狩人少女はターフを走る   作:しがないヤーナム人

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そろそろジュニアからクラシックに進めないと。


第十五夜 同志

 おかしい。

 

 冬休みが始まって二日経った頃、午前十時半の工房の中で一人ぽつりと呟いた。

 というのも、トレーニングの始まりを告げる連絡があまりにも遅いのだ。

 普段から平日休日関わらず日々トレーニングに励んでいる様子は、学園内の生徒間では「頭メジロライアン」、または「重度のトレーニングジャンキー」と呼ばれている貴方なのだが、しかしそれらの殆どは全てトレーナーに一任しており、基本貴方からそれを考える事は全くと言う程に無い。

 その姿勢は、ある『阿呆の自分があれこれ考えようと時間の無駄なので、専門の人に丸投げ──』……失礼、『全部を任せ、自分はその実現に努める』という、あるアニメーションの人物の持つ信念をそのまま引用しているかのよう。

 事実脳髄の七割がヤーナムとマリア様に汚染されている貴方が適切なトレーニングのやり方など分かる訳も無く、下手に口出しして効率を落とすよりかは余程正しい選択だろう。

 さて、これは以前にも話した事である。

 その際にいつどこでやるのか、またはどんなメニューをこなすのかを連絡する。それはいつもなら朝の六時頃辺り、遅くとも八時には何かしらが送られてくるのだが、今日は幾つ経っても一つも来ないのだ。

 ここ数ヶ月になって漸く改善された──以前までは全マイ血晶石並の約立たずであった──時間感覚も遅い遅いと文句を垂れており、貴方もそろそろこちら側から催促の電話一つでもしようかとも思い始めてきていた。

 そんな頃。

 貴方のスマートフォンに一つの通知が鳴った。

 ……さて、今回はあまりにも遅すぎた物だからね。一体どういう言い訳を用意しているのやら。

 貴方は面白さ半分にアプリを開き。

 

『ごめん、病気になった』

 

 貴方はショックでスマートフォンを落とした。

 

 

 〘◇〙

 

 

 さて、場所は変わってトレーナー寮前。

 名目として寮と名付けられてはいるが、何かと担当ウマ娘が入り浸っていたり、寮というよりはトレーナーの私生活跡がある仮眠所の間違いでは? とでも思ってしまう場所である。

 まああの野蛮人筆頭のような貴方がまずもって恋愛脳みたい考えになるはずも無く──もしもこの脳髄血みどろバ狩人がそうなったら素手で殺されたって良い──、ここに訪れた理由は良くある看病目的だった。ここまでなら他ウマ娘でもここを訪れるなら有り得る理由だろう。

 尚顔は従来の仕方ないなというような物では無く、恐ろしく険しい顔である物とする。

 そんな状態である貴方は相当な焦りようであり、表札を一瞬見ては違うと判断して次へ。それを凄まじい速さで行っていた。

 そうしていると、川添の表札が貼られている部屋を見つけたらしく、貴方は勢い余って二個程過ぎた後、急いで戻りドアを押し──

 ドアに勢い良くぶつかり、貴方は怯む。思わず情けない声を出した後、思い直すように頭を降って玄関のドアを引く。どうやら鍵は掛かって無かったらしく、すんなりと開いたその隙間に貴方は身をねじ込んで中へと入っていった。

 ……ちなみに玄関が開かなかった場合、「火薬庫」式解錠法、またの名を脳筋解錠──要はパイルハンマーでドアをぶち壊して入るというあんまりにもあんまりな方法を試していた所だったらしい。

 …………まあ、その。

 貴方の過去云々を考えれば──貴方自身の記憶には無いが──一応の納得は出来なくも無いが、なんと言うか、あの。

 失礼を承知で、一言だけ言わせてほしい。

 蛮族か? 

 ……言いたい事も言った所で、視点を戻そう。

 さて室内に入った貴方だが、焦りからか何一つの感想も抱かずにそのまま寝室へと直進。

 入ってみれば、そこには貴方のトレーナー、川添麻里と、貴方とは初対面の男──名を〘蝦塚 正志(しょうじ)〙──がいた。

 

「えっ、ダンテス!?」

「っな、アンタどこから──」

 良いから一旦除け! 

 

 ここでも目の前の男を手で退かし、貴方はトレーナーの元に駆け寄り、顔を近づけ瞳を凝視する。

 覗き込んだ瞳に歪みは無く、蕩けている事も無い。そもそもとして川添は人であり、ヤーナムの血を入れていないのだから至極当然の事だろう。

 しかして貴方は安堵する。幾ら狩人の夢で獣の病について繰り返し読み、ある程度の知見があるとはいえ、それでも何が理由でここに罹患者を出すかもわからない。

 自身の血か、屑共の血か。それとも上位者畜生か、はたまた突然変異で空気感染の特性を持つか。

 貴方の視点から見れば、まだ未知に覆われている獣の病。血が関係するのは分かっていても、感染の方法は未だ知らない。

 故にこそ。

 

 本当に、よかった。大事でなくて。

 

 貴方は、心の底からそう言った。

 

 

 

「……いや、ただの風邪だからね?」

 

 肝心な時に喧しいわこのうつけが。

 感傷に浸る間も無くそう言われた貴方は思わず悪態を吐きかけるが、勘違いしていたのは事実なのでそんな訳にはいかず、何とも言えない顔になって威嚇する。

 

「……そんでだよ、アンタ、一体どこから入ってきた?」

 ならば逆に問おう。貴公は誰かね? 

 

 彼の声で漸く貴方は彼に意識を向ける。

 日に焼けた肌をしていて、跳ねた茶髪を青ラインのある白の中折れ帽で覆っている。瞳は髪色と同じで、目尻には丸みがあり優しい人物だろうかと思わせる。唇は若干の色味がある程度で、鼻は少し鋭めな形。

 身長は貴方が少々優れている辺り──つまりは平均的で、身体付きは程々に筋肉がある位。

 白スーツと中折帽を除けば顔つきの良い好青年にも見えなくは無い。

 

「俺か? 俺は蝦塚正志って名前でな、これでもマンハッタンカフェのトレーナーをやっている」

 おっと、マンハッタンカフェのトレーナー方だったか。これはこれは、悪い事をしてしまったな。

 

 貴方はそう言うと同時に【狩人の一礼】を彼に行う。彼はその動作に、そんな大袈裟なと言葉にして返す。

 

「まっ、もしカフェと並走する時がありゃあ、そん時はよろしく頼むぜ。ダンテスファルサさんよ」

 勿論、その時はな。……所で、なぜ名を知っているのかね? 

「あーな、まずはレースとかでアンタの名前を良く聞くからなのと……もう一つは、川添トレーナーとは古くからの知り合いなんだが、アンタの自慢がちっと多いから、そんで自然と覚えるようになったんだよ……」

 ……ああ、成程。

 

 そう話す彼は、その内容に中々辟易しているように見える。それがあまりにも口説いのだろうという事は想像に難くない。

 

「だって、ダンテスがとても強いからさぁ……」

 川添、程々にしておけ。しつこいのはよろしく無い。

「えぇ〜、でも本当に凄いってのは──げほ、げっほげほ!」

 

 と、川添トレーナーが不意に咳き込んだ。貴方は慌てて名前を呼んで駆け寄り、心配の顔を見せる。

 

「あぁ〜もぉ〜、だから黙って寝てろって俺は言ったの!」

「でもこれくらいなら、ある程度の仕事は出来る──」

「寝ろ! 心配してんだぞアンタの担当が!」

「……はぁいはい、わかりましたよっと」

 

 それで漸く、しかし渋々ながらに納得した様子で深く布団を被った。

 それでも尚落ち着きの無い状態で室内をふらついている貴方から心配の感情を汲み取ったのか、蝦塚は貴方に向けて安心させる為の言葉を紡ぐ。

 

「……まあ、心配すんのは分かるけども、心配しすぎるのも身の毒だぜ。アイツはすぐ無理しては風邪引くからな、寧ろここまで持ったのが凄いってこったよ」

 ……本当に治るんだろうな? 

「そりゃあな。アイツの免疫力無礼んなよ? 一日寝てただけで治りやがるバケモンの免疫力してっからな」

 そう、か。……なら、良かった。

 

 傍からみればあんまりにも大袈裟が過ぎる貴方なのだが、逆を言えばそれ程トレーナーの事を気に掛けているとも取れる。

 少なくとも、彼はそう受け取ったらしい。

 話を切り出す。

 

「そんじゃあ俺はこいつの飯作るんでね、出来ればこの寮の掃除と手助けを頼まれてくれないか? そうしてくれりゃあ助かるんだが」

 まあ、承諾はしなくも無いのだが……貴公、マンハッタンカフェのトレーニングは良いのか? 

「……あのな、ウマ娘は休養ってのがいるのよ。アンタみたく休憩要らずのトレーニングホリックって訳じゃねぇんだ」

 

 こう言った後、掃除で困った時には自分に相談して欲しいという旨を伝え、寝室から出ていった。

 ……あんな事、別に言わなくとも良いだろうに。

 貴方は不満げに考えるが、まあどうでも良い事かと放り捨てる。

 とりあえずは、さっさと終わらせよう。

 貴方は気分を切り替え、部屋を出た。

 

 

 〘◇〙

 

 

 数時間後。

 ある程度だが整頓されていると受け取れる位には片付いた部屋の中、一息付く貴方と蝦塚の姿があった。

 貴方は片付けている際、やたらと「なぜこんな物があるんだ」と思う事が多かった。

 例えばギター。楽器には疎い貴方でも全く触れていないのがわかる程には新品そのままであり、所謂置物状態。

 基本ある物は全て使うスタンスである貴方からすれば著しく勿体無いと感じたのだが、そこは人は人、自分は自分という形で割り切っていた。

 その他使う予定の無さそうな物が多々あったが、記述する物では無いだろう。

 川添は()()()女性なのだから。

 さてと。

 片付いた部屋のテーブル、そこの座席に貴方らは座っていた訳だ。

 と、唐突に貴方は思い付く。

 彼ならば、変形する武器の良さが分かるのだろうか? 

 慣れていない事で疲れていたのかバカな天啓が舞い降りた貴方は、ひとまずは聞いてみようと彼に向けて喋りかける。

 

 所でだね、貴公。

「……んあ、何だ?」

 変形する武器は、嫌いかね? 

「詳しく聞こう」

 

 

 〘◆〙

 

 

 ……ん、んぅ。

 

 私は火照る身体からか、緩やかだけれども上半身を起こす。

 目覚まし時計を見れば、今は五時。外はもう暗くなっていて、トレーニングするには見ずらい時間帯。

 今日は世話になりすぎたかな。私はそう考える。

 弟分の正志からはいつも見たいに看病して貰ったし、そこに加えて私の担当──ダンテスファルサにも。

  いい加減にワーカホリックを直すべきではあると思うのだけれど、ただ、その。

 ダンテスの敬意に報いるのが楽しくてしょうがない。

 ……でもまあ、看病までされたら流石に直さないとかな。

 まあ、そんな事は後で考えよう。とりあえず今は喉が渇く。

 私は水を汲みに行こうとベッドから起き上がり、ドアに手を掛けて開けてリビングへ行き。

 ──ピシ、ガシ、グッ、グッ。

 擬音にしたら、こんな感じだろうか。

 そんな事を、目の前の二人がやっていた。

 

 …………んぇ? 

 

 人間は意味がわからない事に直面すると本当に脳がフリーズする、というのは本当なんだと思う。

 だって私がそうなったから。

 

 えー、と……な、何やってるのさ。

「おお、その様子じゃ風邪はマシになったらしいなぁ! 何って、コイツとえらく話が盛り上がって、同志を見つけた喜びで思わずやってしまった訳よ!」

「いやはや、火薬庫の素晴らしさをわかる人間がいるとは思わなかった! それに貴公の話も面白い物ばかりだった! 感謝する!」

「こちらこそだ! 爆発機構の入った金鎚とか正しくロマンそのものじゃあねぇかよ! 火薬庫って奴に一目会えたら良かったんだがねぇ!」

 

 そんな様子で、二人は延々盛り上がっていたらしい。

 ……うん、なんだろう、か。

 凄く……凄い、凄かった。雰囲気が。

 ……とりあえず寝よう。

 私は寝室に戻って寝た。




タ゛ンテスは けんせ゛んなストレスのはけく゛ち をてにいれた!
しょうし゛は と゛うし をてにいれた!

ちなみに正志はまあまあなオタです。アニメとかロボとか、特撮とか。

〘リア10爆発46〙さん、〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます

ウマネスト回

  • いる
  • いらない
  • そんな事よりヤーナムしろ

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