狩人少女はターフを走る 作:しがないヤーナム人
決して結晶掘りしてたらこんな時間になってた訳でもおれっ娘の勝負服見て啓蒙を溜めてた訳でも無いんです、信じて下さい。
「あ、そうだ」
長かった夏休みもとうとう明け、そこから一ヶ月が経過した頃。
次の目標を『デイリー杯ジュニアステークス』に据え、トレーニングを終えてトレーナー室へと戻ってきた時、ふとある事を思い出したように彼女はそう呟いた。
おっと、どうしたのかね唐突に。
「あっとね、そういえばあるウマ娘と併走をやって欲しいってのが来たから、そのトレーニングをやってみないかって話をしようと思ってて。それを今思い出したんだ」
併走……ああ、あのレース紛いのトレーニングだったか。
「まあ、大体はそんな感じかな」
トレーナーからの返答を聞きつつ、貴方はどういう物だったかと記憶を掘り起こす。
併走とは、読んで字の如く二人以上で並んで走るトレーニングの事を指す。黙々と一人で行うトレーニングとは違い、併走を行う事でウマ娘に備わっている「勝ちたい」という闘争本能を引き出させ、掻き立てさせる効果がある。
それによって得られる経験値も高く、トレーニング後に何かしらのコツを掴める可能性もあるのだが、欠点としては競わせる事によるスタミナの摩耗量が多い事と、怪我をする確率もお世辞に低いとは言えない事だろう。
その為、基本は担当ウマ娘の調子を万全にした上で引き受けるというのが一つの常識として受け入れられている。
それはベテラントレーナーは勿論の事、新人トレーナーも先輩から教わって、あるいは勉強していく内に自然と覚えていく物である。
当然ながら貴方のトレーナーたる川添麻里もその事を存じていて、その為に今回のトレーニングは
ちなみにだが、それを指示された時の貴方の顔は、とても面白……失敬、酷くつまらなさそうな表情であった。トレーニングとはいえ、椅子に腰を置くよりも身体を動かして走っていた方がより面白く感じるのだろう。
……これはちょっとした余談なのだが、貴方は脳筋思想な狩人の事を筋力に囚われたマヌケだの脳髄筋肉野郎だのと言ってはいる物の、正直な所貴方にもそういう素質はあると思うのだ。
低負荷のトレーニングを指示された時に不満げな顔になるのを見る度、常々そう感じる。
閑話休題。
大まかな概要を掘り起こした貴方は、併走相手は誰だろうかと疑問に思う。
して、貴公。相手は誰なのかね。
「アグネスタキオンって娘だよ。知ってるでしょ?」
寧ろ知らなかったら光ってる時なんて無いはずだしね、と一言多いのを貴方は素手で小突く。
最近は漸く免疫が付き始めたらしく、多少の触れ合いなら鎮静剤の世話にならずに済むようになったのだ。鎮静剤の取引に使う遺志の量も中々バカに出来ないので、これは貴方にとって大きな進歩である。
「それで、どうする?」
無論やるさ。経験はどれだけしても足らない物。出来る時に、存分にやるのが一番なのだよ。
最早愚問だろうという意思で、貴方はそれを引き受けた。
〘◇〙
翌日。
西に位置する太陽が照らす学園のターフの中には四人の姿があった。二人はウマ娘で、残る二人は人間であるのが見て取れる。
ウマ娘の方は、一人は髪色が明るい栗毛色をしており、一人は対称的にくすんだ灰色で、そして変わった帽子を被っている。
人間の方は、一人は見慣れた銀髪の女で、一人は相対に初対面である黒髪の男。
つまりは貴方と川添トレーナー、アグネスタキオンとその彼女のトレーナーであった。
「さて、ダンテス君。今日は併走トレーニングという事でね、よろしく頼むよ」
ああ、こちらこそ。
そう言う彼女に貴方は敬意を表するように【狩人の一礼】──貴方にとっては軽い挨拶のような物──を行う。
今回の併走トレーニングはお互いとも面識がある上に関係も良い物、その上トレーナー間も同期だというのが相乗し、場所や時刻の指定、おおよその内容の取り決めなどがトントン拍子に進んだ。
貴方自身、グダグダと長ったらしい物は嫌いなので非常に助かっている。
さて一通りの動作を終えた貴方は、不意に後ろにいる男が気になり、彼女に向けて質問する。
それで、後ろにいる男は誰かね。
「彼かい? 彼は私の優秀なモル……トレーナーさ。治験にも参加してくれるし、良いトレーナーだよ」
「なあタキオン、今モルモットとか言い掛けただろ」
いやはや、なんの事だろうねぇとしらばっくれる彼女を他所にして、貴方は彼女がモルモット兼トレーナーだと言う男──名を〘池内 亮〙という──に瞳を向け、そうして一通り見回し。
……なんというか、平凡な見た目をしている。
アグネスタキオンのトレーナーを観察した貴方の、率直な感想であった。
肌色は白いが日本人の範疇に収まる程度で、そこそこ映える様に切り揃えられただろう短い黒髪。目尻は可もなく不可もなくといった物で、唇も男性の中では一般に収まる色つきと形。鼻も丸型では無いが、尖っていると言うと少し違う。
全体を通した顔つきは決して悪くは無い物の、ではとてつもない美顔かと言われると少し言葉に詰まる。背丈も中肉中背とまあ普通で、声質も印象に残るかといえば、まあそこまでといったくらい。
唯一異端と言えるのが、彼の緋色の瞳に爛々と光る狂気であった。
そこが貴方の目を引く。当然血塗れの狂気に満ちた連中や超次元の思考を宿す貴方には及ばずとも、しかしながら貴方のトレーナーである川添と似たような、ある一人に対する心酔の狂気だ。
その一人とは言わずともわかる。即ち、アグネスタキオンなのだろう。
……狂気とは、早々手軽に有するべき物では無い物なのだがな。
貴方はそれに辟易するが、まあそういう人物なのだろうと結論付けた。
同時に彼女と彼は非常にお似合いなペアであるとも思った。お互い内面に狂気を宿している者同士、非常に息が合っている二人だろうと。
そうして総評を終えた貴方は、時間は有限なのだからと急かすようにターフへと移動する。
「おっと、もうトレーニングに移行するつもりかい?」
生憎、待つのは嫌いな性分なのでね。
「……ああ、そういえば君はそういうウマ娘だったね。これはこれは申し訳無い。それでは早く行こうじゃないか。トレーナー君、合図を頼んだよ」
それに彼は了解と返し、待っていたように首に掛けていたストップウオッチに手を付ける。貴方のトレーナーも懐から同様の物を取り出し、準備が出来た様子。
「準備出来たかー?」
貴方達二人の準備運動も終え、いつでも問題無いという所で声が掛けられる。貴方はそれに頷き、隣の彼女は「勿論だとも」と返す。
「両方とも良さそうだな。そんじゃ──位置に付いて」
それを合図にして、貴方は脱力していた身体に芯を入れる。目の前をじっと見据え、併走へと集中する体制へと気分を切り替えた。
「用意」
ざりり、と地面を踏み締め。
「──スタートッ!」
皮切りに、貴方と彼女は走り出した。
〘◇〙
完敗。
貴方の人生では良くある事の一つではあったが、レースにおいては初めての事であった。
2000メートルを三回走り、その内全てがクビ差以上を付けられての負け。距離の適正で貴方側がやや不利、というのを鑑みても尚悪い結果だと言わざるを得ない物であった。
特に、最後の併走。
第四コーナーを曲がり、さあ追い上げていこうと貴方が普段通りに末脚を発揮しようとした寸前の事。
不意に、彼女の内側から強い意志を感じた。
瞬間見えたのは、色の無い海原と一直線に伸びる光。漂う不可解な数式の中、掻き分けるようにただまっすぐに進むガレオン船。
その船頭に立っていたのは、アグネスタキオン。
紛れも無い幻覚であるのは、瞬時に理解していた。彼女が秘儀を使ったような気配など微塵も無く、そもそもとして神秘も秘儀を使える程高い訳でも無い、生きる意志と筋力が高いだけの、ただ一人のウマ娘なのだから。
そうというのに、幻覚から醒めた瞬間彼女からスタミナが湧き上がっていたのが感じられたのだ。確かにスタミナが底を叩く寸前であったと、貴方の瞳が認めていたのにも関わらず。
見入っていてしまい、少し脚色が鈍ってしまった貴方はそれを取り戻そうと切札の「加速」を使うが、事態は既に取り返しようの無い時点。
結局、先にゴール地点を超えたのは彼女であった。
時間にしてコンマ四秒、目測距離にしておよそ二バ身。加速の業が無ければ、バ身差はより大きな物となっていただろう。
わからない。あの空間を上手く躱す方法が。
冷えたタオルを首筋に、冷たいスポーツドリンクを手に持ちながら貴方はターフ周りを右往左往する。
あれには何か一定の条件でもあるのか? 例えば何だ、特定の位置が関係しているのか、それとも時間経過、あるいはスタミナが底を突いてから? 任意の可能性も無くは無い、最悪なのは完全な無作為だが……。
効果自体もある程度見えるとはいえ、不明瞭だ。スタミナの回復量は幾つ程で、そしてスタミナをただ回復させるだけなのか、はたまたそれ以外の別効果もあるのか。
…………ああ、欲しいな、試行回数が。
貴方は歯噛みしながら思う。
繰り返し言ってきたが、貴方は某素手の狩人のような天才では無い。
何度も何度も、数える事すら億劫になるほど敵前に骸を晒し、その上で蜘蛛糸よりもか細い勝利の可能性を掴んでやっと一勝出来るような、諦めの悪さが突出しているだけの凄まじく泥臭い凡人だ。
故に、貴方は尋常ではない試行回数を求めていた。
「熟考している所、失礼するよ」
…………ああ、アグネスタキオンか。
そうして脳内で再戦をせがんでいると、茶髪の少女──アグネスタキオンから話し掛けられた。貴方はそれに少々遅れるが、思考の海から上がり返答する。
それで、何用かね?
「いや、大した用では無いよ。どうにも眉間に皺を寄せていたからね、何かあったのかと思ったのさ」
……貴公が見せた空間について、どう対処すれば良い物か、悩んでいてね。
果たして話して良い物か。
貴方はそう考えていたのだが、この少女ならばと信頼し、全てを話す。
そうすれば彼女は「ふぅン……」と、何やら興味深そうに喉を鳴らした。
数秒経ち、待つのが面倒になってきた貴方は帰ろうと背を向けるが、それよりも前に彼女が口を開く。
「ちょっと待って欲しい。一つ取引をしようじゃあないか」
……取引、か。
「そう、公平な取引さ。私からは、そうだな……君が見えただろう、あの光景の説明をしよう。とはいっても、余り強くは期待しないで欲しいけどもね。それは未だに未知な部分があってね、今でも解明出来ていないのだよ」
未だ不可解、か。
……さりとて、情報は最大の武器。いつであろうと、それに変わりは無いはずだ。
そう判断し、貴方は見返りを聞く。
して、対価は?
「勿論君の、瞬間移動するかのような走りだ! あれは面白い、私はあんな物を今までに見た事が無かった! それは卓越された技術なのかい? それとも秘められた力なのかい? ああ、あんな物を直に感じさせられては芯の髄まで知りたくなるじゃあないか! ……おっとと、申し訳無いね」
興奮した彼女はこほんと仕切り直すように咳払いするが、爛々と灯る好奇心の瞳は衰える事無く輝いているまま。
──さて、君にとっても悪い話では無いと思うのだがね?
さながら性格の悪い仲介人のように、彼女は笑う。
それに釣られるように、貴方も笑い。
……ああ、少なくとも良い話ではありそうだな。
お互いの取引が、成立した瞬間であった。
尚結果。
片方は理論上人(笑)でも出来るらしいロストテクノロジー、もう片方も感情の力で発動する人智を超えた神秘なのでまともな取引になる訳が無いというのは、まあ、その。
〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。
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