狩人少女はターフを走る 作:しがないヤーナム人
次は早く出します。
十二月下旬。
今日は貴方達のジュニア級での最終目標だった、『朝日杯フューチュリティステークス』の開催日である。
距離は1600メートル、芝、右回りの中山レース場。
天候は曇ってこそいるが雨は降っておらず、バ場の方も良好との発表。
そして、フルゲート18人の4枠8番。
漸く大外枠の呪いから抜け出すのに成功した貴方は、今回も今回とて真顔であった。
とはいえ、内心もそうであるという事は無い。貴方はレース史上、一番のハイ状態になっていた。その様子はそろそろ某吸血鬼の奇声か台詞の一つでも吐きそうな程だ。
というのも、身体慣らしに聖杯巡りをし、かつ貴方が挑む初のG1──グレード付きのレースで最高基準の物──なのもあって、浮き足立っていたからである。
……まあ、後者はウマ娘ならほぼ誰しもが憧れる夢なので全く分からない訳では無いが、前者は、その、何だ。
どうしてこのバ狩人はどこかで血みどろにでもなっていないと気が済まないのか、小一時間近く問い詰めたい。
血に酔った狩人の性と言われれば、それを否定する事は出来ないのだけども。
さて、前置きはこれくらいにして。
そんな調子の貴方ではあったが、意外にも素直にトレーナーの話を聞いていた。
「ダンテス、今日は初めてのG1レースだよ。……正直ね、私はたったの一年で、こんな凄まじいレースの場に立ってるだなんて、思いもしなかった」
そう、か。
「うん、本当にそうだよ。私にとって、はっきり言って奇跡みたいな展開だった。……だからさ、今、気弱になってるんだ」
……成程、故に励まして欲しいと?
「……まあ、つまりはそういう事だよ」
外見は酷くマリア様であるというのに、気丈で無いのは困った物だな。
とはいえ、過去のマリア様と別人である事は勿論理解している。貴方は思考を切り替え、そうさね、と一言呟いてから言葉を紡ぐ。
人は、最初が肝心だと言う。
「確かに、そうとは聞くね」
そして、今回は、確かG1と言ったか。それを冠するレースの最初だろう? こいつを着て走る、最初の機会なのだろう? なればこそ、ここで勢い付ける為に勝たねばならない訳だ。
それに、獣を逃すのを前提に、狩りへ赴く狩人がいるというのかね?
勝つべき理由が出来てしまったなと、貴方は苦笑混じりに問いかける。
「……ハハハっ。確かにそうだね」
その言葉に多少勇気付けられたのか、漂っていた憂鬱の気配は薄れ、多少前向きとなったようだ。
その様子を見て、貴方はそういえばと、ある言葉を思い出す。
ああ、ある事を思い出した。かつて住んでいた街では、何事も無く事が全されるのを願う際、ある口文句が流行していてね。その街だけでしか通じぬ物だが、さりとてこの場に置いてはおあつらえ向きだろうよ。
「それって、どういう物?」
ふむ……そうだな。
貴方は口を閉じ、少しだけ思案してから再び口を開け。
──
さて、意味は貴公自身で調べたまえ。
貴方はそう言い、トレーナーが意味を問おうとする前に牽制し、踵を返して待機室を出る。
「……それじゃ、レース頑張ってきてね! その勝負服、似合ってるよ!」
クククッ、そんな事、当然の事であろう?
トレーナーの応援に貴方は喉を鳴らした後、扉を締め切り、地下道を歩き始めた。
勝負服の大元であるそれ──狩人の狩装束の意匠を崩すような変更は無く、代わりに幾つかの装飾と変更が施されている。
靴は紋様が彫られた鉄製のブーツから、光沢がある黒皮のロングブーツへ。
腰には二つの武器の他に、追加された携行ランタン。
コートには黄銅色の刺繍が元の外観を損なわない程度に細く施されており、中世貴族の服装を彷彿とさせる。
左肩に羽織るのは、マリア様の狩装束を思わせる形をした翠色の外套。
首元には黒緋のスカーフが巻かれ、後ろに流した姿はさながら放浪人のよう。
今まで何も付けられていなかった耳には、〘火薬庫の狩人証〙を模倣した形の耳飾り。それを右耳へと装着している。
これこそが、貴方の勝負服。
最高位のグレードであるG1レースを走るのに用いる、貴方専用の勝負服であった。
──G1レースまで、後数十分。
〘◇〙
《さあ来ました、クラシック級への登竜門『朝日杯フューチュリティステークス』。寒空の下、熱い心を持った若駒たちが集っています》
──死体漁りとは、関心しないな
《8枠16番ブリーズカイト、本日は三番人気です。伸びのある差しで、前評判を覆して是非とも勝って欲しい所です》
──だが、わかるよ。秘密は甘いものだ
《この評価は少し不満か、二番人気、3枠5番スイートキャビン。ここまで四戦二勝、安定した先行策でG1レース初勝利を掴み取れるでしょうか》
──だからこそ、恐ろしい死が必要なのさ
《ファンの応援を一身に受け、一番人気、4枠8番ダンテスファルサ。神速の末脚は伊達じゃないと、G1レースの初勝利を以て証明出来るでしょうか》
──……愚かな好奇を、忘れるようなね
…………こんな調子でマリア様の御言葉を延々と唱えている、すこぶる気持ち悪いウマ娘型のナマモノ。
誰であろう、貴方の事である。
貴方の行動一覧が大体気持ち悪いのは
幾ら自身にある狩人の本能を抑える為、欲求の昂りを殺す為にやっているとはいえ、そのやり口が酷く気持ち悪い。せめてこう、別の方法を見出してもらいたい物だ。
……まあ、確かに鎮静剤でも飲めば済む話だが、流石の貴方にも仮初のスポーツマンシップくらいはある様で、薬を取り出す気にはならなかったらしい。
気持ち悪い? それはそう。
さておき。
とはいえこれ程になるのも、逆を言えばそれ程に熱気がある、狩人の本能を刺激される程の物があるという事。
事実、貴方はすこぶる笑顔であった。それも愉悦的な物で無く、大好物たる狩りの最中に見せる獰猛的なそれ。
生粋の狂った狩人である貴方が、並のウマ娘なら怯むそれを温いと一蹴するような貴方が笑みを浮かべる程、一心に殺意が、またの名を敵意という物が向けられていたのだ。
さて、そうして一頻り唱え、漸く一般的な笑顔へと戻った貴方は意気揚々とゲートに入る。
さて、今回ばかりは易々と負けていられないな。主に向けた、言葉の為にも。
貴方は強く決意し、【露払い】をしてゲートに視線を合わせて集中し始め。
──カチリ。
そして、ゲートは開かれた。
《各ウマ娘、一斉にスタートしましたっ!》
貴方のスタートダッシュは、今や簡単に通用するような物で無くなってきている。そもそもとして全体の練度が上がっていて、中には貴方以上に早くゲートを出ているウマ娘すらもポツポツと現れてきている。
だとしても、相手の土俵で戦うつもりなど更々無いらしい。初動は多少強引にでもと貴方は幾許かスタミナを削り、先頭に立つ。無論ながら貴方の脚質は逃げでは無いので、さっさと先頭を譲って最後尾へと潜航する。
先頭争いが三人、それに追従するのは五人。中団辺りが七人くらいで、後は一つ先で走っている。予測するに、中団以降のウマ娘が有利になると見える。ハイペースな展開は、差しや追込脚質に有利に働く事が多い。
展開は早く進んで行き、場面は第一コーナーへと入る。各ウマ娘は内側へと移動し、今後の競り合いに備えているようだ。
当然ながら、今回のレースも三人からマークされていた。順に3番、4番、17番がそれぞれ貴方の近くに付き、仕留めんとばかりに包囲している。
これまでなら、そろそろ癇癪ゲージが四分の一にでも達していそうな物だが、しかし。
これは暇潰しでは無い。獣狩りだ。獣狩りが常時万全に、思うがままに動く事など、本の微塵も無かろう?
貴方はそう思い込む事により、ある程度の精神的な余裕を生み出すのに成功していた。更に言えば、そこから嫌がらせへ転じようとしていた。
《おおっとダンテスファルサ、大外を回っている! 第四コーナーまでスタミナは持つのでしょうか!》
《恐らくはマークしているウマ娘を剥がすのが狙いでしょう。ブロックを取らせるか、スタミナを取らせるか。上手い事考えましたね》
スポーツとは即ち、どれだけ嫌がらせ出来るかが要となる戦い。酷い言い草だが、しかして事実である。
貴方のとった嫌がらせはおおよそ実況の言った通りであり、敢えて外を回っているのだ。
スタミナを取れば、ブロックが出来なくなり貴方を自由にさせる。かといってブロックを取れば、ラスト三ハロンの鍔迫り合いで苦しくなる。
仕組みは単純ながらも相手を不愉快にさせる二択であり、中々悪くない策と言えるだろう。現に、貴方を妨害しようと囲んでいた内の二人はブロックを諦め、包囲がかなり緩んだ状態になっている。
そして問題視されているスタミナの方も、今回は【左回りの変態】──スタミナ量を増加させるカレル文字を全て脳に焼き付けている為に不足は無い。当然このレース中の全てを大外で走るというのは不可能だが、さりとて包囲を剥がすには十分にある。
《さあ依然として展開は早く、先頭を握るのはローズフルヴァース。どうでしょうか、この展開》
《ローズフルヴァース、先頭を譲らないという精神があってか、少し掛かっているようにも見えます。落ち着きが取り戻せれば良いのですが》
第三コーナー。貴方は今後に備える為にコーナーのイン側へと戻っている時、憶えのある名前が聞こえ、思考を巡らせる。
ローズフルヴァース。彼女も、いたのか。
1枠2番、人気は七番。当初は期待されていたのだが、凡走を繰り返した為に観客側からは有力視されていない。
それでも貴方の瞳は、彼女の内側にある感情を認めていた。
──負けたくなんてない。絶対に勝ちたい。ただ自分だけを、見て欲しい。
この場にいる誰よりも強いそれは、ああ、なんと眩い感情か。思わず貴方は目を背けたいと願う。
それでも、レース中だ。痛くとも、目を背けてはいられない。
《さあ間もなく第四コーナーを抜ける! 中山の直線は短いぞ、後続のウマ娘は果たして間に合うのか!》
ラスト三ハロンに入る。貴方は全力疾走の体勢を取り、トップギアとなる。
《ダンテスファルサここで来た! 速い、速いぞダンテスファルサ! 間に合うか、間に合うのか!》
一人、二人、三人四人。前に憚るウマ娘をステップで躱していく。出せる全力は出している。
それでも、目標へは縮まない。ローズフルヴァースは、諦めていない。スタミナの枯れた今も尚、根性で渡り合っている。
……もう、貴方は満身創痍だ。
大外に回れば、苦しくなるのは自明の理。
脚は重い。肺は軋む。頭痛は激しく、口は枯れている。
幾ら補強したとて、辛い物は、辛い。
………………なら、諦めるか。
別に、これをやり直せる訳では無い。それでも、楽になる。次に備えれば良いだろう?
今までだってそうだった。
脚が無くなった。腕を吹っ飛ばした。輸血液を切らした。脚が縺れた。迎撃に失敗した。初動でしくった。
その度、その度、その度その度その度…………──
無理だと思い、
ここは、誰も咎めやしない。G1は、誰しもが勝てる物では無い。例え掲示板に入っただけとしても、それは十分健闘した部類に入るのだ。
なら、もう……良いだろう?
………………ほざけ。巫山戯た事を抜かすな。
分かっていない、訳では無い。
寧ろ、良く理解しているとも。
どうせこの獣女は、畜生じみた狩人だ。
堂々と大嘘を吐く、鬼畜風情だ。
不幸を撒き散らす、糞袋野郎だ。
それはもう、うんざりする程に、そういるしか無いであろう。
さりとて……さりとて!
マリア様にも……川添麻里にも、そうするつもりは、無い!
そう簡単に、負けていられるか!
貴方は、
──焔。
貴方は刹那、それを見た。
途端、貴方の身体に微かながら力を感じ始めた。
身体全体は未だ苦しく、重い。それでも、微かながら状況を覆せるような、そんな気がしている。
理由はわからない。ただ、なんとなくの一つだけ。
それでも、十分だ。
貴方は加速の業を巡らせ、走る。
一人一人抜かしていく度、足りなかった物を
目標、残り20メートル。
10メートル。
息が続かない。
7。
頭痛が酷い。
6。
疲れた。
5.5。
もう、辞めてしまいたい。
5.2。
──それでも、負けたくない。
負け、てぇ……たまるかぁぁぁぁぁぁっ!!
──5。
すかさず、加速。
そして。
《ダンテスファルサ! 勝ったのはダンテスファルサだ! 朝日杯フューチュリティステークスを制したのは、ダンテスファルサだぁーっ!》
栄光の勝利を、掴み取った。
〘◇〙
……か、勝った。
貴方は呆然と立ち尽くしながら、一言呟く。
まるで、夢のよう。それとも、本当にただの夢なのか。
否、貴方は未だ永い夢を見ている。だが、それは貴方にとっての現実。
つまりは、幻想でも何でも無い、本当に起きている事なのだ。
そう、か……勝った、のか……っ。
ああ、こんな栄光が、赦されて良い物なのか。
こんな、血に狂うた屑畜生が、散々侮蔑されてきたこの獣女が、こうして讃えられても良い物なのか。
今の貴方は、自身の立ち振る舞いなど考慮しようともしていない。
貴方は喜びに、右手を上げた。
どうか彼女に、血の加護がありますように。
ウマネスト回
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いる
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いらない
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そんな事よりヤーナムしろ