東方短譚   作:黄身白身

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早苗さんと橙が、老猫を失った女の子のために頑張る話

他にも頑張る妖怪がいる


虹の麓の物語

 

 虹の向こうに~~何が~~あるのか~~

 夢溢れる~~猫の~~世界か~~

 

 少し調子のズレた早苗の歌声に、橙は顔をしかめました。

 調子のいい人だなぁ、歌の調子はズレているけれど。

 橙はそんな風に思うのですが、早苗の言葉で一人の女の子が泣き顔から救われたのは事実なのです。

 その女の子は橙が一目置いていた長老猫の飼い主だったのですから、早苗に対して感謝の気持ちがないわけではありません。

 ですが、やっぱり腑に落ちません。

 先日、橙とも付き合いのあった老猫が寿命で亡くなりました。飼い主の女の子にはこんな姿を見せたくないという老猫の望みを聞いた橙は、彼をマヨイガに引き取りその最期を看取ったのです。

 猫の矜恃として死んでいく姿を人間に見せたくないというのは橙にも理解できます。だからこそ、老猫の願いを叶えたのです、幻想郷に住む猫のトップクラスとして。

 因みにトップと公言すると大変なことになるのでトップクラスという言葉でお茶を濁します。トップだと言い切るとさとり妖怪(姉)とか地霊殿の主とか古明地某(姉)とかが「ふーん、貴方がトップなんですかぁ、へぇー、ウチのお燐を差し置いて、ふーん、へぇー、ふーん」などと絡んでくるのです。因みに火焔猫燐自身は「別にそんなのどうでもいい」と言っています。

 だというのに、老猫が亡くなったことに何故か女の子は気付いてしまいました。

 

「年老いた猫が目の前からいなくなったら気付くと思います」

 

 早苗の言葉に橙は一言もありませんでした。言われてみればその通りです。

 しかも、女の子はとても老猫を可愛がっていました。話を聞いてみると、女の子が生まれたときから一緒に居たというのです。もう、兄弟のような、いや、親子のようなものと言っても過言ではありません。いつもいつも、三人で一緒に遊んでいたそうです。

 女の子が悲しむのは当然でした。

 そこで、早苗の出番が来たのです。

 女の子の両親は守矢の熱心な信徒でした。当然、早苗と女の子にも面識はありました。老猫もです。

 老猫はどちらかというと二柱と親しかったようですが、それはこの際関係ありません。猫なのに蛙や蛇とえらく仲がいいと言われていたらしいですが、そういうことなのでしょう。

 悲しみにくれる女の子の話を聞いた早苗はこう言いました。。

 可愛がられたペットは、虹の麓で飼い主と再び巡り会う日を待っているよ、と。

 後に橙がどういう意味かと確認したところ、外の世界で言い伝えられている物語ということでした。

 最初にその話を聞いたとき、なんという嘘をつくのだろうかと橙は怒りました。

 しかし、橙の義憤を聞いた藍さまは言いました。なるほど良い物語だ、と。嘘や方便だとしても、それで救われる人がいるのならいいのではないか、と。

 言われてみると、橙もそんな気がしてきました。人間と妖怪、そして猫にはいろいろな違いがあります。そんな優しい物語があってもいいのではないでしょうか。

 そこで終われば良かったのです。女の子の悲しみは時が癒やし、いずれまた誰かがペットを失ったときに女の子は虹の話をするのかも知れません。幻想郷にもまた一つの物語が生きていくのでしょう。

 ところが、でした。

 虹が出てしまいました。いや、それは問題ありません。雨が降れば虹は出ます。そこに問題はありません。

 女の子が虹を見てしまいました。いや、それも問題ありません。生きていれば虹の一つや二つ見ることもあるでしょう。

「あの虹の麓に死んだ猫がいる」と女の子は思いこんでしまったのです。

 さらに、そこへ向かおうと。死んだ老猫に会いに行こうとしてしまったのです。

そして本当に出かけてしまったのです。

他の猫から話を聞いた橙は慌てて後を追いました。

 妖怪の縄張りに無闇に入って食べられてしまうのは人間の自業自得になります。そんな人間は紫さまも藍さまも取り立てて助けることなどありません。しかし、女の子は老猫の飼い主だったのです。橙にだって一度くらい助ける理由があります。

 そして橙が見たのは、女の子の手を引いて歩く早苗でした。

 

「何やってるの」

「猫を探しに」

 

 それは外の世界のおとぎ話ではなかったのでしょうか。

 

「橙さん橙さん」

 

 橙を手招いた早苗は女の子に聞こえないような小声で言いました。

 

「この話、万が一で幻想入りしてませんかね」

「……それが狙いなの? そんな話、こっちで聞いたことないよ」

「だけど、ここで無理に家に帰しても、また飛び出して行っちゃうと思うんです」

「それは……」

「風祝である私が一緒でも見つけられなければ、あきらめが付くかも知れません」

 

 余計なこと言ってしまった自分も責任を感じている、と早苗は言います。

 

「だから、とことん付き合います」

「……わかった、でも、私も行くよ」

「橙さんも?」

「錬三郎のためだもの」

「錬三郎」

 

 老猫は渋い名前でした。

 

「ねえ、奈弥ちゃん。虹はどこから出てたのかな」

「あっちだよ」

 

 やけに具体的な方向へと進む女の子こと奈弥ちゃん。

 早苗と橙は首を傾げます。先頭に立った奈弥は、まるで明確な目的地がわかっているかのように進んでいくのです。

 二人はそそくさとついていきます。

 奈弥一人ならとうに妖怪に襲われているでしょうが、今のところその気配もありません。

 山の神様の風祝と賢者の式の式がついていては、流石の無法妖怪も迂闊に手は出せないのでしょうか。

 

「早苗お姉ちゃん、橙ちゃん、あっちだよ」

 

 どんどん進む奈弥。

 

「え、あっちの方向って」

「橙さん、これって地底というか、旧地獄の入り口に向かってませんか」

「だよね」

 

 虹は地底から出てきたのでしょうか。そんな馬鹿なことがあるのてじょいうか。

 

「奈弥ちゃん、本当にこっちなの?」

「うん、こっちだって」

 

 完全に地底に向かっています。

 そのときでした。

 

「え? かまちゃん」

 

 奈弥の足が止まりました。

 

「なに?」

 

 早苗と橙も立ち止まります。

 

「かまちゃん?」

「かまちゃん?」

「あの子の名前だよ」

「え、錬三郎は」

 

 早苗の視線に橙は首を傾げます。

 

「私は錬三郎って呼んでいたけれど、そういえばそんな名前は厭だって言ってたような」

「あの、もしかして、奈弥ちゃんのつけた名前と橙さんの呼んでいた名前は別なのでは」

「あー」

「あーって」

 

 二人のやり取りを奈弥は無視していました。

 

「かまちゃんの声が聞こえる」

(奈弥ちゃん、今までありがとう。とても楽しかったよ)

 

 不思議な声が早苗と橙にも聞こえていました。

 

「かまちゃん、かまちゃん」

(これからは、他の猫達にも優しくしてあげてね。あと、早苗さんにも)

「え、私は」

(トップクラスとか自称する二流猫はどうでも……げふん、橙さんにも優しくしてあげてね)

 

 橙が辺りを警戒し始めます。

 

「如何したんですか、橙さん」

「……嫌味妖怪の気配がする」

(やっぱり橙はどうでもいいよ、奈弥ちゃん)

 

 大きな殴打音とかすかな「お姉ちゃん」という声が聞こえました。

 

(うう……橙さんとも仲良くしてあげてね、奈弥ちゃん)

「かまちゃんも元気でね」

(うん、あの世に行っても忘れないよ、奈弥ちゃん)

「かまちゃん……」

(さよなら、奈弥ちゃん、元気でね)

 

 大声で泣きながら、奈弥は手を振りました。

 どこにいるかはわからないけれど、どこかに向かって。かまちゃんに向かって。元気に、大きく、さよならと。

 

 帰り道、奈弥はかまちゃんの想い出を沢山沢山、早苗と橙にお話しました。

 そうして二人は気付いたのです。

 奈弥のお話の中に、奈弥とかまちゃん、そしてもう一人がいることに。

 きっとその子は、いつもどこかに隠れている子です。

 奈弥の話を聞いて、お別れをさせてあげようと思ったのでしょう。

 奈弥たちを隠れて誘導し、お姉ちゃんにお願いして、奈弥の中の想い出を蘇らせたのでしょう。

 

「ありがとうございました」

 

 錬三郎、もといかまちゃんに替わって橙は心の中でお礼を言いました。

 

(いえ、たいしたことありませんよ、二流猫には無理な話でしょうけど)

「てめぇ」

 

 台無しでした。

 

 

 

 







「紫さま、地底に攻め込んでシバきまわしてもいいですか」
「藍、ステイ」
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