狩人少女はターフを走る 作:しがないヤーナム人
変形し、大剣となった『ルドウイークの聖剣』が貴方目掛け振り下ろされる。それを前にステップして回避し、後ろをとり、手に持つ武器のノコギリ部分で切り刻む。
狩人はちいっ、と舌打ちして前にステップし、体勢を取り直そうと貴方の側を向こうとする。
が、間に合わない。
貴方は切り札を切る時と判断して「加速」し、ノコギリ鉈を変形させ、鉈となったその刃を真上から振り下ろす。
無闇なステップで隙を晒した狩人は見事に虚を突かれ、遂に生きる意志が潰えたか、その場に倒れ込んだ。
「貴様ァッ、この、獣女畜生が……」
クックク。そう言うのなら勝ってから言いたまえよ、糞袋野郎。
狩人の捨て台詞に、貴方は嘲笑しながら言葉を吐き捨て、ノコギリ鉈についた血を振るって払う。
しかしその笑いに反して、右脚にはまだ物足りないと苛立ちを示す揺すりが現れている。
今の貴方は、ストレス解消に狩人狩りをしていた。
貴方は数日前にG1レース──朝日杯フューチュリティステークスを勝ったウマ娘である。
ウマ娘という種族の中で、G1レースを勝つというのは素晴らしい栄光だ。それは、貴方のトレーナーからの歓喜と友人からの祝福、届けられたファンからの手紙、それらについで貴方が見せた、心からのからも見て取れるだろう。
さて、ここからが本題である。
G1で勝利したというのは世間で良く取り上げられる事であり、人気にもなる。しかして人気になるという事は、妬み嫉みを今まで以上に受けるようになる、という事でもある。
それは例えば敵意を持った発言に始まり、侮辱や果ては殺害予告などだ。
普通のウマ娘の少女はそれを受ける事で精神にダメージを置い、自己肯定感の低下やそれに伴う身体能力の悪化、最悪自分は必要無い存在だと思い込み、精神を病んで走れなくなったりと、まだ情緒の成長途中である少女達には天敵というべき代物なのだが……まあ、そんな事は貴方にとって一切の問題では無い。
というのも、そんな言葉は酷く聞き慣れているから──普通は聞き慣れるべきでは無いが──である。そもそもの時点で狩人に対する扱いが酷い物なのだから、獣の特徴がある貴方は、まあ、口にしてはいけない言葉のナイフで何度も刺された訳だ。
相対していた狩人が呼んでいた「獣女」という単語も、健全なるこの土地では最大限の侮辱に値する言葉であり、本来ならば唾棄されるべき物。
そんな物を約二世紀近く受けていれば、本意であれ不本意であれ、慣れるのは当然の結果だろう。
故に貴方が必殺を決め込む言葉は、豚かあるいは獣かのほぼ2つになるくらいには、侮蔑の言葉に酷く寛容となっていた。
殺害予告を送られて「ほう、ならばやって見ると良い」と、嬉々として返答を送るウマ娘など貴方くらいであろう。
これだから頭狩人は。
……まあ、マトモで心が脆いよりも変な形であっても気丈な方が抜群に良いのは、それはそうだが。
さておきとして。
では、その殺害予告に返答したとしよう。
貴方はそれで起こる殺し合いを望んでいるのだが、大抵そういうのを送る奴は口でしか物の出来ない腰抜け野郎か、人が苦しんでるのを愉悦する性根の腐った愉快犯のどちらかである。
つまりは、来ないのだ。
それで肩透かしを喰らい、期待を裏切られた気分になった貴方は癇癪が溜まる訳だ。
そこから更に追加で、勝利して以降やたらと増えたインタビューを貴方は煩わしく思っている。ただ椅子に座って聞かれた事を淡々と話す事が、どうも退屈で仕方ないのだとか。
貴方としては、本気で取り組める物とは言えどもあくまでも暇潰しの範疇に収まっているのであって、レースをする事を本業にしたいだとか、所々で退屈になってでも人気取りがしたいだとかはほんの一欠片たりとも考えていない。
なのもあって、貴方に言わせればそんな事如きに付き合う義理も人情も糞も無いのにも関わらず、そうでもしなければ一部のレース──有馬記念や宝塚記念──に出られなくなる為にやらなければいけないというのが、それはそれは心底ストレスだった訳である。
さて。
未だ溜飲の残る貴方は気分のまま、本日三度目の鐘を鳴らす。
カランカラァ──ン
カランカラァ──ン
普段の共鳴する度合いと比べれば有り得ない程に高回転となっているそれは、貴方の中に燻る苛立ちを全て吐き出せ、とでも暗示しているよう。
無論、貴方もそうするつもりであった。
と。
オオオォォォ──
早くも共鳴を示す音が聞こえてきた。
さあ、次はどういう奴か、楽しみだ。
貴方は期待に胸を踊らせていると、現れた者の全貌が見えてくる。
何も被られていない髪は黒く、しかし瞳は貴方の有するそれと同じ宇宙が隠れている。
今の時代ではあまりにも古臭い【異邦の服】を着、その上には黒の外套を羽織った姿。
暗色のズボンに付いたサスペンダーは垂れ下がり、狩りをするのに邪魔だとでも言っているよう。
狩人ならば着けているはずの手甲は見受けられず、代わりに着けられているはきつく締められた黒包帯のみ。
一件すれば単なる変な狩人の格好にしか見えぬそれは、しかして彼こそが狩人最大の天敵、あるいは人間に身を窶した死神と言い表された存在。
狩人の異名を──
〘黒い鳥〙
紛うことなき、あの狩人であった。
彼を見た貴方は、思わず言葉を漏らす。
げえっ、クリモト。
──と。
〘◇〙
黒い鳥、もといクリモト。
狩人間では酷く恐れられており、時折悪魔と囁かれるそれだが、しかし実情は噂とは異なる。
貴方を含む、上位者化した狩人の中でも果てしない程の穏健派であり、相手している狩人から手を出さなければ、一切の攻撃を行わない。
更に精神面も、狩人所か本物の一般人から見たとしても常識的であり、狩人特有の突飛な行為はする物の、他と比べればそよ風で吹き飛ぶ程度。
しかも狩人にありがちな神経の擦れも少なく、他人に向けて毒を吐く事も皆無と言って良い。
総論すれば、少々なんて物じゃないくらいに要領が良すぎるのと、精神力、付け加えて肉体能力がおかしいだけの、しがない逸般人──既に人で無いのはさておき──の範疇に収まる人間。
そんな彼に、脳みそ狩人ながらもある程度常識を学んだ貴方が相対すれば、まあ、見敵必殺案件は起こらず。
最近では他人からも認められるようになってな。喜ばしい事ばかりで仕方ない。
「そうなのか、それはよかった」
外見の年齢差も相まって、さながら功績を自慢する妹と、それを聞く兄の、現代にいる兄妹かのような光景が繰り広げられていた。
……中身の齢?
それは……まあ、何だ。
貴方──もとい、ダンテスファルサは仮にも女性なので、そう易々とは言うべきでは無い。
…………ほんのちょっぴり出すのなら、おおよそ──
……いや、やはり辞めておこう。抹殺されかねない。
さてと。
「それで、ここにはどうやってきた?」
新しく設立した【学園工房】にて、貴方の製造した仕掛け武器を持ってこようとした時、クリモトからふと尋ねられる。
……そう、さね。
「事情が話せない、というのならば別に良いのだが」
貴方はそんな訳があるまい、と即座に否定する。
貴方にとってのクリモトは、良い意味合いで彼を強く信用しており、それはあの
だからか、彼が聞いた事に対しては殆ど包み隠さず話すようにしている。
だが、今回聞かれたのは経緯が経緯。どう説明すれば良いのかがわからず、言い難いという所であった。
……どこからどう説明すれば良い、のかね。それはあんまりにも突飛な事だったのだよ。
貴方はふぅむ、と唸りながら、あの時起きた事を纏める。
…………狩人の夢で、愚痴を言っていたら、使者から渡された、としか言えないな。これでも殆どを話したつもりだがね。
「……つまりは、君自身もわからないと」
まあ……あまりそう言いたくは無いが、そういう事さ。
どうか貴公にも、この平穏を傍受して貰いたい物だが。
「おい、そこまで言うのか? 私は狩人だぞ?」
貴方が思った事を口から漏らすと、彼は驚いた素振りを見せる。
それはそうさ。貴公は狩人であって、それに違いは無い。
しかして、あの血狂いの屑共とは全く違う。現に、貴公はこの獣女を罵る事の一つもしていないだろう?
貴公は狩人でありながら、心の清らかが過ぎる。されどね、故に信頼出来るのだよ。貴公なら、きっとここにいる者の一人を、快楽の為に狩る事などなかろうとね。
「……そうか。それは有難い評価だ」
貴方はそれに笑い、手製のコーヒーを飲む。マンハッタンカフェの作ってくれる物とは違い、あまり貴方は気に入らない味わいなのだが、初めて出した時は彼女が喜んでいたのを思い出す。
さて、もう朝も近い。そろそろ支度をせねばなるまいな。
「な、ここには朝が来るのか!?」
酷く驚いているのが見て取れる様子で、机に手をついて立ち上がった。
落ち着きたまえよ、と貴方は控えめな笑顔でそれを静止する。
そうさ。だからこそ、貴公にもそれを味わって貰いたいのだよ。あの時の感動と、漸く報われたという喜びをね。
「そうか、そうか……それは、酷く美しいのだろうな」
いつか見てみたいと、彼はぽつり呟いた。
「君」
そろそろ朝も近いと、貴方は空砲を取り出し引き金を引く寸前、彼は貴方へと話しかける。
どうした?
「……良い目に、なったな。出会った時の諦観はまだあれど、それでも抗う事を知った目をしている」
そう、か。
「ああ。だからね、君。それを喪うでないよ。君には、君を紆余曲折あれど受け入れてくれた川添という人も、君の事を尊重してくれている友人もいるんだろう? だから、大切にすると良い。それはきっと、美しい追憶になるだろうからね」
勿論だとも。
貴方は一息吐き。
貴公にも、同じ幸運が訪れる事を願っているよ。
そう、一言呟いた。
そうして、今度こそ引き金を引こうとし。
「……君」
何だ、またしても。
またしても呼び止められた。
何だ、名残惜しいのかね?
「いや……あのだな、君。落胆が隠せてないぞ。狩人狩りでもしたかったのか?」
……まあ、そうでは、あるが。しかし……。
「……別に、それくらいは付き合おうとも」
それは本当か!?
「良いとも。ここ最近、君よりも手応えがある狩人を相手していなかったからな。こちらにも得があるなら、存分に受けてくれるだろう?」
これは、有難い話じゃあないか。
貴方は内心ガッツポーズし、一旦深呼吸をした後、右手に愛刀を持つ。
では、そうさせてもらおうか、【狩人狩りのクリモト】。
「さあ、いつでも来るといいさ、【狩人】よ」
そして二人は、ステップを踏んだ。
〘◇〙
結果として案の定クリモトに得意のバックスタブを喰らい敗戦した貴方は、面倒だと思いつつも教室を掃除し、学園の制服に着替えてクラスへと通う。
今日は冬休み一日前だというのもあってか少し騒がしく、どんな所に行くか、どんな休日にするかといった話題が飛び交っている。
勿論の事貴方はそれに参加せず、いつも通りに本──今日は『星の王子様』である──を取り出し、脚を揃えて読み始めた。
と、そんな貴方に近づく人影が一つ。
「おはようございます」
ああ、マンハッタンカフェか。良い朝を迎えたようで何より。
その人は、貴方の友人であるマンハッタンカフェ。彼女も休みの日が待ち遠しいのか、耳の跳ねと尻尾の揺れが少し激しい。表情もどこか、柔らかく見える。
「……ダンテスさん」
どうした?
「昨日、何か良い事でもありましたか? いつもより随分と晴れやかな顔でしたから」
それを聞き、少し貴方は考え。
もしかすれば、ある者に会ったからだろうかね。
「そうなんですか。……一体、どういう人なんですか?」
……そう、さね。
…………純白の相応しい、貴公のような人物さ。
貴方は悪夢に堕ちてから、初めて穏やかな笑顔をして答えた。
この後本気で心配された。
〘リア10爆発46〙さん、〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。
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