狩人少女はターフを走る   作:しがないヤーナム人

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第七夜 出掛け

 さてメイクデビュー戦を勝ち抜いた貴方は見事賞金を受け取り、これを機に狩りやレース以外に手を出してみる事にした──

 ……というような事は断じて無く、今日も今日とて朝早い午前五時頃から、トレーナーに手渡された早朝の自主トレーニングメニューに沿って黙々とトレーニングを行っていた。

 ただの無垢なウマ娘の少女であった期間よりも、何も考えず獣を狩っていた狩人である期間の方が余裕で長い貴方は、当然自分で考えてトレーニングするというのは難しい。

 その事もあって早朝のトレーニングも、このトレーナーならきっと良い物を用意してくれているだろうと考え、一切の判断をトレーナーに委ねている。

 つくづく貴方は幸運で、人脈に恵まれていて、そして危機管理能力に疎い。もし彼女の内面が最低な屑畜生だったのなら、今頃貴方はろくでもない事になっていただろう。

 さて貴方はメニューに書かれている物を着々と終わらせ、いざ周回に行こうと学園を出た時に貴方を担当しているトレーナーの川添麻里と遭遇した。

 

「おはよう、今日も自主トレーニングに精が出てるようで何よりだね」

 お、おお、まさか出会うとは。随分と、早く目覚めた事だな。

 

 今日は早く起きちゃってねと笑う彼女の服装は身体にフィットしているスポーツウェアで、端的に言ってしまえば貴方の目に毒な物。

 貴方でも自覚する程度にはまだ早いこの時間帯にまさか川添トレーナーと会うとは思っておらず身構えていなかったが為に、前述も合わさって発狂のゲージが強く溜まる。

 貴方は急いで外見を水筒に扮した鎮静剤を飲み下し、荒ぶりを落ち着かせる。一呼吸置いてから、貴方はトレーナーへと話し掛けた。

 

 ……さて、貴公よ。この獣女に一体何用かね? 

「あー、その事でなんだけどね。ここの所ずっとトレーニングばっかりしてたじゃない?」

 ああ、まあ、確かにそうだな。

「だからさ、今日と明日は休んで、トレーニングの疲れを一旦リフレッシュしようって提案をしにきたんだ」

 

 はあ、と貴方はそれを聞く。

 貴方は現状疲れていたり、あるいは気分が落ちているという事は無い。寧ろこれまでに溜まっていたフラストレーションから活力を余らせており、行っているトレーニング全てを楽しんで受けている。

 とはいえ、このトレーナーが言うのであれば、恐らくは必要な事なのだろうよ。

 貴方はそう受け取った。

 

 

 そうして深く考えず唯唯諾諾と承知した結果、出来上がったのは〘白痴の蜘蛛、ロマ〙戦で現れる子蜘蛛を処理する際のような、死んだ瞳孔を晒す貴方であった。

 理由は単純で、やる事が無いというこの1つに限る。

 ここにいる大半のウマ娘は幾ら「レースに全てを捧げている、全身全霊であたっている」と口先で言えど、元を辿ればごくごく普通の少女である。わかりやすく言うなら『生きている間にレースをしている』状態であって、逆を言えばレース以外にもやっている事、つまりはプライベートというのがある。

 しかし貴方は、先程のように言うなれば『狩りの合間に生きている』という訳なのだ。

 生きている、の部分は果たして全うな人間として生きているかどうかは一旦どうでも良い話として、そんな体たらくの貴方がどうしてここで何か面白い事を見出せよう。

 そもそもレースに面白みを見出したのもまぐれであり、それが無ければ今頃も暇を持て余していただろう。最悪、従来の血に酔った狩人になっていたのかもしれない。

 故に貴方は面白いと見えたそのレース、しいてはそれに繋がるトレーニングを欠かす事無く励み、楽しんでいたのだ。

 ……とは御託を並べてみれど、結局貴方が暇である事に変わりは無い。

 

 ……暇だ。有り得ない程に、暇だ。

 

 ポツリと一言、貴方は呟く。

 そうして手に持つオルゴール、それのゼンマイをクルクルと回す。

 これまでに何度やったろうか、貴方は既に記憶していない。とりあえず自主トレーニングを始めた時刻からおよそ五時間近く経った、というのは知覚している。

 貴方は自主トレーニングを中止して貴方の有する教室に入ってからは、いつもの装束に着替え、愛用する狩り武器の手入れをし、後は、まあ……無い。

 全く酷い有様だが、これがダンテスファルサという狩人、またはトレセン学園の学徒である。

 勿論貴方とて、そうである事をありのまま受け入れた訳ではない。

 例えば借りた小説を手元に出して読んだり、あるいは宿題を纏めて終わらせたり、はたまた運良く何かを受信しないかと、物凄く嫌そうながらメンシスの檻を被ったりなどだ。

 とはいえ、その本は幾度と無く読み返した物だし、宿題も有り余った暇を潰せる程数多くある訳でも無い。ましてや上位者がこんな下らない事で返答するなど、まず有り得ない。

 たかが2日の暇。されど2日の暇。こんな辺境の教室に訪れるような伊達者酔狂者も無く、貴方はただただ退屈であった。

 ガスコインの娘から貰ったオルゴールを百何十回まで回した頃か。貴方は突然立ち上がる。

 この暇、もしかすれば、黒髪の少女なら潰す方法を知っているのかもしれない。

 本当に何か変な物でも受信したのか、一切の根拠が無い確信を以て貴方はマンハッタンカフェの元へと向かう事にした。

 

 

 〘◇〙

 

 

 そんな訳で貴方はカフェのいる寮部屋に突撃し、なんやかんやあって明日に出掛けるという口約束を取り付けた。

 そこから貴方は随分と楽しみにしていたように見える。狩人の夢に帰った際にも心做しかウキウキとした雰囲気を醸し出しており、それに人形は首を傾げた。

 ダンジョンの血晶石集めの際にもいつも以上に落ち着かない様子で、目当てだったトゥメル=イルの『呪われた一撃の濡血晶』、マイナスオプションがスタミナ消費の非常に高品質な物が出ても、驚きこそすれ、仰天するとまではいかなかった。

 所謂浮き足立っている状態で、それ程までに出かけるのを楽しみにしていたのだろう。

 時間に関しては恐ろしく疎いはずにも関わらず、三時間前には既に出掛けの準備を済ませていた事から、その期待の強さがひしひしと伝わってくる。

 過去の狩人を見てきた人形からも貨幣の使い方を教わり、準備は万端。

 そこはかとなく跳ねるような足取りで待ち合わせの地点に着き、そこから一時間半が経つ。

 予め決めていた待ち合わせの五分前に出かけ相手である彼女、マンハッタンカフェは訪れ……貴方の服装を見て、二度見し、現実が変わらない事を察すると、理解出来ない度し難い物を見たかのような目になり顔を伏せた。

 何か一言二言呟き、その変わりように心配した貴方が鎮静剤でも要るか、と問うと。

 

「服、買いに行きましょう」

 …………は? 

 

 ただ一言、簡潔に言った。

 

 

 

 そんな事もあり、貴方は現在洋服店にいる。

 ちなみにだが、現在の貴方の格好は外套を取っ払った官憲の服装にマスクを外した狩人帽の様相だ。

 そして今の日本の暦は7月。季節でいう所の、夏真っ盛りな時期である。

 群衆に囲まれ、松明で良い感じに焼かれて焼きザクロになったり、ローレンスに燃える体液を掛けられて焦がしザクロに幾度となく転身した経験のある貴方にとっては今更どうともしない事だが、この土地の一般人にとって、夏はバカげている程に暑い季節なのだ。

 この時期に長袖を着るなど、熱が籠って熱中症になりかねないが為に自殺行為と等しく、故に彼女は程々の物を見繕ってさっさとそれに着替えさせようとしている。

 その意図が狩人脳の貴方に伝わっているかどうかは、まあ、お察しである。

 貴方が考えるには、こうだ。

 狩人の着る装束は総じて軽量であり、その為に着ていようが脱いでいようが、動きに何か影響を与えることは少ない。しかしカインハーストの鎧が物理防御に優れ、煤けた装束が炎に強いように、それぞれに強みがあり、故に着ると着ないでは雲泥の差がある。

 だからこそ、発狂や獣性、あるいは毒などの、どこかしら特筆できるような耐性を持たなさそうで、炎、雷光、挙句物理防御にも優れていなさそうな代物を、なぜわざわざ好んで装備しなければいけないのか。

 これがわからない。

 ……と、いう訳なのだ。どこまでも狩人的な思考に染まっている辺り、それは最早治らぬ病のような物なのだろう。

 さてそれら云々はともかくとして、マンハッタンカフェは先程から喜々として現在の貴方の格好に合う半袖の服を次々と選んでは、試着室にいる貴方に着る事を要求している。数にして七着を着せていた。

 それにそろそろ呆れてきた貴方は、またも次を持ってきた彼女に一言言う。

 

 ……念の為に言っておくが、着せ替え人形とは違うのだぞ? 

「勿論知ってますよ」

 

 さて、本当かね。この獣女の瞳から見るにはそうとしか思えないが。

 返答に訝しむ貴方を他所に、マンハッタンカフェは鼻歌を交えて未だ選ぶ。顔にはその一時一時を楽しんでいるという感情が写っている。

 その様子を見て、貴方は思い直す。

 ……さりとて、それが彼女の楽しみとなるならば、まあ良い事ではないか。装束の問題とて、回避により集中すればどうにでもなるだろうよ。

 仕方なさそうに溜息をするが、それと反して貴方の表情は良い物であった。

 そこから数十分して、貴方は最後に出された黒いロゴ入りのポロシャツに決めた。勿論だが半袖である。官憲の装束は袖の部分を腰に巻き付ける事にしたらしい。

 服も買い終わって洋服店を出る時に、ふと貴方の瞳に白色のリボンが入った。どうやら髪飾りの1つらしい。光沢があり、繊細なレースが付いている。

 

「……あれ、欲しいんですか?」

 ……ああ、いや、違う。少し、あのリボンを見て過去を思い返していた、それだけだ。

 

 貴方はその問い掛けに否定し、今も貴方の遺志にある、血に濡れた白色のリボンを思い出していた。

 ……不条理な世界だよ、本当に。

 これまでに何度も思った事を一旦封じ込め、貴方達は洋服店を出た。

 

 

 

 美しい光沢のある白色のリボンというのは、可憐で優美で、そして無垢な少女に似合う物だろう。

 少なくとも今の貴方が付けるには、啓蒙があり、無骨であり、そしてあまりにも血濡れが過ぎる。




狩人様の私服に期待してはいけない。
〘除雪〙さん、誤字報告ありがとうございます。

ウマネスト回

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