狩人少女はターフを走る 作:しがないヤーナム人
選抜レース。
それは、まだ誰にもスカウトされていないウマ娘のみがエントリー出来るレース。年に4度開催され、この学園の一大行事となっている。
今回は今年度1回目。新しく入った才能の原結晶も目立ってやると奮い立ち、未だスカウトされていない結晶も今度こそスカウトされたいと心機一転して心の炉に炎をかけ直す。
対するトレーナーも良い担当を見つけたいとばかりに目を光らせ、新人トレーナーも強いウマ娘をスカウトしたいと若葉なりに奮起している。
そんな中、いつもの表情を全く崩さずにレースを傍観している存在が1人。
つまりは、貴方だ。勿論緊張や奮起の様相も見せておらず、唯一内心を見せる瞳が映しだしているのは愉悦、今までに触れた事が無いものへの赤子のような好奇心であった。
成程、レースというのはこういう形で行われている物なのか。
今までにレースを図書室の文書と色付きの写真でしか見ていなかった貴方。ふむ、これは面白いじゃあないかとのめり込むように、しかし前述の通り表情を変えずに観戦している。
勿論、狩りには劣る。貴方が唯一にして全てを捧げた狩りという血に酔える行為が、他に劣るなどは有り得ない。
それでも、退屈しのぎには十分過ぎるだろう。
そもそも貴方がここに訪れたのも、肝心の狩りがここ数十年全く出来なかったのが原因なのだ。聖杯ダンジョンでも出来る事は出来るが、血晶石集めの為にやりこみ過ぎたが故、そこにいる敵の動きを熟知した貴方には最早流れ作業も同然。
そんな時にたまたま訪れたこの学園。
辛く悲しく恐ろしい事に、狩りの対象となる存在こそはいないが、代わりに面白そうなレースとやらがあるではないか。
狩りの際に出てくる頬まで裂けるような笑みが表れる事は有り得ないだろうが、微笑くらいなら、まあ、その内出てくるだろう。
今貴方が考えているのはそれと、時計塔のマリア様に酷似した新人トレーナーに対してのしょうもない空想の2つだけである。ちなみに思考の9割は後者で埋め尽くされている。その癖して口元は真一文字なのだが。
さておき、思考を巡らせていると、どうやら観戦していたレースが終わったようだ。勝者は同クラスであった黒髪の少女、あるいは〘マンハッタンカフェ〙。同時に貴方が出走するレースの招集が掛けられている。
彼女の結果に僅かに口角が上がった貴方は、駆け足気味にそこへと向かった。
〘◇〙
2000メートル、芝、左回りの東京型。
貴方の出走する選抜レースである。
久しぶりに味わう面白そうな物事だというのもあってか、柄にもなく貴方は浮き足立っていた。
とはいえ、問題というのは付き物である。貴方の隣にはゲートを嫌がり、手間取らせているウマ娘がいた。
ウマ娘というのは、気質上閉所を嫌う。故に、その内の1つであるゲートを好まない者は多い。
聞くにはマンハッタンカフェもゼンノロブロイも、なんならここの生徒会長であるシンボリルドルフすらもゲートの空間を得意としていないのだから、その気質は最早本能とも言えよう。
しかして、隣の嫌がり様は本当に手間取らせる物だった。お陰でもう2分も掛かっている。
さて、性格がおかしいのが大多数を占める狩人の中でも、貴方という狩人はかなりタチの悪い性格を持っている。熱しやすい分冷めやすく、そして怒りの沸点がメタノール並に低い。
まあ、ようするに。
貴方はシンプルに冷めかけていて、かつ怒りの沸点に達しかけていた。
しかし、それを自覚できない程に愚かなアホタレナメクジ上位者でも無い。完全に冷めるかキレるかの前に手を予め打っていた。
ただただイラつきが溜まってきていた貴方は一度ゲートから出て、まだ云々とただを捏ねている彼女に向けて、取って貼り付けたような笑顔でそれなりに強く圧を掛ける。例えるなら、貴方の3番目に嫌いな偏屈クソジジイにむけるときのそれ。
結果として、数秒も経たずに彼女は沈黙した。
本来ならここから文句の1つでも言ってやろうかと思っていたが、素直に黙ったのなら、まあ、良しとしよう。
心なしか瞳の動きが錯乱しているような気がするのだが……まあ、それはきっと気のせいだろう。
少しばかり迫力がありすぎて恐怖を感じさせただけなのかもしれない。……ああ、きっとそうだ。
どこはかとなくやらかした感がするのを一旦忘れ、貼り付けていた笑顔を引き剥がしてゲート内に戻る。
《8枠12番ダンテスファルサ、ゲート内に収まりました》
貴方の枠番は12番。12人仕立てのレースでは、所謂大外枠と呼ばれる物らしい。また、レースは本当のレースで実況をする人物が実際に実況しているのだとか。
まあ、そんな事は貴方にとってどうでも良い些細な話である。
貴方にとっての問題は、このレースで勝てるかどうかなのだ。貴方が昨日かの人に宣告した勝利をもたらさなくてはならない訳である。
もし失敗してしまえば不敬で精神的に死にたくなるし、それに釣られて身体から血の槍が生えて、発狂して、死ぬ。それも肉体的に。
いくら命がそこらに転がっているような石ころ以上に安い物とはいえ、そうポンポンとは死にたくない。第一遺志の回収に手間が掛かる。
なのもあって、貴方は真剣に勝ちたい訳なのだ。
早く開かないものかと癇癪ゲージが半分までになった頃、目の前のゲートから僅かな音が聞こえた。
カチリ。
金属製にしては、随分軽い音だな。
一瞬だけそう思った後、思考を置いていくようにして、貴方は地を蹴り出した。
遅れて、重い金属音が耳元で鳴った。
《スタートしました。おっと、何人か出遅れたようです》
《初めてのレースですからね。この緊張感では仕方ない物もあるでしょう》
貴方の隣にいたウマ娘も正気を取り戻していたようで、彼女は同タイミングで飛び出していた。
貴方は一瞬先頭を取った後、速度を落として最後尾の位置に付く──所謂『追込』の位置だ。
この位置に付いた理由は特に無い。強いてあげるなら、なんか
別に多少ふざけた所で勝てるだろうとレースを舐め腐っている訳では無い。本気でそう思っているのだ。
だからこそ余計にどうしようもないのだが。
そうこうしている間に最初のコーナーへと入る。大半はやや膨れる挙動を取ったが、貴方は仕掛け武器を扱う際の体重移動技術が幸を奏し、上手く内側を突いて走れている。
《先頭は依然、ローズフルヴァース》
《全体的に伸びた展開になっていますね。後ろの娘達は追いつく事が出来るでしょうか》
第二コーナーを曲がり、変わらず後ろに付く貴方。解説が言うにはどうやら列が伸びているらしく、恐らくは追込に向かい風が吹いている状況のようだ。
だが、依然として後ろにいる。理由という理由は無いが、強いてあげるなら。
なんとなくだが、しっくりとするな、この位置は。
という訳だ。どうやらここが貴方にとって悪くない位置らしく、そこから抜け出せないでいるのだ。
まあ、無理に変えて自爆するよりは幾分とマシだろう。
第3コーナーを通過し第4コーナー。前方に映るのはコーナリングに手間取る者ばかり。無益にスタミナを消耗しているのも関係しているのか、全体の速度が少し落ちてきたように見える。
しかし先頭の1人──ローズフルヴァースは貴方と似たようにコーナーを攻めている。
……成程、彼女との
密かに口角を上げている事など露知らず、貴方は周りがするように全力疾走の体勢に入る。
景色は遺骨を使って「加速」したかのように移り変わる。
1人を躱し、そして2人を。
身体に染み付いたヤーナムステップを用いて群を続々と抜かし、前には残り3人。
《ここで一気に上がってきたダンテスファルサ! 先頭のウマ娘達は粘れるでしょうか!》
《これは驚きました。とても良い末脚を持っていますね。自分に合わせたレースのやり方を構築出来ていますね》
一瞬見えた横の棒には『4』と書かれていた。記憶では残り400メートルを知らせる物だったような気がする。
貴方はぼんやりと思いながら、自身の身体に起こる異変に思考を割く。
脚が重く、肺は軋むように痛い。喉は渇き、唾が湧きにくくなっている。
全力疾走の弊害だろうが、じわじわ痛むのはなんだか癪に障る。
癇癪ゲージが微かに溜まりだした、その時。
前の3人が速度を落とした。
これは、確実に勝てる。
そう確信した貴方は、貴方の隠し持つ秘儀を用いた。
貴方は普段から頭がおかしい赤ちゃんナメクジ上位者なのだが、その中でも輪をかけて頭がおかしかった時期がある。それは〘月の魔物〙を狩り、上位者に成り立てだった頃だ。
人間を文字通りの意味で卒業した影響で、深刻な精神汚染に晒されていた貴方。その時の貴方は随分と酷く、偏食をしたりフェティシズムを発症したり、あるいは幼児退行したりと、その様子はかなり愉快……失敬、散々な光景であった。
その内の偏食と幼児退行が合わさったのか、貴方は『そうだ、秘儀に関係する物を食べたらどうなるんだろう!』と常人ならまず辿り着きようが無いであろう思考になった。
そして本当に食べた。
当然大半の物は吐き戻したのだが、極一部、上位者と人体に類する物は、性質を変え、貴方の身体に適合した。
その内の1つを、『古い狩人の遺骨』という。
水銀弾を触媒として、初期狩人の有する業「加速」を、約30秒に渡って引き出させる物。
それは性質を変え、貴方の身体に適応した。
意志に応じ、過去の使い手が見せた本来の「加速」の業を、一夜に一度限り呼び戻させる為の触媒として。
貴方は加速の業を身体に巡らせる。いつも通りの、言いようの無い吐き気が全身に廻るのを貴方は感じた。
相変わらず、この吐き気ばかりはどうにかならない物だろうか。本当に本当に酷い気分になる。
嫌気が差しながらもまあ仕方ないかと割り切り、目の前の事に集中する。
50メートル。
30メートル。
10メートル。
7メートル。
5メートル──今。
貴方は加速の業を発動させた。刹那、景色は変わる。
前には誰もいない。ただ、貴方1人だけがいた。
そしてそのまま。
《ゴール! ダンテスファルサ、圧倒的な末脚を見せつけました!》
他を突き放し、ゴール板の前を駆け抜けた。
〘◇〙
あの加速でも、未だ老ゲールマン氏に劣るというのだから……あの狩人はつくづく上位者のような何かなのではないかと、そう思うのだよ。
間を置いてから爆発したかのように湧き上がる歓声の中、貴方は疲労に満ちた脳で考えつつ、千鳥足に、しかし確実にある目標を見据えて歩いていく。
道中、幾多ものトレーナーに話しかけられた。自身をこの道のベテランと称する者、あるいは夢を語って欲しいと頼む者、あるいは一緒に歩みたいという者。
確かに驚いた。こんなどこから来たかも知らないような異邦人に、こんな好意を向けるなど。いっそ気味が悪く感じる。
しかし、それだけだった。貴方にとってはそれ程度の感想を思わせる程度でしか無く、有体に言ってしまえばたかが有象無象でしかない。
そのたかが有象無象に構っていられる程、貴方は暇では無い。選ぶトレーナーなど、ただ1人のみ。
貴方は見知った人物の前で立ち止まり、女王直々の作法で丁寧に【拝謁】する。
目の前に佇むは昨日会った女性トレーナー、川添麻里。
貴公、どうであらせられたか。この獣女は、手土産の勝利、見事に貴公へと捧げようとも。
彼女はそのまま、貴方を見たまま動かない。
この状況に唖然としているのでは無い。
脳を焼かれたのだ。
貴方の、寸前まで溜める走りに。
貴方の、全力疾走の傾いた姿に。
貴方の、透明と見間違える程の業に。
貴方の、どこまでも狂っているような忠誠に。
「……うん、わかってる。これからよろしくね。私も頑張るよ。貴方の事を、誰よりも、誰よりも強い存在にしてみせる。そして私自身も、誰よりも貴方に相応しい存在になる」
貴方が面を上げた時に見えた瞳は、酔った目をしていた。それはレースか、走りか、それとも貴方にだろうか。
おお、これは酷い。さながら血に酔っているようではないか。
……まあ、どうせ手遅れか。2人ともな。
ここに来てから、初めて頬まで裂けそうな笑みを浮かべたのを俯いて隠し、貴方は彼女に忠誠を誓った。
正気に戻った後、貴方は狩人の夢で身体から血の槍が生えて死んだ。
どうしてこのバ狩人はせめて1日位キリッとしている事すら満足に出来ないのか。
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