴りを多用するなど。

 狩人の蹴りは、硬質の皮膚に防がれるが為に、獣に通じる事は無い。寧ろ、無闇な隙を晒してしまい、反撃される要因を作り上げる愚行の一つだ。

 しかして、貴方は獣女(ウマ娘)。特有の膂力から繰り出されるそれは十分な威力を持ち、故に攻撃の一端として機能する。

 だが、貴方はそうするのを良しとしなかった。自身の膂力で獣を狩るなど、獣のようでは無いかと、そう考えて。

 しかし激情に身を任せた結果、計五発もの蹴りを狩人に向けて放っていた。その事実に、貴方は溜め息をつく。

 …………だが、まあ、使ってしまった物は仕方ない。今回は使ってしまったが、次にそうしなければ良いだけの問題だろうよ。

 そう考えて気分を切り替えた後、少し余裕の出来た貴方は、ある事に思いを馳せる。

 あの時のルドウイークと、マリア様の気持ちが良く良く分かる。

 ああ、そうか。このような思いだったのだな。

 その二人は、共に秘密を隠していた。一人は月光の輝きを。一人は狩人の罪を。

 それらと比べ、貴方のそれは遥かに小さい。小さい所か、狩人にとってはつまらない物。

 しかして、貴方にはこれが楽園と見え、同時に他の血狂いの狩人に見せてはならない、秘するべき物と見えたのだ。

 

『秘密は甘い物だ。だからこそ、恐ろしい死が必要なのさ』

 

 ……ああ、正しくその通りだったさ、マリア様。この甘い物を、他の血狂い共に明け渡す訳にはいかない。

 この戦いを以て、改めて貴方はそう認識した。

 

 

 

 余談だが、教室の掃除はしっかりと行った。恐ろしく面倒だったそう。




本作に出てきたモブ狩人様はとても排他的なゲスですが、ゲームにいらっしゃる狩人様達は礼儀が成っていて、紳士的です。初心者にも手取り足取り教えてくれますよ。
さあ、貴方もヤーナムへ。

〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。

ウマネスト回

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  • そんな事よりヤーナムしろ
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