狩人少女はターフを走る   作:しがないヤーナム人

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第二夜 名付け

 数々の金に輝く聖杯と『有記念』『日本ダービー』の文字が刺繍された布──知る者は『優勝レイ』と言う──が飾られている部屋。つまりは、理事長室。

 貴方はそこへと連行され、第一発見者である黒髪の少女と共に椅子に座らされていた。隣の少女は貴方の事を驚き少々、残りのほとんどはナメクジでも目にしているような目で見ていた。やめたまえよ、心にひびが入ってしまうじゃあないか。

 とはいえど、分からない訳ではない。数々の狩人の中ではまだ比較的に良識を有している側であろうと自認している貴方は、この状況を当たり前であると思っていた。

 普通許可が入らねば行けないこの土地に他人がいるのだから、排除しようとするのは当然か。だとすればそろそろこの地の狩人が来てもおかしくない。あるいは、既にいながら命令で動く形式か。

 そう思い、辺りを目だけで見渡す。

 目の前の〘理事長〙と名乗るのは違う。一般にいる人間と同じ程度の力しかなく、はっきり言って弱い。

 黒髪の少女も違うだろう。確かに力はあるとはいえ、仮にも学徒をわざわざ狩りに出して危険な状況にさせる学び舎があるのか。確実に無いとは断言出来ないが、少なくともビルゲンワースですらその事はしなかったように思える。

 では、あれか。

 全身を緑色の装束に包ませた、奇妙な格好をする女をちらと視界に入れる。

 奴がここの狩人なのだろう。筋力も、技量も、体力もスタミナもある。血質と神秘はどうやら手付かずのようだが、つまる所秘儀と銃器に頼らぬ狩りをしていると見えた。

 狩武器は見えないが、この様子では大剣かあるいは曲刀か。いや、聞こえる言葉の種類から察するに〘ニホン〙という国の刀の線も視野に入れるべきだろう。確かヤマムラという古狩人も細々と似た言語を喋っていた記憶がある。

 理事長と名乗る少女が質問してきた物を首を振る事で答えながら、ここからの脱出法を練る。

 理想はここから死ぬ事なく、かつここの学徒に損害を与える事なくガス灯の位置へと戻る事だろう。黒髪の少女と久々の太陽のお陰で、しばらくは気分も良い。

 勿論この狩人には犠牲になってもらう。だが恐るる事なかれ、再起不能の状態にする事はない。そうでもすればここは獣に埋め尽くされるのだから。精々輸血液数本で済む程度の怪我に抑えてやろう。

 ここまで続いていた質問も終わり、しばしの沈黙が場を支配する。目の前の人物をどうしようか考えているのだろう。

 貴公らが命令を出す時に、大人しく従ってくれると思うな。徹底的に抗い、逃げてやろうぞ。

 そして〘理事長〙は口を開く。貴方はそれに合わせて立ち上がり、灰のコートの中から取り出すようにして緑の装束の女にエヴェリンを向け──

 

 

 

「質問ッ! この学園で学ぼうと言う意思は無いだろうかっ!」

 

 刹那色濃い上位者の香りが立ち、同時にコートに手を入れたその時、貴方の体は凍りつくようにして静止した。

 貴公は何を言っているんだ。正気か? 正気を持った上で言っている事なのか? 

 

「話を聞けば、家族もいなければ親戚もいない、自身の生まれた所も知らない上に名前すらも記憶になく、分かっているのは年齢だけという有様! このような者を外に放る者がどこにいるというのか!」

 

 だからといって不審者を取り込もうとする狂人がどこにいるというのか。なんという事か、目の前にいた。

 

「無論、屋上に立っての行為は不審極まりない物ではあり、単刀直入に言って不審者そのものであった! しかし、生徒という身分ならばここにいるのも説明が付く!」

 

 助け舟を求めて装束の女と少女の2人を一瞥すれば、前者は正気を疑うように、諭すような形で話し、後者は理解の範疇を超えたようで体が強ばっている。

 どうやら2人とも少女を相当におかしいと思っている様子らしい。

 

「もう一度問おうッ! この学園で安住を求め、そして学ぶ意思はあるのか!」

 

 ああ、過労のあまりに発狂でもしてしまったのだろうか? かのウィレーム先生でも、よっぽど耄碌していなければこのような怪しい存在を受け入れる事すらお考えにならないというのに。

 しかし、それは貴方の並々ならぬ好奇心を激しく刺激させた。永く暇を持て余していたのもあり、この提案は非常に魅力的と見えたのだろう。

 仮に発狂が終わって冷静になろうと、言質はこちらにある。知れることを散々知って、その後で何かしらを問い詰められるのなら退散しよう。

 貴方は相変わらずその姿勢のままでいながら、しかしゆっくりと首を上に振った。

 緑装束の女──駿川たづなは「また理事長の破天荒が……」と呟いた。少なくともこれからを憂うような呟きであるのは間違いない。

 

 

 〘◆〙

 

 

 おじいちゃん。

 すごくおじいちゃんだ、この人。それも、特別遠い田舎の。

 彼女が幽霊でなく生きている人だった事に驚き、彼女がここに入学を決めた事に更に驚いたのも束の間、成り行きでこの学園の案内役になったマンハッタンカフェはこの狩人の行動一覧を見てそう思った。

 マスクを取った顔つきは端正ではあるものの、パッと見の感情に乏しいのに加え、目付きが悪いのが上乗せされ、こちらを注目された際には2度目にも関わらず後退りしてしまったが、中身は外見の通りでは無かった。

 なにせスマートフォンも知らなければテレビも知らない、挙句電気という物すら知らない様子を見せていたのだから。現代の物品について全く知らない様子は、さながら田舎住まいの祖母と祖父を連想させる。

 今どき電気はどこの地域にも引いてそうなのに、一体どんな田舎から来たんだろう。

 そんな疑問を抱えながら、マンハッタンカフェは次々に学園にある設備を紹介していく。

 その人は全く喋らず、顔に出ない代わりに中々情緒は豊かで、目を輝かせながらあれはなんだというように指を指したり、説明の度に興味深そうに頷いて聞いている。

 なんというか、その辺は幼い子供みたいに見える。見た目はしっかりした大人の人っぽそうなのに。

 あの時の迫力は、一体どこへと吹き飛んでしまったのか。

 未だ残る、背筋が凍るような感覚が解けないのがやや気になりつつも、彼女は引き続き学園を案内していった。

 

 

 〘◆〙

 

 

 貴方はここの理事長に対して非礼を詫びたくなった。

 あの鬼畜外道で自身の好奇心の為なら平気で命を奪い、漁村を荒らしまわるようなクズの集まりのビルゲンワースと比べてしまうことすらおこがましい程に、この学び舎は清潔な存在であったのだ。なぜなら怪しげな内臓の詰められた瓶は勿論、血や神秘諸々の事象のほんの1つにすら触れていなかったのだから。

 これとビルゲンワースが同じ物とは、貴方は一体何を考えていたのか。その結論に辿り着かせる要因となった瞳は何をもってそう見せたか、是非とも教えてもらいたい。

 もしそれがかの理事長に知られていたのなら即行で命乞いの姿勢を取っていたであろう貴方は、かの黒髪の少女と別れて先程からスタミナ切れとは違う強い疲労感を感じながら、この学園の施設の1つである図書室へと訪れていた。

 理由は単純な好奇心である。

 とはいえ、得られた物は多かった。貴方がいるヤーナムの狩りを終え、生まれたての上位者として暇を持て余していた間、どうやら世界では2度の大戦が起き、幾つもの国名が変わり、高度な機械化が進んでいたらしい。そして数々の崇高なる精神を持つ者も現れていたという。

 常人の人間性も、まだ捨てた物ではないな。

 左手に『モンテ・クリスト伯』の1冊を乗せながら、貴方はそう思う。

 三人称の視点でいささか絵本らしい雰囲気が出ているが、それを除けばこのエドモン・ダンテスというのは実に良い人間性を持ち、そして優秀な狩人にもなれる人物といえよう。

 彼を総評した所で、貴方は今までを振り返る。

 貴方という狩人は、気性故に、狩りに優れ、無慈悲で、血に酔っている狩人にしかなれなかった。狩人狩りのアイリーンのように、狩人を、尊厳を以て狩る事は無く、あるいは最初の狩人ゲールマンのように、獣を、弔いになぞらえて狩る事も無かった。

 結果として、ゲールマンは永い永い狩人の悪夢から覚め、アイリーンも恐らくはヤーナムの悪夢から逃れたのだろう。対して貴方は無様に上位者へと進化して生き、悪夢から覚めることは無くなった。

 有体に言ってしまえば、その行動は自業自得ではあった。自分自ら酔いに行き、悪夢に堕ちるを良しとしたのだから。

 しかしてこの罰は余りにも重すぎる。暇ばかりを腐らせて何も出来ないなど、もう散々なのだ。

 そうやって過去を遡っていると、そういえばこんな話があったと思い出す。

 貴方が入学すると決めた時、理事長は仮初の名を求めていた。なんでもここはクラスによって分けられており、その際に不便になるのだとか。いくら自由を風潮としていても、〘ジェーン・ドウ〙と登録する訳にはいかないという理由からだろう。

 続けざまに緑装束の女から聞いた所によると、ここは貴方と同じ獣女の──種族をウマ娘という名の少女が、自身の持つ夢を、憧れを、理想を、極限まで追い求める場所らしい。

 ふむ、と独り合点した後に、貴方はこう思った。

 だとするなら、貴方が追い求めるのは憧れだろう。『華麗なる復讐者』エドモン・ダンテスというのは、紳士的で、理性的で、そうでいながら利己的で、しかして気高く飢えている。

 そういう存在となりたい。

 皆から賞賛されるような誉は無くとも良い。誉なんて上質な物は、ガスコイン神父を殺した(狩った)時から捨てている。

 しかし、それでも誇りは欲しい。自身の行為に後ろめたい感情を持たず、堂々と誇っていられるような存在へとなりたい。

 だからこそ、彼の姓『ダンテス』を借りる。彼の名を穢さず、そして憧れに自身を近づけさせる為の、そして自身の誇りを得る為の、最初の第1歩だ。

 そう決めてから再び本を読み進め、時刻もある程度経った頃。

 

「あの……その本を気に入ってくれるのは嬉しいんですけど、そろそろ図書室を閉める時間なので、出ていってもらえると……」

 

 ふと声を掛けられて窓の外を見てみると、もう日の明かりが薄暗くなっていた。

 これは失敬とばかりに立ち上がって会釈し、声を掛けたその少女と協力して机の上の本を元あった位置に戻し、図書室から出て行こうとした時、貴方は呼び止められる。

 

「あの、私今まであんなに本に集中して読んでいた人をあまり見かけていなくて……ですから、貴方みたいな人と本について話したりしたいんです! お名前の方を教えていただいたりは出来ますか!」

 

 そう問われた貴方は返答に困った。

 確かに『ダンテス』を使うことは決めたが、それは名の一部に使用すると言うことなのであって、彼の名を完璧に模倣するという訳にはいかない。あくまでも貴方は〘貴方〙なのであって、〘エドモン・ダンテス〙ではないのだから。

 悩んでしばし少女を待たせた後、貴方は決意し、これからの名を口にした。

 

 ……ダンテス。ダンテスファルサ。

 

 今までに【獣のなり損ない】と呼ばれ、蔑まれ、疎まれてきた、獣女の狩人。

 あるいは、〘貴方〙の名である。

 

 

 

 ……尚、聞き取られなかった為もう一度言う事になった。

 日頃の行いが悪い故の罰だろう。




〘学生服〙
とある学園の学徒が纏う制服

装束と見るには、あまりに薄く、脆い
しかし、獣がいないのならば十分だろう


〘リア10爆発46〙さん、〘少女機関〙さん、〘太陽のガリ茶〙さん、〘戦人〙さん、〘拾骨〙さん、誤字報告ありがとうございます。

ウマネスト回

  • いる
  • いらない
  • そんな事よりヤーナムしろ
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