狩人少女はターフを走る   作:しがないヤーナム人

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第五夜 変態

 後日。

 貴方とかのトレーナーは、与えられたトレーナー室にて再び対面していた。とは言っても2人3人でぴったりの部屋程度なのだが、たかだか新人間もないトレーナー程度に与えられる物などたかが知れているのだから、そこは仕方ない。

 決して広くない部屋の中、彼女から最初に口を開く。

 

「それじゃあ改めてだけど、自己紹介するよ。私の名前は川添麻里。ウマ娘が自由に走る為の手助けになりたいから、ここに来たんだ。これから宜しくね」

 ダンテスファルサ。今後、お見知り置きを。

 

 ……本当に本当に、この獣女の狩人は良い狩人でしかいられないのはどういう事か。しかも口下手が過ぎる。

 たった二言、実質的には一言も同然の自己紹介など今まで聞いた事が無い。

 しかも相手が見知った相手、例えば友達の関係というのならまだしも、まだ2回しか会っていない知り合い未満なのだ。どうしてこれで通じると考えたのか。

 これで自分の事を常識人だと思い込んでいるのだから余計に意味がわからない。1度常識人という言葉の意味を辞書から引いて、是非とも1文字1文字流さずじっくりと噛み締めて読んで貰いたい。

 対するトレーナーもトレーナーである。流石に前述の口下手ナメクジバ狩人よりは何十倍もマシではあるが、まさかのたった三言とは。もう少し、こう、何かあったのではないか。

 例えば趣味や好物、トレーナーならば目標なども上げられるだろうよ。なぜ、それが、出てこない。本当になぜだ。訳がわからない。

 ……まあ、体の良い言い訳をするなら、なんでも似た人物はお互いに引かれ合うというのがある。きっと、2人はそういう、運命的な何かがあったのだろう。

 ……実際は貴方が顔と体と声で選んだという、事情を知らなければ顔は良いクズ男に騙されている女性を彷彿とさせる理由なのだが。

 この学園にいる正気な一般ウマ娘ならば散々悩み、悩んだ末に自身が最も信頼できる相手に託すのだが、どうして貴方というのはこうも判断材料がとち狂っているのか。

 ……良き狩人だからか。ああ、そうか。……そうか。

 …………はぁ。

 

 

 

 まあ、気を取り直して、だ。

 今日はこの挨拶が目的なのもあるが、第二の目的に貴方の得意距離の把握というのもある。

 レースに出走するウマ娘の知っておくべき常識として、走れる距離には適正というのがある。

 例えば、優れた持久力を脚に有する者は長距離にて光り、逆に咄嗟の瞬発に優れた筋力を有する者は短距離に輝く。

 血濡れなヤーナムの狩人にもわかる様に言い換えをするならば、技術を重視した狩人は弓剣や落葉などの、扱いが困難な分高性能な武器を振るい、反対に筋力を重視した変態紳士は回転のこぎりや車輪などの、単純ながら重打や火力に優れた武器を振るえるようになるという事だ。

 しかし、その距離適正は一目見てわかるような代物では無い。仮に一目見ただけで点数か何かの形で表せるような人間がいるとしたら、そいつはそれこそ紳士がつかない方の変態だろう。

 なぜならば、距離適正とは当の本人ですらも知らない、身体へと完全に秘められた物なのだから。

 その為に、この道何十年のベテランであったり、あるいは代々続く名門のトレーナーは、最初に得意距離の把握に走るのだ。

 話を戻す。

 当然ながら彼女は前述した変態に分類される存在ではない。故に彼女は代々母父から倣った方法で、所謂セオリーに沿って対応している。彼女の手元にはバインダー、首にはストップウォッチを掛けていた。

 貴方は常時気の狂っている狩人だが、その意図も分からないまでに気を狂わせてはいない。その2つからやりたい事を察した貴方は体操服へと着替え、外に出る準備を始めた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 外は昨日と変わらない、太陽が雲に隠れていない晴天の日だ。

 前に狩った上位者の中には〘月の魔物〙というのがいたが、相対するように〘太陽の魔物〙というのもいるのだろうか。

 そんな事を考えながら、貴方は彼女の右斜め後ろで歩いていた。理由は単純、隣にいたら死にかねないからである。それも肉体的に。

 貴方は確かに自ら動いてスカウトし、何を血迷ったのか公衆の面前で敬愛の意を持つ手の甲への口付けをしたのだが、だからといってマリア様への耐性が付いた訳ではない。

 正気に戻った後に思い出して発狂死したという事は、つまりそういう事である。

 それはさておき。道中に何も起こらず無事にターフに到着した貴方は慣れないなりに準備運動を済ませる。

 

「どう? 準備出来た?」

 

 貴方はそれに首肯し、その意気を見せるように二三回腿上げをする。

 だったら良しと、トレーニングに取り掛かろうというトレーナーの姿勢を見て、そういえばあれがあったなと、貴方が造った物の事を思い出した。

 貴方は手に持った物越しに彼女の肩を軽く叩き、貴方の方を振り向いた所でそれを差し出す。

 それは、獣狩りの短銃。

 狩人の大半が内臓攻撃の前に行う【銃パリィ】を取る為に使われる、左手の武器。

 貴方の渡した物はそれを改造した物であり、本来扱われる水銀弾ではなく空包を発射出来るよう仕立てあげた代物──所謂プロップガンと呼ばれる銃だ。

 灰色の金属が太陽に照らされ、重重しく光を反射する短銃を一瞥した彼女は、

 

「……銃刀法違反に引っかからない?」

 

 問うが、貴方がそんな事を考慮出来る程に理知的であろうか。

 否、そんな事は無かった。

 はたして、瞳の輝きは死んだ。同時に生きる意志が9割消し飛んだ。

 悲しいが、法律とはそういう物である。日本は銃を持っても許されるという法律は無く、同じように武器の保有も禁止される。狩人には生きづらい土地であろう。

 一体どこから出したんだろうという彼女の呟きを無視し、貴方は何事も無かったように振舞ってターフに下りる。

 未だ貴方の瞳の輝きは死にさらしたまま、川添麻里の指示を待つ。

 

「位置について」

 

 タイムウォッチのボタンに指を掛けた彼女は声を出し、聞こえた貴方は芝を踏みしめる。

 

「用意、スタート!」

 

 ああ、銃刀法違反なる物が無ければ、今頃は火薬の鳴る音があったというのに。

 こんな事を思ったのも微かに、貴方は気分を切り替え、強く地面を蹴り飛ばした。

 

 

 〘◆〙

 

 

 距離は短距離がCのマイルがA、中距離Bの長距離F。芝はBで、ダートはA……私の父さんが言ってたのに沿った感じだと、こうなるのかな。

 ダンテスファルサを担当する新人トレーナ──―川添麻里は自身のトレーナー寮に向かう夕時の帰路にて、今日得た情報をバインダーに挟んだ紙に書いていた。

 基本的にブラックなイメージが強い中央トレセンのトレーナー業だが、実は担当のウマ娘をスカウトした直後までは比較的ホワイトなのだ。その後も比較的ホワイトなままか、足元も見えないドブラック環境に堕ちるかは、そのウマ娘の活躍次第ではあるが。

 そんな事はさておいて、彼女はこの一覧を見て少しばかり悩んでいた。

 ……どうしようか、このどうにも言えない適正具合。

 彼女からしても、恐らくは彼女の父の視点からしても、担当のウマ娘であるダンテスファルサは理解し難い距離適正を持っていた。

 まず彼女のバ場の適正が、芝よりもダートの方が強めな事。

 まあ、ここは許容範囲である。トレセンは第二次世界大戦後から続く歴史の長い学園であり、そこに入学した幾多ものウマ娘の中には、芝も行けるしダートも行けると言ったような存在は何人でもいただろうし、その中でもどこを得意としているというのもいるだろう。

 現に、アグネスデジタルというウマ娘はダートと芝を走る二刀流が出ているのだから。

 問題は距離の方であった。それはどれか。

 短距離? 違う。

 マイル? 違う。

 ならば長距離? それも違う。

 それは中距離であった。中距離は皐月賞や日本ダービー、その他幾つものG1レースが点在する王道距離。

 そうでありながら、適正B。彼女が父によく教えられた事には、『出来るには出来るが、本来の力は出しづらくなる』という具合なのだ。

 その癖して彼女は中距離の選抜レースに出走し、挙句最後に巻き上げて1着を取った。

 まあ、その、つまりは。

 バ場も距離も合わず、本来の力を発揮するのが難しい状態でありながら、ただただシンプルな身体性能の暴力で適正距離のウマ娘に勝った、という事である。

 これを変態かゴリラかと言わずして、なんと言うのか。どう足掻いてもそのどちらかの称号は授けられる事待ったなしだろう。

 なんと言うか、すっごいウマ娘を担当しちゃったな。こういう娘のトレーナーになってもよかったのかな。

 ……でも、まあ、そんな事は置いておこう。私は私なりに、あの娘に報いるだけだから、もっと頑張らないと。

 最終的にその結論に達した川添麻里は同時に自分の部屋にたどり着き、何の気なしに郵便受けを覗く。

 

「ん、何かある……?」

 

 その中には、1つの箱と上に乗った手紙があった。箱の方は丁寧にラッピングされていて、中身が見えない。後者の手紙はサラサラとしていそうな高級感があり、一昔前のように封蝋がされている。

 それに書かれている紋章は西洋の映画でみるような形では無く、2つの半円と目を抽象化した物に、中央を射抜くように棒が立てられたマーク。余り見たことがない物だった。

 とりあえず川添麻里は自室に持っていく事にして、持っている鍵で玄関の扉を開ける。室内はおおよそ整頓されているとは言いにくく、年頃の女性の部屋であるとはあまり思えない。

 川添はズボラであった。

 その中でも相対的に整頓された場所のリビングに向かい、鋏を用いて封を切り、中身を読み始める。

 

『謹啓。夜桜が美しく見えてくるであろう頃、貴方に向けて手紙を差し出す』

 

 この二文で始められた手紙は、彼女の担当であるダンテスファルサについての事だった。

 

『さて、この度はダンテスファルサの担当をして頂き、誠に感謝している。しかし、この娘は非常に、まあ、端的に言ってしまえば世間知らずで、箱入り娘なのだ』

 

 川添麻里はそれに成程と、1人合点する。

 道理であんなに反応薄めだったのか。家が裕福だったからだったんだ。それに長袖にも拘ってたし、結構寒い地域からの人なのかな? この手紙を送ったのは……お父さんかお母さんのどっちか? それとも使用人だったり? 

 本人の知らない所でダンテスへの認識が「寒い地域から来た実家が太いウマ娘」という物になりながら、手紙の続きに目を落とす。

 

『ついては、この品を送る。今後もダンテスファルサが多大な迷惑を掛けるだろうが、どうか、長い長い目で見て頂きたい』

 

 最後の1文に特別強い思いが篭っているように思える、謹言で締めくくられたそれをゆっくりと置き、箱のラッピングを取る。

 中には有名な店の最中が12個入っていた。彼女はその内の1つを手に取り、一口。

 

「甘い……」

 

 つうと餡子の甘みが、鼻をくすぐり抜けていった。




〘リア10爆発46〙さん、〘techmy07ex〙さん、誤字報告ありがとうございます。

ウマネスト回

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  • そんな事よりヤーナムしろ
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