東方短譚   作:黄身白身

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パチュリー様がみてる

 紅魔館の大図書室でパチュリー様は本を読んでいます。

 いつもなら机の上には大量の本が積み重なっているのですけれど、今日は二冊ほどが置かれているだけ。代わりに、大きな双眼鏡のような物が置かれています。

 正確には双眼鏡と箱眼鏡を足して二で割ったような形。

 あれは多分、パチュリー様がここしばらくの間に研究開発していたものですね。

 

「パチュリー様、失礼します」

 

 咲夜さんがやって来ました。手元に何も持っていないところをみますと、レミリア様からの伝言でしょうか。

 

「今夜のディナーはどうされますか?」

「私、何日籠もってたかしら」

「今日で十日目となります」

「そんなに」

「お嬢様もパチュリー様に会えなくて寂しいと」

「わかった。こっちも一段落付いたところだから。今夜は一緒に食事を摂るわ」

「お嬢様もお喜びになります」

 

 ところで、と咲夜さんが話題を変えました。

 

「十日間もかけて、一体何を作っていたのですか?」

「異世界を覗き見する眼鏡よ」

 

 パチュリー様はあっさりと答えて机の上の機械を示しました。

 

「名付けて異世界眼鏡」

「異世界眼鏡」

「ネーミングはわかりやすさ優先よ」

 

 パチュリー様は説明を始めます。

 曰く、この世界から少しずれた平行世界を観察することのできる眼鏡だと。

 

「無数の平行世界の中から、覗いた者が存在しない世界を選んで見せてくれるのよ」

 

 要は、咲夜さんが覗けば咲夜さんのいない紅魔館を観察することができる、と。

 

「私のいない紅魔館……」

「正確に言えば、十六夜咲夜が元々存在しない世界の紅魔館ね」

 咲夜さんは真顔で異世界眼鏡とパチュリー様を交互に見ていますね。異世界眼鏡の存在を完全には信じられない、だからといってパチュリー様が嘘をついているとは思えない。そんなどっちつかずの表情。

「試してみる?」

 

 パチュリー様が魔女らしくニヤリと笑いました。紅魔の身内に向かってこの表情を見せるのはとても珍しいです。

 

「私も試してみたのよ。私がいなくてもこの大図書館そのものは存在してたわ」

「参考までに、その世界ではどなたが管理をなさっていたのですか?」

「それが、管理なんてされてなかったわ。腹が立つほど放置状態よ。レミィってば、人のことを偏屈者とか愛想無しとか変わり者とか好き放題言うくせに、自分は怠け者で文化への理解がないのよ。そういうところはからっきし駄目」

 

 咲夜さんのパチュリー様を見る目が途端に生暖かくなりました。

 

「ま、とにかく覗いてみなさい。私としてもサンプルが多ければ多いほどありがたいのよ」

「そういうことでしたら、覗かせていただきますわ」

 

 咲夜さんが椅子に座って異世界眼鏡を覗き込むと、パチュリー様が横から調整ネジを動かし始めました。

 

「一度に見ることができるのは一人だけだから、口頭で報告してね」

「はい……あ、館のエントランスが、上から覗いているように見えます」

「誰か見える?」

「お嬢様と……知らない妖精メイドたちがいますね」

「貴女、館の妖精メイドは全員把握していたわよね」

「はい、ですから、私が知らないメイドはこちらの世界にはいないメイドでしょうか」

「貴女が存在しない分、妖精メイドを増やして賄っているという事かしら」

「……妖精メイドにそこまでの技量があるとは思えませんが」

 咲夜さんの声にやや不機嫌が混ざっているようにも聞こえます。やはり咲夜さんには、メイド長として誰にも自分の真似はできないという矜恃があるんですね。

「やはりそうですね」

 

 何か納得している咲夜さん。

 

「掃除が行き届いていません。ここからでも汚れの溜まっているところが見えます」

 

 ちょっと嬉しげな声。

 

「……お嬢様は相変わらずに見えます」

 

 なんだか怪しい口調に。

 

「お嬢様はいつも通り楽しそうですね。妖精メイド達に指示を出しています」

「咲夜?」

「別に私でなくても……」

「咲夜!」

 

 パチュリー様が咲夜さんの頭を叩きました。

 

「しっかりしなさい。そこは元々貴女がいない世界。レミィが貴女を〝選ばなかった〟世界というわけではないのよ」

 

 顔を上げた咲夜さんが泣いているように見えるのは、多分気のせいです。

 

「いい? 選びたくとも、〝選べなかった〟世界なの」

「……。……申し訳ございません」

「貴女は取り込まれやすいみたいね。レミィも私もそこまで落ち込まなかったもの」

「お嬢様も?」

「レミィが見た世界では、紅魔館の当主はフランだったそうよ。『それなりに上手くやっていたのがムカつく』って笑っていたわ」

 

 咲夜さんはなにやら考え込んでいるようです。

 

「パチュリー様、もう少し覗いてみてもよろしいですか?」

「構わないけれど、精神を持って行かれないようにね。その世界はあくまでも数多の平行世界の一つ。たまたま貴女がいないだけなのだから」

「肝に銘じます」

「因みに、何か気になることでも?」

「私のいない世界での仕事の回し方、こちらの参考になるかと思いまして」

 

 転んでもタダでは起きない咲夜さんの言葉に、パチュリー様は呆れた表情を見せていました。

 

「つくづくワーカホリックね、貴女」

「お褒めの言葉として頂戴いたしますわ」

 

 咲夜さんは再び異世界眼鏡を覗き込むと、なにやら呟いています。

 

「ふむ……ふむ……そうね、ああやって動かせば効率が上がりそうね……ふむ……」

 

 突然言葉が途切れました。

 

「……え?」

「どうしたの?」

 

 咲夜さんの様子に気付いたパチュリー様も訝しげに尋ねます。

 

「申し訳ありません。少々お待ちいただけますか? 終わり次第報告いたします」

 

 パチュリー様がポンと手を叩きます。何かに思い至ったらしいです。

 

「ああ、多分そういうことね、こっちもそうなんだから向こうでそうなってもおかしくないか」

 

 なんでしょうか。一人で納得しています。

 しばらくすると、咲夜さんが顔を上げました。不思議そうにパチュリー様を見ています。

 

「咲夜、向こうの私に見つかったのね?」

 

 ニヤリと笑うパチュリー様に、咲夜さんの目が大きく見開かれました。

 

「どうしてわかったんですか」

「私は私だもの」

 

 パチュリー様は愛おしそうに異世界眼鏡を撫でています。羨ましいですね。

 

「〝こちらから見える〟は〝あちらからも見える〟。相手に影響を与えない観測なんてあり得ないのよ。勿論、相手がその影響に気付くかどうかは別問題だけど」

「向こうには、向こうのパチュリー様がいらっしゃる、と」

「そういうこと。それで、向こうの私は何と?」

 

 咲夜さんは一つ息を吞んで語り始めました。

 

「覗いていると、扉を開けてパチュリー様が現れました。最初はお嬢様と話していたのですが、そのうちにお嬢様が妖精メイド達を連れて部屋を出ると、パチュリー様は突然天井を見上げて……」

『さて、誰が見ているかは知らないけれど、そちらの世界でも異世界眼鏡は完成しているのね。ああ、貴女の声はこちらに届かないから返事は要らない、失礼して一方的に喋らせてもらうわ。因みに、貴女の視線と気配は感じているわよ。安心しなさい、レミィは気付いていない。というか、異世界眼鏡の開発者である私しか気付けないでしょうね……ごほっ、失礼……。恐らく貴女の世界の私が説明してるでしょうけど、この世界は貴女を必要としない世界ではなく、貴女が元々いなかった世界。それだけは誤解しないで。貴女がいないから巧く行っているとか、そういう問題ではないの。貴女がこちらの世界に生まれていたのならば、貴女は紅魔館に必要な存在になっているはずよ。貴女が何者かは知らないけれどそれだけは断言できる。だって、そうでなければそちらの私が異世界眼鏡を覗かせるわけないもの。わかるわよ、私なんだから……ごほっごほっ……ちょっと待って……、うん……そう、貴女、イザヨイサクヤっていうのね。そこまではなんとか覗き返せるわ……ふーん、メイド長……ということは私よりレミィと親しいのね、きっと。それ以上は流石にわからないけれど、貴女は貴女の世界で幸せのはずよ。こちらの世界の事なんて気にせず頑張りなさいな』

 

 そこまで話して咲夜さんは一旦話を切ります。

 パチュリー様は目を丸くしています。

 

「……貴女、私の真似上手いのね」

「まさかのときの隠し芸ですわ」

「それで、向こうの私は終わり?」

「はい、そこで視界が閉ざされました」

「向こうから接続を無理矢理切ったわね……まぁ、いつまでも見られていて気分のいいものでもないでしょうし」

「パチュリー様」

 

 咲夜さんがなにやら形を改めています。

 

「こちらのパチュリー様、との言い方も奇妙ですが、他に適当な言葉が思いつきませんので」

「別にいいわ。間違いではないし」

「あちらのパチュリー様には伝えられませんので、それも含め、ありがとうございました」

「紅魔館の頭脳担当の役目よ」

「因みにお嬢様は」

「武力担当」

 

 二人とも笑い始めました。

 それを待っていたようなタイミングで鈴の音が響きます。

 

「あら、レミィがお呼びね、こっちはもういいわよ、咲夜」

「では、失礼いたします」

 

 咲夜さんの姿が消えました。時間を止めたんでしょうね。

 なるほど、これがあっちの紅魔館か……

 パチュリー様が大きく息を吸っています。

 あれは、精神統一するときの癖です。

 あれ。

 まさか。

 

「……名前は小悪魔……。ああ、当然本名は別にある……ふふ、言わないわよ。やっぱりそっちの世界にも異世界眼鏡があるのね」

 

 やっぱり、バレてましたか。

 

「ふーん。そっちの世界では私にも妖精メイドじゃない存在がついているのね」

 

 はい。そうですよ。パチュリー様。貴女が召喚した私です。

 でも、私はそちらにはいないんですね。私がいなくても、やっぱり図書館は成り立っています。

 図書館の要は当たり前ですけど、パチュリー様。

 そしてパチュリー様の能力に比べると私の能力はほんのオマケ程度ですから。

 ええ。わかっています。

 私がいなくても巧く回るんじゃなくて、たまたま私がいなかっただけの世界。

 それはわかっているんです。

 だけど。

 

「あのね」

 

 パチュリー様が笑っていました。

 

「そちらの私も私。だからわかるわよ。いい? 一度しか言わないからよく聞きなさい」

 

 パチュリー様が顔を上げると、覗いている私と目が合う。向こうから私は見えないはずなのに。

 偶然かもしれません。でも。

 

「この私が、親友のレミィにも愛想無しの偏屈者と言われる私が、嫌いだったり役立たずだったりするものをそばに置くわけないでしょう?」

 

 パチュリー様?

 

「……違う世界の私だから言える事よ。多分私のことだから素直には言わないでしょうけどね」

 

 パチュリー様がニヤニヤ笑っています。

 

「ふふふ。違う世界の自分に意地悪するのも新鮮ね。自信持ちなさい、小悪魔。そちらの私には貴女が必要。そちらの私はきっと貴女のことが好きよ。頑張りなさいな」

 

 突然視界が真っ暗になりました。

 私は覗いていた異世界眼鏡から顔を上げます。

 こちらの世界の紅魔館。こちらの世界の図書館。

 そして、

 

「小悪魔、何やってるの?」

 

 こちらの世界のパチュリー様。

 

「すいません。異世界眼鏡を覗いてました」

「また?」

 

 はい。また、です。

 だって、どの世界のパチュリー様も言うんです。

 私の世界のパチュリー様は小悪魔を必要としているって。

 私の世界のパチュリー様は小悪魔が好きだって。

 私の世界のパチュリー様は言葉にしてくれないのに。

 悔しいじゃないですか。

 まあ、でも、いいんです。許します。

 私がパチュリー様を好きなことには変わりないんですから。

 大好きです、パチュリー様。

 いつか言わせて見せますよ。

 

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