東方短譚   作:黄身白身

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早苗さんと諏訪子様の昔の物語

創想話版に少し加筆しています


カエルの声が聞こえてくるよ

 

 カエルの声が聞こえてきます。

 声と言うより泣き声。

 鳴き声じゃなく泣き声。みっともない泣き声。

 カエルじゃないのはわかっています。でも、あれはカエルと呼ばれています。私たちが、カエルと呼んでいます。

 本当ならヘビカエル女、略してヘカ女だけれども、惜しいことにヘビは鳴きません。鳴くのはカエルだけ。 

 だからあの子はカエル女。ああ、他の馬鹿な人たちはいざ知らず、私は本人の前ではそんなこと言いません。

 人には優しくするように見せなきゃなりません。

 面倒くさいけれど、それが世渡りってモノでしょう。

 聞こえてくるのはカエル女の泣き声。

 カエルの声が聞こえてきます。

 当然、私はそれを無視します。だって、私はそんな声を聞いていないはずだから。カエル女が泣いていることは知らないはずだから。知っているのなら対応しなきゃならないですから。私が知っていて無視したなんて言われたら困ります。

 だから、最初から無視。

 私のニセモノがどうなろうと、私の知った話ではないのですよ。

 いいえ、そっくりさんという意味ではありませんよ。

 何がニセモノなのかというと、私のような神に選ばれし者から見た場合の話です。

 あの子は、神が見えると平気で嘘をついています。

 それは完全な嘘です。なぜなら、神が見えているのは私だから。あんなとろくさいカエル女に神が見えているわけなどありません。

 私には見えています。今も、私の後ろに影のような物体がうずくまっているのがわかります。

 そうです、この私ですら今のところは影のような姿としか認識できないのに、あんな子にはっきりした姿が見えているわけがありません。

 あれはニセモノです。

 だけど、私は直接正面から指摘や糾弾はしません。それが優しさというものです。

 とはいえ、ニセモノに調子づかれるのは困るというより腹立たしいです。私のような選ばれし者にとっては特に。

 だから私は、ちょっと人間関係を弄ってみました。交友関係とかクラスメートとか。

 あの子は幼い頃に両親を亡くしているそうで、同情で集まった友達は少なくありません。同情で集まる友達なんて私だったら御免被りますが、そういう方法でもなければ友達が作れなかったのてじょうね。そう考えれば、いっそ哀れでもありますけど。

 見えもしない神を見えたといい、その上それを信仰していると公言する。

 それが何を意味するか。本当に見えている私ですら、特に秘しているというのに。

 私にはわかる。でもあの子にはわからない。実に愚かです。自分のことしか考えていない、神が見える自分に酔っているんですよ、あの子は。

 もっとも、あの子もそこまで馬鹿じゃない。中学を過ぎた頃には何も言わなくなっていました。

 だから親切な私は、広めてあげたんです。

 

「小学生の頃に神様が見えていたと言い張り、その神様を信じていた、否、今も信じている」と。

 

 優秀な私が言うのだから、当然信用されますとも。そしてあの子は、自分の過去の愚行を否定しきれない生真面目、もとい愚鈍です。

 おかしな子から、近寄らない方がいい人へ。そして不気味な奴に。小中高と上がるレッテルの移り変わりはとても見事で、私は少し笑ってしまいました。

 それからあの子は、隠れてよく泣くようになりました。

 同級生から隠れて、本人だけが見えていると言い張る神様からも隠れて。

 何故私は知っているかって? だって、隠れ場所を教えたのは私ですもの。

 私だけがあれの味方だから。

 勿論、本気で味方なんかの訳がありません。ふりですよ、ふり。だけど、利用できるものは利用すべきでしょう。

 あの子は私を本当に友達だと思っているらしいです。馬鹿ですね。

 あの子にはずっと私のオモチャでいてもらいます。拒否権なんてありませんよ。

 神には贄が必要なように、神に繋がる私にだって贄は必要です。馬鹿相手の八方美人は結構疲れてストレス溜まるんですよ。神の使いの贄になれるんですから、あの子も自分の使い道ができて嬉しいでしょう。

 因みに、私に神がついているのは間違いありません。なにしろ、奇跡を起こしていますから。それも一度や二度じゃありません。

 そこらの凡人さんならば複数回死んでいたでしょうね。

 例えば想像してください。

 アナタが学校帰り、飲酒運転のダンプカーが猛スピードで突っ込んでくるところを。

 そう、アナタにです。アナタの近くじゃありません。アナタめがけてです。

 死にますよね。多少運が良くても重傷ですよね。

 私、捻挫で済みました。

 はね飛ばされた先が道路脇の花壇で、ちょうどいいクッションになったんです。

 信じられませんよね。これが奇跡です。

 念のために入院はしましたけれど、お医者様もビックリしてました。

 運転手さんは泣きながらありがとうありがとうって。馬鹿じゃないかしら。違った、馬鹿ですね、飲酒運転の当事者なんて。

 交通事故に限りません。天災でも人災でも、私はいつも奇跡的に助かったり逃れたりして軽傷で済んでいるんです。

 神に護られた美少女ですよ。言うのが遅れましたけど、外見だって眉目秀麗というやつです。成績も優秀、ボランティアや各種コンクールで賞状だって沢山もらっています。

 守矢の東風谷早苗と言えば、近所どころか校内で知らない者はいないレベルですよ。

 もっとも、外見だけならニセモノもそれなりのモノを持っているんですけどね。鬱陶しい。

 さて、そろそろ泣き止んでもらいましょうか。

 

「どうしたの、こんなところで」

「……早苗さん」

 

 涙を堪えているのが見え見えの汚い笑顔を向けられても困ります。

 だけど、いつまでもここで泣かれていても困りますから、偶然見かけたことにして恩を売りましょう。

 まあ、泣いている理由を作ったのも私ですけどね。マッチポンプって素敵です。

それにしても、なんでこの子は蛇と蛙のアクセサリーなんていつまでもつけているんだろう。そういえば、どこで手に入れたのかな。まさか、万引きとか。

 いやいや、こんなしょうもないアクセサリーなんて売られてるわけないか。蛇神に蛙神なんて、本当に馬鹿馬鹿しい。神様がそんなチンケな小動物のわけないでしょう。

 

「もしかして、また苛められたの?」

 

 原因は私ですけどね。

 

「ううん」

 

 首を振った。

 おや、珍しいですね。

 いや、生意気か。この私に嘘をつくつもりですか。

 

「早苗さんとお別れしなきゃならないんです」

 

 何を言っているのですか、この子。

 孤児の分際で。ウチの離れに住ませてもらっている分際で。私の遠縁ってだけの分際で。

 この子は一生私のオモチャ。良かったね、私が男でも同性愛者でもなくて。この子、見た目だけはいいから。ああ、誰かへの褒美とか賞品とかにするのもいいかも。それぐらいしか使い道ないだろうし。

 まさか家出とか……流石に自殺はないだろうけど。うん、そこまで手酷い虐待はしてないはず。あまり酷いと万が一の時に言い訳し辛くなるから。

 

「神奈子様と幻想郷へ行きます」

「は?」

 

 何か言い始めたぞ、コイツ。

 神奈子様って何?

 

「私も一緒に行くんです。それで、向こうでは今の名前を捨てて新しい名前が必要だって言われたんです。早苗さんの名前をいただいてもいいですか」

 

 神奈子って名前の知り合いなんていたっけ。どこかに引き取られることが急に決まったのかな。それに改名まで。

 

「私の、名前?」

「ずっと、早苗さんに憧れていました。そんな風に、前向きでポジティブになれたらいいなって。名前をいただければ、早苗さんみたいになれるかも知れないって」

「待ちなさいよ」

 

 あまりにも、話が急すぎる。一つずつ順番に聞くことにしましょう。

 

「神奈子様って?」

「私がお仕えする神様です」

 

 ついに狂ったのかな。確かに神様がいるとは言っていたけれど、そんな名前だったのかな。

 見えもしない神様に名前までつけていたのかこの子。

 駄目だ。面白すぎます。面白すぎるよ、この子。

 

「そりゃ良かった。最後に笑ってもらえて」

 

 背中から声。

 誰もいないはずの背後に振り向くと、いつものようにうずくまる影が一つ。

 ……私の神様?

 

「いんや、私はあの子の神様だよ」

 

 え?

 

「初めて名乗るね。洩矢諏訪子だよ」

 

 あの子。私はもう一度振り向いた。

 誰もいない。ニセモノが消えている。

 

「あの子は神奈子が一緒に連れて行ったよ」

 

 影が話している。

 

「アンタ勘違いしすぎ」

 

 影……洩矢諏訪子は笑っていた。

 

「待ってよ、アナタ、私の神様じゃ」

「確かにずっと憑いていたよ、アンタの悪意がびんびんに響いていたもの。けれど、アンタにとっては純然たる祟り神だねぇ」

 

 祟り。

 祟り。

 私が、何をした。待て、私が一体何をした。

 

「あのさ、事故から助けてもらったと思っているみたいだけど、違うよ」

 

 はい?

 

「遭わなくていい事故に遭い続けていたんだよ、アンタ」

 

 ケロケロと諏訪子が笑う。

 

「怯えて引っ込むかと思ったけど、いやぁ、アンタ馬鹿みたいに前向きだわ。いや、馬鹿だわ。本気で祟って殺したらあの子が悲しむだろうから、色々工夫してたんだけどねぇ」

 

 カエルの声が聞こえた。

 違う、私の喉から音がした。

 

「本当に怯えた人間って、喉から蛙みたい声出すんだよね。私、蛙は好きだけど、その音は特に好きでさ、更に言うとアンタのその音、ずっと聞きたかったんだぁ」

 

 ケロケロと笑う諏訪子。

 私の喉がけくっと鳴る。

 

「これでお別れだけど、最後にとびきりの祟りをあげるよ」

 

 許さないよ。

 

「アンタがあの子と喧嘩したり争っていたのなら別に良かったんだ。だけど、アンタはあの子を騙した。私達の大切な子を騙した。騙し続けた。今でもあの子はアンタを信じている」

 

 だから、絶対に許さないよ。

 

「私達はこの世界から消える。そして、あの子は幻想郷で東風谷早苗になる」

 

 え?

 

「アンタが今からあの子になる。あの子の境遇、立場、全部受け入れろ。入れ替わるんだ。いや、もっともっと悪い状態にしていってあげるよ。蛙の声、好きなんだろう?」

 

 けくっと、喉が鳴った。

 

「簡単には死ねないよ。たっぷりと長く苦しみな」

 

 カエルの声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 今の幻想郷には、東風谷早苗がいるのだろう。

 今の私には、カエルの泣き声しか聞こえない。

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